第27話 米生産計画、始動
米を発見したのはいいが、問題は“どこで育てるか”だった。
ルフェラン領は商業地域という土地柄、大規模農業はできない。他所の領土で生産するにしても、雑草という認識の米に対して協力してくれる領地があるだろうか?
――選択肢は一つしかない。広大な農村地帯、主産業は小麦だけ。我が家とも縁のあるロベッタ男爵領だ。
小麦農家は、収穫が終われば仕事が減る。次の種まきまで、内職や出稼ぎで食いつなぐ家も少なくなかった。
そこへ現れたのが……米だ。
しかも、この世界の米はおかしい。四季をそこまで選ばず、土壌にも強い。 多少踏まれても枯れず、雑に扱っても増えていく。その異常な生命力こそが、農業では武器になる。
「……領地の収入の安定。領民も家族と暮らせる時間が守れるかもしれませんね」
ロベッタ男爵が静かに呟いた。
生活困窮者を雇える。空いた土地を活用できる。収穫時期を分散できる。理屈は分かる。
しかし、ロベッタ男爵には踏みきれない理由があった――。
「問題は、“米”という概念が、この国に存在しないことです」
誰も食べたことがない。流通していない以上、市場にもない。 未知の食材が売れる保証もない。貴族として考えれば、大規模投資など本来ありえない。
ロベッタ男爵は、深く悩んでいた。
その時だった。
「あなた」
静かに口を開いたのは、セリーナ叔母様だった。
「私達は、一度人生を諦めたのです」
ロベッタ男爵が顔を上げる。
セリーナ叔母様は、隣に座るマリアの髪をそっと撫でた。
「でも、今は違います。マリアがいるわ」
その言葉に、空気が変わる。
「この子を失う以上の不幸なんて、もうありません」
「……セリーナ」
「失敗してもいいのです」
セリーナ叔母様は微笑んだ。
「私達は、もう一度“幸せになれた”のだから」
ロベッタ男爵は、二人を見て小さく笑った。
「……そうだね」
そして、何かを決意したように立ち上がる。
「将来、お金に困って娘を変な男の家へ嫁がせる訳にもいかないからな」
「お父様!?」
「ははは」
マリアが真っ赤になる。
けれど、その目はもう迷っていなかった。
今回は、ちゃんとお父様にも相談した。
「まずは、試食会だな」
という話になった。
◇
ルフェラン家の食堂。
テーブルに並んだのは、よくある食材。焼いた肉、細切り野菜、特製ソース。いつもと違うのは、パンが入ったバスケットはなく、テーブルの上には一枚の皿。敷かれた白米の上に副菜が乗せられている。
「…………」
お父様もお母様も見たこともない形式の料理に戸惑っている。
「ご賞味ください」
私は自信満々に頷いた。
焼いた肉から溢れ出す肉汁と混ぜ合わさったステーキソース。 それらが熱々の白米へ染み込んでいく。
「――いただこう」
最初に食べたのは、お父様だった。
「……ほほう」
低い声が落ちる。
その瞬間、全員が一斉に食べ始めた。
「美味しい」
「肉汁とソースを吸った米のなんとも美味なこと」
「野菜が米の熱でしんなりして妙に合うな……」
「米、美味しいね」
皆それぞれ、グルメ評論家のように感想を口にする。
ロベッタ男爵が、ゆっくり白米を見る。
「これは……パンに代わる主食になりますね」
その言葉で、全てが決まった。
◇
ルフェラン家とロベッタ男爵家による共同事業――“米生産計画”が始まった。
生活困窮者への雇用も同時に開始。
今までは孤児院出身者を中心に声をかけてきたが、今回は生活を立て直したいという意志がある者達が、次々に集められていく。
私の方は、大量に収穫される米の出荷に備え、ある物を元大工のサムにお願いした。
「千歯扱き、作れない?」
「せんばこき……?」
私は持参した稲穂と素人ながらに書いた絵を説明しながら、稲穂から藁と籾を分ける仕組みを伝える。
「こういう脱穀道具を作って欲しいの」
そこへ一緒について来ていたラウルモンドが紙を広げる。
「でしたら、こちらも必要かと。手回し式の籾摺り機です」
「ラウルモンド、もう青い猫型ロボットじゃない!」
「青い?私の髪の色は濃い茶色ですし、猫じゃありません。ロボット?が何かは分かりませんが、執事見習いです」
(そこはマジレスしないで欲しい)
ラウルモンドは、もはや、この物語の便利秘密道具枠だ。
◇
順調と思えた米栽培で予想外の問題が起きた。米の成長速度である。
「増えるの早くないですか!?」
「先週刈った場所から、もう生えてるんですが!?」
「千歯扱きが足りません!」
ロベッタ領から届く報告書からは、現場の混乱がうかがえる。雑草並の生命力。収穫速度。加工速度。完全に生産ラインが追いつかない。
孤児院や救貧院ではゴムの生産もあり、これ以上働かせるのは人道的にも無理がある。自分の計画の甘さが露呈した。
ゴム。孤児院。ルナエクリプス。生活困窮者支援。そして、米。
前世の知識を使えば、この世界はもっと良くできる。そう思っていた。実際、ここまでは上手くいっていたのだ。
この世界を作った広岡トモエと出会い、ブラッドから医療を学び、この物語を知った気になっていた。
けれど――現実は、そんなに単純じゃない。
米は増えた。増えすぎた。収穫しても加工が追いつかない。
今のままでは、大量に雑草を繁殖させただけになってしまう。
どれだけ理想を並べても、実際に動くのは“人”だ。
知識だけでは、世界は回らない。
人は疲れ、失敗することもあり、体調を崩す日もある。生きている以上、予想外のことは起きるのだ。
(私、勘違いしていたわ……)
前世と、この物語の知識を組み合わせれば、全部うまく解決できるのだと思っていた。
――現場は、今日も大混乱だった。
孤児院の一角にある工房は、完全に戦場だった。
かつては、子供達の作業練習場だった場所が、今は怒鳴り声が響いている。
「次の木材こっち!」
「違う!そうじゃないだろ!」
「手回し籾摺り機、今日中に絶対仕上げろ!」
現場の様子を見て、私は額を押さえた。
(こんなの子供にとって、絶対に良くない)
目の前が真っ暗だ……。
その時、教会の方からざわめきが聞こえてきた。
「王家の馬車だ!」
私はマグノリア教会の方へ走る。
教会の入り口には多くの護衛。見慣れた紋章の旗を掲げ、中に入ってきた人物に、空気が一変した。
アイゼン王太子だった。
教会関係者やたまたまお祈りに来ていた領民達が慌てて跪く。
私も反射的に頭を下げようとした――。
「そのままでいい。今、現場責任者が止まる方が問題だろう」
さらりと言われて、逆に固まる。
王太子は、護衛を引き連れ孤児院の方へ向かう。
孤児院の庭は今は子供達の洗濯物と並ぶように農具が置かれている。
アイゼン王太子は作りかけの千歯扱きを見た。
「これが、例の脱穀器か?」
「……はい」
本当に興味を持った顔だった。
その視線が、次に山積みの木材に向かう。
「ルフェラン侯爵家とロベッタ男爵家が取り組んでいる雑草……」
「米です」
一拍の沈黙。
「……ふっ」
アイゼン王太子が、わずかに笑った。
「影から聞いていた通りだ。雑草って言ってはいけないようだ」
混乱していた現場を見渡しながら、それでも余裕を失わない。張り詰めていたものが、少しだけ緩む。
――この日、私はまだ知らなかった。 彼が、この混乱した現場を変える最初の一手を持ってきたことを。




