第26話 ルフェランの米を炊く女
集めた稲穂は、屋敷の裏庭の一角に運び込まれた。
問題は、ここからだった。
「姉しゃま。これ、どうするの?」
レインが山積みになった稲を見上げる。全員の視線が、私に集まる。私は腕を組み、真剣な顔で頷いた。
「まず『脱穀』をするわよ」
「『だっこく』?」
「穂から粒を外す作業よ」
前世の体験学習を思い出しながらやってみる。あの時は牛乳パックを使ったけど、空き瓶でもできるって言ってた。
私は空き瓶とすり鉢、すりこぎ棒を持ってくるよう伝える。
持ってきたのは、エディだった。
大量の雑草の山と、木陰に座り込む実の兄の姿を見て、言葉を失っている。
稲穂を一本取り出した。
「こうやって――」
瓶の口に穂を押し付け、手でしごく。
ぱらぱら、と硬い粒が落ちた。
「おおー!」
レインとラウルモンドが目を輝かせる。
「取れた!」
「まだ食べられないけどね」
今の状態は、まだ『籾』だ。硬い殻に包まれている。私は集まった籾を指先でつまむ。
「次は、『籾摺り』よ」
「もみすり?」
「この殻を剥くの」
問題は、道具だった。
あの時の体験学習では、すり鉢とボールを使っていた。
「レイン、ボール持ってきて」
「うん。待ってて」
数分後。レインが持ってきたボールはゴムを利用した軟式ボールのような物だった。いつの間に、こんな物が作られていたの?
「ラウルが弾むボール作ったんだよ」
「そう」
(やだ、このボール、商品化できそう……。今はそれどころじゃない、米よ)
ゴリゴリゴリ。木製のすりこぎをゆっくり回す。すると、パキッと乾いた音がした。
「おぉ、割れました」
騎士のロウが覗き込む。
中から現れたのは、小さな白い粒。
「……おお。これで完成ですか?」
「これが『玄米』。これも美味しいけど、ゴールは白米よ」
若干引いた顔をされた。
「白米への道は遠いの」
途中から加わったエディが興味深そうに覗きこむ。
「そこまでして、食べたいものなんですか?」
「そうよ」
私は即答する。
レインがきらきらした目で聞く。
「次は?なにするの?」
「次は『精米』よ」
玄米の表面には、まだ糠が残っている。それを削って、ようやく白米になる。
「草を食べるのって大変なんですね……」
リアンが疲れた顔で確認する。
「米ね」
私は譲らなかった。
玄米をガラス瓶の中に入れると、すりこぎ棒で突く。少しずつ、糠が瓶底にたまる。薄茶色だった粒が白く変わっていく。
あぁ……白米。
前世では、毎日のように食べていた。こんなに長く白米を断ったのは、初めてだ。
「……できたわ」
その場にいた全員が、無言で覗き込む。
「……」
「宝石みたい!」
レインが歓声を上げた。
「で、これはどうやって調理するのですか?」
エディが白米を一粒手に取り、香りを確かめる。
「厨房に行くわよ」
私は米を持って厨房に向かう。まるで童話の行進みたいに、皆が私の後ろをついてくる。
いよいよ、米を炊く。
私は静かに米を研ぐ。 白く濁る水。指先に伝わる感触。 ああ、この感じ。懐かしい。
「お嬢様、料理したことあるんですか?」
洗米しては水を捨てるを繰り返す……私の行動にエディが不安を感じたようだ。
鍋に米と水を入れ、火にかける。問題は、ここからだ。
「よし……」
私は真剣な顔で呟く。
「はじめちょろちょろ、なかパッパ、赤子泣いてもフタとるな」
「……」
「……何の詠唱ですか?呪術を使う料理って……」
怪訝な顔をして口を開いたのはリアンだった。
米文化がないこの世界では意味不明な言葉だ。
レインが目を輝かせる。
「はじめちょろちょろ!」
「なかパッパ!」
語呂の良さから復唱し始めた。ラウルモンドは真面目な顔でメモを取っている。
「エリカ様、『赤子泣いても』とは、どういう意味でしょうか?」
蒸らしている時は蓋を開けてはいけないって事なのだけど……。
「えっと……精神論!そう、精神論よ!」
「精神論……」
「料理って、もっとこう……分量とか技術の話では?」
エディが呆れたように呟いた。
ぐつぐつ、と鍋が音を立てる。全員の視線が、一斉に鍋へ向く。厨房に、静かな緊張が走る。
――異世界、初炊飯。誰もまだ、『炊き立ての白米』の恐ろしさを知らない。
炊き上がった瞬間、厨房の空気が変わった。
ふわり、と湯気が立ち上る。 米特有の、柔らかく優しい甘い香り。
「……」
全員が無言になる。
私は静かに蓋を開けた。
白い粒が、つやつやと光っている。
(炊けた……!)
思わず感動で声が詰まりそうになる。異
世界に来てから初めて見る、炊き立ての白米。
レインが鍋を覗き込んだ。
「ツヤツヤ白いね」
「これが白米よ」
私は皿によそい、小さく一口食べる。
――その瞬間。
(あぁぁぁぁ……)
涙が出そうになった。ほどける柔らかさと噛むたびに広がる、この甘み。
(私、こんなに米に飢えていたんだ……)
前世では『普通』に食べていた味が、今は感動レベルで美味しい。
「姉しゃま?」
レインが不安そうに覗き込む。
「……大丈夫。ちょっと今、帰国した気分になっていただけ」
「帰国?」
「気にしないで」
私は真顔で誤魔化した。
「ほら、皆も食べて。塩を少量ふるだけで絶品よ」
恐る恐る、それぞれが白米を口に運ぶ。
最初に固まったのは騎士のロウだった。
「これは……うまい」
続いてラウルモンドが目を見開いた。
「えっ……何ですかこれ」
「美味しい!もちもち!」
レインがぱっと顔を輝かせる。
「味が濃い訳ではないのに……妙に止まらないですね」
エディは静かに白米を見つめている。
リアンは一口食べて――――手が止まった。
「なんだこの草。兵糧革命だ!」
「米ね」
「もうどっちでもいい」
ついにリアンが折れた。
厨房の空気は、一気に変わっていた。 さっきまで『雑草』扱いだったものを、全員が無言で食べ続けている。
不意に、リアンがじっとこちらを見た。
「……お嬢様。なぜ、十四歳の令嬢が、これを知っているんです?」
ぎくり、とした。
リアンの目は真剣だった。護衛としての観察眼なのか、ルナエクリプスの諜報員としての洞察力なのか。
「『精米方法』や『炊き方』、なぜ、ご存じなのですか?」
「…………」
前世の知識です、なんて言えない。言ったところで信じてもらえるかは分からない。せっかく順調にこの世界を変えてきたのに……。
私が沈黙した、その時だった。
「かーっ。これだから、新米は」
得意げな声が割り込んだのは、騎士のロウだった。
「エリカ様のお母上は、隣国リップル王国のご出身」
「……へ?」
私が固まる。
騎士のロウはなぜか得意気な表情を浮かべ胸を張っていた。
「レイン様と一緒に、リップル王国の言葉も学んでおられますし、ゴムの木の件もそうだ」
見事なドヤ顔だった。
「あの木の自生地もリップル王国。つまり、エリカ様は隣国知識にお詳しいのだ」
「なるほど……。隣国の知識か」
(それで納得しちゃうルナエクリプス、大丈夫?)
肩をすくめて、やれやれと手を広げる騎士のロウ。小憎らしい表情にリアンも言い返せなかった。
「これから新米護衛には気合いをこめないとな、米だけに!わははは」
「「…………」」
静寂の中で、レインだけは幸せそうに白米を頬張っていた。
「おかわり!」
――どうやら、この世界では。 白米も、ダジャレも、妙な中毒性があるらしい。




