ルフェランの米を炊く女
集めた稲穂は、屋敷の裏庭の一角に運び込まれた。
問題は、ここからだった。
「姉しゃま。これ、どうするの?」
レインが山積みになった稲を見上げる。全員の視線が、私に集まる。私は腕を組み、真剣な顔で頷いた。
「まず、“脱穀”をするわよ。」
「“だっこく”?」
「穂から粒を外す作業よ。」
前世の体験学習を思い出しながらやってみる。あの時は牛乳パックを使ったけど、空き瓶でもできるって言ってた。私は厨房から空き瓶とすり鉢とすりこぎ棒を持ってくるよう伝える。
厨房からすり鉢と空き瓶を持ってきたのは、エディだった。大量の雑草の山と、木陰に座り込む実の兄の姿を見て、言葉を失っている。
稲穂を一本取り出した。
「こうやって―。」
瓶の口に穂を押し付け、手でしごく。
ぱらぱら、と硬い粒が落ちた。
「おおー!」
レインとラウルモンドが目を輝かせる。
「取れた!」
「まだ食べられないけどね。」
今の状態は、まだ“籾”だ。硬い殻に包まれている。私は集まった籾を指先でつまむ。
「次は、“籾摺り”よ。」
「もみすり?」
「この殻を剥くの。」
問題は、道具だった。
あの時の体験学習では、すり鉢とボールを使っていた。
「レイン、ボール持ってきて。」
「うん。待ってて。」
数分後。レインが持ってきたボールはゴムを利用した軟式ボールのような物だった。いつの間に、こんな物が作られていたの?
「ラウルが弾むボール作ったんだよ。」
「そう。」
(やだ、このボール、普通に売れるじゃない…。今はそれより米よ。)
ゴリゴリゴリ。木製のすりこぎをゆっくり回す。すると、パキッと乾いた音がした。
「おぉ、割れました。」
騎士のロウが覗き込む。
中から現れたのは、小さな白い粒。
「…おお。これで完成ですか?」
「これが“玄米”。これも美味しいけど、ゴールは白米よ。」
若干引いた顔をされた。
「白米への道は遠いの。」
途中から加わったエディが興味深そうに覗きこむ。
「そこまでして食べたいものなんですか?」
「そうよ。」
私は即答する。
レインがきらきらした目で聞く。
「次は?なにするの?」
「次は“精米”よ。」
玄米の表面には、まだ糠が残っている。それを削って、ようやく白米になる。
「草を食べるのって大変なんですね…。」
リアンが疲れた顔で確認する。
「米ね。」
私は譲らなかった。
玄米をガラス瓶の中に入れると、すりこぎ棒で突く。少しずつ、糠が瓶底にたまる。薄茶色だった粒が白く変わっていく。
あぁ…白米。
前世では、毎日のように食べていた。こんなに長く白米を断ったのは、初めてだ。
「…できたわ。」
その場にいた全員が、無言で覗き込む。
「…。」
「宝石みたい!」
レインが歓声を上げた。
「で、これはどうやって調理するのですか?」
エディが白米を一粒手に取り、香りを確かめる。
「厨房に行くわよ。」
私は米を持って厨房に向かう。まるで童話の行進みたいに、皆が私の後ろをついてくる。
いよいよ、米を炊く。
私は静かに米を研ぐ。 白く濁る水。指先に伝わる感触。 ああ、この感じ。懐かしい。
「お嬢様、料理したことあるんですか?」
洗米しては水を捨てるを繰り返す…私の行動にエディが不安を感じたようだ。
鍋に米と水を入れ、火にかける。問題は、ここからだ。
「よし…。」
私は真剣な顔で呟く。
「はじめちょろちょろ、なかパッパ、赤子泣いてもフタとるな。」
「……。」
「…何の詠唱ですか?呪術を使う料理って…。」
怪訝な顔をして口を開いたのはリアンだった。
米文化がないこの世界では意味不明な言葉だ。
レインが目を輝かせる。
「はじめちょろちょろ!」
「なかパッパ!」
語呂の良さから復唱し始めた。ラウルモンドは真面目な顔でメモを取っている。
「エリカ様、“赤子泣いても”とは、どういう意味でしょうか?」
蒸らしている時は蓋を開けてはいけないって事なのだけど…。
「えっと…精神論!そう、精神論よ!」
「精神論…。」
「料理って、もっとこう…分量とか技術の話では?」
エディが呆れたように呟いた。
ぐつぐつ、と鍋が音を立てる。全員の視線が、一斉に鍋へ向く。厨房に、静かな緊張が走る。
―異世界、初炊飯。誰もまだ、“炊き立ての白米”の恐ろしさを知らない。
炊き上がった瞬間、厨房の空気が変わった。ふわり、と湯気が立ち上る。 米特有の柔らかく優しい甘い香り。
「…。」
全員が無言になる。
私は静かに蓋を開けた。
白い粒が、つやつやと光っている。
(炊けた…!)
思わず感動で声が詰まりそうになる。異世界に来てから初めて見る、炊き立ての白米。
レインが鍋を覗き込んだ。
「ツヤツヤ白いね。」
「これが白米よ。」
私は皿によそい、小さく一口食べる。
―その瞬間。
(あぁぁぁぁ…。)
涙が出そうになった。ほどける柔らかさと噛むたびに広がる、この甘み。
(私、こんなに米に飢えていたんだ…。)
前世では“普通”に食べていた味が、今は感動レベルで美味しい。
「姉しゃま?」
レインが不安そうに覗き込む。
「…大丈夫。ちょっと今、帰国した気分になっていただけ。」
「帰国?」
「気にしないで。」
私は真顔で誤魔化した。
「ほら、皆も食べて。塩を少量ふるだけで絶品よ。」
恐る恐る、それぞれが白米を口に運ぶ。
最初に固まったのは騎士のロウだった。
「これは…うまい。」
続いてラウルモンドが目を見開いた。
「えっ…何ですかこれ。」
「美味しい!もちもち!」
レインがぱっと顔を輝かせる。
「味が濃い訳ではないのに…妙に止まらないですね。」
エディは静かに白米を見つめている。
リアンは一口食べて――手が止まった。
「なんだこの草。兵糧革命だ!」
「米ね。」
「もうどっちでもいい。」
ついにリアンが折れた。
厨房の空気は、一気に変わっていた。 さっきまで“雑草”扱いだったものを、全員が無言で食べ続けている。
不意に、リアンがじっとこちらを見た。
「…お嬢様。なぜ、十四歳の令嬢が、これを知っているんです?」
ぎくり、とした。
リアンの目は真剣だった。護衛としての観察眼なのか、ルナエクリプスの諜報員としての洞察力なのか。
「“精米方法”や“炊き方”、なぜ、ご存じなのですか?」
「……。」
前世の知識です、なんて言えない。言ったところで信じてもらえるかは分からない。せっかく順調にこの世界を変えてきたのに…。
私が沈黙した、その時だった。
「かーっ。これだから、新米は。」
得意げな声が割り込んだのは、騎士のロウだった。
「エリカ様のお母上は、隣国リップル王国のご出身。」
「…へ?」
私が固まる。
騎士のロウはなぜか得意気な表情を浮かべ胸を張っていた。
「レイン様と一緒に、リップル王国の言葉も学んでおられますし、ゴムの木の件もそうだ。」
見事なドヤ顔だった。
「あの木の自生地もリップル王国。つまり、エリカ様は隣国知識にお詳しいのだ。」
「なるほど…。隣国の知識か。」
(それで納得しちゃうルナエクリプス、大丈夫?)
肩をすくめて、やれやれと手を広げる騎士のロウ。小憎らしい表情にリアンも言い返せなかった。
「これから新米護衛には気合いをこめないとな、米だけに!わははは。」
「「……。」」
静寂の中で、レインだけは幸せそうに白米を頬張っていた。
「おかわり!」
――どうやら、この世界では。 白米も、ダジャレも、妙な中毒性があるらしい。




