第24話 『養子騒動』どころではない
レインの養子お披露目は、思っていた以上に盛大なものになった。
広間には領内外のルフェラン家と親しい貴族が集まり、穏やかな音楽とともに談笑が広がっている。
しかし、私の心は穏やかではなかった。原因は、目の前。
「……つまり、セリーナが?」
お父様の声は穏やかだったが、逆に怖い。
「はい」
ロベッタ男爵は、にこやかに頷く。
「この度、孤児院の子供を養子として迎えることにいたしました」
お父様は当然、寝耳に水だったようで、どうしてそうなったのか理解できない様子だった。
そんなお父様をよそに、セリーナ叔母様は静かに前へ進み、口を開いた。
「皆様、発表がございます」
はっきりとしたセリーナ叔母様の声に、一瞬、場の空気が止まる。
「この度、私達ロベッタ男爵家も養子を迎えることにいたしました」
音が消えたような静寂。
「さあ、マリア、こちらへ」
セリーナ叔母様に呼ばれるマリア。
「まあ、夫人とドレスの色合いを合わせて、本当の親子みたい」
セリーナ叔母様の藤色のドレスと、マリアのラベンダーのドレスは偶然だったのだが、見る人が見たら合わせたように見える。
お父様が険しい顔で、こちらを見ている。
私とセリーナ叔母様がルフェラン家のレインの養子に合わせて、ロベッタ家がマリアの養子を迎える発表をしたと思われる……。いや、お父様の表情はそう思っている気がする。
お父様の視線が、完全にこちらに固定されている。
いや、そうなればいいと思ったけど……こんなスピード展開になるとは思っていなかった。だが、ここで視線を逸らしたら……。私はにこりと笑って、正面から受け止めた。
(違います。偶然です)
心の中でだけ弁明する。
一方で、会場は静寂からじわじわとざわめきへと変わり始めていた。
「ロベッタ家も養子を……?」
「しかも孤児院から……?」
「ルフェラン家と同時期に?」
ひそひそ声が、確実に『妙な方向』に転がっていく。
(やめて、その考察。違うから)
しかし貴族という生き物は、一度『意味』を見出すと止まらない。
「つまり……両家で方針を揃えたと?」
「慈善事業の一環か……?」
「いや、それ以上の『意図』があるのでは……」
(ないです、本当にないです)
内心で全力否定するが、もちろん届くはずもない。
「エリカ」
お父様がひきつった表情のまま、こちらに来た。
「はい、お父様」
「……説明してもらおうか?」
完全にお父様の圧力に包囲されている。
だが、その前に――。
「いやいや、これは偶然でして」
口を挟んだのはロベッタ男爵だった。
「セリーナが『どうしても』と申しましてね」
にこやかで、絶対に引かない。
お父様の眉がぴくりと動く。
「『どうしても』……?」
その視線が、セリーナ叔母様へ向く。ゆっくりとセリーナ叔母様がマリアを連れて、こちらに来る。
「お兄様、この子を迎えたいと思いました」
迷いのない声だった。あの時から『止まっていた』セリーナ叔母様が、ここまで言い切る。それだけで、空気の重みが変わる。お父様は数秒、何も言わなかった。
しかし、視線をマリアに移した瞬間、再び、眉間に皺がよった。
(あ……マリアと双子コーデを見てる。)
完全に、タイミングが最悪だった。
お父様の視線が、私とマリアをゆっくり往復する。そして、セリーナ叔母様を見る。もう一度、私を見る。――理解した顔をした。
(絶対違う方向に理解してる)
「……エリカ」
静かな声。
「はい」
「これが『偶然』か?」
圧が強い。
「……私も予想しておりませんでした」
ギリギリ嘘ではないラインで答える。お父様の目が細くなる。
「まあまあ」
ロベッタ男爵が、ふわっと割って入った。
「若い子達が考えたことです。多少の『演出』はあってもよろしいでしょう」
(ナイスフォロー……でもそれ違う!)
「演出、だと?」
お父様の眉がさらに寄る。
「ええ」
にこやかに頷く男爵。
「新しい親子。新しい従姉妹。その象徴として、『形』を整えた」
(あ、ダメだこれ。ドレスがそうとしか見えない)
会場の貴族たちも一斉に頷き始める。
「なるほど……」
「確かに、視覚的に分かりやすい……」
「これは計算されているな……」
(されてないです……セリーナ叔母様のドレスの色は、本当に偶然です)
完全に『深読み』が始まっていた。
私はそっと視線を逸らす。
――逃げたい。
会場はロベッタ家の養子の話題と新しいドレスの話で大いに盛り上がっていた。
そんな喧騒の中、疲れ切った私の手を引いたのは――本日の主役、レインだった。
「姉しゃま……元気ない?」
心配するレインに微笑む。
「姉しゃま、これあげます。黄金色のカッコイイくしゃ(草)です」
レインが稲穂を私に差し出す。
「この皮を取るとキレイな欠片が入ってます」
レインはそう言うと稲穂の一粒を取り、籾を剥がす。レインの手のひらの上に乗った、小さな白い粒。中から出てきたのは――米だった。それは、見間違えるはずもない。この世界の主食は小麦で米はない。
「米……この稲穂、どこにあったの?」
前世で味わった米の記憶……一瞬で、思考が切り替わる。さっきまでの『養子騒動』とか、『深読み』とか、全部どうでもよくなった。
レインはきょとんとして、それから嬉しそうに笑った。
その時の私は、まだ知らなかった。
この『雑草』が、後にロベッタ男爵領を変えることになるなんて。




