“養子騒動”どころではない
レインの養子お披露目は、思っていた以上に盛大なものになった。
広間には領内外のルフェラン家と親しい貴族が集まり、穏やかな音楽とともに談笑が広がっている。
しかし、私の心は穏やかではなかった。原因は、目の前。
「…つまり、セリーナが?」
お父様の声は穏やかだったが、逆に怖い。
「はい。」
ロベッタ男爵はにこやかに頷く。
「この度、孤児院の子供を養子として迎えることにいたしました。」
お父様は当然、寝耳に水だったようで、どうしてそうなったのか理解できない様子だった。そんなお父様を尻目にセリーナ叔母様は動く。
「皆様、発表がございます。」
はっきりとしたセリーナ叔母様の声に、一瞬、場の空気が止まる。
「この度、私達ロベッタ男爵家も養子を迎えることにいたしました。」
音が消えたような静寂。
「さあ、マリア、こちらへ。」
セリーナ叔母様に呼ばれるマリア。
「まあ、夫人とドレスの色合いを合わせて、本当の親子みたい。」
セリーナ叔母様の藤色のドレスと、マリアのラベンダーのドレスは偶然だったのだが、見る人が見たら合わせたように見える。
お父様が険しい顔で、こちらを見ている。
私とセリーナ叔母様がルフェラン家のレインの養子に合わせて、ロベッタ家がマリアの養子を迎える発表をしたと思われる…。いや、お父様の表情はそう思っている気がする。
お父様の視線が、完全にこちらに固定されている。
いや、そうなればいいと思ったけど…こんなスピード展開になるとは思っていなかった。だが、ここで視線を逸らしたら…。私はにこりと笑って、正面から受け止めた。
(違います。偶然です。)
心の中でだけ弁明する。
一方で、会場は静寂からじわじわとざわめきへと変わり始めていた。
「ロベッタ家も養子を…?」
「しかも孤児院から…?」
「ルフェラン家と同時期に?」
ひそひそ声が、確実に“妙な方向”に転がっていく。
(やめて、その考察。違うから。)
しかし貴族という生き物は、一度“意味”を見出すと止まらない。
「つまり…両家で方針を揃えたと?」
「慈善事業の一環か…?」
「いや、それ以上の“意図”があるのでは…」
(ないです、本当にないです。)
内心で全力否定するが、もちろん届くはずもない。
「エリカ。」
お父様がひきつった表情のまま、こちらに来た。
「はい、お父様。」
「…説明してもらおうか?」
完全にお父様の圧力に包囲されている。
だが、その前に―。
「いやいや、これは偶然でして。」
口を挟んだのはロベッタ男爵だった。
「セリーナが“どうしても”と申しましてね。」
にこやかで、絶対に引かない。
お父様の眉がぴくりと動く。
「“どうしても”…?」
その視線が、セリーナ叔母様へ向く。ゆっくりとセリーナ叔母様がマリアを連れて、こちらに来る。
「お兄様、この子を迎えたいと思いました。」
迷いのない声だった。あの時から“止まっていた”セリーナ叔母様が、ここまで言い切る。それだけで、空気の重みが変わる。お父様は数秒、何も言わなかった。
しかし、視線をマリアに移した瞬間、再び、眉間に皺がよった。
(あ…マリアと双子コーデしていたのだった。)
完全に、タイミングが最悪だった。
お父様の視線が、私とマリアをゆっくり往復する。そして、セリーナ叔母様を見る。もう一度、私を見る。―理解した顔をした。
(絶対違う方向に理解してる。)
「…エリカ。」
静かな声。
「はい。」
「これが“偶然”か?」
圧が強い。
「…結果的には、そうなりました。」
ギリギリ嘘ではないラインで答える。お父様の目が細くなる。
「まあまあ。」
ロベッタ男爵が、ふわっと割って入った。
「若い子達が考えたことです。多少の“演出”はあってもよろしいでしょう。」
(ナイスフォロー…でもそれ違う!)
「演出、だと?」
お父様の眉がさらに寄る。
「ええ。」
にこやかに頷く男爵。
「新しい親子。新しい従姉妹。その象徴として、“形”を整えた。」
(あ、ダメだこれ。ドレスがそうとしか見えない。)
会場の貴族たちも一斉に頷き始める。
「なるほど…」
「確かに、視覚的に分かりやすい…」
「これは計算されているな…」
(されてないです…セリーナ叔母様のドレスの色は、本当に偶然です。)
完全に“深読み大会”が始まっていた。
私はそっと視線を逸らす。
―逃げたい。
会場がドレスを絶賛する声に包まれる中、疲れ切った私の手を引っ張ったのは…本日の主役、レインだ。お母様と挨拶を終えて私達の所へ戻ってきた。
「姉しゃま…元気ない?」
心配するレインに微笑む。
「姉しゃま、これあげます。黄金色のカッコイイくしゃ(草)です。」
レインが稲穂を私に差し出す。
「この皮を取るとキレイな欠片が入ってます。」
レインはそう言うと稲穂の一粒を取り、籾を剥がす。レインの手のひらの上に乗った、小さな白い粒。中から出てきたのは―米だった。それは、見間違えるはずもない。この世界の主食は小麦で米はない。
「米…この稲穂、どこにあったの?」
前世で味わった米の記憶…一瞬で、思考が切り替わる。さっきまでの“養子騒動”とか、“深読み大会”とか、全部どうでもよくなった。
レインはきょとんとして、それから嬉しそうに笑った。
その時の私は、まだ知らなかった。
この“雑草”が、後にロベッタ男爵領を変えることになるなんて。




