第22話 運命の設計図
セリーナ叔母様は、地方のロベッタ男爵家に嫁いだ。
国外れの農村部をロベッタ家が領している。地方貴族という事もあり、都心部に来るのは王家からの召集があった時くらいだ。
ルフェラン領に来てもらうには、家族として招くしか手段がない。
私はお父様に相談することにした。
「レインの養子のお披露目はいつですか?」
お父様の手が、ぴたりと止まった。書類に落ちていた視線が、ゆっくりとこちらへ向く。
「……急にどうした」
声は穏やかだが、完全に『探り』のそれだった。
「まだ日取りは決めていないはずだが」
(やっぱり、簡単には乗ってこないか)
私は一歩、距離を詰める。
「でしたら、良い機会かと思いまして」
「何のだ?」
「セリーナ叔母様をお招きするのに、です」
一瞬の沈黙。
お父様の眉が、わずかに寄る。
「レインの養子のお披露目は、ルフェラン家の『内』の話ではありますが――ロベッタ男爵家に嫁いだとはいえ、親戚を招くのは当然です」
お父様はしばらく何も言わなかった。
やがて、椅子の背に深く体を預ける。
「レインを弟として、セリーナ叔母様に早く紹介したいのです」
(半分は本当、半分は建前)
本当の目的――マリアの件は、まだ言えない。
「招待状はこちらで用意しよう」
「ありがとうございます」
無邪気に喜び、頭を下げる。
だが――。
「エリカ」
声が落ちた。
「今回の件、『それだけ』ではないな?」
鋭い一言だった。一瞬だけ、言葉が詰まる。
(お父様も学習しているわ……。)
けれど、ここで完全に隠すのは悪手だ。
「……はい」
ゆっくりと顔を上げる。
「セリーナ叔母様に、お話ししたいことがあります」
「内容は?」
「直接、お伝えしたいです」
間を置かずに答える。
お父様は、じっとこちらを見たまま――やがて小さく頷いた。
「いいだろう。好きにしなさい。しかし、何かあるなら事前に相談すること」
その言葉に、ほんの少しだけ胸が締まる。
「……はい」
短く答えた。
部屋を出た後、私は小さく息を吐いた。
(第一関門、突破)
けれど――本番はこれからだ。マリアを、『運命に戻す』か、『別の未来に連れていくか』。その選択は、きっと、これからで決まる。
私は執事のクルードを探す。クルードはお祖父様の代から我が家に勤めている執事だ。セリーナ叔母様の事もお父様以上に詳しいはずだ。
廊下の角を曲がったところで、ちょうど目的の人物を見つけた。
「クルード」
声をかけると、年季の入った執事は静かに振り返る。
「お呼びでしょうか、お嬢様」
相変わらず、隙のない所作だった。
「少し、聞きたいことがあるの」
「なんなりと」
私は一度だけ周囲を確認してから、小さく声を落とした。
「セリーナ叔母様のこと、教えてほしいの」
一瞬だけ――クルードの目が細くなった。ほんのわずか。けれど、確かに『反応』があった。
「……珍しいですね。お嬢様がその話題を望まれるのは」
静かな声。だが、その奥に探る色が混じる。
(やっぱり、簡単にはいかないか)
「今回、お招きすることになったでしょう?」
あくまで自然に続ける。
「失礼のないように知っておきたいの」
嘘ではない。全部じゃないだけだ。クルードはしばらく私を見ていたが、やがて小さく息を吐いた。
「……承知いたしました」
ゆっくりと、言葉を選ぶように話し始める。
「セリーナ様は、非常に聡明な方でした」
「『でした』……?」
思わず聞き返す。クルードは首を横に振った。
「今も、でございます。ただ――」
一瞬だけ、言葉が途切れる。
「お子様を亡くされてから、感情を表に出されなくなりました」
胸の奥が、少しだけざわつく。分かっていたはずなのに、実際に言葉になると重い。
「ご懐妊され、里帰りした時は、庭のガセボで讃美歌を歌い、とても幸せそうでした」
子供に聞かせていた讃美歌。――それは、きっと今でも消えていない。
(……使えるわ)
胸の奥で、静かに確信する。
クルードは続ける。
「旦那様も大層喜ばれておりました。あの頃のセリーナ様は――」
そこで、言葉を切った。
「……失礼。少し喋りすぎました」
それ以上は語るべきではないと判断したのか、静かに一礼する。
私は、ゆっくりと首を振った。
「ううん。十分よ」
必要なものは、もう揃っている。
――失った子供。
――止まった時間。
――そして、まだ残っている『母としての記憶』。
(『思い出させる』だけでいい。元々あった『運命』を、繋ぎ直す)
「ありがとう、クルード」
「いえ」
いつもと変わらない。けれど、その目はほんの少しだけ柔らかかった。
その場を離れながら、私はゆっくりと考える。
(セリーナ叔母様は、まだ傷ついている。だからこそ――踏み込み方を間違えれば、壊れる)
強引にすれば拒絶される。同情でも、説得でも駄目だ。必要なのは、『選ばせること』。自分で、もう一度『母になる道』を。
◇
後日、私はケイトに、新たなドレスの制作を依頼することにした。
名目は――ゴムを使用した日常的に着られる服だが、本当の目的は別にある。
「コンセプトは姉妹で着るお揃いのドレスを」
前世の双子コーデの特徴を告げると、ケイトは一瞬きょとんとした後、すぐに目を輝かせた。
「お揃いとは斬新ですね!」
食いつきが早い。さすがケイトだ。
「どのようなデザインになさいますか?」
「動きやすさを重視したものがいいわ。締め付けないけれど、形は綺麗に出るもの」
「ゴムを使うのですね?」
「ええ。伸縮性を活かして、身体に合わせて自然に馴染むように」
ケイトはすぐに布と筆記具を取り出し、軽やかに線を引き始める。
「それで、『お揃い』ということは……もうお一方分もご用意を?」
「ええ。同じ型で、二着」
言いながら、自分の中で確信が強くなる。
(これは、『準備』だ)
まだ決まっていない関係を、先に『形』にする。言葉で説得するより、ずっと強い。
「お色はどうなさいます?」
(私の髪色はお母様譲りのラベンダーグレイだが、マリアの髪色はブロンドよりのベージュ……。)
「淡い色でいいわ。主張しすぎないもの」
「それでは、並んだ時に調和するよう、微妙に色味を変えるのはいかがでしょう?」
さすがケイト、分かっている。
「いいわね、それ」
完全に同じではなく、『並んでこそ意味がある』形。
「承知いたしました。心を込めてお仕立ていたします!」
軽やかに頭を下げるその姿を見ながら、私はゆっくりと息を吐く。シュシュの時に学んだ衣装は――『関係』を可視化するものだ。並んで立つ理由を、先に作る。
運命作りは、まだ終わらない。
マグノリア教会に寄付という名目で置いたピアノ。
孤児院の子供達に合唱というレクリエーションを取り入れて、マリアに自然な状況で讃美歌の練習をさせる。
(この歌はクルードから聞いた讃美歌だ)
マリアの歌声が、静かに礼拝堂に響く。
それは、誰かに教えられたものじゃない。――『誰かに届いてほしい』声だった。
マリアの設定——売春酒場の歌手からオペラ歌手まで成り上がるという設定どおり、歌声は美しかった。
またレオナルドの素質はマリアから継いでいるのか、ピアノの上達も早かった。
ここまでやれば十分だったが、念のため書類もカモフラージュする事にした。
スタール男爵家に引き取られてから、孤児院を訪問するようになったトモエは、書類の整理等を手伝う機会が多くなった。
(運命の数字を作る)
それを利用して、書類上でもマリアの入所時期が、セリーナ叔母様の子供を亡くした時期と自然につながるよう整えた。
これで、誰が見ても『偶然』になる。




