運命の設計図
セリーナ叔母様は、地方のロベッタ男爵家に嫁いだ。国外れの農村部をロベッタ家が領している。地方貴族という事もあり、都心部に来るのは王家からの召集があった時くらいだ。
ルフェラン領に来てもらうには、家族として招くしか手段がない。私はお父様に相談することにした。
「レインの養子のお披露目はいつですか?」
お父様の手が、ぴたりと止まった。書類に落ちていた視線が、ゆっくりとこちらへ向く。
「…急にどうした。」
声は穏やかだが、完全に“探り”のそれだった。
「まだ日取りは決めていないはずだが。」
(やっぱり、簡単には乗ってこないか。)
私は一歩、距離を詰める。
「でしたら、良い機会かと思いまして。」
「何のだ?」
「セリーナ叔母様をお招きする、です。」
一瞬の沈黙。
お父様の眉が、わずかに寄る。
「レインの養子のお披露目は、ルフェラン家の“内”の話ではありますが―ロベッタ男爵家に嫁いだとはいえ、親戚を招くのは当然です。」
お父様はしばらく何も言わなかった。
やがて、椅子の背に深く体を預ける。
「レインを弟として、セリーナ叔母様に早く紹介したいのです。」
(半分は本当、半分は建前。)
本当の目的―マリアの件は、まだ言えない。
「招待状はこちらで用意しよう。」
「ありがとうございます。」
無邪気に喜び、頭を下げる。
だが―。
「エリカ。」
声が落ちた。
「今回の件、“それだけ”ではないな?」
鋭い一言だった。一瞬だけ、言葉が詰まる。
(お父様も学習している…。)
けれど、ここで完全に隠すのは悪手だ。
「…はい。」
ゆっくりと顔を上げる。
「セリーナ叔母様に、お話ししたいことがあります。」
「内容は?」
「直接、お伝えしたいです。」
間を置かずに答える。
お父様は、じっとこちらを見たまま―やがて小さく頷いた。
「いいだろう。好きにしなさい。しかし、何かあるなら事前に相談する事。」
その言葉に、ほんの少しだけ胸が締まる。
「…はい。」
短く答えた。
部屋を出た後、私は小さく息を吐いた。
(第一関門、突破。)
けれど―本番はこれからだ。マリアを、“運命に戻す”か、“別の未来に連れていくか”。その選択は、きっと、これからで決まる。
私は執事のクルードを探す。クルードはお祖父様の代から我が家に勤めている執事だ。セリーナ叔母様の事もお父様以上に詳しいはずだ。
廊下の角を曲がったところで、ちょうど目的の人物を見つけた。
「クルード。」
声をかけると、年季の入った執事は静かに振り返る。
「お呼びでしょうか、お嬢様。」
相変わらず、隙のない所作だった。
「少し、聞きたいことがあるの。」
「なんなりと。」
私は一度だけ周囲を確認してから、小さく声を落とした。
「セリーナ叔母様のこと、教えてほしいの。」
一瞬だけ―クルードの目が細くなった。ほんのわずか。けれど、確かに“反応”があった。
「…珍しいですね。お嬢様がその話題を望まれるのは。」
静かな声。だが、その奥に探る色が混じる。
(やっぱり、簡単にはいかないか。)
「今回、お招きすることになったでしょう?」
あくまで自然に続ける。
「失礼のないように知っておきたいの。」
嘘ではない。全部じゃないだけだ。クルードはしばらく私を見ていたが、やがて小さく息を吐いた。
「…承知いたしました。」
ゆっくりと、言葉を選ぶように話し始める。
「セリーナ様は、非常に聡明な方でした。」
「“でした”…?」
思わず聞き返す。クルードは首を横に振った。
「今も、でございます。ただ―…」
一瞬だけ、言葉が途切れる。
「お子様を亡くされてから、感情を表に出されなくなりました。」
胸の奥が、少しだけざわつく。分かっていたはずなのに、実際に言葉になると重い。
「ご懐妊され、里帰りした時は、庭のガセボで讃美歌を歌い、とても幸せそうでした。」
子供に聞かせていた讃美歌。―それは、きっと今でも消えていない。
(…使える。)
胸の奥で、静かに確信する。
クルードは続ける。
「旦那様も大層喜ばれておりました。あの頃のセリーナ様は―…。」
そこで、言葉を切った。
「…失礼。少し喋りすぎました。」
それ以上は語るべきではないと判断したのか、静かに一礼する。
私は、ゆっくりと首を振った。
「ううん。十分よ。」
必要なものは、もう揃っている。
―失った子供。
―止まった時間。
―そして、まだ残っている“母としての記憶”。
(“思い出させる”だけでいい。元々あった“運命”を、繋ぎ直す。)
「ありがとう、クルード。」
「いえ。」
いつもと変わらない礼。けれど、その目はほんの少しだけ柔らかかった。
その場を離れながら、私はゆっくりと考える。
(セリーナ叔母様は、まだ傷ついている。だからこそ―踏み込み方を間違えれば、壊れる。)
強引にすれば拒絶される。同情でも、説得でも駄目だ。必要なのは、“選ばせること”。自分で、もう一度“母になる道”を。
◇
後日、私はケイトに、新たなドレスの制作を依頼することにした。
名目は―ゴムを使用した日常的に着れる服だが、本当の目的は別にある。
「コンセプトは姉妹でお揃いのドレスを。」
前世の双子コーデの特徴を告げると、ケイトは一瞬きょとんとした後、すぐに目を輝かせた。
「お揃いとは斬新ですね!」
食いつきが早い。さすがケイトだ。
「どのようなデザインになさいます?」
「動きやすさを重視したものがいいわ。締め付けないけれど、形は綺麗に出るもの。」
「ゴムを使うのですね?」
「ええ。伸縮性を活かして、身体に合わせて自然に馴染むように。」
ケイトはすぐに布と筆記具を取り出し、軽やかに線を引き始める。
「それで、“お揃い”ということは…もうお一方分もご用意を?」
「ええ。同じ型で、二着。」
言いながら、自分の中で確信が強くなる。
(これは、“準備”だ。)
まだ決まっていない関係を、先に“形”にする。言葉で説得するより、ずっと強い。
「お色はどうなさいます?」
(私の髪色はお母様譲りのラベンダーグレイだが、マリアの髪色はブロンドよりのベージュ…。)
「淡い色でいいわ。主張しすぎないもの。」
「それでは、並んだ時に調和するよう、微妙に色味を変えるのはいかがでしょう?」
さすがケイト、分かっている。
「いいわね、それ。」
完全に同じではなく、“並んでこそ意味がある”形。
「承知いたしました。心を込めてお仕立ていたします!」
軽やかに頭を下げるその姿を見ながら、私はゆっくりと息を吐く。シュシュの時に学んだ衣装は―“関係”を可視化するものだ。並んで立つ理由を、先に作る。
運命作りは、まだ終わらない。
マグノリア教会に寄付という名目で置いたピアノ。孤児院の子供達に合唱というレクリエーションを取り入れて、マリアに自然な状況で讃美歌の練習をさせる。
マリアの歌声が、静かに礼拝堂に響く。それは、誰かに教えられたものじゃない。―“誰かに届いてほしい”声だった。売春酒場の歌手からオペラ歌手まで成り上がるというマリアの設定なのか歌声は美しく、またレオナルドの素質はマリアからなのか、ピアノの上達も早かった。
ここまでやれば十分だったが、念のため書類もカモフラージュする事にした。スタール男爵家に引き取られてから、孤児院を訪問するようになったトモエは、書類の整理等を手伝う機会が多くなった。それを利用して、マリアの孤児院入所時期をセリーナ叔母様の子供が亡くなった時期に合わせた。
これで“偶然”になる。誰が見ても、自然な流れの完成だ。




