最悪の護衛、爆誕
久しぶりに孤児院を訪れ、トモエ達と顔を合わせたことで、少しだけ気持ちが軽くなっていた。マリアとセリーナ叔母様の運命を作るという新たな課題はあるが、ちゃんと“前に進んでいる実感”がある。
(…よし。まだやれる。)
そんな前向きな気持ちのまま、屋敷に戻った…はずだった。
玄関に立っていたエディと目が合う。無言で、こちらを手招く。
(…嫌な予感しかしない。)
近づいた瞬間、エディが小声で言った。
「お嬢様…やっかいなことになりました。」
その一言で、全部察する。
「覚悟、しておいてください。」
(やっぱり…。)
私は小さく息を吐いて、そのまま屋敷に入った。使用人に案内され、客室へ向かう。廊下を歩く間、妙に空気が張り詰めている気がした。
(…お父様案件ね。)
ノックの後、扉が開く。その瞬間―思考が止まった。そこにいたのは…つい先日、“死にかけていたはずの男”ルナエクリプスのリーダーだった。
一瞬、時間が巻き戻ったのかと思った。
(いやいやいやいや。)
脳内で全力否定する。生きてるのは知ってる。助けたのは私だ。でも―ここにいる理由が、分からない。軽くどころか、盛大にパニックだ。
そんな私をよそに、男は自然な動作で立ち上がり優雅に一礼した。
「初めまして。」
落ち着き払った声。
「この度、お嬢様の護衛騎士として採用された―リアンと申します。」
(…は?あなたライアンでしょ?名前変え方、雑過ぎない?それともわざと?)
一拍遅れて、理解が追いつく。
(いやいやいや、ちょっと待って。)
護衛騎士?この人が?よりにもよって、この人が?
(なんで!?)
頭の中でツッコミが爆発する。
そういえば、お父様が言っていた。護衛を増やすと。確かに言っていた。でも…。
(人選がおかしいでしょ!!)
目の前の男は、何事もなかったかのように穏やかな顔をしている。まるで先日の夜の“死線”も、“裏の顔”も、全部なかったことのように。
(いや、絶対なかったことにしちゃダメなやつ。)
視線が、ほんの一瞬だけ合う。その目に、わずかに浮かんだのは―“面白がっている色”だった。
(…ああ、これ。)
完全に、面倒なことになるやつだ。
固まる私をよそに、お父様がゆっくりと口を開いた。
「エリカ。」
いつもの穏やかな声。
「先日言っただろう。護衛を増やすと。」
「…はい。」
声が、少しだけ上ずる。
「彼は優秀だ。推薦もあってな。」
(推薦って誰の!?絶対ろくでもないところから来てるでしょ!?)
内心のツッコミを押し殺す。
「お前専属の護衛だ。」
「…専属、ですか?」
思わず聞き返してしまった。その瞬間。ちらり、と“リアン”の視線がこちらに向く。
(やめて、その顔。先日まで死にかけていたくせに。)
「問題があるか?」
お父様の声が落ちる。
(あります!!めちゃくちゃありますけど!!)
「い、いえ……ありません。」
即答するしかない。
「ならいい。」
短く言い切ると、お父様はリアンへ視線を移した。
「娘は少し無茶をするところがある。目を離すな。」
(ちょっと待って、そのフラグやめて。)
「承知しております。」
穏やかな声で答えるリアン。完璧な“護衛騎士”の顔。
(ルナエクリプスのリーダーが!?)
現実がバグっている。
「では、早速だが―。」
お父様が続けようとした、その時。
「一つ、よろしいでしょうか?」
リアンが口を開いた。空気が、わずかに変わる。
「…何だ?」
「お嬢様は、非常に“危険な場所”に関わる可能性があります。」
心臓が、嫌な音を立てた。
(ちょっと待って。何を言い出すの?)
「それ相応の裁量を、私に与えていただきたい。」
落ち着いた声。だが、その言葉の中身は完全に“踏み込み”だった。
「具体的には?」
お父様の目が細くなる。
「緊急時における、独断での行動許可です。」
(アウトー!!)
内心で絶叫する。
(それ認めたら絶対ダメなやつ!!)
一瞬の沈黙。張り詰める空気。
「…理由は?」
静かな問いにも、リアンは一切迷わなかった。
「お嬢様を守るためです。」
(見張るためでしょ!!)
その答えに、お父様はわずかに考え込む。
「…範囲は限定する。」
低く、慎重な声。
「事後報告は必須だ。」
(それでも十分アウト!!)
「承知しました。」
あっさりと頷くリアン。話がまとまってしまった。
(いやちょっと待って、私の意見は!?)
完全に置いていかれている。
「エリカ。」
呼ばれて、びくっとする。
「彼は優秀だ。信頼して任せろ。」
「…はい。」
反射で答えるしかない。
(信頼できるわけあるか!!)
内心は大荒れだ。
お父様は小さく息を吐いた。
「今日はここまでだ。下がっていい。」
解放の言葉だった。
「失礼します。」
逃げるように一礼し、部屋を出る。―出た、はずだった。
「お嬢様。」
背後からの声に足が止まる。振り返ると、そこにはリアンがいた。いつの間にか、すぐ後ろに立っている。
(気配どうしたの!?)
「…何か?」
できるだけ平静を装う。
リアンは、ほんの少しだけ距離を詰めた。
「先日の“借り”がありますので。」
小さく、低く。
「お嬢様の願いは叶えますよ。」
その目は―完全に、“影の側”のそれだった。
「…願い?」
即答した。だが、リアンは楽しそうに笑う。
「エドモンドをエディとして侍女と息子の元へ。」
一歩、近づき。完全に、逃げ道を塞ぐ位置。
「それがあなたの“願い”でしょ?」
ぞくり、とした。
「確かに。ターニャとラウルモンドにエディは必要だわ…でも、それと新たに諜報員が来るのとは違うわ。」
(…しかも、組織のトップ自らなんてあり得ない。)
深く息を吐き、睨み返す。
「言っておきますけど、これは然るお方のご意向でもあります。」
(然るお方って、アイゼン王太子しか浮かばないんですが!)
一歩、踏み出す。
「あなたの願いを叶え、影としての役目を果たす。それが可能だったのは、私だけだったのです。」
リアンが、目を細めた。これはもう―“普通の護衛”なんてものじゃない。
(…ああ、これ。)
完全に、面倒なことになる予感がした。




