ルート破壊ミーティング
ルナエクリプスの件の報告も兼ねて、久しぶりに孤児院を訪れた。
マグノリア教会の敷地の一角には、新たに簡易的な医療施設―救護所が設けられている。白い布で仕切られた空間。簡素だけどウレタンの使用された寝台。消毒用の水と布。それだけの設備なのに、ここには確かに“医療”があった。
行き交う人々の表情が違う。不安で訪れた場所に“安心”が混ざっている。
(…ちゃんと、形になってる。)
胸の奥が、少しだけ温かくなった。
領民が助けを求めるなら、まず神に祈る。ならば、その隣に医療を置けばいい。そう考えて決めた場所だった。
ここなら、私も不自然なく出入りできる。
ブラッドは医師の往診として、トモエは孤児院への訪問とブラッドの手伝いで自宅と行き来している。三人が顔を合わせる都合の良い場所だった。
「エリカ様。」
呼ばれて顔を上げる。
そこにいたのは、白衣姿のブラッドだった。
袖をまくり、手にはまだ水気が残っている。
「来ると思ってました。」
「何それ、予知かしら?」
「言いたい事がたくさんあるって顔に書いてありますよ。」
即答だった。
(そんなに分かりやすい?)
「それより―…。」
ブラッドの視線が、少しだけ真剣になる。
「やりましたね。」
短い言葉。それだけで、通じた。
「…ええ、ちゃんと、生きてた。」
あの夜の緊張が、ようやくほどける。
そこに―。
「二人とも、そこで立ち話?」
呆れた声が割って入る。振り向くと、トモエが腕を組んで立っていた。
「ここ、一応、仕事場なんだけど。」
「分かってるって。」
容赦がない。その距離感に少しだけ安心する。前世で恋人だったと二人。関係がどうなるか気にはなっていたけど、心配はいらないみたいだった。
「…で?」
トモエはじっとこちらを見る。
「報告でしょ?」
私はあの日の出来事を二人に報告した。
月光亭のこと、疫病のこと、そして――アイゼン王太子のこと。
一通り話し終えると、トモエが小さく息を吐いた。
「ルナエクリプスリーダーを救えたのは良かったけど…。」
ちらり、とこちらを見る。
「アイゼン殿下、だいぶ面倒そうね。」
「面倒ってレベルじゃないわよ。」
即答してしまった。
横でブラッドが肩をすくめる。
「この世界は、トモの頭の中が反映されてるんだろ?当時のお前のイメージじゃないのか。」
「…否定はできないのが腹立つのよね。」
トモエが遠い目をする。
「アイゼン殿下って、“キング”っていう最強ポジションで作ったキャラなのよ。国王として完璧で、カリスマがあって…。」
「だからこそ、双子の王子の確執が映えるって設定だったの。」
私は思わずトモエを睨んだ。
(映えとか言うな。)
自分の子供の確執に、そんな演出はいらない。
視線に気づいたトモエが、わざとらしく肩をすくめる。
「…まあ、プラスに考えればよ?」
にやり、と笑う。
「その“最強キャラ”に目をつけられて、しかも後ろ盾になってる時点で…。」
一拍置いて、言い切った。
「この事業は、勝ち確定よ。」
その言葉に、私は思わず顔をしかめる。王家の後ろ盾によって、ウレタンを含むゴム類は“軍需品”として扱われ始めた。それはつまり―、必要とされる限り、止まらないということだ。おかげで救貧院の拡大した。工場が設立され、ルフェラン領の雇用情勢は上がっている。孤児院に関しても運営に口出される事もないし、ゴムの仕入れは孤児院を通しているので、定期的な収入は確保されているので問題はない。全部、上手くいっている。
…上手くいきすぎている。
まるで、誰かに“都合よく進められている”みたいに。
横でブラッドが、くすっと笑って静かに言う。
「一番厄介で、一番強い味方だ。」
その言葉に、少しだけ現実味が戻る。三人の視線が、自然と重なった。ここはもう、ただの孤児院じゃない。情報が集まり、選択が未来を変える場所。
「…で?」
トモエが、にやりと笑う。
「次は誰のルートを壊す?」
救った命も、動かした人も、すべてが連鎖していく。―これはもう、“ゲーム”じゃない。
次のルートは、やっぱり…。私は視線を窓の外に移す。作業場に向かう子供達の中にひときわ美しい少女がいた。レオナルド•シャーウッドの母親になる“マリア”だ。
孤児院の立て直しや医療施設の事で、マリアの事は後回しだった。孤児院の子供達は飢える心配はなくなった。子供達は読み書き計算ができるようになり、手に職をつけ、自分で選んだ道を生きられるだろう。元孤児院出身者も救貧院で過ごす間に少しずつ、自分らしい生活が送れるようになるはずだ。これは、物語の設定であるマリアが売春酒場の歌手になる理由がなくなったと言ってもいい。
…環境は変えた。未来も、選択肢も。
それでも―“誰を好きになるか”までは、変えられない。レオナルドの父親であるヘンリーがマリアに恋しないと断言は出来ないのだ。
「うろ覚えなんだが…。」
ブラッドが遠い記憶を思い出すように言う。
「マリアってキャラクターは、初めはエリカ様と従姉妹じゃなかったか?」
前世でプレイヤーとしての記憶しかない私は、その初期設定に驚く。お父様の妹、私の叔母にあたるセリーナ叔母様は、流産して子供が望めなくなった。当時の事は、私は覚えていない。ただ、二人目を望むお母様に対して、お父様が慎重なのはセリーナ叔母様の事があったから。
「マリアは…セリーナ叔母様の子供だったって事?」
言葉にした瞬間、胸の奥がざわついた。
“設定”のはずだった。ただの、ゲームの裏話のはずだった。―それが、誰かの人生を、こんな形で歪めている。
(ひどい…。)
思わず、心の中で吐き捨てる。
物語の都合で生まれてくるはずだった子供が、いなかったことになる。設定の為に親が、いなかったことになる。
トモエが言っていた言葉が、重く沈む。
―物語のせいで、人の生き死にが決まる。
その意味を、今なら理解できる。
(…なら、私は。)
「…だったら、初期設定に戻しましょう。」
二人は驚いた表情でこちらを見る。
「マリアを、セリーナ叔母様の養子にするの。」
「養子ってそんな簡単に…」
私は言葉を遮った。
「簡単じゃないわ。」
一瞬、間を置く。
「だから…作るの。」
視線をまっすぐに向ける。
「縁も、理由も、周囲の納得も…全部。」
静かに言い切る。
赤ちゃんの名付けは、妊娠後期が多いという前世の記憶がある。胎児ネームをつける文化があったり、子供の名前は特別だ。初期設定が活かされたままなら、マリアということになる。
そして、今の私の記憶の中に―
「あの子が生きていたら、従姉妹でお揃いのドレス姿が見れたのにね…。」
あの時の、少しだけ寂しそうなセリーナ叔母様の笑顔が脳裏に浮かぶ。子供は、女児だったのは間違いない。
私は運命を作る準備を始めることにした。




