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ママじゃない~攻略対象の母に転生したので、破滅エンドを潰します~  作者: めそこここ
恋蜜《こいみつ》は乙女ゲームより奇なり

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第18話 ルナエクリプス突撃

 ――ターニャを一人にしないで。


 あの言葉の直後、私達は動いた。

 躊躇している時間なんてない。

 病気は、待ってくれないのだ。


 本来なら許されない夜の外出。厨房の勝手口から人目を避けるように出かけた。


「護衛はつけないのですか?」


「いらない。エディがいるでしょ?」


 ――護衛を連れれば、目立つ。

 目立てば、“向こう”に警戒される可能性がある。危険なのは分かっていた。


 それでも、今は猶予がない。

 ここで動かなければ手遅れになる。


「私が案内するわ。」


 隣を歩いていたエディが、わずかに目を細める。


「案内、ですか?」


 ルフェラン領の繁華街の外れに位置する目的地に行くには馬車が必要になる。

 しかし、私には孤児院から表通りへ抜ける近道がある。昼間とは違い、灯りのない道は足元すら心許ない。

 それでも迷いなく進み、エディは無言でその背を追った。教会関係者に見つからないか不安もあったが、夜遅い時間という事もあり、無事に表通りに出られた。


「“月光亭(げっこうてい)”に向かいましょう。」


 その名前が出た瞬間、エディの空気が変わった。警戒の声色になる。


「……なぜ、それを。」


 当然の反応だった。ルナエクリプスの拠点であることは王家の者しか知らない。私は肩をすくめる。


「説明してる時間はないわ。行くわよ。」


 振り返らず、一歩、前に出る。

 エディは、一瞬だけ立ち止まる。


「……本当に、何者なんだ?」


 小さく呟いてから、後を追った。彼は確信していた。


(偶然じゃない……この少女は、“知っている”。月光亭の場所も。ルナエクリプスの意味も。そして――これから起きることも。)


 やがて、一軒の建物の前でエリカは立ち止まった。

 周囲の店が寝静まる中で、まだ店の明かりが灯り続けている。


「……月光亭(げっこうてい)。」


 小さく呟く。それを口にした瞬間、胸の奥がわずかに軋む。

 エリカの背中を見つめながら、エディは足を止めた。


「……一つだけ聞かせてください。この先で何が起きるか……お嬢様は知っているのですか?」


 ほんの一瞬の沈黙がある。


「このまま何もしなければ、あの中にいる人が死ぬことは知っているわ。」


 私は、ゆっくりと振り返る。


「……分かりました。お嬢様に従います。」


 エディの声には、もう迷いはなかった。


 エディはカウンターにいた男性に合図する。男性は無言でバーカウンターの入り口を開け、私達を通した。


 奥に足を踏み入れた瞬間、信じられない景色が広がっていた。


 外の夜気とは違った、ぬるい空気が肌にまとわりつく。

 視界の先には、朱塗りの柱が等間隔に続き、ランタンがゆらゆらと揺れ、その光に床は染められている。

 話し声は聞こえるのに姿は見えない。

 灯りが揺れるたびに影が動き、誰かに見られている気配が消えない。

 甘い香の匂いが絡みつくようで息を吸うたびに染み込んでくる。空間そのものが何かを隠しているみたいだった。

 

 私は大声を出す。


「全員、聞いて!!」


 私の声が、部屋の空気を切り裂いた。影の動きはざわざわと揺れる。


「今ここは疫病の感染源なの!何もしなければ、ここにいる全員が倒れ、国中に広がるわ!」


 ざわめきが止まる。


「だから、今ここで止める!」


 一歩、踏み出し、視線を走らせる。


 頭の中でブラッドから言われた手順を思い出す。

――「まず、患者を隔離します」


「この部屋に入る人数を絞ります。出入りは禁止!」


「おい!ふざけるな……」


「死ぬわよ?全員。」


 私は被せるように短く答える。

 空気が止まる。


 脳内のブラッドの声を思い出す。

――「飛沫、空気感染に備えてマスクを備えましょう」


 私は持ってきた布を取り出す。


「口と鼻をこれで覆って!」


「こんな布切れ意味が――」


「ある!」


 私は即答する。感染拡大防止には不可欠だ。


「部屋は1時間おきに換気して、出入りする人は全員、手をこれで洗って!」


 持参した石鹸を掲げるが、誰も動かない。


「……従え。」


 低い声でエディが言った。


「聞こえなかったか!彼女の指示に従え!」


 視線が集まり、一斉に皆動き出す。外気が取り入れられ、甘い香りが薄れていく。


「リーダーのところに案内して。」


 無言で進み、部屋の中に入るとルナエクリプスのリーダーらしき男性が寝ている。私は、孤児院で試作途中のゴム手袋を装着する。


 呼吸が荒く、唇は乾いており、手を近づけるだけで熱を感じるほど体温は上昇していた。


「……兄上。」


 エディが息を呑む。


「気持ちは分かるわ。でも、彼は患者なの。」


 鞄の中に手を入れる。ブラッドに託された薬液の入った瓶。ガラス製のシリンジに金属で出来た押し子。針管はかなり太い。


「エディもグローブをして。服を下げて。」


 ――「薬液を注射器にセットし、シリンジ内の気泡を確認し余剰液を出す。アルコールで皮膚を消毒して下さい。皮膚を伸展させたら、手を固定させ……。」


 脳内のブラッドの声を頼り進めていく。


 ――「太い筋肉を狙って下さい。外さないように。患者は痛みで動くかもしれません。」


「押さえて。」


 エディが動く。


 針先を当てる。皮膚の硬さが、思っていたより重い。針を刺した皮膚が沈む。

 遅れて、体が跳ねる。


 ――「そこで止めないで下さい。最後まで入れて下さい。」


  一瞬だけ、押す指に力が入りきらない。迷ったらダメだ。奥まで、一定にぶれないように。


「……っ。」


 喉が鳴る。

 どうにか最後まで押し込めた。針を抜き、清潔な布で押さえる。指先に、わずかな震えが残る。


「……エディ、持ってきた水を少しずつ飲ませてあげて。」


 手作り経口補水液を飲ませる。


 どれほど時間が経ったのだろうか。呼吸は先ほどより深い。脈の乱れも少しだけ整っている。私がそういう風に思いたいだけかもしれない。


 その時――、まぶたが、わずかに動く。

 あまりにも微細な反応だった。

 

「……今。」


 エディの声が、かすかに震える。


 閉じられていたまぶたが、ゆっくりと重たげに持ち上がる。わずかに覗いた瞳は虚ろに揺れ焦点が合っていない。


「……兄上。」


 エディが息を詰める。

 その声に、ほんの一瞬だけ。

 瞳が、揺れた。完全ではないが、確かに、エディの声に反応した。小さな動きがかすかに、震える。その様子にエディが息を止める。


「……、……。」


 声にならない息が漏れる。男の唇が、わずかに動く。何かを言おうとしている。だが、音にはならない。


「喋らないで、今は休んで……。」


 私は、すぐに制する。

 その言葉が届いたのか、返事をするかのように、まぶたがゆっくりと力が抜けたように閉じた。

 私はすぐに手を伸ばし、呼吸を確かめる。胸の上下のリズムが整っている。

 

「……薬が効いた……。」


 思考より先に、言葉が零れる。

 エディは答えない。ただ、ベッドの脇で、強く拳を握りしめている。その手はわずかに震えていた。


「……助かったのか?」


 押し殺した声は、信じたい気持ちと、まだ信じきれない恐れが混ざっている。

 私は一度だけ、ゆっくりと息を吐く。


「後は、体力が回復するのを待ちましょう。」


 朝日が、床をかすめるように差し込む。揺れていた影が、ゆっくりと居場所を失っていく。――長い夜が、ようやく終わる。

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