初対面の再会
午後の柔らかな光が、窓から静かに差し込んでいた。トモエは他の子供達と並んで、ゴムを使った新しい新商品である衣服を繕いながら、いつものように穏やかな時間を過ごしていた。針を動かす手は慣れたもので、無駄がない。
ふと、手が止まる。
理由は分からない。けれど、胸の奥がざわついていた。運命の歯車が、音を立てて回るような予感だった。
「トモエ、いますか?」
シスターの声だ。
「はい、シスター。」
「スタール男爵様があなたに会いに来ています。」
―スタール男爵。その名前を聞いた瞬間、トモエの心臓が強く跳ねた。頭では理解している。ここは【恋蜜】の世界。スタール男爵が来たという事は、今後の物語が動きだした。私は『トリー』として、彼の息子に嫁ぐのだ。
「…分かりました。」
針を置き、立ち上がる。足取りは落ち着いているのに、鼓動だけが速い。
応接室。扉の前で、トモエは一度深呼吸をした。
(落ち着いて。相手はただの“キャラクター”この世界はゲーム。だから…大丈夫。)
自分にそう言い聞かせる。
―扉を開けた瞬間、その前提は崩れた。そこにいたのは、スタール男爵らしき紳士と若い青年だった。
整った顔立ち。知的な瞳。初めて会うのに私を見る眼差しが温かい。
「はじめまして、トリー。」
一拍、間があった。
「―そして、久しぶりだな、トモ。」
「…。」
その瞬間、時間が止まった。言葉が出ない。知らないはずなのに、知っている。初対面のはずなのに、懐かしい呼び名。その矛盾が、空気を満たしていく。
先に口を開いたのは、ブラッドだった。
「トモ…。」
その呼び方だけで、分かった。あり得ないと分かっているのに、身体が先に理解してしまう。
「…真司?」
その名前の響きに、トモエの瞳が大きく揺れる。
「…どうして?」
喉が乾く。けれど、問いかけずにはいられない。ブラッドは、一歩、近づく。もう一歩。気づいた時には、トモエがブラッドに抱きついていた。ブラッドは、まるで存在を確かめるように抱き返す。
トモエの中で、何かが繋がる。記憶の断片。途切れた糸。形には見えないものだが、再び繋がりあえた。
「…まさか、なんで?」
震える声で、トモエ自身、何が言いたいか分からなかった。あり得ないと分かっているのに、口が動く。
「…真司だよね?」
ブラッドの目が、わずかに細められる。それは肯定だった。
「久しぶりだな。」
あの時と同じ、少し不器用な笑い方で。
「トモ。」
名前を呼ばれる。それだけで、胸の奥が締め付けられる。もう二度と聞けないと思っていた声。
「…なんで。」
涙が滲む。
「なんで、ここにいるのよ。」
責めるような言葉。けれど本当は違う。ずっと、会いたかった。
ブラッドは、ゆっくりと答える。
「会いたかった。」
その一言に、すべてが詰まっていた。沈黙が続く。けれど、それは気まずさではない。長い時間を越えて、ようやく再会した二人の―空白を埋める時間。
トモエは俯いたまま、小さく呟く。
「…で?」
やがて、トモエは顔を上げた。前世の“シナリオライターの顔”に戻る。
「真司がここにいるってことは、ただの再会じゃないんでしょ?」
ブラッドも表情を引き締める。
「ああ。」
そして、トモエに耳打ちするよう静かに言った。
「これから起こる疫病の話だ。」
その一言で“再会”は終わった。




