表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

15/29

ブラッド•スタールという男

 マグノリア教会に貴族の男性が、私に面会したいという申し出があったと知らされる。貴族なら本来、正式な書状をルフェラン家へ送るはずだ。それをわざわざ“教会”で面会を求めてくる。

—つまり、表に出せない話を持っている。教会の応接室に向かうと、そこには若い男性が立っていた。


「はじめまして。ブラッド・スタールと申します。」


 その名前に驚きの表情が隠せなかった。主人公の父親であり、トモエの結婚相手のブラッド•スタール。


「その表情…やはり、あなたも“知っている側”ですね。」


 その一言で、背筋が冷えた。ただの勘ではなく、確信している目だった。


「先に種明かしします。私も前世の記憶を持っています。そして、この世界が【人の恋は蜜の味】という乙女ゲームの世界だという事も…。」


 私は驚きのあまり声が出なかった。

 しかし、この視線。侯爵家令嬢に対してのこの距離感。嘘を言ってるようには見えなかった。


「私は、前世でゲームを作っていました。この乙女ゲームです。」

 

「トモエと同じ…!」


 ブラッドの眉がわずかに動く。


「やはり、広岡(ヒロオカ)もこの世界にいるんですね。」


 ブラッドは安堵の表情を浮かべる。

 そして、彼は小さく息を吐いた。


広岡(ヒロオカ)はどこにいますか?彼女がこの世界で誰として生きているのか、教えて頂けませんか!」


 ブラッドとトモエは、物語では夫婦となる。物語ではトモエは『トリー』という名前だったが、前世のトモエと名乗っている為、ブラッドは知らなかったようだ。


「あの、前世では広岡(ヒロオカ)さんとは同僚ですよね?広岡(ヒロオカ)さんが主人公の母親だったら、どうしますか?」


 彼の表情が変わる。


広岡(ヒロオカ)…トリー、なのか…?」


 その名前を口にした瞬間、

 彼の声がわずかに震えた。


「…生きているんだな。」


 ブラッドは前世では、【恋密こいみつ】のゲームディレクター大島真司オオシマシンジ。【恋密こいみつ】をプレイしたことがあるから、エンドロールで彼の名前は見た事があった。トモエこと広岡巴ヒロオカトモエとは、同僚という関係だけではなくプライベートでは恋人関係だったそうだ。スタール男爵は、物語のようにトリーを懸命に探しており、このままでは婚約させられてしまうと思っていた時、私が『エリカ•ルフェラン』と違う行動をしているのに気づいて、会いに来たらしい。


「この世界は、まだ“書き換えられる”と思っています。」


 ブラッドは、静かにそう言った。その言葉に、背筋が震えた。


「あなたは、何を変えようとしているんですか?」


「医療です。」


 即答だった。


「この世界は、意図的に医療が発展しないように設計されている。」


「ええ。」


 私は頷く。


「“救えない死がある方が物語として美しい”—そんな理由で人を殺す世界ものがたりの為に、俺は終わるつもりはありません。」


 ぽつりと落ちたその一言に、私は一瞬、言葉を失った。この人、本気なんだ。


「そのために、これを作りました。」


 ブラッドは机の上の小瓶を置いた。中には、わずかに濁った液体。


「パンの青カビから抽出したものです。」


 ―青カビ?前世の記憶が一気に繋がる。


「まさか…。」


「ええ。細菌の増殖を抑える作用があります。効果は確認しています。」


 抗生物質。この世界に、本来存在しないはずのもの。

 この世界の止まっていた針が動き出したのを感じた。鼓動が速くなる。


「それって、疫病が…。」


「ええ、救えますよ。今ならルナエクリプスのリーダーも。」


 疫病の発生。最初の感染者であるルナエクリプスのリーダーを救う事によって、物語のあらすじは書き換えられる。ラウルモンドの設定は全部、ここで、止められる。


「あなたには未来を変えるため、この薬を有効活用して欲しい。」


 私は、深く頷いた。


「では、共同戦線といきましょう。」


 私は手を差し出した。ブラッドは、差し出した手を、彼は迷いなく握り返した。


 その瞬間——


 “物語に用意された運命”から、私たちは初めて逸れたのだと、確信した。この瞬間、この世界の医療という概念が変わり始めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ