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王宮でエンカウント

 シュシュの収益で孤児院の収入基盤も安定してきた頃、社会福祉への貢献を表彰されることになった。

 本来であれば領主であるお父様が授与されるはずだったが、ゴムの特許登録およびマグノリア教会の運営責任者が私の名義だったため、私自身も王宮へ招かれる事となった。

―よりにもよって、王宮。アイゼン王太子との接点は極力避けたい。だが王命に逆らえるはずもない。ならばいっそ、こちらから“利用する”。私は商品の宣伝の場と割り切ることにした。


 身支度を整える。

 ケイトに依頼していたドレスは、期待以上の仕上がりだった。オフショルダーのビスチェドレスは、デコルテを美しく見せ、繊細なレースにはゴムを織り込んである。軽やかに揺れるそれは、まるで夜空に咲く花のようだった。髪は同素材のシュシュでツインのお団子にまとめる。

―星の精霊。そんな言葉がふと浮かぶ。


「お嬢様…とても、美しいです。」


 ターニャが思わず息を呑む。メイドたちも見惚れている。

 

 だが、ここからが本番だ。

 お父様にエスコートされ、会場へと入る。視線が、一斉に集まった。好奇、評価、探り…様々な感情が混ざった視線。場違いな少女、という認識も含まれているだろう。

 だが、お父様の手が私の手を包む。


「大丈夫だ。エリカは、微笑んでいればいい。」


 小さく頷く。私は柔らかく微笑んだ。


 授与式は滞りなく進んでいく。

 経済部門ではランドン家の名が呼ばれた。会場の空気がわずかにざわつく。領地を持たず、商いで富を築く異端の伯爵家。だが、今や王都の流通を握る存在。―敵に回したくない家。

 次に、教育・学術部門。


「ドレアス―」


 その名が呼ばれた瞬間、私は視線を向けたあの男が、ラウルモンドの未来を奪う人物。

 穏やかな笑みを浮かべるが、どこか粘つくような視線。―油断ならない。


「福祉部門。エリカ・ルフェラン。」


 私は一歩踏み出した。

 ―ここは舞台、私はモデル。

 ドレスの裾を揺らし、静かに歩く。視線を集めるのを感じながら、あくまで優雅に。

 国王陛下の前で礼を取る。賛辞の言葉がかけられるが、私は微笑みを崩さず、深く会釈した。

 余計なことは言わない。

―“完璧な令嬢”でいればいい。


 授与式の後、歓談の時間。

 案の定、婦人たちに囲まれた。


「そのドレスはどちらで?」

「その素材は?」


 質問の嵐。


「次に考えている事業なんです。」


 微笑みながらそう答え、あとはお父様に任せる。

 私はそっと人の少ない壁際へと下がった。

 ―休める、と思ったその時。


「やあ。」


 声をかけられる。

 振り向くと、ドレアス教授だった。


「特許局で聞いたよ。あの“ゴム”を考案したのは君なんだって?」


 柔らかな声。だが、その目は笑っていない。


「他にも何かあるのかな?」


 ―…来た。

 私は一瞬だけ視線を伏せる。そして、わずかに肩をすくめた。


「…もしかして。」


 顔を上げる。


「私のアイデア、欲しいんですか?」


 あえて、無垢な声音で。周囲に聞こえる程度の声量で。一瞬、空気が揺れた。


「そんなわけないだろう?」


教授は笑う。


「君の事を思って、力になりたいんだよ。」


 一歩、距離を詰めてくる。


「僕たちなら、良い関係が築ける。」


 そして―手を取られた。

 その瞬間。

 私は息を吸い込む。


「お父様―!」


 会場に響く声。一斉に視線が集まる。

 私はわずかに震えるふりをして、言葉を続けた。


「この方が…私のことを想ってるって…良い関係を築けるって…」


 手を握られたまま、視線を落とす。

 ―演技は完璧。


「私も聞きました!」


 近くにいた給仕係が口を開く。

 周囲がざわつき始める。


「ドレアス卿…?」

「以前から噂が…」


 小さな囁きが、波紋のように広がっていく。


「違う!私は―」


 教授の声が焦る。

 だが、その時。


「…ドレアス卿。」


 低い声が場を制した。お父様だった。先ほどまでの“父親”の顔はない。完全に“領主”の顔冷えた視線が、教授を射抜く。


 会場が静まり返る。

 逃げ場は、ない。

 教授は唇を噛み、やがて観念したように視線を落とした。


「…令嬢のアイデアを盗もうと思っただけです。」


 その一言で、すべてが決まった。騒ぎはすぐに国王陛下の耳にも入り、先ほどの表彰は取り消された。ざわめきの中、私はそっと息を吐く。

―これで、ラウルモンドに対して同じ手は使えない。


 視線を感じて顔を上げると。アイゼン王太子と目が合った。口元に、楽しげな笑み。


「助けに入ろうと思ったんだけどね。」


 肩をすくめる。


「必要なかったみたいだ。」


 その視線は、まるで獲物を見つけたようだった。―ああ、これはまずい。面倒な相手に、目をつけられたかもしれない。


 ざわめきがまだ残る会場の端。

 私は視線を逸らそうとしたが、それより早く―彼がこちらへ歩み寄ってきた。逃げ場はない。


「少し、話せるかな?」


 柔らかな声音。だが、拒否を許さない響き。

 私は一礼する。


「…はい、殿下。」


 お父様の方へ一瞬だけ視線を送ると、わずかに頷きが返ってきた。


―任せる、ということだ。

 人目を避けるように、会場の奥のバルコニーへと移動する。外の空気は涼しく、ようやく息がしやすくなる…はずだった。


「いやあ、面白いものを見せてもらった。」


 アイゼン王太子が笑う。


「見事だったよ。まさか、あそこまでやるとは思わなかった。」


―やっぱり、全部見てた。


「…恐れながら、私は事実を申し上げただけです。」


 あくまで無垢に答えた。

 だがアイゼン王太子は、楽しそうに目を細める。


「事実、ね。」


 一歩、距離を詰められる。


「“どう見えるか”まで計算して、言葉を選んでいたように見えたけど?」


 図星だった。けれど、ここで認めるわけにはいかない。


「そのようなつもりは…。」

「嘘は下手だね。」


 即答だった。

 思わず言葉に詰まる。―この人、厄介だ。


「でも、そういうのは嫌いじゃない。」


 アイゼン王太子はそう言って、私のドレスの裾に視線を落とす。


「それも、君の発案?」


「…はい。」


「なるほど。」


 興味深そうに頷く。


「素材も、デザインも。どちらも新しい。」


 視線が、私に戻る。


「君は“流行”を作れる人間だ。」


 その言葉に、背筋がわずかに冷える。―評価されている。でも、それは同時に“目をつけられた”ということ。


「君のしていることは、善意かい? それとも…計算かい?」


 声のトーンが変わる。軽さが消えた。まっすぐな問いに試されていると分かった。

 私は一瞬だけ目を伏せて、考える。―正解はない。でも、“選ぶ”必要がある。


「…どちらもです。」


 顔を上げる。


「子供達を助けたいのは本心です。」


 嘘じゃない。


「ですが、そのために何が必要かは…計算しています。」


 静かに言い切る。

 殿下は、ほんの一瞬だけ目を見開いた。すぐに、笑う。


「うん、正直だね。」


「殿下の前で、嘘は通じないと今回学びました。」


 軽く返す。少しだけ、空気が変わった。


「では、もう一つ。」


 殿下が腕を組む。


「君はこの先、どこまでやるつもりだ?」


 どこまで。それはつまり―福祉事業の拡大か、経済への影響か、それとも?


「ルフェラン領だけで終わるつもりはありません。いずれは、この物語せかいを変えるつもりです。」


 沈黙が流れる。風が、ドレスの裾を揺らす。


「世界か…大きく出たね。」


 だがその声に否定はなかった。むしろ、楽しんでいる。一瞬、アイゼン王太子殿下の表情が、変わった。


「いいね。」


 低く、満足そうな声。


「ますます興味が湧いたよ。」


 ―嫌な予感しかしない。


「提案がある。」


 私は内心で身構える。


「君の事業、王家が後ろ盾になろうか?先程のような事はなくなるよ。」


 予想以上に大きい提案だった。普通なら、断る理由はない。むしろ願ってもない話。

 私は一拍置く。


「…条件を、お聞きしても?」


 アイゼン王太子殿下の口元が、わずかに上がる。


「その姿勢は嫌いじゃないよ。簡単だ。」


 一歩、距離が縮まる。


「君の“新しい発想”を、王家にも提供してもらう。もちろん、対価は払うよ。正当にね。」


―やっぱり、それか。新素材を発見した時に、いつかはこのような事が起きるとは予想していた。

 アイゼン王太子は、私の目をまっすぐ見る。


「どうする?」


―ここが分岐点だ。断れば、アイゼン王太子との距離を置ける。受ければ、一気に影響力が広がるし、王家という後ろ盾で守られるが、同時に王家に組み込まれる。

 私は、ゆっくり息を吸う。


「…お願いがございます。」


 殿下の眉がわずかに動く。


「聞こうか。」


「孤児院の運営には、口出しをしないで下さい。商品の生産は必ず孤児院を通してもらいます。」


 はっきりと言う。


「あそこは、子供達のための場所です。利益や政治の都合で、歪めたくありません。」


 しばしの沈黙の後。殿下は、ふっと笑った。


「いい条件だ、本当に子供達が大切なんだね。約束しよう。」


 予想外の即答。


「その代わり…君自身は、逃がさないよ。」


 さらりと、とんでもないことを言われた。


「…殿下?」


 思わず素で返してしまう。

 殿下は楽しそうに笑った。


「冗談だ、いや半分は本気かな。君は面白い。手元に置いておきたいと思うくらいね。」


―完全に目をつけられた。


「では、契約成立だ。後日、書式にして正式に契約を結ぼう。」


 殿下はそう言うと手を差し出す。

 一瞬だけ迷ったが―私は、その手を取った。

 温かい手。だが、その奥にあるものは決して甘くない。

 こうして私は、王家という“最大の後ろ盾”と同時に、“最も厄介な関係”を手に入れたのだった。

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