第94話 新たな命
「お泊まり会、仕切り直しましょう!」
マーガレットがそう宣言したのは、犯人が連行された後だった。
「この状況で続けるんですか……」
パメラが、呆れたような、でも安心したような顔をしていた。
「私、今、皆さまとお話したい気分ですの!」
「マーガレット、無理してない?」
私は、マーガレットの顔を覗き込んだ。
「寮に外泊届けを出している方もいますし……本音を言うと私、今日は寮で一人で眠りたくないんですの」
(色々なことがあった一日だ。きっと、何も考えたくないのだろう)
「……じゃあ、みんなでいようか」
マーガレットはこくりと頷いた。
テオドアはマーガレットの肩を抱いた。
「ルフェラン邸まで送らせてくれないか?」
マーガレットはテオドアの肩にもたれかかった。
「テオは心配し過ぎですわ」
「また何かあったらと思うと不安なんだ」
その様子を見て、パメラが小さく笑った。
「……今日は怖い思いをしたはずなのに、マーガレット様にとって特別な日に変わりましたね」
「でも、こんな思い二度としたくないわ」
(誰も怪我がなくて良かった……)
その場に、どこか穏やかな空気が戻り始めた。
しかし、アイゼンは周囲を見渡しながら口を開く。
「ルフェラン邸まで送り届けよう。犯人は捕らえたが、念には念を入れるべきだ」
リアンも腕を組み、静かに頷いた。
「殿下に賛成だ。実行犯は捕らえたが、全員とは限らない。護衛は多いに超したことはない」
ガブリエルも一歩前へ出る。
「ルナエクリプスの皆さまにはお支払いした分、きっちりと働いていただきますよ。無事に送り届けるまでが依頼です」
ヘンリーは苦笑しながら肩をすくめた。
「ここで『じゃあ、また明日』なんて帰ったら、あとで夢見が悪そうだから付き合うか」
テオドアはマーガレットの肩を抱いたまま、小さく息をついた。
「……マギー、送らせて欲しい」
マーガレットは照れくさそうに微笑む。
「皆さま、本当に心配性ですわ」
「それだけ君が大切なんだ」
こうして私たちは、皆でルフェラン邸へ向かうことになった。
◇
馬車に揺られながら、緊張が解けたせいか馬車酔いを感じた。
「……エリカ様?」
マーガレットが心配そうに声をかけた。
「少し馬車に酔ったみたい」
「エリカ様、大丈夫?私に寄りかかってください」
パメラも不安そうな表情をしている。
(私、そんなに顔色が悪いのかしら……)
ようやくルフェラン邸に馬車が着いた。
先に到着していたアイゼンが手を差し出した。
(ようやく我が家に帰ってこれた)
安心した気持ちでアイゼンの手に触れた瞬間だった。視界が暗くなった。
「エリカ!!」
「エリカ様!!」
(みんな、大きな声あげて……)
私は意識を手放した。
◇
気がつくと、見慣れた天井だった。
自室の天井。
ルフェラン邸の、私の部屋。
(……ここは)
体が重かった。
頭が、ぼんやりとしている。
「エリカ」
アイゼンの声だった。
視線を向けると、ベッドの傍に、アイゼンが座っていた。
その顔が、いつになく青ざめていた。
「アイゼン……」
「目が覚めたか?具合はどうだ?」
「私……どうして」
「馬車から降りた直後に倒れた」
「倒れた……?」
部屋を見渡すと、みんながいた。
お父様。
マーガレット、パメラ、マリア、テオドア、ガブリエル、ヘンリー。
そして——。
「ブラッド、トモエも……」
「エリカ様……」
ブラッドが、ベッドの傍に進み出た。
その顔が、どこか、気まずそうだった。
「今日は騒ぎもあったし……疲労で倒れたのかしら」
「……それも、あると思います」
ブラッドは、少し言いよどんだ。
「ブラッド?」
「実は……それだけではないようで」
ブラッドは口を濁した。
「どういうこと?私、病気なの?」
部屋の中の全員が、ブラッドを見た。
ブラッドは、一度だけ深く息を吸った。
「……病気ではありません」
ブラッドはアイゼンを見た後、お父様を見た。
「……妊娠です」
部屋が、静まり返った。
完全な、沈黙だった。
(妊娠……私が……?赤ちゃん……?)
「エリカ様……宿屋のことを黙秘したのって、まさか……」
マーガレットが、震える声で言った。
「それは……その……」
「宿屋?!」
その場にいた全員が、同時に声を上げた。
最初に動いたのは、お父様だった。
一瞬の静寂の後、お父様は立ち上がり、アイゼンの方へ向いた。
その目が、見たことのない光を宿していた。
「ルフェラン侯爵様、落ち着いて——」
ブラッドが止めに入ろうとした瞬間だった。
「アイゼン・フォレスト!!!」
お父様の怒号が部屋に響いた。
次の瞬間、勢いよくアイゼンが吹き飛んだ。
そこにいた誰もが呆然とした。
この国の外務大臣が王太子を殴り飛ばしたのだ。
「お父様!!」
「アイゼン・フォレスト!!」
お父様は、拳を振りかぶって再び、アイゼンに殴りかかろうとしていた。
間に入って止めるブラッド。
我に返った男性陣も二人の間に入った。
「貴様、私の娘に何をした!」
アイゼンは、殴られた頬を押さえながら、立ち上がった。
「……すべて私の責任です」
アイゼンはそういうと深々と頭を下げた。
「アイゼン!!」
起き上がろうとする私を静止するアイゼン。
「エリカ」
アイゼンは、私を真っ直ぐ見た。
「私が悪い」
「そうじゃなくて!」
「侯爵」
アイゼンは、お父様に向き直った。
「順番が守れなかったことは謝罪します」
お父様は、しばらく黙っていた。
「……」
その時だった。
廊下から、息を切らした足音が近づいてきた。
「先生!スタール先生!」
使用人が、扉を勢いよく開けた。
「奥様が!奥様が産気づきました!!」
部屋の全員が、固まった。
お父様が、ゆっくりと使用人を見た。
「……今、何と言った?」
「旦那様、奥様が産気づかれました!」
お父様の顔が、みるみる変わっていった。
「エリカが妊娠……ルアーナが産気づいて……」
お父様はふらふらと、そのまま、ゆっくりと壁に手をついた。
アイゼンが、お父様の腕を掴んで支えた。
「侯爵、落ち着いて」
「誰のせいでこうなったと思っている……!」
「今日だけは、我慢してください」
「……」
お父様は、アイゼンに支えられながら、お母様の部屋に向かった。
部屋の中が、静かになった。
「エリカ様」
マーガレットが、私の手を握った。
「大丈夫ですわ」
「……うん」
「色々ありすぎて、私も処理しきれていませんけれど」
(それは私も同じだった)
「でも、きっと大丈夫ですわ」
マーガレットは、もう一度、そう言った。
(先ほどまで一番大変だったマーガレットに心配されるなんて……今夜は、色々ありすぎた)
窓の外で、夜風が木々を揺らしていた。
ルフェラン邸の中が、ざわざわと騒がしかった。
あとがき
第94話を読んでいただき、ありがとうございました!
救出劇が終わったと思ったら、妊娠発覚、お父様大暴走、そして出産……「情報量が多い!」と思いながら書いていました。
ここから物語はいよいよ終盤へ向かいます。 これまで積み重ねてきた伏線や人間関係を、一つずつ回収していく予定ですので、最後まで見届けていただけると嬉しいです。
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