第92話 ハーデン公爵令嬢の矜持【前編】
「お泊まり会しませんか?」
マーガレットが突然言い出したのは、パメラの様子が変わった翌日だった。
「急すぎない?」
私がそう言うと、マーガレットは興奮気味に答えた。
「パム様のご様子がおかしいですわ!昨日から、ずっとにやけているんですもの」
「にやけてない……と思う」
パメラが、即座に否定した。
「にやけてましたわ!」
「にやけてない!!」
私は二人の間に割って入った。
「じゃあ、今週末はどう?みんなの予定を確認しないと。寮生は外泊申請もあるだろうし」
そして、お泊まり会は週末に日程が決まった。
「皆さま、用事を済ませてからエリカ様のご自宅ルフェラン邸に集合しましょう。エリカ様と私は先に行ってご用意しますわ!」
マーガレットは、目を輝かせた。
(女子だけのお泊まり会……こんな日がくるなんて想像もしていなかったな)
◇
当日の夕方。
私はマーガレットと共に、馬車でルフェラン邸へ向かっていた。
「エリカ様、今夜は絶対に全部話してもらいますわ。宿屋でのこと、全部です!」
「それは、黙秘するわ」
「黙秘は認めませんわ!」
「認める認めないの権限は、マーガレットにはないわ」
「ありますわ!女子会主催者権限で!」
「そんな権限、いつ出来たの?!」
「今、作りましたわ!」
窓の外に、夕暮れの街並みが流れていく。
その時、馬車が急に揺れた。
「きゃっ!」
「どうしました!?」
御者に呼びかけようとした瞬間、馬車が止まった。
外から、複数の足音が聞こえてくる。
(何が起きたの?!)
「囲まれてますわ……」
マーガレットが、窓の外を見て、小声で言った。
私も確認する。
覆面をした男たちが、馬車を取り囲んでいた。
「アイゼン・フォレスト王太子の婚約者、エリカ・ルフェランを出せ」
低い声が響いた。
(狙いは私……?)
私が外に出ようと立ち上がろうとした瞬間、マーガレットの腕が私を静止した。
「お待ちくださいませ」
マーガレットが、静かに言った。
「マーガレット……」
「私が出ます」
「駄目よ!」
「エリカ様は私の侍女のふりを」
マーガレットは、真っ直ぐに私を見た。
「私は貴族としての役目があります。未来の王太子妃であるエリカ様をお守りする」
「そんなの駄目——」
「ハーデン家の娘として、ここで逃げるわけには参りません。ハーデン公爵令嬢の矜持です」
その目には、怯えもなく、迷いもなかった。
「エ、エリカ様……」
御者が、静かに扉を開けた。
◇
「私がエリカ・ルフェランよ」
馬車を降りたマーガレットは、堂々と言った。
「本当に本人か?」
「あら、私を疑うの?アイゼン・フォレスト王太子の婚約者である私を前にして?」
男たちが、互いに顔を見合わせた。
(マーガレット……)
私は、馬車の中で御者に守られながら、手を震わせながら状況を確認した。
(助けを呼ばないと……)
御者が、さりげなく私に合図した。
(待って……)
御者がこっそり囁く。
「しっかりお掴まりください」
(待って……マーガレットが……)
御者が激しく馬に鞭を打つ。
馬が勢いよく走り出した。
「きゃっ」
馬車が激しく揺れた。
私は車内に掴まりながら後方を見た。
マーガレットがどんどん小さくなっていく。
「いやぁ!マーガレット!!」
私の声だけが虚しく響いた。
◇
私はすぐに助けを呼んだ。
しかし、大人たちの対応は無惨だった。
「未来の王太子妃を狙ったテロリストの可能性がある以上、交渉には応じられない」
国王陛下の判断は、迅速かつ冷静だった。
「ハーデン公爵、被害者はお前の娘だ。意見はあるか?」
「……同意します、陛下。交渉は国家の原則に反します」
ハーデン公爵は、この国の宰相として答えた。
しかし、その拳は、固く握られていた。
(私の代わりに連れて行かれたのに)
その報告を聞いた瞬間、私は立ち上がった。
「納得できません!」
私はその場で声をあげる。
「エリカ!」
アイゼンが止めに入った。
「マーガレットが囚われているのに……なんで誰も助けてくれないの……」
悔しさで、涙があふれた。
「国家として——」
アイゼンが国王陛下の判断を説明しようとしたが、私はその言葉を遮った。
「分かっているわ!でも、マーガレットは大事な友達なの……」
その場にいた全員が憐れみの目で私を見ていた。
◇
マーガレットが誘拐されたという情報は、ルナエクリプスを通じてパメラに届いた。
パメラは、すぐにその知らせをテオドアとガブリエルのもとへ持っていった。
「マギーが……!」
テオドアは、報告を受けた瞬間、立ち上がっていた。
「テオドア、どこに行く気だ!」
ガブリエルがテオドアの腕を掴んだ。
「マギーを助けないと……」
テオドアは冷静さを失っていた。
「どこにいるかも分からず、何も持たずにか!?」
ガブリエルは、振り払おうとするテオドアをさらに強く掴んだ。
「マギーを……マーガレットを助けに行かせてくれ!」
テオドアは叫んだ。
「一人では——」
ガブリエルがそう言いかけた時だった。
「一人じゃない」
パメラだった。
「生まれて初めての友達とのお泊まり会を潰されて……許せる訳がない!」
パメラの声は、低かった。
その目は、普段のルナエクリプスの無表情ではなく、静かな怒りを宿していた。
「パメ……パム!」
テオドアを止めるので精一杯の中、パメラまでが息巻いていた。
「二人とも落ち着いてください!相手は何人かも分からないのに無茶です!」
「二人じゃない、三人だ」
そこにはヘンリーが立っていた。
「マリアから聞いた。行くぞ」
「ヘンリー……」
「マリアが泣いていたんだ。俺も行く」
ガブリエルは深い溜め息をついた。
「分かりました!まずは情報収集としてギルドに向かいます。その間にランドン商会の軍用部から武器を調達します。行くなら、それからです」
◇
ガブリエルは、月光亭に向かいルナエクリプスに依頼を出した。
「今日はランドン商会ではなく、個人依頼を出します」
「ガブリエル様……このことは商会はご存知なのでしょうか?」
「私の個人的な依頼です。商会は関係ありません」
ガブリエルの声は、いつも通り穏やかだった。
けれど、その目は、いつもと違った。
「費用は全額、私が出します」
「理由を聞いても?」
ガブリエルは数秒沈黙した。
「……友人と好きな女性のためです」
「……承知しました」
カウンターにいた男が中に退室する。
ガブリエルは、窓の外を見た。
自分らしくない判断だった――。計算よりも先に、行動するなんて。
「あー本当に友人も恋愛も厄介なものだ……」
ガブリエルは小さくぼやいた。
そして、すぐに気持ちを切り替えた。
「どうせなら、ランドン商会の実力を見せつけてやりましょう」
◇
その頃、ルフェラン邸ではエリカを部屋まで送り届けたリアンが厨房に立ち寄っていた。
「……という訳だ。うちのお嬢がひどく悲しんでいてな」
リアンから話を聞いたエディは研いでいた包丁の手を止める。
「兄上、犯人の目星はついてるのか?」
「ああ」
リアンは、既にルナエクリプスの外套を羽織っていた。
「ラウルモンドを誘拐した奴が一枚噛んでいる」
エディの目が、細くなった。
「俺は……ルナエクリプスから足を洗った身だが、今回だけは同行させてくれないか?」
「……王家の命じゃないから、今回は個人的なものだ。行くぞ」
「……ああ」
ウラノス兄弟は、並んで歩き出した。
二人が向かったのは、王宮から戻ってからも泣き続けるエリカの部屋だった。
ノックをしたが、返事はない。
リアンが扉を開ける。
「お嬢、友達を迎えに行くぞ」
◇
夜が深くなる前に、それぞれが動き始めた。
テオドアとヘンリーとパメラ。
ガブリエルとルナエクリプス。
リアンとエディと私。
誰かに命じられたのでもなく、それぞれの理由で、同じ場所へ向かっていた。
私は、遠くに見える明かりを見つめた。
夜の風が、街を吹き抜けていった。
あとがき
前編を読んでいただき、ありがとうございました!
次回はいよいよ救出作戦です。 それぞれの想いを胸に、仲間たちがマーガレット救出へ動き出します。 後編もよろしくお願いいたします!
面白かった、続きが気になると思っていただけましたら、評価やリアクションで応援していただけると励みになります。




