第91話 Girls' Talk ~女子会は恋バナが止まらない~
数日後――。
女子会は、放課後にコーちゃんコーヒーで開かれることになった。
場所を提供してくれたのは、フランチャイズオーナーでもあるガブリエルだった。
『次期王太子妃、ハーデン公爵令嬢が揃って利用しているお店というだけでブランド価値が上がりますから!』
(相変わらず、腹黒商人だ)
「とりあえず、お好みの飲み物は各々で注文していただいて、お茶菓子は私が注文しておきましたわ!」
(さすが、公爵令嬢。お茶会の手際が良い)
しばらくすると、ケーキ、ワッフル、スコーン、ドーナッツ、クッキー……サイドメニューが次々と並べられていく。
(マーガレット……店の商品全部頼んだの?)
その時だった。
「エリカ様ですよね?」
私に話しかけてきたのは、見覚えのある青年だった。
「僕、先月十五歳になって孤児院を出て、今、この店で働いているんです!」
制服を着ているので大人びて見えたが、確かに孤児院にいた子だった。
「読み書き計算が出来るようになって、ガブリエル商会に就職できました」
「そうなのね。おめでとう」
「これもエリカ様のおかげです」
「いいえ、あなた自身が努力した結果よ」
孤児院を出た子どもたちが自分の道を開いていくのは誇らしかった。
「またまた、ご謙遜を」
「オーナー!」「ガブリエル!」
ガブリエルが青年の背後から現れた。
「マグノリア教会孤児院出身者への評価は、確実に変わってきています。ランドン商会だけではありません。エリカ様が改革を実行されてから、マグノリア教会孤児院出身者の就職率九十九パーセントです」
「……九十九?!」
「あと一パーセントが気になるんだけど……」
「進学です。教育支援という形で奨学給付プログラムを始めました」
「孤児が進学するなんて、この国では今までありませんでしたわ……」
「やるじゃん、ガブリエル」
「エリカ様を通じて、孤児院運営に関わらせていただいてる間に、未来への投資に可能性を感じただけですよ」
ガブリエルは照れ隠しのように視線を逸らした。
(未来への投資か……)
それは、きっとお金だけじゃない。人の未来を信じることも、投資なのだ。
◇
扉の近くで、パメラが少し居心地悪そうに立っていた。
「パム、座りなよ」
「……うん」
パメラは、少し躊躇ってから、端の椅子に腰を下ろした。
(ルナエクリプスとして、ずっと影の中で生きてきたから、こういう場に慣れていないのね)
マーガレットが、両手をぱんと打ち合わせた。
「では、始めましょう!今日はとことん語り合いますわよ!」
マーガレットは、目を輝かせていた。
トモエが、静かに席に着く。
マリアが、はにかみながら隣に座る。
「まず、エリカ様のリップル王国での半年間のお話を、詳しく伺いたいですわ!」
「どこから話せばいい?」
「最初から全部です!」
◇
私は、リップル王国に着いてからのことを、少しずつ話し始めた。
お祖父様に連れられて市場を歩いたこと。
マンゴーやリリコイパンケーキの美味しさ。
カノン菓子を食べながら、コーヒーのことを思い出したこと。
山岳地帯の村で、赤い実を見つけたこと。
「コーヒーって、最初は山の民が儀式に使っていたんですね」
トモエが、興味深そうに頷いた。
「そうなのよ。でも、アルベール領では家畜の餌にしていたから、倉庫に山積みになっていて」
「家畜の餌!?」
マリアが、目を丸くした。
「そういう食材って、なぜかどこの国でも家畜の餌なのよね……」
「ブリーズ王国の小豆ね」
「もったいないですわね」
マーガレットが、首を傾げた。
「でも、コーちゃん珈琲って、フォレスト国でも流行っているじゃないですか。あれってエリカ様が作ったんですよね?」
「リップル王国で会ったアルベール男爵令嬢マリーナ様、覚えてる?マリーナ様と一緒に、作ったのよ。試飲会の準備では、何度もキャラメルを焦がして……」
「エリカが失敗するなんて……やっぱり……」
トモエが言いかけて、口をつぐむ。
「……ゼロから作るのって大変よ」
私は笑いながら、試飲会の準備での失敗談を話した。
焦がした鍋のこと。
氷室で震えながらアイスを作ったこと。
ウインナーコーヒーのクリームがなかなか固まらなかったこと。
「それで、マリーナ様と仲良くなったんですね」
マリアが、嬉しそうに言った。
「ええ。失敗を重ねるほど、仲良くなれた気がしたわ」
「それ、分かるかも……」
パメラが、ぽつりと言った。
全員が、少し驚いてパメラを見た。
「……エリカ様が、あの時助けてくれなかったら、こんなに打ち解けられなかったと思う」
パメラは、少し視線を逸らした。
「パム……」
「なんでもない!続けて」
パメラは、素っ気なく言ったが、その口元が、わずかに緩んでいた。
◇
「それで、マリーナ様とアレクシス殿下はどうなったんですか!?」
マーガレットが、前のめりになった。
「正式に婚約の意思を確認し合ったようです」
「きゃーーー!!」
マーガレットが、両手で頬を押さえた。
「どんな雰囲気でしたの!?」
「マーガレット、少し落ち着いて」
「でも、マリーナ様が自分の口でまっすぐに伝えられたのは、本当に良かったわ。最初は、身分のことをとても気にされていたから」
「身分……」
マリアが、静かに頷いた。
「好きな人に、ちゃんと伝えられるって……勇気がいりますよね」
マリアの頬が、少し赤くなった。
(ヘンリーのことを思い出しているのね)
「マリア様は?」
マーガレットが、矛先を向けた。
「わ、私はまだ……ヘンリー様の気持ちを受け取っただけで、私の気持ちはまだちゃんと……」
「でも、文通は続けていたんでしょう?」
「そ、それは……学業や米の流通近況報告で……!」
「百通以上あったよね?」
「トモエちゃん!!」
店内に、笑い声が広がった。
パメラが、口元を手で覆いながら、静かに笑っていた。
(パメラが笑っている……なんだか、嬉しいな)
「そういえば、パム様って……ガブリエル様に対してだけ態度違いますわね」
「そ、そう?」
(それは気になっていた。先ほどのガブリエルの反応から見ても良い雰囲気だし……)
◇
「そ・れ・で!」
マーガレットが、改めて私を見た。
「エリカ様と殿下のことを聞かせてください!!」
「……どこから?」
「最初から全部です、と言いましたよね?」
「最初から……」
「逃げられませんわよ?」
マーガレットの目が、爛々と輝いていた。
私は、観念して、深呼吸をした。
「リップル王国に視察に来られたところから、話しますね」
「どうぞ!!」
東棟での鉢合わせ。
アレクシス殿下の当て馬作戦。
庭園での「外から見たらキスしているみたいな」状況。
アイゼン王太子の手紙と、ブレスレット。
「あの……」
パメラが、口を挟んだ。
「ブレスレット、手錠だったって聞いたんだけど。本当?」
「本当よ」
「……それを付けていましたの?」
「今日も着けているわ」
みんな、しばらく黙った。
「「……」」
「怖い……」
「なんで笑顔なの……」
「おねえさま……」
マーガレットが、空気を読んで仕切り直す。
「でも、半年間持ち続けていてくれたっていう事実は、変わらないわけで……!」
「そうなの。それが、また……」
「悲しいくらい、チョロい……」
トモエが、言った。
「チョロい?」
「えっと、良くいえば素直。悪くいえば騙されやすい」
「……確かに、『チョロい』ですわ」
「『チョロい』ね」
「『チョロい』ですね」
全員一致で納得している。
それを見たトモエが、くすくすと笑っていた。
「それで、どうして急に、婚約することになったんですか?」
マリアが、少し恐る恐るという様子で聞いた。
「手錠の件があって、アイゼンが慌てて来て……それで、一緒にフォレスト国に」
「護衛も付けずに?それって、駆け落ちでは?」
「駆け落ち……というか、冷静に考えれば無謀というか」
店内が、しばらく静かになった。
マーガレットが、両手で口元を押さえたまま、目をぱちぱちさせていた。
「……信じられませんわ!!でも信じますわ!!だって、正門でのあの口づけを見ていれば、殿下の気持ちは伝わりましたもの!」
「……」
「それより!」
マーガレットは、さらに前のめりになった。
「宿屋では、どんなお話をされたんですか?」
「……これ以上は黙秘します」
マーガレットの目が、さらに輝きを増した。
「エリカ様、顔が赤いですわ!」
(これ以上は言えない……二人の未来のためにも)
◇
その後も、女子会は続いた。
マリアが「ヘンリー様の手紙を実は全部保存している」と言えば、パメラが「ガブリエルは商人として信用できる」と言いかけて、自分で言葉を止め、トモエが「ブラッドはもっとちゃんと褒めてあげたい」とぽつりと言い、最後は全員で笑った。
「パム、ガブリエルのこと続けてよ」
「……別に、何もない」
「でも、顔、赤くない?」
「気のせい」
「パームー?」
「なんでもない!!」
パメラが、珍しく声を荒げた。
それがまた可笑しくて、誰かがくすくす笑い始め、やがて全員が笑った。
パメラは、最初はむっとしていたが、やがて、観念したように笑った。
(パメラが、ただの女の子として、こんな風に笑うのを初めて見たかもしれない)
「そろそろ門限だ」
「寮母さんに怒られてしまいますね」
「もっとお話したかったですわー」
「じゃあ、今度はお泊まり会しない?」
「賛成ですわ!」
「次の長期休暇なら、みんな予定も合わせやすそうですね」
「日程は後で決めましょう」
「楽しみ!」
(みんなで笑い合える日が、これからも続く。私は、その時はまだ、本気でそう信じていた)




