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ママじゃない~攻略対象の母に転生したので、破滅エンドを潰します~  作者: めそこここ
Love begets love ~愛が愛を生む~

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第89話 結婚までの約束

 王立学園への復学が、正式に決まった。

 復学の話が決まった翌朝、私はアイゼンに呼ばれた。


「学園に戻るそうだな」


 アイゼンは、静かに言った。


「……では、まだ別々で暮らすのか」


「王立学園でも会えますから」


「分かっている」


「それでも、お前が近くにいた時間を知ってしまった以上……」


「アイゼン」


「なんだ」


「少し、真剣なお話があります」


(宿屋での夜のことを、後悔しているわけではない。でも――)


「私たち、婚約者です。でも、まだ、結婚していません」


「ああ」


「……結婚するまでは、適切な関係でいませんか?」


 アイゼンの目が、わずかに細くなった。


「適切な関係、とは?」


「その……宿屋でしたようなことは、結婚するまでは、控えていただきたいんです」


 沈黙が落ちた。

 とても長い沈黙だった。


「……それは、私に対する制裁か?」


「違います!」


「罰か?」


「違います!」


「では、なぜ?」


「私なりの、けじめです。私たちは婚約しても、まだ王立学園の学生です」


 アイゼンは、しばらく私を見つめてから、深く息を吐いた。


「……どこまでなら、いいんだ?」


「え?」


「握手か?それとも、ただ同じ部屋にいるだけか?」


「そ、そんなに厳しくは……」


「では、腕を組むのは?」


「それは……構いません」


「肩を並べて歩くのは?」


「問題ないです」


「抱き締めるのは?」


「……少しくらいなら」


「少し、とはどの程度だ?」


「アイゼン!」


 私は思わず声を上げた。


「これは大事な交渉だ!私にとっては死活問題だ」


「大袈裟です!」


「婚約者として当然だ」


 アイゼンは、真顔だった。


(この人は、本当に……)


「……ハグとキスまでです。それ以上は、結婚してから」


「キスは口づけだな?」


「そうです」


「頬への口づけも含むか?」


「……含みます」


「では、合意しよう」


 アイゼンは、あっさりと頷いた。

 早すぎる。

 絶対に、何か考えている。


(でも……これ以上詰めると、私が不利になる気がする)


「……分かりました。二人で決めたことです。守ってください」


「もちろんだ」


 アイゼンは、穏やかに微笑んだ。

 その笑顔が、なぜか、少し怖かった。



 ◇



 王立学園に戻ったのは、その翌週のことだった。

 教室の扉を開けた瞬間、見覚えのある顔が集まっていた。


「エリカ様――!!」


 マーガレットが、真っ先に駆けてきた。


「本当に戻ってきてくださったんですの!」


「ただいま、マーガレット」


「心配しましたのよ!あれから、何の連絡もなくて……!」


「ごめんなさい」


「お話は後でいくらでも聞きます!今は……」


 マーガレットは、私の後ろに立っているアイゼンを見て、固まった。


「……殿下が、なぜエリカ様とご一緒に?」


「婚約者を見送りに来た」


 アイゼンは、当然のように答えた。


「エリカ」


「はい」


「また昼休みに会おう」


 そう言って、アイゼンは自然な動作で私を抱き寄せ、額に口づけを落とした。

 私のクラスで。


「……!!」


 マーガレットの目が、限界まで見開かれた。


「ま、また……昼休みに」


 私は、顔が熱いまま、アイゼンから離れた。

 アイゼンは、満足そうに、自分のクラスに戻っていった。

 マーガレットが、しばらく固まったまま、アイゼンの後ろ姿を見つめていた。


「……エリカ様」


「……」


「一体、何があったんですの?」


「えーっと、その、色々、あって……」



 ◇



 自分のロッカーに荷物を置くと、すぐに友人たちが集まってきた。


「エリカ様!お帰りなさい」


 テオドアが、目を輝かせながら飛んできた。


「孤児院の運営報告もしたいけど……まずは、コーヒー!フォレスト国でも流行ってるよ。コーちゃんグッズも近々販売されるみたいだし。ランドン商会が、国内各地の飲食店への提案を進めていて、今月だけで三十件の契約が――」


「テオドア、少し落ち着いてください」


 ガブリエルが、涼しげな顔で割り込んだ。


「お久しぶりです、エリカ様」


「ガブリエル!隣のクラスから、わざわざ来てくれたの?」


「復学されるという情報がありましたので」


「相変わらずね」


「商人は、情報のあるところに集まるものです」


 ガブリエルは、にこやかに笑った。


「コーヒーの輸出ルートについて、ランドン商会として提案があります。後ほどお時間をいただけますか?」


「ええ。あとでもいいかしら?」


「もちろんです。帰ってきてくれたんですから、いくらでも待ちますよ」


 少し離れたところでは、ヘンリーとマリアが並んで立っていた。


「エリカお姉様、お帰りなさい!」


「マリア!元気?」


「はい。エリカお姉様が帰ってきてくれて嬉しいです」


 マリアは、ちらりとヘンリーを見た。

 ヘンリーが、後頭部をかいた。


「関所の開通から、シャーウッド辺境伯領は随分と変わりましたよ。両国からの商人が通るようになって、ポン菓子の需要も上がって……マリアが作ってくれたツーどくんの歌が、関所で流れているんです」


「あの歌、関所で流れているんですか?」


「子供たちに大人気です」


(セザールは知っているのかしら……)



 ◇



 その時だった。

 教室の入口で、トモエが静かに手招きした。


「エリカ、少しいい?」


「トモエ!」


 人の出入りが多いため、私は廊下に出た。

 トモエは、周囲を見回して小声で言った。


「本、読んだ?」


「……うん」


「覚えていた?恋蜜(こいみつ)のこと」


「少し……正直、かなり霞んでいたわ。でも、トモエが書いてくれた『あの本』を読んでから少し思い出すことができたの」


「……良かった」


 トモエは、ほっとしたように微笑んだ。


「エリカ、今、どれくらい覚えてる?攻略対象のこととか」


「名前は……分かる。でも、細かい設定は、霧がかかったみたいで」


「じゃあ、本を読み直してみて。急いで書いたから、完璧じゃないかもしれないけど……何かのヒントになるはず」


「ありがとう、トモエ」


「それと……アイゼン王太子のこと」


 トモエが、少し真剣な顔になった。


「あの人、恋蜜(こいみつ)の攻略対象の父親だって覚えてる?」


「……うん。私が母親だってことも」


「でも、エリカが選んだのね」


「……うん」


「なら、それでいいと思う」


 トモエは、静かに言った。


「設定通り生きる必要はないわ。エリカが選んだ道が、エリカの物語だから」


 その言葉が、胸の奥まで届いた。


(でも、私が忘れてしまったこの世界のことを、ちゃんと知っておく必要はある)


「トモエ、また色々、教えて。少しずつでいいから」


「もちろんよ。いつでも言って」



 ◇



 教室に戻るとマーガレットが仁王立ちしていた。


「ちょっといいですか!エリカ様は今、混乱していらっしゃいます!」


(混乱……は、していないですよ?)


「見れば分かりますわ!」


 マーガレットは、部屋を見渡した。


「ガブリエル様はコーヒーの商談の話をして、テオドア様は流通の話をして、ヘンリー様はシャーウッド辺境伯領の話をして、トモエ様はよく分からない内緒話をして……皆様、エリカ様とお話したい気持ちは分かりますけれど!」


「マーガレット……」


「エリカ様がようやく帰ってきてくださったんですもの!まず、女子だけで語り合いましょう!男性陣は外でお待ちください!」


 マーガレットは、両手をぱんと打ち合わせた。

 ガブリエルとヘンリーとテオドアが、おとなしく廊下へ出ていった。


「私、提案がありますの!エリカ様の復学を祝って女子会しませんか?」


 マーガレットが宣言した瞬間、部屋の隅で静かに壁にもたれていたパメラが、ぴくりと動いた。


「……私も、いい?」


 その声は、いつもより、少し小さかった。

 全員が、パメラを見た。


「当然ですわ!」


 マーガレットが、即座に答えた。


「パム様もエリカ様の大事な友人ですもの。女子会メンバーに欠かせませんわ!」


「……そう?」


「そうですわ!さあ、どうぞ!」


 パメラは、少し戸惑いながらも、部屋の中へ入ってきた。

 その表情は、ぶっきらぼうだったが、どこか嬉しそうに見えた。


(パメラは、ずっとルナエクリプスとして、王家の影として生きてきて、女子会なんて、縁のない世界だったんだものね)


 私は、静かに思った。


「エリカ様!女子会はいつにいたしましょう?」


「新しくできたコーちゃんコーヒー店にも行きましょう!」


(フォレスト国では新しくても、リップル王国では日常だったんだけど……)


「スイーツの美味しい店も近くにありましたよね?」


「スイーツ?行きたい!」


「じゃあ日程は後で決めましょう!」


 廊下から、男性陣の「まだですか」という声が聞こえてきた。


「「まだです!!」」


 女性陣が、扉越しに答えた。


 リップル王国ではマリーナ様と知り合えたけれど、みんなでわいわい騒ぐことはなかった。


(こういうのって、学生らしくていいなー)

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