表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ママじゃない~攻略対象の母に転生したので、破滅エンドを潰します~  作者: めそこここ
Love begets love ~愛が愛を生む~

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
103/117

第88話 恋の劇薬

 宿の食堂で朝食を終え、馬の様子を見に厩舎へ向かう。

 私たちの姿を見つけた宿の主人が、にやりと笑った。


「おはようございます。ゆうべはお楽しみでしたね」


「――っ!」


 私は思わず咳き込み、顔が一気に熱くなった。


「そういうことは、大きな声で言わないでください……!」


「はははっ、失礼失礼」


 宿の主人は悪びれた様子もなく笑った。

 その隣では、アイゼンがいつもの穏やかな表情で立っていた。


「否定しないんですか?」


「事実だからな」


「アイ……アーベン!」


 さらに顔が熱くなった。

 宿の主人は楽しそうに笑いながら、厩舎の方へ視線を向けた。


「それより、お馬さんですがね。まだ疲れが残っているようで、今走らせても途中でまた休ませる必要が出てくると思いますよ。もう一日休ませてはいかがでしょう?」


 私とアイゼンは顔を見合わせた。

 確かに、馬は昨日より元気を取り戻しているものの、長距離を走らせるには少し心許ない。


「どうする?」


 アイゼンが静かに尋ねる。


「馬を優先しましょう。無理をさせるのは可哀想です」


「ああ。私も同じ考えだ」


 アイゼンは宿の主人へ向き直った。


「もう一泊お願いしたい」


「かしこまりました!」


 主人は嬉しそうに頷く。


 こうして私たちは、予定を一日延ばし、この宿で連泊することになった。

 フォレスト国へ帰るのは、もう一日だけ先。

 けれど、不思議と焦る気持ちはなかった。



 ◇



 街道沿いの宿屋には、これといった見どころもない。

 気づけば、二人だけの時間が増えていった。

 一度触れれば、もう理由はいらなかった。


 昼近くになり、アイゼンは立ち上がった。


「食事を取ってくる」


「ありがとうございます」


 アイゼンが部屋を出ていく足音を聞きながら、私はシーツにくるまったまま、ベッドの上でぼんやりしていた。

 しばらくして、扉が開く音がした。


「お待たせ」


 湯気の立つ料理を盆に載せたアイゼンが、戻ってきた。


「おかえりなさい」


 私が顔だけを覗かせると、アイゼンは、ふっと頬を緩めた。


「王太子に給仕までさせてしまうなんて、不敬ですね」


「今はアーベンだ」


 そう言って料理をテーブルへ並べる。

 私はくすりと笑い、シーツを抱えたままベッドから降りた。

 テーブルに並べられた料理は湯気を立てていた。


「冷めますよ」


「あとで温め直せばいい」


 アイゼンがそう言って私を抱き寄せた。

 結局、料理が冷めてしまい、慌てて食べ直すことになった。


 何気ない昼食の時間さえ、二人にとってはかけがえのない幸せだった。


 宿を発つその日まで、私たちは部屋から出ることはほとんどなかった。

 隣には、アイゼンがいる。それだけで十分だった。



 ◇


 翌朝、馬が回復したこともあり、フォレスト国に向かうことにした。

 馬の毛並みは整えられ、馬具も磨かれていた。


「ここの店主、サービスがいいですね」


「ほんの少しばかり、支払いに色をつけたからな」


(一体いくら払ったんだろう……)


 二人は馬に乗り、フォレスト国へ向かった。

 リップル王国を出た時の、どこかぎこちない距離はもうなかった。

 休憩のたびに手を繋ぎ、肩を寄せ合い、名残惜しさから自然と寄り添う二人。


 恋人になった実感を噛み締めながら、二人は国境を越えた。



 ◇



 フォレスト国へ到着すると、王家の影たちが待ち構えていた。


「殿下!我々より先に出発されたのに、どこに行かれていたのですか?」


「リップル王国の民の暮らしを視察していた」


(確かに、嘘はついてないけど……)


「王太子としての自覚を持ってください!」


「未来の王太子妃を幸せにするのも役目だ」


 そういうとアイゼンは私の肩を抱き寄せる。


「殿下、まさか!?」


 リアンの顔色が変わった。


「王家の影の落ち度にしたくないので、何も聞きませんから」


 リアンはそういうと背を向けた。


「陛下がお待ちです。ご自分の口から説明してください」



 ◇



 王宮へ着くと、国王陛下と王妃殿下が謁見室で待っていた。


「アイゼン」


 国王陛下の声は、静かだったが、重かった。


「無断でリップル王国を飛び出したこと、まず説明しなさい」


「申し訳ありません、父上」


 アイゼンは、深く頭を下げた。


「ただ、今日ここへ来たのは、謝罪だけが目的ではありません」


「……聞こう」


 アイゼンは、私の隣に立ったまま、まっすぐに国王陛下を見た。


「エリカ・ルフェランを、王太子妃として迎えたいと思っています」


 謁見室に、静かな沈黙が落ちた。

 王妃殿下が、驚いたように目を見開いた。


「ルフェラン侯爵令嬢を……」


「はい」


「アイゼン、あなた……ずっとそのつもりでいたの?」


「はい、母上」


 王妃殿下は、しばらく私を見つめていたが、やがて、静かに微笑んだ。


「……顔を上げなさい、ルフェラン侯爵令嬢」


「はい」


「リップル王国でのあなたの活躍は、聞いていますよ。コーヒー事業のこと、孤児院のこと、米の普及のこと……あなたは、行く先々で何かを残してきたのですね」


「勿体ないお言葉です」


「アイゼンが選んだのなら、私に異論はありません」


 王妃殿下は、国王陛下へ視線を向けた。


「あなたはそれでいいの?」


 国王陛下は、しばらく、私とアイゼンを交互に見ていた。


「……フォレスト国を出た経緯については、宰相のハーデン公爵、ルフェラン侯爵より事情を聞いている」


「父上」


「黙りなさい」


 国王陛下の声は、静かだが、有無を言わせない響きがあった。


「エリカ・ルフェラン。一つだけ聞きたい」


「はい」


「アイゼンと共に、この国に戻ってきたのは、あなた自身の意思か?」


「……はい」


 私は、はっきりと答えた。


「誰かに強いられたのではなく、私が選びました」


 国王陛下は、少し間を置いてから、静かに頷いた。


「……ならば、よろしい。王族の婚姻についての法を立てたアンソニー・フォレストの名の元、二人の婚約を認めよう」


 その一言に、アイゼンの肩が、わずかに下がった。



 ◇



 ルフェラン侯爵――お父様への報告は、翌日に行われた。


「……それは、本当のことか?」


 お父様の声は、珍しく、平静を保っていた。

 けれど、その目が、すべてを語っていた。


「はい、お父様」


「アイゼン王太子と……婚約を」


「はい」


 お父様は、しばらく、私を見つめていた。


(分かっている。あの場にいたお父様は納得していないのだ)

(フォレスト国を出た時も、居場所を教えなかった。それでも、守ってくれていた)


「……陛下は、ご承認されたのか?」


「はい」


 お父様は、長い沈黙の後、小さく息を吐いた。


「臣下として、陛下のご判断に異を唱えることは……できない」


 その言葉は、絞り出すようだった。


「お父様」


「なんだ?」


「ありがとうございます」


 お父様は何も言わずに、少しだけ目を逸らした。


 婚約証書への記入は、その日のうちに行われた。

 王族初の、婚約式なしの婚約だった。


「前例がないからな。王城は混乱していたぞ」


 アイゼンが、証書を見ながら言った。


「婚約式を省いたのですから当然です」


「その代わり、婚約式と結婚式を合わせて盛大に執り行うことで話がまとまった」


「あなたが急いだせいです」


「反省はしているが後悔はしていない」


「反省もしていないでしょう」


「……まあな」


 私は、思わず笑ってしまった。



 ◇



 数日後のことだった。

 イクシード辺境伯家から荷物が届いた。


 中には、お祖父様からの手紙と、お菓子と――。

 もう一つ、私宛に届いていたという小さな包みが入っていた。


 差出人は、トモエだった。

 包みを開けると、一冊の本が出てきた。

 表紙に、丁寧な文字で書かれたタイトル。


『恋の劇薬』


 手紙が、一枚添えられていた。


『エリカへ。

 前世の記憶は、少しずつ薄れていくと言ったね。

 でも、あなたが大切にしてきたものは、消えてほしくなかった。

 だから、私が知っているあなたの原動力を、書き留めてみたわ。

 少しでも、前世の記憶を留めておけるように。

 トモエより』


 私は、本を手の中で持ったまま、しばらく動けなかった。


(これは……)


 表紙をそっと開く。

 最初のページに、見覚えのある世界が広がっていた。


恋蜜(こいみつ)……)


 前世で、私が知っていた物語。

 ゲームの世界。

 攻略対象の名前。

 ヒロインの名前。

 そして――その親たち。


(アイゼン王太子は、攻略対象の双子の父親だった)


 その事実が、静かに、しかし確実に、胸の奥に戻ってきた。


(私は、物語(せかい)を……)


 思わず、本を閉じた。

 部屋の中が、静かだった。

 窓の外に、フォレスト国の空が広がっている。

 リップル王国の、深い橙色とは違う、澄んだ青い空。


(どうしよう……なんてことをしてしまったんだろう)


 宿屋での夜が、鮮明に蘇る。

 顔が、じわりと熱くなった。


(落ち着いて、エリカ。落ち着け……って、無理よ!)


 胸の奥で、幸せな気持ちと、取り返しのつかない何かが、ぐるぐると混ざり合っていた。


 恋人として幸せな気持ちは、本物だった。

 アイゼンの「もう誰にも奪われたくない」という言葉も、チェーンの音も、全部、本物だった。


(でも――あれは絶対にまずかった)


 膝の上の『恋の劇薬』が、静かに、しかし確実に、問いかけてきた。


(あなたは、これからどうするの?)


(この物語の中で、あなたはどこへ向かうの?)


 前世で知っていた「恋蜜(こいみつ)」の結末が、霧の中に霞んでいた。

 記憶が薄れているのか、それとも、現実がすでに物語から外れているのか。


(私たちが変えてきた物語(せかい)……この本の通りには、もうならないかもしれない。でも、その確証はない……)


 扉がノックされた。


「エリカ。入っていいか?」


 アイゼンの声だった。


 私は、本を机の上に伏せて、深呼吸をした。


「どうぞ」


 扉が開いた。

 アイゼンは、私の顔を見て、一瞬、目を細めた。


「お父様との話は終わったの?」


「ああ。婚約式と結婚式を合わせ、一度に盛大に執り行うことで話がまとまった。それより、顔色が悪いが、どうかしたか?」


「……なんでもありません」


「本当に?」


「……ええ」


 アイゼンは、机の上の本に、ちらりと視線を向けた。


「何を読んでいた?」


「友人から届いた本です」


「面白かったか?」


「……色々と、考えさせられました」


 アイゼンは、それ以上、聞かなかった。

 ただ、私の隣に座り、静かに窓の外を見た。


(この人も私も、恋蜜(こいみつ)の登場人物だ。でも、今、隣にいるこの人は、間違いなく、私が見てきたアイゼンだ)


 その物語と現実が、私の中で、まだ、うまく重ならなかった。


(アイゼンとは離れたくない。だったら、これからの物語は、私が作り出していくしかない)


 膝の上で、ブレスレットを握りしめた。

 窓の外に、フォレスト国の空が、静かに広がっていた。

 物語は、次の局面へと、静かに動き始めていた。

 あとがき


ここまで読んでいただき、ありがとうございます!

エリカとアイゼンは、ようやく想いを確かめ合い、婚約者となりました。 そしてラストでは、トモエから『恋の劇薬』が届き、エリカも再び「恋蜜」の物語と向き合うことになります。


作中に登場した『恋の劇薬』は、実際に短編としてヒロオカトモエの名前で公開しています。

「恋蜜」の世界や攻略対象たちの物語を描いた作品ですので、本編とあわせて楽しんでいただけたら嬉しいです。


面白かった、続きが気になると思っていただけましたら、評価やブックマーク、感想、リアクションなどで応援していただけると励みになります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ