Ⅸ.権藤渚沙
この場に居づらくなった五味が出て行った後、話題もなく、五人は黙っていた。
「ホラー映画なんかだと、一人で行動するのは死亡フラグだと言うけどよ、殺人鬼の側からすれば逆じゃねえか」
出がけに五味は、そんなことを言っていた。
それも一理あると渚沙は思う——犯人がここにいる全員を殺す気なら、扉を封じて火を放てばそれでいいのだ。
誰にも居場所を告げずに身を隠した方が安全という五味の判断は、間違っちゃいない……武器を所持した、恐怖という感情が壊れた外道ならなおさら。
静まり返った部屋に雨音だけが響く。雨のピークは去ったようだが、橋を渡れなければ意味がない。
とはいえ皆、横になる度胸もなく、棚や衣装ケースに座って、ランタンに照らされた床を眺めているだけだ。
黒猫の金色の目だけが、爛々と一同の顔を見比べている。
この廃墟が丈夫にできていて、雨漏りがないことに感謝する以外に何も考えられないまま、時間だけが過ぎていく。
そのうち、沈黙に耐えられなくなったのか、中村尊が顔を上げた。
「ここには本当に、僕たちしかいないんでしょうか?」
先ほどよりしっかりした口調になっている。彼は早口に続けた。
「だって、おかしいでしょ。あんなに惨い殺し方をしたのに、誰も返り血を浴びていない」
安住刑事と猪崎検事が顔を見合わせる。
渚沙もそこには気づいていた。けれど、敢えて言わなかった……荷物の見分をされたら困るから。
中村尊の語調が強くなる。
「僕たちが今日ここに来るのは、誰でも知り得た情報です。配信で予告してましたから。だから、姉を殺そうと思えば待ち伏せできた……もしかしたら、ストーカーかもしれない。モデル時代には、GPS付きのぬいぐるみをプレゼントされることもあったみたいだから。きっとそうだ!」
「それは考えにくいわ」
猪崎が首を横に振った。
「我々はあなたたちが到着するより前から、ペンションじゅうを見回っている。けれども、人が潜んでいた痕跡はなかったわ。短時間でも人の存在があれば、埃に残った足跡や、汚れたガラスに触れた跡が残っているはず」
理路整然と反論する検事に、中村尊は食ってかかる。
「あんたらが見てない場所があるかもしれないじゃないか! そうだ、隠し部屋があるんだ。そこに被害者は囚われているから、死体が見つかっていないんだ!」
徐々に、陰謀論者の錯乱じみた口調に変容していく。ところが彼がこの次に口にした言葉で、一気に形勢が変わった。
「ねえ、町田さん。あるんでしょ、隠し部屋——じゃなきゃ、寝袋がちょうど七つ用意されてるなんて、おかしいじゃないか」
渚沙、そして安住刑事と猪崎検事の目が町田を向く。
一同の視線を浴びて、だが町田は穏やかに笑った。
「このペンションを管理しているのは、私だけではありませんので」
「そ、そんなのはデタラメだ! 近くに住んでる人なんかいないじゃないか!」
「まあ、そう興奮されますな、ノワールが驚きます」
町田の手が黒猫の艶やかな毛並みを撫でる。
「先程、私は少し離れたところにある別荘の管理人であると申し上げました。実務的な管理を任されておりますのは確かに私でございますが、このペンションの所有者となりますと、少々複雑でして」
黒猫の金色の目に見据えられ、中村尊は毒気を抜かれたように押し黙った。
町田は微笑んだ。
「この土地は、登記上は『呼声井』の集落の代表者のものとなっております。ところが、禁足地であった頃の地主は、我が主——つまりは、別荘の主人のご先祖でして。サンカの連中が勝手に住み着き、そして出て行った訳ですから、一応、我が主の手に戻ったと思われるのですが……まぁそういう複雑なところに加え、七年に一度、『呼声井』の祭りをせねばなりませんので」
「祭り?」
猪崎検事が怪訝な表情をする。
「井戸に宿る神様をお祀りするのですよ——無関係な者を『呼ば』ないよう、お慰めするのです」
湿気を帯びた沈黙が肌を冷やす。
公職にある安住刑事は、肯定も否定もせずに咳払いした。
「では、七つの寝袋とは……」
「はい。祭りの支度にここへ集まる者のために、用意してあるものです」
ペンションが現役の頃は、ここに宿泊していたそうだ。ペンションが廃墟となってからも、宿泊場所として最低限の機能を維持するよう、改修を行ってきたらしい。
「それがたまたま、今晩、役に立ったというわけでございます」
一応は納得できる説明ではある——が、渚沙は信用していなかった。
彼女自身が嘘を吐いているから。
先ほど、猪崎検事に答えたこと……あれは全て嘘っぱちだ。五味がヘマをした時のために、予め写真と物語を用意しておいた。
嘘とは口先でつくものじゃない。嘘とは、自分の中に物語を染み付かせておくものだ。
物語に、人生を乗っ取らせるのだ。
しかし、中村尊が食い付いたのは別のところだった。
「七年に一度の祭り……」
口の中で何度か呟いた後、彼は蒼白な顔を町田に向けた。
「あんたら……まさか……!」
——だが、その言葉が核心をつくことはなかった。
渚沙のスマホがけたたましく鳴ったのだ。
慌ててポケットからスマホを取り出す。相手は五味だった。
受話ボタンを押してスマホを耳に当てる。
「どうしたんだ?」
だが、五味の様子がおかしかった。ハァハァと荒い息遣いの後、途切れ途切れの震え声がこう言った。
「おまえ……何者……だ……?」




