Ⅵ.中村尊
一体こいつは何なのか?
中村尊は訝しい目を五味という男に向けた。
ネット配信者とはいえ、有名人ではないから、横の繋がりはほぼない。だから、テレビ業界の人間を初めて見た。
肩幅の広いグレーのスーツに、紫の豹柄シャツ。とても真っ当な仕事をしてる者の格好じゃない。
いわゆるギョーカイ人ってのは、こんなものだろうか?
すると、五味の影に隠れるようにこちらを伺う視線に気付いた。パンクファッションのアシスタント……確か、権藤といったか。
全く感情の読めないその目に不気味なものを感じ、尊は目を逸らす。
一方、五味は相変わらずヘラヘラとした態度で、町田という男に訊ねた。
「あー、申し遅れました。フジサンテレビの下請けの四ツ谷企画って会社で番組制作をしている五味です。今、ロケの下見に来てるんですが……何スか? 『呼声井』って」
町田は細い目をして五味を見ていたが、
「ここは手狭ですので、場所を移しましょう」
と、一同を二階に誘った。
最後尾に続く途中、姉が彼の袖を引いた。
「ねえ、私ら、もう帰っていいでしょ? なんでついてく訳?」
姉は何も分かってない……と、尊は囁く。
「こんなチャンスを見逃せるはずがないだろ。七年前の事件の担当刑事と検事、それにテレビ関係者だぞ」
「だから何?」
「ネタの匂いがプンプンするだろ。それに……」
尊は先を歩く町田という男を見た。
「いかにも曰くありげじゃないか。オカルト研究家として見逃せるかよ」
二階の非常階段に最も近い部屋は、元は倉庫のようで、窓が細長く割れていない分、荒れ方がずいぶんとマシだった。
薄暗い室内を探り、作り付けの棚や衣装ケースを椅子代わりにして、七人は円座の形に顔を合わせた。
「さて、お話をさせていただく前に、あなたがたのお名前をお伺いしたいのですがね」
町田が薄く笑みを浮かべた目で一同を見渡す。いつの間にか、彼の膝に黒猫が乗っていた。
顔を見合せた後、最年長の安住が再び自己紹介をする。
「県警捜査一課の安住剛志です」
「地検刑事部の猪崎梓です」
女検事が続いたから、右回りの流れで尊は名乗った。
「『マニアック新世界』ってコンビでウェブ配信をしてる中村尊です」
「同じく、姉の中村杏梨です」
そして、
「四ツ谷企画の五味秀一です」
と五味が名乗った後、アシスタントの少女が俯き加減に言った。
「……権藤渚沙」
この少女の声を初めて聞いたかもしれないと、尊は思った。ヘラヘラと愛想笑いを崩さない五味とは対照的に、他人の視線を避けるように無愛想だ。
一通りこちら側の挨拶が終わると、町田は、
「改めまして。このペンション……そして、『呼声井』の管理を任されております、町田と申します……それから、これは、ノワール」
と、膝の黒猫の頭を撫でた。
するとすかさず、五味が身を乗り出す。
「今、怪奇特番の企画を担当してまして……呼声井って、なんスか?」
オカルト研究家を自認している尊も、それは興味のあるところだ。気付かれないよう注意しながら、尊はポケットのスマホの録音機能を起動した。
町田は朗らかに語る。
「この辺りはかつて、小さな集落があった場所でしてな。今は見る影もありませんが。その集落には、こんな言い伝えがあったのです——」
川も池もない、孤立した山奥の集落の生活を支えるのは、ひとつの井戸。
集落の人々は、その井戸を何よりも大切にしてきた。
古来より、井戸には神様が宿るという。
集落の人々はそれを信じ、井戸を神様として祀りながら、その恵みを享受したのだ。
「……ところが、その神様がどうも強欲でしてな」
町田は穏やかに目を細める。
「——集落の子供を呼んで、呑んでしまう」
ゾゾッ……と嫌な空気が部屋に満ちる。
ちょうど日没が訪れたらしく、細い窓から入る西日が途切れ、辺りは闇に包まれた。
尊の隣で、姉の杏梨が小さく悲鳴を上げる。
すると町田は、慣れた様子で戸棚から電池式のランタンを取り出して、天井に吊るすと灯りをつけた。
「もっと早くにつけておけば良かったですな。私は定期的にこのペンションを点検に来ておりますので、ある程度の用意はしてあります」
フフフ……と町田は笑うが、誰も反応しない。
何事もなかったように元の位置に座ると、町田は続けた。
「そんな時、気付いてしまったのですな——子供が井戸に落ちた後、井戸の水量が増すことに」
それまでは、何度も井戸が枯れることがあった。
井戸が唯一の水源である集落にとって、それは死活問題である。作物は枯れ、飢餓と渇きで人が死ぬ。
ところが、子供が落ちてから数年は、決して水が枯れることがなく、溢れんばかりの水を汲めるようになった。
じっとりと、いやな空気が部屋に満ちた。
誰もが町田の口から、聞きたくない言葉を聞くことになるだろうと覚悟した。
しかし、町田はそこで話題を変えた。
「その集落ができる前は、この山一帯が禁足地とされていたとか」
尊は戸惑う。町田が何を言いたいのか、察しかねたのだ。それは皆同じようで、訝しげに眉を寄せる者が多かった。
そんな一同の表情を眺め、町田は満足げに微笑んだ。
「そんな場所になぜ人が住み、集落を築いたのか」
町田は言った。
「サンカ、というのは、ご存知ですかな?」
尊はゴクンと唾をのむ。
オカルトを嗜む者なら知っている——かつて日本に存在したという、里に定住せずに山々を放浪して暮らした人々。
杏梨以外は知識を持っていたようだ。杏梨には後で説明しようと、尊は町田を促がすように大きくうなずいた。
それを受け、町田は再び口を開く。
「放浪の民というのは、厳しい生活ですからな。里での生活に憧れはするものの、豊かな水のある場所には、すでに誰かが住んでいる。そのために、禁足地となっているこの場所くらいしか住処がなかった——彼らには、なぜここが禁足地とされてきたのか、知る術はなかったでしょうし」
町田は、六人の反応を確かめるように、ゆっくりと言った。
「——彼らは、呼声井のあるあの場所に、『呼ばれた』のでしょう」




