Ⅴ.安住剛志
「なぁ、あの二人、どう思う?」
五味と渚沙が去った後、安住は梓に目を向けた。
梓もまた、不審な目を階段に向けている。
すると、中村姉弟の弟の方が、おどおどと安住に言った。
「あの……暗くなってきたし、泊まらないのなら、早く帰った方が良くないですか?」
全くもってその通りだ。
だが、ネット配信者などという不埒な若者に忠告を受けたのが気に入らず、安住は苦い顔をした。
「言われなくても分かってる」
安住は立ち上がり、梓を見下ろす。
「天候も怪しい。今日のところはここまでにしよう」
「それもそうね」
それから安住は中村姉弟に顔を向けた。
「おまえたちが先に出ろ。俺たちをやり過ごして戻られても困るからな」
「でも……」
中村姉が不満げに階段を見る。
「テレビ局の人たちは、ちゃんと許可取ってるんですか?」
それは、安住にとっても痛いところだ。
正直を言えば、安住もまた、このペンションに入る許可は取っていない。
所有者の所在が分からないからだ。
だから、五味とかいう男もまた無許可であるはずだが……。
近頃の警察は、報道に過敏である。
テレビ局関係者とトラブルを起こせば、大目玉を食らうに間違いなく、退職金を当てにした住宅ローンに影響が出る可能性もある。
触らぬ神に祟りなし——それが、今どきの警察に蔓延する態度であった。
鬼瓦のような顔を取り繕って、安住は言った。
「何かあれば、テレビ局側の責任だ。おまえたちのような素人とは違う」
無理のある言い訳に、中村姉が納得するはずもなかったが、安住はさっさと玄関に向かった。
西の空に傾いた夕日を、厚い黒雲が覆っていく。今晩は嵐になるかもしれない。
「さっさと車に乗れ」
玄関ポーチで足を止め、安住は中を振り返る。その途中、ワンボックスカーの窓が目に入り、安住は眉を寄せた。
遮光フィルムが隙間なく貼られている。
巡回中なら、停車させて検問するタイプの車だ。
しかも、社用車にあるはずの社名の類がどこにもない。
「…………」
刑事の勘が安住に何かを知らせる。そこへ梓がやって来た。
「どうしたの?」
彼女はすぐに安住の意図に気付いた様子で、同じく眉をしかめた。
「さっきの人たち、ここに泊まる気なのかしら」
「本当にテレビ局の人間か、確かめた方が良さそうだな」
……ところが。
そこに一台の軽トラがやって来たから、安住の検問は中断せざるを得なくなった。
軽トラは、玄関ポーチ横に停車する。そして、運転席から和装の男が出てきたのである。
「おや? こんな場所へどういった御用ですかな?」
彼は一匹の黒猫を抱いていた。金色の目が安住の顔を射抜く。
その目の色に不快なものを覚え、安住は眉間にしわを寄せながら、警察手帳を男に見せた。
「県警捜査一課の安住です。あなたは?」
「あぁ、申し遅れました。このペンションの管理を任されております、町田と申します」
白髪をオールバックに撫で付けた、物腰柔らかな紳士である。
一方、腕の中の黒猫は、安住を呪い殺そうとでもするかのように、牙を見せて「ニャー」と鳴いた。
町田は朗らかに言った。
「刑事さんと言われますと、七年前の事件の捜査ですかな?」
「えぇ……しかし、このペンションを管理する方がおられるとは、初耳ですが」
「ここが心霊スポットなどと騒がれて、荒らされるようになったので、地域ごと立ち入り禁止にした際に、近くに住んでいる縁で頼まれたのですよ」
「それはおかしいですよ」
急に中村弟が前に出る。
「このペンションの半径十キロ圏内に、民家はないはずだ」
すると、町田はフフフと笑った。
「民家として登記されていないかもしれませんな。この先、二キロほど下った場所に、とある方の別荘がございましてな。私はそこの管理人です。冬場は雪に閉ざされますから、夏場だけ住んでおります」
中村弟はまだ何か言いたげだったが、町田が笑顔で話題を切り替えたものだから、それ以上は言わなかった。
「サイレンが、鳴りましたからな。様子を見に来たのですよ」
サイレンという言葉に、安住はギクッとした。三階の時計塔にいる時に、すぐ後ろで鳴ったものだから、腰を抜かしかけたのを思い出したのだ。
町田は相変わらず薄笑いを浮かべている。
「あれは、ここから少し入ったところにある、とある場所を監視するもの。ちょっと確認させてください」
町田はスタスタと玄関に向かう。安住と梓、そして中村姉弟も彼に続いた。
彼は迷わずホール横の階段を上がる。そして二階の廊下を突き当たりまで進み、非常扉に手を掛けた。
そこで、町田は振り返った。
「この扉は、鍵がされていたと思うのですが」
安住は口ごもった。
「捜査のために必要があったため、壊した。管理人がいるとは知らなかったからな……」
町田は目を細めた。
「これからは、私をお呼びください」
鉄製の非常扉がギギギ……と音を立てて開かれる。
その先には、不埒者に荒らされていない空間があった。
非常階段のため、上下に鉄製の階段が続いているのだが、下へ向かう階段は錆びて崩れ落ちており、上への階段が辛うじて生きている。
一度に大人数が通るのは危険と、町田を先頭に、距離を空けて四人が続く。
階段を上り切った先の空間は、時計塔の内部である。
五人もの人間が入ると圧迫感を覚える狭い空間。
玄関側の壁に大時計の機械部が嵌め込まれている——当然、壊れて動いていないが。
正面の壁には鉄製のロッカーがあり、大時計の向かいには窓があった。
そして窓の下に、サイレンの装置が鎮座していた。
町田は猫を床に置くと、ロッカーの鍵を開ける。そして、猟銃を取り出したものだから、安住は身構えた。
「な、何をする気だ!?」
しかし、町田は意に介さず、銃口を窓枠に置くとスコープを覗く。
「ここから、『呼声井』が見えますのでね。不埒者が侵入したら、警告の射撃を行う決まりなのです」
町田はそう言って引き金を引いた——轟音が響いたが、薬莢が落ちることはなかった。
町田は笑った。
「エアガンです。認可の必要ない玩具です」
町田は銃の構えを解き、安住に向き直った。
「呼声井の周囲にセンサーが設置してありましてな。侵入者があればこのサイレンが鳴り、私に知らせる仕組みなのです。どうも今回は、鹿か猪が通っただけのようですな」
シン——と室内が静まり返る。
気まずくなった安住が口を開きかけると、彼らの背後で声がした。
「呼声井って、何スか?」
いつの間にか、階段室から五味が覗いていた。




