↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/13

Ⅳ.権藤渚沙

 私は五味秀一という男を見くびっていたかもしれない……と、権藤渚沙は思った。


 拳銃を突き付けられた時、やはりこいつも武器に頼るしかない脳なしかと、どこか見下していた。ところが、警察から逃れられないと悟った後の五味は、一切のブレを見せない度胸と、悪魔的な対応力を見せた。


 テレビ関係者と偽れば、五味や渚沙の特異な容姿に説明がつく。しかも、堂々と本名を名乗った。

 相手は捜査一課の刑事——状況から、彼は覆面パトカーを、例の殺人事件の捜査と見抜いた——。反社の担当ではないから、九頭龍会幹部である五味の顔や名前は知らないだろうと、賭けに出たのだ。


 偽名がボロを出す可能性は否定できない。そのリスクを避けるために、別のリスクを取る。極道とはこういう生き物なのかと、渚沙は感動すら覚えた。


 五味の演技は完璧だった。世間ズレした態度で老練の刑事を煙に巻く。ヘラヘラと相手を油断させ、この場を乗り切る気だ。

 先着の四人が帰ってしまえばこっちのもの——そう察して、渚沙は「気の利かないぶっきらぼうなアシスタント」という役を演じた。


 荒れ果てたロビーにあっても、向き合う形で置かれた頑丈な長椅子は朽ちていなかった。五味と渚沙、安住という刑事と猪崎という女検事が向き合い、ネット配信者の姉弟が所在なさげに立っている。


 そんな面々に、五味はヘラヘラと薄い笑いを浮かべ身を乗り出す。


「じゃあ、みなさん、七年前の女子大生殺人事件に詳しいんスね。情報教えてくださいよ。番組のキモになるようなネタを」

「実際に人が亡くなってるの。面白おかしく扱っていいものじゃない」


 猪崎検事がピシャリと言い放つ。五味は大袈裟に肩をすくめた。


「まぁ、お堅い職のエリート先生はそう言われるでしょうけどねぇ……こちとら、それで納税して、社会保険料を納めてるんですわ」


 そう言われては、公務員である検事は何も言えない。

 五味は満足そうにヘラヘラ笑ってから、配信者姉弟を振り返った。


「ねえ、番組に参加してみない? 『マニアック新世界』——今伸びてるチャンネルみたいじゃないの。番組に出れば宣伝になるよ?」

「お断りします」


 姉の方が即答する。


「私、テレビ業界のタダで人を使おうとするところが嫌で断ったら、モデルの仕事干されたんで。今さら宣伝なんていりません」

「これは手厳しいね……」


 弟の方は名残惜しそうだったが、五味はあっさりと引き下がり、安住刑事に顔を向けた。


「じゃあ、こういうのはどうです? 怪奇現象を捏造して面白おかしく騒ぐだけの心霊番組じゃなく、事件にスポットを当てて、被害者の慰霊をする……事件の捜査を担当された安住刑事にインタビューをさせてもらえると、より被害者側に立った番組編成ができますがね。事件について、分からないことがあるから調べに来たんでしょ? もしかしたら、視聴者から情報提供があるかもしれませんよ」


 五味が語っている間、安住は苦虫を噛み潰したような顔をしていた。そして、

「副業禁止の公務員なら、タダで使えるからな」

 と言い返す。五味は首をすくめた。


「こりゃ参ったな……」


 渚沙は横目で五味を見た。どうやってこいつらを追い出す気なのか。


 すると五味は、

「そんじゃ、こっちはこっちで勝手にやらせてもらいますんで」

 と立ち上がり、「行くぞ」と渚沙を促した。渚沙は面食らって、さっさと階段に向かう五味の後を追う。

 そして、二階の客室に入ったところで、渚沙は五味に詰め寄った。


「おい、車を覗かれたら一発でアウトだぞ。どうするつもりだ?」

「遮光フィルムを貼ってある。覗いたくらいじゃ見えやしねえよ」


 五味は朽ちたベッドに腰を下ろし、タバコを取り出し火を点けた。煙を吐き出し、五味は窓の外を見る。


「もうすぐ日暮れだ。まさか、こんな場所で一晩泊まる気もないだろう。待てば帰るさ」


 九頭龍会の幹部になる男だ。並の人間とは度胸が違う。

 渚沙も、傍らの椅子の埃を払って座る。そして、先程から気になっていたことを口にした。


「あのサイレン、このペンションからだろ」

「だろうな」

 

 軽く流す風の言い方だったが、五味の表情が固くなったのに渚沙は気付いた。

 彼女は身を乗り出し、五味の顔を見上げる。


「——このペンション、本当に廃墟なのか?」


 電気が通っていないのは一目瞭然。

 なら、どうやってサイレンを鳴らしたのか。


 誰かがサイレンを生かすべく、手入れをしているのではないか。


 五味はタバコを吸う手を止めた。そしてゆっくりと渚沙に顔を向ける。


「おまえが俺を連れて来たんだろ。何も知らないのか?」

「…………」


 渚沙は少し考えた後、正直に告白することにした。


「——私も、頼まれたんだよ。このペンションにあんたを案内するようにって」


 五味の指先からタバコの灰が落ちた。慌てて革靴で踏み消してから、五味は目を細めた。


「誰に頼まれた?」

「知らない。変声機越しの非通知だった」

「…………」


 五味の背後にある窓の外が、みるみるうちに暗くなっていく。日が落ちてきたばかりではない。雨雲が空を覆い始めていた。


 今夜は嵐になりそうだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。