Ⅲ.猪崎梓
扉を開けた瞬間向けられたスマホに、猪崎梓はため息を吐いた。
「君たち、ネット配信者ね。こういう行為は不法侵入に当たるの、当然知ってるよね?」
少々キツめにそう言うと、スマホを持つ青年がギクッと肩を揺らした。
「自覚があるのなら、スマホを下ろしなさい。もしかして、中継してる? なら、自らの犯罪行為を全世界に告白してるのと同義ね」
青年は慌ててスマホをポケットに入れる。
その後ろで、短いスカートの若い女性が慌てた様子で両手を振った。
「ごめんなさい! ごめんなさい! 私たちは何も見てません! 何も知りませんから……!」
「何を言ってるんだ?」
梓の後ろから、安住剛史が厳つい顔を出した。
「今すぐ出て行きゃ、逮捕はしねえよ。厳重注意で済ませてやる」
彼はそう言いながら、ジャケットから警察手帳を取り出して彼らに見せた。
ミニスカートの女性はポカンと目を見開く。
「警察……?」
「それ、本物、ですか?」
青年が目をぱちくりさせて、安住の手帳に顔を寄せる。安住は渋い顔をした。
「疑うなら、県警本部に識別番号を照会してみろ。安住剛史、六十歳。捜査一課の刑事だ」
青年はもじもじとスマホを操作し、電話しようとしたところで手を止めた。意味がないと理解したようだ。
安住が警察手帳をしまい、説教をはじめたところで、二人は手早く荷物をまとめた。
そして、安住にぺこりと頭を下げてから、言いにくそうにこう言った。
「あの……ついさっき、いかにも反社って人が、この建物に入ってきたみたいです」
「それで私たち、早く逃げなきゃって焦ってたら、刑事さんたちが……」
梓と安住は顔を見合せた——三階からその様子を見て、彼女らは降りてきたのだ。その途中で配信者二人組を見かけ、声を掛けたのだが……。
ここは二階の客室の一室。ワンボックスの二人は、一階に留まっているようだ。
「様子を見に行った方がいいだろう」
安住はそう言って、配信者の二人をあごでしゃくった。
「おまえらも一緒に来い。勝手な行動をされて、何かあったら責任が持てん」
きしむ廊下を階段に向かう。
その途中、配信者の女性の方が、不安を紛らわせるように梓に話し掛けてきた。
彼女らは『マニアック新世界』というオカルト系配信者で、姉弟コンビで活動しているようだ。
「あの……お姉さんがたは、何をしにここに?」
「七年前の殺人事件の遺体探し」
中村杏梨と名乗った彼女は、ギョッとして肩をすくめた。
「まだ、見つかってないんですか」
「そう。ほぼクロだと思ってるけど、遺体が出ないと、殺人罪に持っていくのが難しいのよ」
——その事件は、当時もう既に廃墟となっていた、このペンションで起こった。
暴走族グループに連れ去られた女子大生が、このペンションで性的暴行を受け殺害された。
……とされているが、遺体は未だ見つかっていない。
と言うのも、語弊があるかもしれない。一応、遺体はこのペンションで発見されてはいる——右脚だけが、庭に埋められていたのだ。
現場に残された痕跡から、犯人グループがこのペンションでいかがわしい行為に及んだのは確実なのだが、遺体が部分的にしか発見されていないため、殺人として彼らを裁くには根拠が足りず、控訴されると弱い。
そんな事情で、裁判が長引いているのだ。
そのため今日は、事件を担当した安住刑事に協力を乞い、もう一度、事件現場を見てみようとペンションを訪れた。
杏梨は目を丸くして、梓の話を聞いていた。
「あの、お姉さん、検事さんなんですか?」
「ええ、まぁ」
すると、安住刑事が苦い顔をした。
「事件の情報を、そんなにペラペラと喋っていいのか?」
「週刊誌に載ってる程度のものばかりよ。あなたたちも、ある程度は調べて来てるんでしょ?」
「もちろん、このペンションが現役当時に起きた失踪事件も一通り」
そう答えたのは、弟の中村尊だ。コンビといっても、地味な見た目の弟の方が主体であるらしい。
「失踪事件?」
安住が顔をしかめる。すると中村尊が得意げに語りだした。
「殺人事件の方が有名ですけど、このペンションに泊まった客が何人か、失踪してるんですよね。刑事さん、知らないんですか?」
「事件性のない失踪は、捜査一課の担当じゃない」
「オカルト界隈では、七年前の事件は、その時の失踪者の呪いと言われてます」
「バカバカしい」
安住はフンと鼻を鳴らす。そこに中村杏梨が口を挟んだ。
「では、さっきのサイレンも、検事さんの調査の一環で?」
そこで梓は足を止めた。そして訝しい目を杏梨に向ける。
「あなたたちが原因ではないの?」
一同も立ち止まる。
安住は中村姉弟を睨み、中村姉弟は安住と梓の顔を見比べる。
嫌な空気を振り払うように、梓は言った。
「私たちは、あのサイレンには一切関与していない。あなたたちが侵入したのを感知した警報だと思ったわ」
「いいえ、サイレンが鳴った時、私たちは二階のあの部屋にいましたから」
言われてみればその通りだと、梓は理解した。ワンボックスの二人が入ってきたのを見た時には、既に姉弟のものと思われる軽ワゴンがあった。
ワンボックスの二人が建物に入ったのは、サイレンより後。
ならば、あのサイレンは何だったのか?
四人は顔を見合わせる。
階段の真上だというのに、誰も階段に踏み出そうとはしなかった。
何者かがじっと、彼女らの挙動を観察している——そんな視線を感じたのか。
あるいは、階段に一歩踏み出さば、あの耳障りな音を再び聞くことになるかもしれないと思ったのか。
だが、その懸念は、階下からの声に破られた。
「あのー、誰かいるんスか?」
間延びした男の声だった。
反応できずにいると、声は再び言った。
「困るんスよねー、勝手に入られると。これから取材なんで、用がなければ出てってくれません?」
もう一度四人で顔を見合わせてから、安住が階段に踏み出した。老練の背中を追うように中村姉弟が続き、その後に梓が続く。
一階の玄関ロビーに声の人物がいた。ワンボックスから出てきた、到底堅気とは思えない格好の男と、複雑な装飾の真っ黒な服を着た少女。
「なんだ、おまえたちは?」
安住が二人に聞くと、男は間延びした声で答えた。
「フジサンテレビの下請けでバラエティー番組の制作をしてる、四ツ谷企画の五味って言います。こっちは、アシの権藤ちゃん」
「身分証は?」
梓は五味にそう訊ねたが、
「誰かに会う予定じゃないし、持ってきてませんよ」
と憤慨した様子だった。
だが、安住がそれで納得するはずがなかった。彼は警察手帳を示した上で、
「少し、話を聞こうか」
と、二人をロビーの長椅子に導いた。




