ⅩⅡ.権藤渚沙
廊下に出た渚沙は後ろ手に扉を閉めた。
そして、傍らに捨て置かれた木の棚に手を掛ける。
このペンションの扉は、全て外開きだ。だから棚を扉の前に倒せば、部屋から出られなくなる。
しかも、物置部屋の窓は狭い。ガラスを破ったところで、人の体が抜けられるようにはできていない。
——そこに火をつければ、全員を一度に殺すことができる。
背丈より大きな棚も、思い切り体重を掛ければ倒せる。できるだけ音を立てないようにしたのは、この先の楽しみのため。
窓に下がる破れたカーテンをちぎり、五味から奪ったライターで火を点ける。それを倒れた棚に投げ入れれば、朽ちた棚はあっという間に火に包まれた。
すぐさま扉に火が移る。すると中から、ドン、ドンという激しい物音がした。
「死ねよ、鬼畜ども」
渚沙はそう吐き捨て、扉に背を向けた。
中村尊の配信は予定外だったが、彼女の計画に影響はなかった。
——渚沙はこの『祭り』を終わらせるつもりでここに来た。
『祭り』がある限り、贄として作られた彼女に、身の安泰の保証はないからだ。
渚沙は『カミサマ』に懐疑的だった。
自らの身を捧げるべき相手など、考えたくもない、という方が近い。
カミサマなど存在しなくて、因習に囚われた大人たちが狂った儀式を盲信している。そう解釈しないと、渚沙は自分の存在理由を示せない……そんな人生を送ってきた。
だから、炎が爆ぜる音に混じって聞こえる悲鳴も、拳が割れても扉を殴り続ける音も、彼女の心を動かすことはなかった。
階段を下り、玄関を出る。雨は霧のように細かなものになっていた。もうすぐ上がるだろう。
そして、東の空が薄らと白ばみだしていた。急がなければ。
渚沙はポケットから車の鍵を取り出す——五味のワンボックスのものだ。襲われそうになった時に、脅しに使えるかもしれないとスリ盗った。
鍵を開ける。すると腐臭が鼻を突く。確か、伊達とか言ったか。どんな奴だか知らないけど、棄てていこう。
あとは、火が何とかしてくれる。
ペンションの二階はすでに炎に包まれていた。悲鳴も、もうない。
三階の時計塔が、黒煙の奥で揺れている。あれが崩れ落ちるのも間もなくだろう。
トランクから死体袋を引きずり出し、玄関に運びこむ。それにライターで火を点けてから、渚沙は運転席に乗り込んだ。
当然免許はないけど、五味の様子を助手席で見ていたから、運転の仕方は分かった。
エンジンをかける。換気をするため窓を開ける。
焦げ臭い臭いが鼻を突き…… 渚沙はふと、奇妙な違和感を覚えた。
そう言えば、あのサイレンは何だったのだろう?
それだけじゃない——。
——その時。
窓から黒い影が飛び込んだ。
「ヒッ!」
と両手で身をかばうが、それが黒猫だと分かるとホッと息を吐いた。
「なんだ、脅かすなよ」
「驚いたのはこっちだよ。いきなり閉じ込めて火をつけるなんてさ。猫の体じゃなかったら、窓から逃げられなかったじゃないか」
渚沙は耳を疑った——誰の声だ?
戸惑う彼女を、金色の目が見上げる。
「取引をしよう——君を食べない代わりに、ボクを街に連れてってよ」




