第65話 契約武器
ギルバートに通された受付の奥には、階下へ続く階段があった。
そこへ踏み入ることを許されたのは、開拓者ランキングの上位十名に名を連ねた者のうち、この場にいた八人だけだった。
開拓者ギルドの地下は想像していたよりも掃除が行き届いていた。廊下の両側には扉がいくつも並び、開け放たれたままの一室は物置になっている。壁際の棚には木箱が積まれていたが、どれも丁寧に整理されていた。
先を行くシキの背中を、ナイクがちらりと見た。
その隣でシュリが小さく肩をすくめる。フロアでの一幕から、まだ十分と経っていない。当のシキは物置の中を覗き込んでは、興味深そうに首を伸ばしていた。
案内された部屋は八人が入っても余裕のある広さだった。
奥に鎮座しているのは大型の機械だ。灰色の外殻に幾筋もの継ぎ目が走り、中央がずんぐりと膨らんでいる。街全体が中世ヨーロッパを思わせる景観で統一されている中、そこだけが明らかに異質だった。
「リングストレージといい、機械がないわけじゃないんだよな。この世界って」
シキが率直な感想を口にすると、ギルバートが応じた。
「その通りですな。ただ残念ながら、これら機械の製造方法は失われております。残された遺物を活用しているだけなのですよ」
ギルバートも、フロアでのやり取りなど無かったかのように応じた。
遺物という言葉に、シキの片眉が上がる。
また一つ、聞き慣れない言葉が出てきた。だが、ここで掘り下げても意味のある答えは返ってこないだろう。そう判断して口を閉じる。
ギルバートが大型機械の脇へ立った。
「こちらが契約武器の拡張を行うための魔法具となります。まずはご説明しましょう」
ハルシオンロードの六人と、シュリ、ナイクが傾聴の姿勢を取った。
「この拡張処理ですが、大前提として費用が必要となります。十等級から九等級への拡張で十万フロー。九等級から八等級へは五十万フローです」
サラの顔が強張った。
十万でも安くはない。だがその先を見れば、費用は一気に跳ね上がる。今回のランキング報酬に含まれていた契約武器拡張券は、それ一枚で十万フローの価値を持っていたことになる。その報酬の重みが、また一段増した。
ギルバートが大型の半透明ディスプレイを展開する。剣や銃といった武器の図と、各属性の魔石、その説明書きが並んで映し出された。
「契約武器の拡張には、基本的な武器性能の向上と、扱える魔法力の上限拡大という効果がございます。武器の形態も、多少であれば変更が可能です。剣で言えば長さの変更などですな。これに加えて、魔石や魔物から採集した素材を組み込むことで、より個性的な拡張も可能となっております」
そこでギルバートがシキへ視線を向けた。
「シキ様方はヒノシシの変異体を倒されたことで、巨大な牙という素材を入手されたのではないですかな?」
「ああ。巨大な牙と毛皮が新しく手に入ったな」
「素晴らしいですな。その巨大な牙は、近接武器に特に有用です。頑丈さと重量に補正がかかりますので、防御力の高い魔物が相手でも有利に戦えるようになるでしょう。毛皮のほうは防具に使っていただくのがよろしいかと」
「牙は二個あるけど、一個でその効果を得られるのか? あと、重量がどれくらいになるかはわかるのか? いや、そもそもやり直しはできるのか?」
気になった点を、シキが一息に並べる。
その意図を汲んだらしく、ギルバートは笑みを浮かべた。
「順にお答えしましょう。まず、数が多いほど効果が上がるのは確かです。重すぎて扱えなくなるという懸念も、もっともですな。ここで枠組みをご説明しておきましょう。拡張に用いる素材は、主素材と副素材に分かれます。主素材は魔晶石。九等級への拡張であれば十個まで組み込めます」
「魔晶石が主素材か。……だから今回のランキング報酬に魔晶石交換券が十枚あったんだな」
「仰る通りです。魔晶石を用意できない場合は、魔石での代用も可能です。むしろ、そちらが一般的ですな。主素材のすべてを魔晶石で揃えられる開拓者様は多くないでしょう」
シキは思わずリアと顔を見合わせた。
「副素材のほうは魔石か、魔物から採れた素材となります。こちらも十個まで。ただし、巨大な牙のように強力な素材は、九等級への拡張では二個まで組み込めるとお考えください。重量は増しますが、扱えなくなるほどではないでしょう。そして最も重要なことを申し上げます。やり直しは不可能です」
やり直しは利かない。
選ぶ前に決めきる必要があるということだ。
シキが考え込む様子を見せると、ギルバートは説明を先へ進めた。
「では、魔石の属性効果についてご説明しましょう。火属性は魔法力の増強。武器を通して放つ力そのものが底上げされますので、一撃の威力に直結すると考えていただいて構いません。水属性は外付けの魔法具の効果増強。風属性は武器の長所をより伸ばす効果があります。剣なら切れ味、銃なら飛距離といった具合ですな。土属性は重量や頑丈さへの補正。銃の場合は装弾数の増加などにも及びます。そして雷属性は最も癖が強く、武器種によって効果が大きく変わりますので、これはそれぞれにご説明いたします」
一気に説明を終えたギルバートが、最後に付け加えた。
「これは私の意見となりますが、最初は火か風を選ぶのが無難でしょうな。ここにいる皆様は戦い慣れていらっしゃる。個性を出していくのは、先々でも遅くはありません。ああ、それと契約武器の拡張処理はご本人様が九等級となる前でも可能ですのでご安心ください」
「仲間と相談してもいいか? 誰がどの素材を使うか決めたいんだ」
「ええ、もちろんですとも」
了承を得て、シキは仲間へ振り返った。
「さて、魔晶石は交換券をもらってるからいいとして、問題はヒノシシの巨大な牙だよな。……これ、二個とも俺がもらっていいか?」
サラが頷く。
「言うと思ったわ。私の武器は重量が増えるのを避けたいから使ってもらって構わないわよ」
ダンも腕を組んだまま答えた。
「そうだな。牙は譲ろう。俺はやはり防御力を上げていきたい。変異体から取れた毛皮は、俺の防具へ使わせてもらいたいところだ」
「ありがとう。なら俺は、火の魔晶石十個とヒノシシの巨大な牙二個を使わせてもらうぜ」
ヒカリとヒスイは、いつの間にかギルバートの展開したディスプレイを覗き込んでいた。昨日リーガル魔法具店でアルスから聞いた話を持ち出しては、額を突き合わせて相談している。
その様子を横目に、サラも考え込んだ。
「私の薙刀の場合はどうすべきかしら。魔法力の増強というのがまだピンとこないのよね。風刃の魔法符の効力を強化できるなら、水の魔晶石を選ぶのもアリのような気がするし」
「たしかにそうだな。結局それが実戦でどうなるかってのが、まだわからないもんな。先行してるが故のデメリットってやつか。武器の性能そのものを上げられる風も気になるだろ」
効果のわかりやすい武器性能を取るか。まだ未知の力である魔法力を重視するか。あるいは、すでに運用している魔法符の効果を伸ばすか。悩みどころが多かった。
逆に、リアはすでに考え終わっていたらしい。
「わたしは火の魔晶石で魔法力の底上げをしようと思います。風の魔晶石を使うと魔法力の収束に補正があるみたいですけど、そちらは纏いの首飾りのような魔法具でも補助できますから。副素材も火の魔石にしたいと思います」
そんなふうに相談を重ねていると、ナイクがギルバートへ声をかけた。
「魔晶石はさっき配られた券をここで使わせてもらえるんだろうけど、持ってきた火の魔石をこの場で別の属性魔石と交換できるんですか? けっこうな数があるんですけど」
「ええ、もちろん可能ですよ」
「お、できるんですね。了解です」
シュリがナイクの隣へ並ぶ。
「どうするか決めたのか? 私もここは火の魔晶石を使うとして、副素材で風か土か迷うところだ」
「俺もそのパターンで悩んでるんだよ。ヒノシシの変異体みたいな化け物と戦うことまで考えると、今の軽い武器じゃ心許ないからな」
二人の相談を横で聞いていたシキが、一歩前へ出た。
「じゃあ、俺のストレイターから拡張を頼むぜ。火の魔晶石十個と、ヒノシシの巨大な牙二個だ」
リアもその後ろへ並ぶ。方針の固まった二人が、最初に拡張を行う流れとなった。
ギルバートが機械の操作を始めた。
「では、こちらへリングストレージを翳してください。同期いたします」
シキは指定された箇所へ腕を上げ、リングストレージを翳した。灰色の外殻に沿って、青い光が一筋走る。
「シキ様の契約武器、直剣ストレイターの拡張を行います。主素材に火の魔晶石十個、副素材にヒノシシの巨大な牙二個を使用します。よろしいですかな?」
シキは一歩下がって頷いた。
「ああ。それで頼むぜ」
正解かどうかは、外へ出て実戦で振ってみればわかる。今はこの選択で進むだけだった。
「では、契約武器の拡張を行います。少々お待ちください」
機械の中央。ずんぐりと膨らんだ部分から、青白い火花が迸った。
全員の視線が一点へ集中する。継ぎ目の隙間から漏れる光が、灰色の外殻を内側から照らし出していた。
十数秒の後、光が徐々に落ち着いていく。やがて完全に消えた。
ギルバートが再び機械を操作する。
「シキ様の契約武器拡張処理が完了しました。銘は『ヴァラッハ・ストレイター』となりました。呼び出しの際は、これまで通りストレイターだけでも可能ですよ。では、こちらへもう一度リングストレージを翳してください」
言われた通りに翳すと、一瞬だけ青白い光が走った。
「これでいいのか?」
「ええ、これで呼び出せます。それと同時に、リングストレージでご登録頂いている名前の横に九等級と明記されているはずですので、後ほどご確認ください」
シキは少し下がって場所を確保し、手をかざした。
「ヴァラッハ・ストレイター」
せっかくだからとフルネームで呼ぶ。閃光が迸り、翳した手の中へ武器本体が顕現した。
その生成速度に、ギルバートが目を剥く。
「驚きましたな。なんという展開速度だ。このような速さは初めて見ましたぞ」
「ふーん、そうなのか。……と、ちょっと大きくなったし、重くなったな」
シキは右手一本で剣を持ち上げ、目の高さへ掲げた。
反りのない真っ直ぐな形はそのままだが、刀身はひと回り幅広くなり、刃渡りだけで一メートル近くあった。
片側だけに鋭い刃を持つ構造も変わらない。ただし、以前の白銀に研ぎ澄まされた刃とは対照的に、峰は分厚く、刀身の平には鈍い灰色が広がっていた。表面には刃と平行に幾筋もの稜線が走り、中央へ控えめな紋様が刻まれている。光を受けるたび、その灰色に黒鉄色の光沢が浮かんだ。黒鉄へ火の輝きが溶け込んだような色だった。
刃元を包む鍔も大きく姿を変えている。黒銀の金属が何層にも重なり、中央から左右へ鋭く張り出していた。獣の牙を幾重にも重ねたような複雑な形でありながら、すべての線が刀身の中心へ収束し、幅広い剣の輪郭を引き締めている。
柄は以前より長く、黒い革紐で隙間なく巻かれていた。握りの端には角張った金属の柄頭が据えられ、剣全体の重さを受け止めている。それでも重心は手元よりやや先へ移っていた。
シキは一度だけ、軽く手首を返した。
刀身が空気を切る音は低く、重い。以前のストレイターが持っていた軽やかな音は、そこにはなかった。
「へぇ、なるほどね。武器の重さも大事そうだな」
誰に言うでもなく呟いて、シキは口の端を上げた。
◇
一時間後。ハルシオンロードの前線メンバー六人は、全員分の契約武器拡張を終え、南大路を月環通りへ向けて歩いていた。
そして一人だけ、服装が一新されている。
「リアちゃんかわいー! これぞファンタジーの魔女っ子だよねー!」
ヒカリが両手を合わせて声を上げた。
リアが新調したのは、深い藍色のローブだった。シキとリアが初めて出会った、あの魔法具屋。そこに置かれていた五十万フローの品だ。
夜鵺のローブ。
見るからに他とは一線を画す逸品だった。
肩から背へ流れる布地は、光の当たり方で紺にも黒にも見える。裾へ向かうにつれて銀糸の刺繍が羽根のような文様を描き、歩くたびに輪郭だけがかすかに光った。フードの縁と袖口にも同じ銀の線が走っている。
その藍色を背景に、腰まで伸びた透き通るような水色の髪が広がっていた。日差しを受けた毛先は、白銀に近い色を返している。
「五割引券がなかったら絶対に買えませんでした。店主さんも喜んでくれて良かったです」
シキは先ほどの店主の様子を思い出して笑った。
「中級とかいう枠内の装備だけど、外で戦うわけじゃない街の住民にとってはただの高級品って感じだったらしいからな。やっと活躍の場ができて嬉しいって、何回も同じこと言ってたもんな」
リアも嬉しそうに頷く。
「この服、本当にすごいですよ。魔法力が溢れてくるみたいです。さっき拡張した杖と一緒に構えたら、すごい感じでしたっ」
ヒスイが吹き出した。
「珍しくリアの語彙がなくなっちまってるじゃねぇか。つっても、テンションが上がるのもわかるぜ。俺も早く装備を更新してぇな」
先頭を歩くサラが軽く振り返る。
「この後は別れましょう。前衛三人は武具店。後衛三人はリーガル魔法具店だったかしら?」
ヒカリが右手を突き上げる。
「昨日聞いた強化弾の魔装も買える! いや、ここはもっとすごい魔法具でもいいよね!」
ダンも楽しげに応じた。
「たしかに、前衛と違って後衛は武器の火力向上へ投資してもいいかもしれんな。俺はとにかく頑丈な鎧が欲しいところだが」
六人がわいわいと話しながら歩いていると、やはり人目を引いた。とりわけリアは、一人だけローブを着込んでいることで目立っている。
シキはそう感じたが、これもきっと今だけのことだろうとも思った。
まずは自分たち六人が初期装備から卒業する。そうすればこの注目も分散されるはずだ。他の開拓者たちの装備が更新されていけば、いずれ目立つこともなくなる。
そんなことを考えているうちに、ちょうど月環通りへ出た。
「武具店はこっちだな。リーガル魔法具店は向こうか。また後で合流しようぜ」
シキ、サラ、ダンの三人が足を止める。ヒスイとヒカリ、リアの三人は手を振りながら曲線の道を歩いていった。
◇
武具店の扉を押し開けると、店員の「いらっしゃいませ」という声が奥から届いた。
天井まで届く棚に、革鎧と板金の胸当てが種類ごとに並んでいる。壁際には籠手や具足が対で吊るされ、床には木製の胸像へ着せられた一式が点々と置かれていた。油と金属の匂いが、店の空気に沈んでいる。
「たしかあっちだな」
「買うものは決めていたんだったかしら?」
「ああ。胴装備に靴と手甲で八十万フローだ。最初に見た時は誰が買うんだよって思ったんだけど、めちゃくちゃ格好いいとも思ったんだよな」
そう言って、シキは店の奥にある商品棚の前へ立った。
漆黒に銀の装飾を散りばめた一式が、間隔を空けて並べられている。
軽鎧が四十万フロー。ブーツが二十万フロー。手甲が二十万フロー。それぞれの値札にそう書かれていた。
「天狼の戦装。俺はこれにするぜ」
軽鎧は、革を主体としながら肩と前腕へ黒銀の板金を重ねた造りだった。胸元から腰へ幾筋ものベルトが走り、その一本一本に銀の留め具が打たれている。前面には細い銀線で紋様が刻まれ、腰から下へ垂れる布地の裾にも同じ意匠が続いていた。
ブーツは膝下までを覆う長靴で、脛の部分に黒銀の装甲が当てられている。手甲は指先から前腕までを包む形で、こちらも同じ色だ。
並べて見れば、三点で一つの姿を成すよう設計されていることがはっきりわかった。
サラが値札と品を見比べる。
「セット品なのね。……たしかに、あなたに似合いそうだわ」
「だろ?」
シキが振り返って笑った。




