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第64話 ゲームチェンジ

 開拓者ギルド南支部の会議室で、五人のリングストレージが一斉に振動した。


 決して大きな振動ではない。手首へ薄く伝わる程度の、それでいてどこか既視感のある感触だった。


 同時に、五つのリングへ小さな赤い光が灯った。


 正確には、リングストレージそのものではない。銀の輪からほんのわずかに浮いた場所で、赤い点が明滅している。シキが腕を持ち上げてみると、光は当然のようにリングへ追随してきた。


「なんだこれ?」


 この世界へ来て八日目。初めて目にする現象だった。


 シキは小さな赤い光へ、そっと指先を触れさせる。


 途端、リングストレージの半透明ディスプレイが立ち上がった。他の四人の手元でも、同じように光の面が展開していく。


 そこへ表示された文言を見て、シキが眉を上げた。


「開拓者様へ重要なお知らせ……? え、この世界、メールあったのかよ」


「遠隔でメッセージを送る手段があったということ? 私たちには使えなかった機能よね」


 隣でサラも驚きを隠さない。


 見覚えのない表示だった。リングストレージについては、この一週間で隅々まで調べ尽くしている。とりわけ、離れた仲間へ連絡を取る手段があるかどうかは、繰り返し確認してきたことだ。あれば圏外での運用が根本から変わる。見落としはありえなかった。


 だが今、その機能が目の前で動いている。


 シキは表示された知らせをタップした。


「……開拓者ランキング?」


 表示の上部に、差出人と宛先、そしてタイトルが並んでいた。


 央都ランティス:サーティス より


 ハルシオンロード:シキ へ


 タイトル:開拓者ランキング


 シキがさらにタップする。文字が下から湧き上がるように展開した。


『皆さまがこの央都ランティスに来られてから八日が経過しました。初日から七日目までの一週間の実績を基に個人評価を行い、順位を決定しました。評価項目は多岐にわたりますが、魔物の討伐数を最も重視し、討伐した魔物の強さに応じた加点もございます。なお、所属するパーティーやクランに死者が出た場合、また、犯罪に類する行為を行った場合は、ペナルティとして大幅に減点しています』


 文面はさらに続いていた。集計期間の区切り方、報酬の受け取り方や使用方法など。細かな注意書きを目で追っていくと、その最後に一文だけ、他とは色の違う文字列が置かれている。


『開拓者ランキングを見る』


 誰も何も言わなかった。会議室の五人全員が、同じ場所を見つめている。


 シキは吸い寄せられるように、その一文へ指を伸ばした。


   ◇


 ハルシオンロード:シキ様 一位


 以下、開拓者ランキング上位百名の発表


 一位 ハルシオンロード:シキ

 二位 ハルシオンロード:リア

 三位 ハルシオンロード:サラ

 四位 ハルシオンロード:ヒスイ

 五位 ハルシオンロード:ダン

 六位 ハルシオンロード:ヒカリ

 七位 グングニル:レイジ

 八位 連剣の鎖:シロナ

 九位 紅蓮:シュリ

 十位 ウォーカー:ナイク


 以下、百位までの名前が続く。


 開拓者ランキング報酬


 一〜十位    報酬:一人五十万フロー、一週間宿泊半額、中級装備五割引券×三、魔晶石交換券×十、契約武器拡張券

 十一〜二十位  報酬:一人三十万フロー、五日間宿泊三割引、中級装備三割引券×二、魔晶石交換券×五

 二十一〜百位  報酬:一人二十万フロー、三日間宿泊三割引、中級装備三割引券×一

 百一〜五百位  報酬:一人十万フロー

 五百一〜千位  報酬:一人五万フロー

 千一〜五千位  報酬:一人三万フロー

 五千一〜一万位 報酬:一人二万フロー

 一万一〜二万位 報酬:一人一万フロー

 二万一〜三万位 報酬:一人五千フロー

 三万一位以下  報酬:なし


 追伸。このランキングにおける上位報酬は、今後の開拓に生かしてもらうため、より際立った実績を残した個人へ報いるために用意させてもらった。次回ランキングは一か月後。クラン単位でのランキングとなる。開拓者たちの武運を祈る。


 サーティス・ラド・グレンディ より


   ◇


 会議室を重い沈黙が包んだ。


 五人がそれぞれの手元へ視線を落としたまま、同じ内容を読み込んでいる。名前の並びを何度も目で往復させ、その下に続く報酬の一覧へ移り、また上へ戻る。誰も先に口を開こうとしなかった。


 最初にその沈黙を破ったのはシキだった。


「なるほどね……。つまり、あの時サーティスが言っていた『報いる』ってのは、これのことか」


 言いながら、シキは表示を切り替えていく。


「所持金も五十万増えてるな。それに持ち物も増えてる。魔晶石交換券? 魔晶石って一万フローとかじゃなかったっけ。これだけで十万相当だな」


 呆れたようにぼやくシキの隣で、サラが深々とため息をついた。


「言っていたわね……。まさかこんな形でとは想像もしていなかったけれど。十位以内の報酬が一人五十万フローは破格ね。しかも装備割引券が三枚。全部を金額に直したら、いったいいくらになるのよ」


「中級装備ってあれだよな。だいたい五十万フローくらいまでのやつ。下は二十万くらいだっけ? この報酬、全部装備更新に使えってことか」


 シキは記憶を辿るように天を仰いだ。


 この一週間で覗いてきた武具店や魔法具店の品揃えが思い出される。近接戦闘職向けの装備でも、見るからに高級そうな品がその価格帯だった。見た目も格好よく、性能も高そうな品々。いつか金が貯まったときにはと考えていたが、それが今すぐ手の届くところまで降りてきていた。


 ナイクが乾いた笑い声を漏らした。


「はは、ハルシオンロードが上位独占かよ……。といっても正直、俺とシキが同じ報酬っていうのもどうかとは思うけどな」


 一位から十位までの報酬に差はなかった。倒した魔物の数で評価するのであれば、シキとナイクの間には相当な開きがあるはずだった。


 シュリも力を抜いて背もたれへ寄りかかる。


「そうだな。私たちの中では、ハルシオンロードの突出に異論はない。むしろ同列として扱われたことを素直に喜ぶべきか。……ベルカは何位だった?」


「……二十位だ」


 答えるまでに、わずかな間があった。


「タスクフォースは紅蓮やウォーカーと比べても討伐数だけでいえば一段劣っていた自覚はある。加えて、七人死なせたことで順位を落としたのだろうな」


 その声は淡々としていた。ただ、淡々としすぎていた。


 シュリが頷く。


「加点や減点が開示されていない以上は結果から類推するしかないだろう。あとは仲間が何位に入っているかだな。案外、クラン単位で合計すれば報酬額は大差ないかもしれないぞ」


「そうね。紅蓮やウォーカーは百位以内に多く入っていそうだわ」


 サラも同意し、それから表示の一点で指を止めた。


「この七位と八位の人は知らない名前ね」


 七位 グングニル:レイジ


 八位 連剣の鎖:シロナ


 ナイクが腕を組んだ。


「確か、東と西でそれぞれ唯一クランを立ち上げたリーダーだったはずだ。噂で聞こえてくる内容だけでいえば、シキ並みの暴れっぷりらしいぜ。……シキみたいなのが他に二人もいてたまるかって感じだけどな」


 シキが椅子を引いて立ち上がった。


「いろいろ気になるけど、ここで喋っててもしょうがないだろ。一階に降りて問い合わせようぜ。等級の件と契約武器の拡張が一番気になってたところだからな」


「今後の装備更新計画が全部ひっくり返ったわね。ある意味、何を買うべきかを先に考えていたのは正解だったわ。等級と契約武器の件だけ確認して、装備の更新を進めましょう」


 サラも気持ちを切り替えたように腰を上げる。シュリとナイクも続いた。


 ベルカだけが、通知の表示から顔を上げるのにわずかな時間を要した。


   ◇


 開拓者ギルドの一階フロアは、これまでにない騒がしさに包まれていた。

 飛び交っているのは歓声ばかりではない。自分の順位を声高に叫ぶ者、報酬がないと苛立つ者、表示を伏せて人の輪から離れる者。普段なら受付の呼び声が通る広いフロアで、いくつもの声がぶつかり合っていた。

 その喧騒の中心にいるのは、ヒスイたちハルシオンロードの面々と、紅蓮、ウォーカーのメンバーたちだ。周囲の開拓者が輪を作り、口々に何かを問いかけている。


 階段から各クランのリーダーたちが降りてくると、ざわめきが波のように広がっていった。


「悪い、ちょっと遅くなった。一応確認するけど、開拓者ランキングの通知あったよな?」


 シキが声をかけると、ヒスイが興奮気味に手を挙げた。


「きてたぜ! あっちこっちで大騒ぎになってる! 俺らが上位独占したってことでもちきりだ!」


「やっばいね! このランキング報酬、トラブルの予感しかしないよ!」


 ヒカリのテンションも高い。トラブルの予感と言いつつ、どこか楽しげですらあった。


 その輪から少し離れた場所にダンが立っている。そしてその影で、リアがおろおろと視線をさまよわせていた。傍らにはサクヤとアヤネの姿もある。


「リア、どうしたんだ?」


 シキが声をかけると、リアはサラへ一瞬だけ視線を向け、すぐに俯いた。


「い、いえ。……どうしてわたしが、その、二位だったのかなって」


 弱々しい声だった。自分に与えられた評価に、恐縮しきっている。


 シキはおかしそうに笑った。


「俺らが気にした方がいいのは報酬の方だと思うぜ。どうせ細かい評価基準なんか聞いても教えてくれないんだろ?」


 言いながら、シキは受付にいたセチアへ声をかけた。セチアは苦笑いを浮かべて答える。


「はい。申し訳ありませんが、お答えできません。ただ言えることは、この評価は公正であるという一点のみです。リア様の一週間のご活躍が相応に評価された。そうお考えくださいませ」


 リアが顔を赤くして、さらに深く俯いた。余計に恐縮してしまったらしい。


 シキは受付カウンターまで歩き、セチアと正面から向き合った。


「こんなランキングが控えてたなら教えてくれてもよかったんじゃないか? というか、等級とか、契約武器の拡張とか、開示されてない情報が多すぎだと思うんだけど?」


 その声色は至って平静だった。


 怒っているわけでもなく、疑いの眼差しを向けているわけでもない。努めてフラットに、シキは街側の人間であるセチアへ問いかけた。


 セチアは微笑みを湛えたまま、お気持ちはわかりますと前置きした。


「なぜかと問われてしまうと……このランキングや報酬のことをお伝えすることで、無茶をなさる方が増えるのではないか。そういう配慮がございました。契約武器の拡張につきましては、『等級』と呼ばれる基準と深く関わっております。この件はまさにこれからお伝えする決まりとなっておりました。シキ様とリア様が今の時点で九等級に匹敵するお力を手にしているのは、こちらの想定を大幅に超えた事態だったのです。ご容赦くださいませ」


 その言葉に、ギルドのフロアがざわめいた。

 九等級という言葉に周囲の開拓者たちが反応した。しかしその正確な意味まで知る者は、まだわずかだった。

 シキが口を開きかけた、その時。


 受付の奥から、開拓者ギルド南支部長のギルバートが姿を現した。威圧感のあるタイプの男ではなかったが、それでも重なり合っていた話し声を押し退けるように、その声はフロアの隅まで届いた。


「この先の説明は私が引き受けましょう。この場で話をさせていただくが、よろしいですかな?」

 シキは数秒黙った。視線がギルバートから自分のリングへ移り、再び正面へ戻る。

「ああ、もちろんだ。というか、さっきみたいな一斉通知で詳細を流してほしいんだけど?」


 その提案に虚を突かれたのか、ギルバートは一瞬言葉に詰まった。


「申し訳ないですが、あの一斉通知は簡単にできるものではないのですよ。理由の説明は省かせていただきますがね。では、等級と契約武器拡張の話をさせていただきましょう」


 シキは眉をひそめたが、今は追及しなかった。


 ギルドの一階フロアが水を打ったように静まり返る。


 これから聞く話が、この世界で開拓を続けるにあたって最重要の情報になる。誰もがそう理解していた。


「まずは等級ですが、これは外で戦いを繰り返すことで成長する、各人の魔法力の強さによって決まります。現在、開拓者様はほぼ全員が十等級にあたります。そこから魔法力が成長することで、九等級、八等級へと上がっていく。そして契約武器の拡張とは、その成長した魔法力を十全に引き出すための処理を指します」


 ギルバートは一度言葉を切り、フロア全体を見渡した。


「また、個々人の魔法力には適性や長所短所がございますので、それに合わせた拡張が肝要となりますな。そしてその適性とは、戦闘スタイルによって磨かれていくものです。自身の過去の戦いを振り返り、この先の自分がどう成長したいかを考えたうえで、それぞれの契約武器を進化させていただきたいのです」


 シキはその言葉を頭の中で並べ直した。


 そして、この一週間で自分たちがやってきたことの意味を理解する。


「……なるほどね。つまり、このランキングで上位にいる人間は、その適性とやらを十等級の範囲内で実戦によって磨いてきた連中ってわけだ。で、十位以内の人間はそろそろ九等級相当。契約武器を拡張する段階にきてるはずだから、金を渡してでもさっさと装備を更新して次に行けってわけか」


 ギルバートが満足そうに頷いた。


「ひとつ訂正させていただくなら、今の時点で確実に九等級相当へ辿り着いているのは、シキ様とリア様のお二人のみですな。他の八名の方はあと一歩といったところ。しかし報酬をお渡ししているのは、他の開拓者たちを先導する役目を担ってほしいからです。ご理解いただけましたかな?」


 シキが小さく笑った。それはどこか、吐き捨てるようなものだった。


 理解を求めたギルバートの表情から満足げな色が消えた。フロアを満たしていた高揚も、潮が引くように静まっていく。


「……あんたは、俺らが全くなんの知識も事前準備もなく、いきなりこの世界に連れてこられたってのは理解してんだよな?」


 平坦な声だった。その下にある怒りを察し、周囲の開拓者たちが息を詰める。


 しかし、ギルバートも怯む様子は見せなかった。


「はい、サーティスより事情は聞き及んでおります。我々の説明が不足していたことは認めましょう。しかし、五万人もの開拓者様から、何の実績もない段階で適性の高い人物を見つけ出す術はなかったのです。適性は実際の戦いによって形作られ、魔法力の成長には大きな個人差がある。ましてや、最初からランキングや成長の仕組みをすべて明かせば、競うように圏外へ飛び出す者が増えたでしょう。まずは一週間を見定め、その結果を基に支援する。この形を取るしかありませんでした」


 この世界に十万人が転移してしまったことは今更言っても仕方ない。しかし、それと理不尽に対する感情は別だった。


 シキは消えていった開拓者達を思い出す。もう何人も、自分の目の前で光になって死んだのだ


「……死んだ連中が何人いると思ってるんだよ」


「五万二千四百人です」


 即答だった。ギルバートは手元の帳面へ目を落とさなかった。その数字を、彼は諳んじていた。


 数字が、静まり返ったフロアへ落ちる。誰かが息を呑む音が、やけに大きく聞こえた。


「うち五万人は、この街へ辿り着く前に命を落としました。残る二千四百人についても当然把握しておりますし、この数字の重さは理解しているつもりです。しかし、先にすべての情報を開示していた場合、より大きな混乱を生んだであろうというのがこちらの判断です。こればかりは信じてもらうほかありませんが、我々は、我々にできることの中で最善を尽くしております」


 シキとギルバートの視線が正面からぶつかり合う。


 どちらも目を逸らさない。周囲の開拓者たちは息を詰めたまま、二人を見守っていた。


 やがて、シキが深く息を吐いた。


「そうかよ。だったらその協力を頼むぜ。契約武器の拡張と、等級とやらの更新が必要なら、さっさとやってくれ」


「畏まりました。では、こちらへ」


 ギルバートが受付の奥を手で示す。


 そのやり取りが完全に終わってから、フロアのあちこちで、詰めていた息がようやく漏れた。

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