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第63話 南方戦線連合

 五万人の開拓者が、この異世界の街で暮らし始めてから八日目。太陽がもうすぐ真上へ差しかかる頃。


 シキとサラ、そしてナイク、シュリ、ベルカの五人は、開拓者ギルド南支部の二階にある会議室へ集まっていた。長机と人数分の椅子だけが置かれた簡素な部屋だ。支部長のギルバートへ頼むと、二つ返事で朝から貸してくれた。


 緊急依頼を受けるかどうかを、南のリーダーたちで話し合ったのもこの部屋だった。あの時は五つのグループ。今日は四つのクラン。一つが欠け、残りは正式なクランとなった。この数日での確かな変化だった。


 朝早くから会議を始めて、すでに数時間が経っている。


 長机の上には書きつけの紙が散らばり、水の入ったコップが人数分並んでいた。窓から差し込む光の角度も、腰を下ろした時とはずいぶん変わっている。


 午前中の議論をまとめるように、ナイクが声を上げた。


「よし。じゃあ、まずはこの四クランで『南方戦線連合』を組み、今後はこれまで以上に連携していこう。……議長は本当に俺でいいの?」


 シキは笑って即答した。


「はは、やっぱりナイクがまとめ役になったな。お前なら文句ないぜ」


 ベルカも賛意を示す。


「そうだな。我々以外の開拓者たちとも広く関わっているだろう? この連合の顔として適任だ」


 シュリは腕を組んだまま、ナイクへ柔らかな視線を向けた。


「むしろ申し訳ないほどだ。間違いなく、面倒ごとを押しつけられる立場だからな。連合としてやっていく以上、丸投げにならないよう私も尽力する」


 サラも異論はないようだった。


 誰が引き受けても、それぞれに強みと弱みはある。それでも、人当たりの良さと、この一週間で最も多くの開拓者とのつながりを築いた実績を考えれば、ナイク以上の適任者はいなかった。


 全員の意思を確かめ、ナイクは腹を括ったように居住まいを正す。


「了解だ。引き受けたからには、しっかりやらせてもらう。まずは改めて、この連合の趣旨を揃えておきたい。アドベントの二の舞を避けるために決めた、最重要の三つのルールだ。一つ、緊急依頼や大規模な攻略へ挑む際は、必ず事前に連合へ報告し、対応を協議すること。二つ、無断で着手した案件で救援が必要になっても、連合としては動かないこと」


「アドベントのような暴発に巻き込まれないためだな」


 ベルカが重々しく頷いた。アドベントを除き、今回の件でもっとも多くの被害を出したクランのリーダーとしての言葉だった。


 それを受けて、ナイクもこの宣言をしっかりと言い切る。


「次で最後だ。三つ目、事前の協議があった場合でも、救援や共同作戦への参加は強制しないこと。救援を頼む状況になる前に、まずは合同でことに当たれないかを考える。そのための取り決めだ。俺たちは、突発的な事態を犠牲者なしで乗り越えられるほど強くないし、余裕もない。もちろん、それでも助けに行きたいと思うことはあるだろう。その場合は、各自の責任で動くことになる」


 誰からも異論は出なかった。


 このルールを決めるうえで最も揉めたのは、連合の役割そのものだった。あくまで自己責任を原則とし、横の連携だけを強めるための枠組み。互いを縛らず、互いに寄りかからないための線引きだった。


 ナイクは手元の紙へ視線を落とし、次の項目を指で示した。


「よし。大前提の共有は済んだな。次は、今後の各クランの動きだ。まずはタスクフォースから報告してくれ」


 ベルカがテーブルの上で指を組み直す。


「では、報告する。我々は基本的にプルア村の復興へ従事し、その傍らで南西方面を探索する予定だ。プルア村では、かつてプルアの実の栽培が盛んだったらしい。その栽培を復活させることが街からの要望であり、関連する依頼がいくつも発行されている」


 村の掃除、建物の再建、プルアの木の植林や手入れなど、発行されている依頼内容は多岐にわたる。比較的安全な仕事のため応募者はかなり多いが、依頼が無尽蔵に発行されるわけでもないことが現状の問題だった。


「そこで、ギルドと相談しながら、現地の人員を調整するのが我々の最初の仕事になるだろう。また、復興に入る一団ごとに、防衛とヒノシシ狩りを担える人員を含め、自分たちの食料は自分たちで確保してもらうというアイデアをシキからもらった。その条件もギルドと詰めるつもりだ。報告は以上。……正直に言えば昨日の今日だからな。運用の細部までは、まだ何も決まっていない」


 ナイクは自分たちも同じだと言いたげに笑った。


「だよな。うちも似たようなもんだよ。じゃあ次は、俺たちウォーカーからの報告だ。宿場町レント……長いから、今後はレント町と呼ぶぜ。レント町はプルア村と違って、名産と呼べそうなものがない。せいぜい、畑を作って香草なんかを栽培できるかもしれないって程度だ。まずは寝泊まりできる状態へ戻すため、町の復興作業が中心になる。ギルドからも関連する依頼がいくつも発行されてるが、驚くほど応募者がいないらしい」


 街から遠いうえ、道中ではバトルが避けられない。群れを避ければ、どんどん遠回りになるのが理由だった。


「そういうわけで、当面は俺たちが復興を進めることになりそうだ。あと、昨日の夕方、レント町に残っていたカイトたちが央都へ帰ってきた。そこでわかったことがある。事実だけ伝えるぞ。昨日の朝、俺たちが町を出発したあと、ヒノシシが散発的に入ってきたらしい。その都度撃退したそうだ。一度に現れる数は多くなかったが、仮に一日空けていたら、確実にまた大きな群れになっていただろうって話だ」


 ベルカは自分たちの状況も同じだと付け加えた。


「プルア村も同様だ。つまり、ギルドが発行している村や町の防衛依頼は、必ず受けておく必要がある。プルア村は一パーティーにつき日当二万フロー、レント町は三万フロー。どちらも三パーティーまでで、各パーティーの上限は十人だ。防衛能力が認められるなら十人未満でも受けられるため、人数を絞れば一人当たりの取り分は増える」


 レント町は不人気だが、プルア村は新たな仕事先として注目を集めている。当然、防衛依頼にも応募者が多い。現在はタスクフォースの三パーティーがすべての枠を担っているが、今後は他の開拓者にも回していく方針だ。先ほどベルカが口にした、人員調整の中身の一つだった。


 ナイクは指折り人数を確かめ、難しい顔をする。


「ウォーカーで三パーティーを作って、日当九万を総取り――といきたいところだが、はっきり言って現実的じゃない。町の復興依頼もあるし、周辺の探索にも人員を割きたいからな。もう二、三十人は必要だ。そこで鍵を握りそうなのが、紅蓮の動きだよな」


 話を振られたシュリがすっと背筋を伸ばした。


「レント町へ人を送ることが、南方面の大きな課題になっているのはナイクの報告どおりだ。そこで我々は、ギルドから発行されている護送依頼を活用しようと思う。一口に町の復興と言っても、開拓者だけでどうにかできるわけではない」


 建設職人をはじめ、央都の住民にも協力してもらう必要があった。そういった者たちを無事にレント町へ届ける役割がこの護送依頼だ。


 シュリは四人の顔を見渡し、報告を続ける。


「この護送団には、レント町で復興作業へ従事する開拓者たちも同行させるつもりだ。道中の危険を極力抑えつつ、戦いに自信がない者にも、街の外で仕事を得る機会を作れるだろう。護送依頼は片道二万フロー。帰還する職人や開拓者がいて、復路の護送まで請け負えば一往復で四万フローになる。ただし、一日にこなせるのは、せいぜい一往復。相当に無理をして二往復といったところだろう。旧街道を辿れば、それなりに大きな群れとの戦いは避けられないからな。その中で我々は戦闘訓練を行い、見込みのありそうな開拓者を勧誘していくつもりだ」


 シキが確認のために口を挟む。


「スカウトか。紅蓮は、何人くらいまで増やすつもりなんだ?」


 シュリの答えに迷いはなかった。


「目安は三十人だ。護送依頼、レント町の先の開拓、負傷者が出た際の補充。これからやろうとしていることを考えれば、今の倍近い人数が必要になる。一昨日の戦いで、我々からも死者が出たからな」


 その言葉を最後に、会話が途切れた。


 誰も口を開かないまま、窓から差し込む光だけがテーブルの上をゆっくりと移動していく。


 シキは椅子の背から体を起こした。


「じゃあ次は、俺たちハルシオンロードから報告させてもらうぜ。アドベントの生き残りのアヤネはうちへ移籍することになった。前線メンバーの六人は、まずレント町の先を見に行く。レント町を次の拠点にできるか、その確認も兼ねてな」


 ナイクは困ったように笑う。


「すぐには無理だぞ。まずは腐った建物の取り壊しからだからな」


 シキは気にした様子もなく、テーブルへ軽く身を乗り出した。


「ひとまずテントを張って寝られたらいいんだよ。夜に見張りが立ってくれてるだけでも助かるからな。それと、探索について一つ共有しておく。南東方面のヒグアナ岩場エリアだ。南門から直線で三キロほどのところにオアシスがあるのは、前に情報を売ってるよな? 場合によっては、こっちを先に開拓する選択肢も持ってるぜ」


 シュリがその意図を確かめる。


「レント町の先を確認し、すぐに進むのが難しければ、そちらを優先するということか?」


「そういうこと。さっきテントを張って寝られたらいいって言ったけど、それだけじゃ不十分かもしれないしな。しっかり腰を据えられるようになるまで、ヒグアナ岩場エリアの探索を進めるのもありだと考えてる」


 シキは、すべての情報を開示したわけではなかった。


 オアシスにはテダの実やセルクの葉など、食用に向いた植生もある。それらを回収したいという目的もあった。そろそろ他の開拓者が辿り着いていてもおかしくない。すべて取られる前に確保したいという気持ちはある。


 そして何より、セドラ旧遺跡群だ。央都で交わされる開拓者同士の噂にも、あの建物らしき影の話はまったく出てこない。今回はレント町の先を確認するのが先だが、そちらが気になることも確かだった。


 両方の選択肢を自分たちの目で確かめ、そのうえでどちらを攻めるか決める。昨夜、全員で話し合った結果だった。


 シキがサラへ目配せすると、彼女は数枚の紙をテーブルへ並べた。


「ハルシオンロードには、街へ残る後方メンバーが現在二人いるわ。彼女たちに屋台事業を任せることになったから、それについての報告と相談をさせてちょうだい」


 三人の視線が、並べられた紙へ注がれる。


 ベルカは一枚を手に取り、上から下まで目を走らせた。


「これは事業計画書か。じっくり読みたいところだが、まずは話を聞こう」


 資料がテーブルへ戻されたのを見て、サラは要点をまとめた一枚を全員へ向けた。


「まずは経緯から。この街では今、いくつかの問題が起きているわ。私たちの事業で、その改善にも多少は役立てるかもしれない。金のない開拓者たちが安いヒノシシの肉串を求めて屋台へ殺到していること。そして、東で活動する開拓者たちが持ち込む大量の魚の行き先がないことよ」


 紙面にはもう少し具体的な内容が書かれていたが、そこは読み飛ばす。


 サラは初期費用をまとめた紙へ持ち替えた。


「街中で屋台を出すには、屋台連盟への加入が必要だそうよ。だから私たちは南門の外へ出す方向で考えているわ。農地と門の間にそれなりの空き地があるから、土地の使用について街側から許可を取ったうえで、そこへ出店する予定よ」


 サラは掲げた用紙の「初期費用」の項目を指さした。業務用の大きな魔石コンロが二十万フロー。そのコンロをリングストレージへ収納できるようにする処理が五万フロー。調理器具や食器など、その他の雑費が五万フロー。


「しめて三十万フローが、この屋台事業の初期費用よ。ハルシオンロードは、緊急依頼の達成報酬のすべてを投資するわ」


 ベルカは驚きを隠さず、手元の数字を見直した。


「三十万フローか。緊急依頼の報酬をすべて投じるのか……」


 シュリも計画書へ視線を凝らす。


「儲けを出せる算段があるのだろうが、思い切ったな」


 サラは二人の反応を見届け、仕入れに関する数字が並んだ紙を掲げた。


「私たちが屋台を始めれば、必ず真似をする人間が出てくるわ。小規模なものなら、バーベキュー用の魔石コンロでも始められるでしょうね。ただし、私たちと同じ量をさばくには、業務用のコンロが必要になる。この規模へ追いつくための初期費用が、一つ目の参入障壁よ。二つ目は、ヒノシシ肉を安定して仕入れられるかどうか。南方戦線連合には、この屋台へ肉を売ってもらいたいの。所属クランからは、数を問わず一個百十フローで買い取る。これはギルド所属のクランが大量納品した場合と同じ割増価格よ。クラン未所属の開拓者からも、一個百五フローで買い取るわ」


 ナイクは片眉を上げた。


「俺らが協力して、ヒノシシ肉を独占していいのか?」


 サラは首を横に振った。


「いいえ、独占はしないわ。買い取った分で余りが出れば、街中の屋台連盟や開拓者ギルドに売る。ただし、目をつけられたくないから、ここで大きく儲けを出そうとは考えていないの。これが今回の計画の要点かしら」


 シキが補足した。


「俺ら、街の人たちからかなり手厚くフォローしてもらってるだろ。関係をこじらせるべきじゃないってのを示すべきだと思うんだよな」


「ほお? お前ならここでもしっかり利益を取ることを考えそうなものだがな」


 ベルカは意外そうにシキを見た。


「私も同じことを言ったわ。でも、シキの意見はそうじゃないみたいよ」


 シキが四人の顔を見渡す。反応はさまざまだった。


「ここで利益を取るのは簡単だ。でもそれって、要は物価のインフレだろ? 俺らがそうやって儲けたら、次に商機を見つけたやつはもっと上乗せしてくるぜ? そしたら今度は俺らが困るかもしれないだろ。それに、ヒノシシの供給元になろうとしてる俺らが、街に迷惑かける気はないって示すべきなんだよ」


 サラがやれやれと肩をすくめた。


「まったく、あなたはここへ来た初日からそうね。情報を売る時も無料の方がいいと言っていたし……。稼ぐことは後ろめたいことじゃないのよ?」


「でも、ちゃんとサラが黒字になるように計算してくれただろ? 営業利益だっけ」


 シキが笑う。


「ええ。これが一フローでも黒字になれば、最低限、事業継続可能というラインね。サクヤの見立てどおりに売ることができれば、近いうちに初期投資分も回収できるわ。そこまで思いどおりにできるかは、実際にやってみないと分からないけれど」


 ベルカが改めて収支計画のページへ目を通す。


「……なるほど、街では肉四切れ刺しで百五十フローのところを、この屋台では二百フローで売り、代わりに二切れ刺しを百フローで売るわけか。わざわざ街の屋台まで行く手間を考えれば、その場で肉を売った金で肉串を買うわけだな。悪くない」


「ヒノシシ一体から平均三個は肉を落とすわけだからな。一体倒せれば、最低でも肉串一本は買えるわけだ。いいんじゃないか?」


 ナイクも頷いた。


 サラが説明を続ける。


「ええ。そのうえで、この連合としてこの屋台を活用したいの。例えば、あなたたちのクランでも怪我や休養で街に居残る人がいるでしょう? そういう人たちには、バーベキュー用の魔石コンロで焼き魚の屋台をやってほしいのよ。こうすることで連合の人間が集まり、自然と情報共有の場になっていくわ。この屋台がどこの所属かも、はっきり伝わるでしょう」


「なるほど」


 シュリが声を上げる。


「南方戦線連合の後方拠点として、街に残った人間の日銭稼ぎ、情報収集、屋台周りの用心棒、素材の卸し場にもなると。無駄がないな。焼き魚のメニューは人員増の場合のオプションというわけだ」


 シキがサラから説明を引き継いだ。


「これがうまくいくかは分かんねぇけど、外に出てヒノシシを狩りさえすれば食っていけるだろっていうのと、余りまくってる魚を無駄にしないため。何より街中で安い食い物に群がってる開拓者を、少しでも外に引っ張り出すきっかけになればいいと思ってな」


 ベルカは頭の中で計画の先を描くように、ゆっくりと目を細めた。


「いいんじゃないか? この形がいずれ各門の外へ広がり、焼き魚を安く食べられる屋台が増えれば、街の中で起きている偏った需要も多少は改善するだろう。住民の不満を和らげられるかもしれん」


 その言葉に、シキはテーブルの下で拳を握った。


「だよな? あとは、俺らがまたヒノシシを狩りまくって肉を持って帰ってくれば回り始める。南方戦線連合の後方拠点第一号だぜ。……南方戦線連合って長いな。南戦連でいいか?」


 ナイクが声を上げて笑い、そのまま窓の外へ目をやった。日差しはほとんど真上から降り注いでいる。


「はは、南戦連ね。いいんじゃないか? と、そろそろ昼時だな。一度解散するか……ん?」


 その時、全員のリングストレージが、同時にわずかな振動を伝えてきた。


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