第62.5話 女子会 ②
シキたちが一階の料理屋で語らっている一方、三階にあるサラの部屋には女子五人が集まっていた。
女子組が借りているのは、二人で使える広さの客室が三室。サラだけが一人で一室を使い、ヒカリとリア、サクヤとアヤネがそれぞれ同室になっている。男子組は一人一室なので、借りているのは合わせて六室だ。
現状、一泊四千フローを払い続けられる開拓者は、南ではハルシオンロードくらいしかいない。階下の料理屋があれだけ繁盛していても、宿泊棟は今も静まり返っていた。
その静けさの中、サラの部屋だけに明かりが灯っている。
木製の丸テーブルと床には、屋台の事業計画を書きつけた紙が何枚も広げられていた。テーブルの隅に置かれた小皿には、サラがシキから手渡されたクッキーに似た焼き菓子が載っている。
最後の一枚を書き上げ、サラは満足そうに頷いた。
「よし。これでなんとかなるでしょう。印刷機がない以上、全員に同じ資料を渡せないのが難点ね。明日はこれを見せながら口頭で説明するしかないわ」
その傍らでは、サクヤとアヤネが力尽きたように床へ座り込んでいた。
「あ、頭のできが違いすぎて、ついていけへんて……」
「屋台一つでこんなに大変なの? 引き受けたの、早まったかも……」
計画書作りと並行して、サラによる事業立ち上げ講座も行われていた。だが、単純な計算ひとつ取っても速度が段違いで、二人は説明についていくだけで精一杯だった。
一気に仕事を終えたサラは涼しい顔をしている。その余裕ある様子に、アヤネが恨めしげな目を向けた。
「サラ……さんって、高校生だよね? なんでそんなに手慣れてるの? 実はOLだったりした?」
そんな評価を受けても、サラはたいして気に留めなかった。
「この程度のことなら誰でもできるわよ。簡単な収支計画を立てて、この世界の事情を踏まえたうえで、関係者ごとに提示できる利点をいくつかまとめただけじゃない。そこらへんの学生でもできるわ」
そこらへんの学生であるアヤネは口をつぐんだ。時間さえかければ自分にもできるかもしれない。そう思えてしまったせいで、反論の言葉も出てこない。
ヒカリとリアが、床へ散らばった紙を一枚ずつ拾い集めていく。整った文字ではあるが、一気に書き出したことが分かる勢いのある筆跡だった。
そのうちの一枚を眺め、ヒカリが感嘆の声を上げる。
「おー、すごいねぇ。本格的だ!」
リアも別の紙へ目を落とし、並んだ文字を指でなぞった。
「回転率、一日当たりの人件費、損益分岐点……。増員した場合の必要売上と粗利益……? 粗利益ってなんですか?」
「売上から材料の仕入れに使った分を引いたものよ。簡単に言えば、商品を売って得られる儲けね。そこから給料を出して、消耗品なんかの経費も払う。最後に残るのが営業利益よ。ここが一フローでも黒字になれば、最低限事業継続は可能よ。でも借入金なんて無いから、初動を確実に成功させるのが今回最大のハードルだわ」
説明を聞くほど、サクヤの顔色が悪くなっていく。
「責任重大すぎるやん。うちら、失敗したらどうなるん?」
「衣食住を失うんじゃないかしらね」
あっさりと告げられ、今度はアヤネまで顔色を悪くした。
「……外でヒノシシと戦う方が楽なんじゃないの」
「ただ戦うだけでいいなら、そうかもしれないわね」
「変な言い回しね。何が違うの?」
アヤネには、ただ戦うことと、それ以外の戦いの違いが分からない。サラはその疑問にも迷わず答えた。
「正解が分からない中で決断し続けることよ。私たちはこれからも未到エリアへ踏み込んでいくわ。何があるか分からない異世界の土地に、それでも足を踏み入れなければならない。シキはそれを躊躇わない。傍から見れば、コイントスで表に賭け続けているようなものね」
「む、無茶苦茶やん。それで、なんでうまくいくん……?」
サラは肩をすくめた。
「本人にとっては、本当のコイントスじゃないのよ。投げる前にコインの重さを確かめて、分が悪いと思えば賭けずに退く。その判断がずば抜けているというのが私の見立てね。そして一度賭けたら必ず勝つ。今のところはね」
サクヤが深々とため息をついた。
「そういえば、破滅と表裏一体って言うとったな」
「そんな考え方するやつに、私ら付き合わされてんのね……」
アヤネも同じように疲れた顔を浮かべた。
サラは仕上げた資料へもう一度目を通し、満足そうに笑う。
「今回の屋台は分の良い賭けよ。初動のハードルを越えたら、次の難関は人員調整かしらね。それまでに、私たちが有利な位置を取れるようになっていればいいだけだわ」
そんなサラの言いように、リアがくすくすと笑った。
「シキさんみたいな言い方ですね」
「……うつったかしら」
言葉とは裏腹に、サラの表情は満更でもなさそうだった。ヒカリがそれを見逃さず、楽しそうに笑いかける。
「誰が決めたわけでもないけどさ。ハルシオンロードはシキがリーダーで、サラっちがサブリーダーって自然になったもんね。なんていうの? ゴールデンコンビ?」
「ゴールデンコンビって……。今時そんな言い方するかしら」
部屋に小さな笑い声が響いた。
「あはは! あたしもいろいろ影響を受けてる気がするし、きっと悪いことじゃないよね。……あ、これもらっていい?」
ヒカリは丸テーブルの隅に置かれた焼き菓子を一欠片つまみ、口へ放り込んだ。ほんのりとした甘みが舌の上でゆっくりと溶けていく。
「んー、おいしー! 甘いものに飢えてたんだよね。シキがこういうのを選ぶのは意外だったかも」
「あ、わたしも食べたいです。いいですか?」
リアも一欠片を口へ入れる。優しい甘さが広がり、自然と頬が緩んだ。
そこでヒカリは、この甘味をシキから直接受け取ったサラへ目を向けた。
「意味深だよねー。お茶も買ってくれたのに、お菓子までさ。しかも、わざわざサラっちに手渡し? 怪しい……。怪しいよねぇ?」
ヒカリがにまにまと笑いながら顔を覗き込むと、サラは視線を逸らした。
「気にしないでちょうだい。ちょっとしたお礼ということで私が受け取っただけよ。個人的な贈り物なら一人で頂いているわ」
そう言いながら、サラは残り少なくなった焼き菓子を一つ口に入れた。
アヤネは先ほど階段で見かけたシキの様子を思い出していた。そこへサクヤがすかさず突っ込みを入れる。
「ふんふん。つまり、個人的な贈り物を素直に受け取るくらいの関係値はもうあるんやね。シキさん、ちょっと恥ずかしそうにしとったけど……。気にしないでなんて言われたら、余計気になるなぁ」
「たかがお菓子だけど、今の私らの状況を考えると、ちょっとしたものでも意味が出ちゃうじゃん。これだって安くなかったんじゃない?」
アヤネが小皿へ目をやる。今は広げられているが、元はきちんと包装された一品だった。日本の菓子に慣れた自分たちでもおいしいと感じるのだから、安物ではないだろう。
その疑問にはヒカリが答えた。リーガル魔法具店で店員のアルスに茶を売る店を教えてもらい、シキとヒカリ、サクヤの三人で立ち寄った時の話だ。
「このおやつね、一袋で千五百フローだよ。ちょっといいお値段だよね。シキもこれにするかけっこう悩んでたもん」
「千五百フローか……。勇気のいる出費かもね」
その値段に、アヤネは素直に驚いた。
この世界へ来て一週間。まともに稼げている人間はごく少数だ。アヤネの認識では、その少数の中でも最上位にいるのがハルシオンロードだった。
一食を屋台の肉串一本で済ませる者も多い中、女子へ渡す菓子を買い、泊まっている宿の女将にまで茶葉を分ける。日本でならさほど目を引かない行動かもしれないが、今のこの世界では無視できない。
何より、恋バナの匂いがする。その証拠に、ヒカリとサクヤはすっかり食いついていた。
「シキさんって、優しいですよね」
リアがにこにこと笑いながら呟くと、サクヤはすぐさま標的を彼女へ変えた。
「今の流れでそんなふうに言うんか!? 牽制? それとも天然!?」
「リアちゃんのは天然かなー。サラっちは隠し事が上手だけどね」
ヒカリも面白そうに笑い、再びサラへ水を向ける。
「でもさ、今朝もサラっちはテントから起きてきて、シキに抱きついたんだよね。『心配させないで』なーんて言っちゃってさ」
「……うるさいわね。心配したんだから仕方ないでしょ」
赤くなった顔を隠すように、サラは膝へ額を押しつけた。
真っ先に反応したのはサクヤだった。
「抱きしめた!? そんなんもう惚れてるんやなかったらなんやねん!」
「私もそれ見た。そのあといろいろあって忘れてたけど……」
アヤネも今朝の光景を思い出す。その視線を感じながら、サラは膝へ顔を伏せたまま小声で否定した。
「……惚れてないわよ」
「そんなふうに顔を隠して言っても説得力ないよねー」
ヒカリがけらけらと笑う。サラは勢いよく顔を上げ、彼女を睨んだ。
「惚れてないわよ。…………まだ」
その顔は耳まで真っ赤になっていた。
「まだって言うてもうてるやん」
サクヤが間髪を入れずに突っ込んだ。
アヤネは珍しいものを見たように目を丸くしている。
「さっきまで屋台事業をあんなにテキパキ形にしてた子が、色恋には疎いんだ。ギャップがすごいじゃん」
完全にからかわれる側へ回ったサラは、再び膝へ顔を伏せた。赤い髪を一つにくくっているため、細いうなじが露わになっている。そこまで赤く染まっていた。
笑いの余韻が部屋に残る中、アヤネが小さく咳払いをした。先ほどまでとは違う硬い表情に、四人の視線が集まる。
「ねぇ、こんな話題のあとで聞くのは空気を読めてないって分かってるけど、聞いていい? 正直、ちょっと落ち着かなくて……」
「ん? どしたの?」
ヒカリが首を傾げる。アヤネは四人の顔を順に見渡した。聞くべきではないかもしれない。それでも、確かめずにはいられなかった。
「……あの三人、とかにさ。夜、呼び出されたりしないの?」
部屋の空気が固まった。
あの三人がシキたち男三人を指していることは、すぐに分かった。呼び出すという言葉の意味も、リアを除いた三人には伝わったようだった。
ヒカリは合点がいったように息を漏らし、安心させるように首を横へ振った。
「あー、それを心配してたんだ? そういうのはないから安心していいと思うよ」
「呼び出されるって、えっと……?」
リアだけは意味が分からず、困惑したように皆を見回していた。
「アドベントではそういうのがあったんよね? 噂には聞いとったけど、実際どんな感じやったん?」
サクヤが複雑な表情で尋ねると、アヤネは深々とため息をついた。
「もう思い出したくもないけど……。ここの人たちを見てると、やっぱりいろいろおかしくなってたって分かるし」
サラも黙って話を聞く姿勢を取った。先ほどまでの気恥ずかしさは、その声に押し流されていた。
アヤネは膝の上で指を組み、ゆっくりと語り始めた。
「アドベントはさ、私らくらいの年齢で固まったのが始まりだったんだよね。元々は大学生くらいの人たち。それで人数がある程度増えてくると、一人で不安そうにしている子へ声をかけていったの」
「……集団に依存させるやり方ね」
サラの短い所感に、アヤネは頷いた。
「うん、まさにそんな感じ。なんとか日本へ帰れないのかと思って、街の中を調べたり、門の外まで行ったりもしたんだよね。そしたら、外に出て戦ってきたっていう人たちがいたの。話を聞こうとしたら『情報料』を要求されてさ。あれは衝撃だったな」
「あはは。それ、あたしたちだね」
ハルシオンロードと名乗る前、ダンとヒカリがサラたちに出会って直後の話だった。
「それで、私たちは情報を買った側なの。その情報が本当なのか確かめるために何人かで外へ出たんだよね。結果的には全部本当だったんだけどさ」
アヤネは一度言葉を止め、床に広がる紙へ視線を落とした。屋台を続けるための数字が並ぶ紙面は、あの頃の自分たちにはなかったものだ。
「この世界では、モンスターと戦えることが大前提。それが分かったの。でも、全員が同じように戦えるわけじゃない。特に女子はね。アドベントの男連中も、女子の前でいい格好をしたがったんだ。二日目の夜だったかな。女の子が一人、男に抱かれたって話になったの。そこからはもう、あっという間だった。男が女の不安につけ込むだけならある意味単純だったんだけど、女の方から守ってもらうために……みたいのもあったからさ」
ヒカリがなんとも言えない表情を浮かべた。
「うーん。アドベントに限らず、そういうのはありそうだよね。北のリーエンって人のところはもっとひどいらしいし」
「アヤネさんは大丈夫やったん?」
サクヤが心配そうに尋ねる。アヤネはすぐに頷いたものの、その表情は晴れなかった。
「うん。私は女子のまとめ役みたいな立場になってたのと、リクのお気に入りだったから。あいつに誘われたこともあったけど、断ってたしね。……それでも、いつかは受け入れてたと思う。そういう空気だったし、あの時の私は、それを嫌だとも思ってなかったから」
部屋が沈黙に沈んだ。ランプの火が揺れる小さな音さえ聞こえそうだった。誰も、すぐには言葉を見つけられない。
アヤネは指先へ力を込め、再び口を開いた。
「今になって考えると、本当におかしくなってたと思うの。だって、この世界へ来てまだ一週間も経ってないのに、そんなふうになったんだよ? 誰一人、冷静じゃなかった。……決定的なきっかけは、ハルシオンロードがクランを立ち上げたことだったと思う」
アヤネはサラたちを見渡した。
「クランの設立には実績が必要でしょう? パーティー単位でモンスターを二十体討伐して、依頼を三件達成する。こんなに分かりやすい実績はないよね。この世界の私たちは、外に出てモンスターと戦って、初めて評価されるんだよ。だから、まず男連中がクランの設立に躍起になったの。女の子たちに戦えるところを見せたかったのかな」
アヤネの顔が、ひどく苦いものを噛み締めるように歪んだ。
「女の子たちも、男のことを『自分のために戦ってくれる人』みたいに見るようになっていったんだよ。その勢いでクラン設立まで行ったら、今度は緊急依頼なんてものが出てきた。成功報酬も桁違いだった。それで、リクたちが騒ぎ始めたんだよね。二つある緊急依頼の片方を自分たちだけで達成したら箔がつく、この世界で生き抜くには大きな組織が必要で、今後の勢力拡大のためにも箔がいる。だからやろうって、そんな感じだった」
「リーエンの工作だったということ? リクの言葉を信じるなら、だけど」
サラが短く問いかけると、アヤネは首を横に振った。
「分からない。少なくとも私は、直接誰かに唆されたことなんてないの。でも、後から振り返ってみれば不自然な盛り上がりだったと思う。なんで誰も止めなかったの? なんで自分たちならできると思ったの? ってさ」
そして、他の四人の顔を見回した。
「あなたたちを見ていると、あの時の自分たちがどれだけおかしくなってたか分かったの。異世界へ来たからって、以前の倫理観とか常識とか、捨てていい理由にはならないよね」
ヒカリは気遣うようにアヤネの肩へ手を置き、ゆっくりと撫でた。
「話してくれてありがとね。あたしたちが大丈夫だと思っていても、そんなふうに冷静じゃなくなってる人たちもいるって話だよね。気をつけないと駄目だって思えたよ」
「そうね。危険なのはモンスターだけじゃない。その意識は忘れないようにしましょう」
サラも同意するように頷き、それから思い出したように付け加えた。
「……今にして思えば、私たちが街中で動く時は、最低でも男女のペアになってたわね。ある意味、シキたちの方が危機感を持っていたのかもしれないわ」
「そうですね……。言われてみれば、いつも誰か男の人が一緒にいてくれたように思います。守って、くれてたんですね」
リアもこれまでの行動を思い返しながら頷いた。今日だってこの宿で休むだけなのにヒスイがいてくれていたのだ。
「うち、一人やったけどな」
サクヤが軽い調子でため息をついた。彼女が街に残る以上そうなることは全員が分かっていたし、彼女自身も承知の上で言っていたが、改めて危機感も覚えていた。
「ねぇ、ここでは、本当にそういうのはないの? ……安心して、いいの?」
アヤネが改めて尋ねた。
サラの脳裏に、先ほどのシキの顔が浮かんだ。
不慮の事故で胸に触れてしまったからと、人払いまでして頭を下げた男。先に菓子を渡し、口ごもりながらも自分の口で最後まで謝ってくれた。こちらが恥ずかしい思いをしたと思えば、慌てて謝罪を重ねる姿に裏は感じられなかった。
(ずっと女扱いされてたのね。仲間であるってこととは、分けて……)
あれ以上に確かな答えは、この部屋のどこにもない。
だが、シキがあの場を作ったのは、他でもない自分のためだ。そのことまで話す気にはなれなかった。
サラは開きかけた口を閉じ、代わりに膝の上で指を組み直した。
サラの心情を他所に、ヒカリが先に口を開いた。
「んーとね。少なくとも、ハルシオンロードの男子三人はそういうことはしないよ。むしろ、めちゃくちゃ気を遣ってくれてるというか」
そのヒカリの言葉に、サラは意外そうな顔を向けた。
「そ、そうだったの?」
「えー? 気づいてなかったの? けっこう露骨に女の子扱いされてると思ってたけどなぁ」
今度はヒカリが驚いた顔を返し、これまでのことを思い返すように目を閉じた。
「分かりやすかったのはヒスイかな。最初はちょっと下心あるのかなって思ってた。でも、いつの間にかそういう感じはしなくなったんだよね。何がきっかけかは知らないけど」
「え、ヒスイさんが?」
リアが目を丸くした。ヒカリが頷き返す。
「うん。でも、今はもう全然だよ。それからシキはね、あたしたちが外でも普通に戦えるって分かってからは、けっこう対等に見てくれるようになったかな。でも、意識してそうしてる感じだから、これって女の子扱いの裏返しでしょ? で、ダンは女の子扱いっていうより子供扱いかな。守る対象、みたいな。最近はそういう感じも減ってきたけどね。というか、そんな余裕がもうないよね。レント町の時は全員必死だったもん」
ヒカリが言い終えると、四人が揃って瞬きをしていた。
「あなた、そんなふうに考えてたのね……」
サラは心底驚いたという声を出した。
「そりゃ考えるよ。全員初めましてで、どんな人なのか分からなかったしさ」
ヒカリはサラとリアを交互に見る。
「サラっちは男勝りというか、能力至上主義でしょ? リアちゃんは好奇心に真っ直ぐって感じだしさ。男女のトラブルはない方がいいと思ってたけど、取り越し苦労ってやつ?」
「本当にそんな感じなの? 下心のない男なんている?」
アヤネはまだ不安を拭いきれない様子だった。ヒカリは少し考えてから答える。
「どうだろうね。それはあたしにも分かんないかな。でも、例えばシキはさ、あたしがどんな距離感で話しかけても態度を変えないんだよね。最初、露骨にくっついてみたりした時はちょっと引かれたし」
「そ、そうなんだ」
「そんなことしてたの……?」
アヤネとサラが揃って驚く。
「うちなんかシキさんに助けられた側やけど、それをちらつかせて何か要求するみたいなんもなかったかな。人使いは荒いけどな……」
サクヤもしみじみと頷いた。
リアは心底不思議そうに首を傾げる。
「そもそも、そういうことって、ちゃんとお付き合いしてからじゃないんですか?」
リアにとっては、ごく当たり前のことを尋ねたつもりなのだろう。答えを待つように四人を見回す青い瞳には、照れも駆け引きもなく、ただ素朴な疑問だけが浮かんでいた。
あまりにまっすぐな言葉に、他の四人は揃って肩を落とした。
ヒカリが力の抜けた笑みを浮かべ、リアの肩へ手を置く。
「リアちゃんは、そのままでいてね」
「は、はい……?」
なぜそんなことを言われたのかも分からないまま、リアは素直に頷いた。青い瞳が、困ったように二度瞬く。
その反応に、張り詰めていた空気がようやく緩む。五人の小さな笑い声が、静かな宿泊棟へ溶けていった。




