第59話 魔晶石の使い道
ゼラルダに別れを告げ、シキとヒカリ、サクヤは月環通りを連れ立って歩いていた。
この世界へ来てから一週間。初めは目に入るものすべてが見慣れなかった街並みにも、少しずつ覚えのある景色が増えている。赤褐色の屋根が折り重なる向こうに覗く中央広場の尖塔。通りの角に立つ石造りの案内板。店先へ品物を並べる商人たちの声にも、以前ほど足を止めることはなくなった。
それでも、知らないものはまだ多い。特に道具や家具の類は、見た目だけでは用途を想像できないものばかりだった。軒先で細い金属環を回し続ける器具や、ひとりでに開閉を繰り返す小箱など、気になり始めればきりがない。
月環通りは、中央広場を取り囲むように緩やかな弧を描いている。南大路や先ほど歩いた商店街よりも道幅があり、石畳の上を人と荷車が絶えず行き交っていた。通り沿いに並ぶ建物も三階建てが珍しくなく、間口の広い商店には大きな硝子窓がはめ込まれている。色鮮やかな布看板や金属細工の吊り看板が軒から張り出し、その下には見慣れない商品が所狭しと並んでいた。
月環通りの内側へ目を向ければ、建物の雰囲気がさらに変わる。例えば中央広場から斜めに伸びる黄昏の道には、装飾の施された石造りの建物が多い。扱う品にも高級感があり、役所らしき施設の前では揃いの服を着た者たちが書板を抱えて出入りしていた。
考えてみれば、当然の造りだった。
開拓者をはじめとした外から来る人間は、街の四方にある大門を出入りする。彼らを相手にする店なら、大路沿いへ構えたほうが都合がいい。わざわざ地価の高そうな中心部へ店を置く意味は薄いと言えた。
その一方で、月環通りは街の各区画を繋ぐ幹線道路だ。南だけでなく、東西北の大路からも人が集まる。他方面で活動する開拓者も立ち寄りやすく、客が増えれば店も大きくなる。扱う品目が増えていくのも自然な流れなのだろう。
曲線に沿って並ぶ店々へ目を配っていたシキは、その一角で足を緩めた。
大きな硝子窓の向こうに、腕輪や指輪、折り畳まれた魔法符が並んでいる。その奥には、複数の金属環に囲まれた球体や、淡い光を蓄えた細長い筒まで見えた。武器だけを扱う店ではないらしい。
探していた条件を満たす店だった。
シキは半歩後ろを歩いていた二人を振り返り、吊り看板を指差した。
「なぁ、あの店に寄っていいか?」
二人の視線が指先を追って動く。窓に並んだ品を見つけた途端、ヒカリの顔が明るくなった。
「あ、魔法具? いいよ! あたしも見たい!」
サクヤも店の正面を見上げ、小さく頷いた。
「うちもええですよ」
「ありがとな。ちょっと付き合ってくれ」
シキは二人を先導して店へ向かった。
店舗は太い黒褐色の梁を組んだ木造三階建てで、梁の間を埋める漆喰には深い青色が使われていた。軒から下がる真鍮の看板には、杖と歯車を組み合わせた図柄とともに『リーガル魔法具店』の文字が刻まれている。
重い扉を押し開けると、頭上で薄い金属板が触れ合い、澄んだ音を鳴らした。
外から見た以上に店内は奥行きがあった。壁一面の棚と、通路に沿って置かれたテーブル、その間を埋める硝子の陳列棚。天井から吊られた青白い照明が店内を照らし、魔法具の金属や宝石が角度を変えるたびに光を返している。蜜蝋で磨かれた木の匂いに、乾燥させた薬草と熱を帯びた金属の匂いが混ざり合っていた。
アクセサリーや巻物状の魔法符は、種類ごとに木箱へ収められている。壁際では針のない円盤が淡い光点を走らせ、その隣に置かれた鳥籠ほどの器具は、支えもないのに内部の球体を宙へ浮かせていた。何に使うのか想像もつかない。それが装飾品なのか実用品なのかさえ、シキには判別できなかった。
初日にリアと出会った魔法屋とは、品揃えが大きく違っていた。
「おー、すごいな。魔法符の売場はあそこか……」
シキは棚に付けられた小さな札を順に追い、店の奥へ歩いていく。ヒカリも陳列棚を覗き込みながら、その後へ続いた。
「サラっちの風刃の符? シキも欲しがってたもんね」
「まぁな。今回は収入も多そうだろ。もっとすごい効果のあるものも売ってるのかと思ってさ」
棚の一角には、紋様の異なる魔法符が一枚ずつ硝子板の内側へ固定されていた。値札には安いものでも数千フロー、高いものでは五桁の数字が並んでいる。
サラが使った風刃の符は、一枚で一万フロー。さらに風の魔石を一つ消費し、効果時間はわずか十秒ほどだ。符そのものも一度きりで使えなくなる。
それでも、得られる力は絶大だった。サラは一振りでヒノシシをまとめて二体斬り伏せ、十秒の間に六体を屠った。あの変異体を相手にしても、十分に通用する火力だったはずだ。
シキは並んだ魔法符から視線を外し、少し離れた棚で足を止めたサクヤにも聞こえるよう声を上げた。
「それに、あの変異体から火の魔晶石を手に入れられただろ。それを有効活用できそうな魔法具がないかと思ってな」
魔晶石という言葉に、サクヤの肩がびくりと揺れた。
陳列棚へ向けていた顔が上がる。無意識の仕草なのか、右手が服の上から腹部へ添えられていた。
「あの、魔晶石って、うちの大怪我を治してもらったときにグラド先生が使ってたっていう、あれ?」
シキは軽く頷いた。
「そう、それだ。あっちは風で、俺たちが手に入れたのは火だけどな。今にして思えば、あの治療器具みたいなのは使い切りじゃなかった。魔法具は何度も使えて、起動するたびに魔石だけ消費するようなものもあるんだろ。どんな使い道があるのか確認したくてさ」
サクヤは腹部へ添えた手を離し、納得したように頷いた。彼女の命を繋いだものと同じ格の素材が、自分たちの手元に三つある。特に他意はないと分かって、小さく息をこぼした。
そのとき、店の奥から声がかかった。
「いらっしゃいませ! 皆さん開拓者様ですよね? ようこそリーガル魔法具店へ! 今しがた火の魔晶石と聞こえましたけど、手に入れたんですか!? いったいどこで!」
積み上げられた木箱の陰から、店員らしき若い男が足早に現れた。灰褐色の髪を短く整え、腰まである濃紺の前掛けには細い工具が何本も差し込まれている。勢い余って陳列台の角へぶつかりかけたが、片手で身を支えると、そのまま何事もなかったように三人の前までやってきた。
異様にテンションの高い店員だった。気のせいではなく、薄茶色の目まで輝いている。
シキは半歩身を引いたものの、悪気はなさそうだ。その勢いは気にしないことにした。
「昨日、レント町でヒノシシの変異体を倒したんだ。それで火の魔晶石を三個手に入れた。何に使えるのか聞いてもいいか?」
変異体という言葉を聞いた瞬間、店員の目がさらに見開かれた。先ほどのゼラルダとよく似た反応だった。
「ヒノシシの変異体を!? えっ、皆さんがこちらへ来てからまだ一週間も経っていませんよね!? 凄すぎますよ!」
ヒカリとサクヤが、揃って目を瞬かせる。やがてヒカリが困ったように笑い、店員の顔の前で片手を振った。
「あはは。やっぱりそんな反応になるんだ。それで、どうやって使うのがオススメなの?」
同じ質問を重ねられ、店員はようやく我に返った。前掛けの胸元を整え、ひとつ咳払いをする。
「あ、すみません。つい興奮してしまって。ええと、皆さんの契約武器をお聞きしてもいいですか?」
「俺は剣だな」
「あたしは銃だよー。双銃!」
二人が続けて答えると、少し遅れてサクヤも口を開いた。
「うちは短刀です」
店員は三人の手元を順に見てから、顎へ手を添えて考え込んだ。
「なるほど。いくつか用途がありますので、少し説明させてもらってもいいですか?」
「ぜひ聞かせてくれ」
シキが身を乗り出すと、店員は待っていましたと言わんばかりに背筋を伸ばした。
「まず火の魔晶石ですが、武器へ火属性を付与する以外では、扱える魔法力の増幅が主な用途になります。剣や短刀のような近接武器なら、武器を通して使用者の力を引き上げる効果が高いですね。銃の場合は弾へ直接作用して、単純に一発ごとの威力が上がります。ただし威力を上げたぶん、弾を補充するまでの時間も長くなる場合が多いです」
「魔法力の増幅か。やっぱり、それが大事になるわけだ」
シキが腕を組む。その反応から何かを察したらしく、店員は三人の装備を改めて見回した。
「そのご様子だと、やっぱり十等級なんですね。ただ、変異体を倒せたのであれば、九等級への昇格も近いと思いますよ」
ヒカリが首を傾げた。
「やっぱりって? 十等級だと、普通は魔法力を扱えないから?」
「その通りです。クラリスのような生活魔法ならともかく、変異体を倒せるほどの力を引き出すのは、十等級の開拓者様には難しいはずなんです。契約武器が杖の方は別ですよ。もともと魔法の適性が高い方が選ばれますから」
シキは昨夜までの身体の重さを思い出し、苦笑した。
「実際、難しかったぜ。変異体にトドメを刺した俺と、もう一人の魔法使いは、二人とも魔法力枯渇症で気絶したからな」
「お二人ともですか……。ご無事で何よりでした」
店員の声から浮ついた調子が消えた。魔法具の話になると興奮するだけで、危険まで軽く考えているわけではないらしい。
「しかしそうだとすると、やはり九等級への昇格は急務ですね。お二人の力に、契約武器の性能が追いついていない可能性があります。防具を含めた装備も、一度見直したほうがいいでしょう」
聞き捨てならない言葉に、シキは組んでいた腕を解いた。
「追いついてないって?」
店員は近くの棚へ目を向けた。そこには柄も刃もない細長い金属板が、台座へ立てかけるように飾られている。
「魔法力そのものを強くするには、戦いの中で己を鍛えるしかないと言われています。ただし、その力を武器へ流し、攻撃として正しく外へ出すには、相応の装備が必要です。契約武器にも、受け止めて外へ伝えられる魔法力の限界がありますから」
シキの脳裏に、変異体へ突き立てたストレイターが蘇る。
あのときは、身体の内側から溢れた力をどう使ったのか、自分でも正確には分からなかった。ただ前へと踏み込んで、剣を叩きつける。それだけで精一杯だった。
「おそらく、お客様の魔法力は、すでに九等級に届くほど強くなっているのでしょう。しかし契約武器は、最初に授けられた状態のままです。本来制御の効くはずのところ、うまく機能せずに暴走状態のようになったのでしょう。それが倒れた理由の一つだと考えられます。まずは等級を上げ、契約武器を拡張させるのが良いでしょうね」
重要な情報が次々と出てくる。
シキは驚きながらも、聞くべきことを頭の中で並べ直した。サラがここにいれば、横からさらに五つは質問を差し込んでいたはずだ。
「えーと、ちょっと待ってくれ。……そういえば、契約武器は拡張性に優れてるとかなんとかサーティスが言ってたな。その等級を上げるにはどうすればいいんだ?」
「開拓者ギルドで申請できますよ。現在の実績と魔法力が基準に届いていれば、昇格の手続きを進めてもらえます。というか、その説明もなかったんですね……。ああ、皆さんが来てから一週間も経っていないんでしたね。説明が無くて当然かもしれません」
店員は一人で納得し、何度か頷いた。
ヒカリはその横から顔を覗き込み、待ちきれない様子で尋ねた。
「ねーねー。その契約武器の拡張っていうのができたら、どんなことができるの? そこを教えてもらわないとさ!」
「もちろんです! 武器そのものの性能向上は当然ですが、一番大きいのは、より多くの魔法力を引き出せるようになることですね。それに、拡張する際は魔石や魔晶石を組み込むことで、伸ばす性能に方向性を持たせられるんですよ。同じ属性なら魔晶石のほうが効果は大きくなりますが、魔石でも十分な強化を得られます」
店員はそこで言葉を切り、ヒカリへ正面から向き直った。双銃と聞いてから、説明したくて仕方がなかったらしい。
「例えば、お姉さんの双銃なら、雷の魔石を使えば弾の補充が早くなる。土ならシリンダーの弾数を増やせます。風は有効射程、火は一発ごとの威力、水は取り付けた魔法具や魔法符の効果をより強く引き出せるようになる。魔晶石を使えば、その伸び幅がさらに大きくなると考えてください」
説明を聞き終えた三人は、揃って口を開けたまま店員を見つめた。
店内の奥で、宙に浮いた球体がゆっくりと金属環をくぐる。かすかな駆動音だけが、しばらく三人の間を通り抜けていった。
「重要情報にもほどがある。なんでギルドはこれを教えてくれなかったんだ……」
シキが片手で額を押さえる。火の魔晶石を手に入れたことだけでなく、自分たちの戦い方そのものを変えかねない話だった。
店員は困ったように笑った。
「魔晶石を手に入れられるのは、もっと先だと考えていたんだと思いますよ。魔晶石欲しさに十等級の方が無茶をしても危険ですから。魔石を武器の拡張へ使える段階になるのも、普通は九等級に上がってからです。あ、せっかくなら、もう少し僕の話を聞いていかれませんか?」
「ぜひ聞かせてくれ。俺たちは知らないことが多すぎたみたいだ」
シキが頷くと、店員の顔に再び抑えきれない笑みが広がった。三人を近くの陳列台へ招き、硝子板の鍵を腰の束から選び出す。
「もちろんですよ。そうですね。双銃だと例が分かりやすいので、こちらで説明しましょう。契約武器を拡張する際に、火力か手数かで迷ったとします。双銃は手数が重要な武器ですから、補充速度を伸ばして回転率を上げるのが自然ですよね。しかし、一発の火力も欲しい。そんなときは……これです!」
小さな錠前が外れ、硝子戸が開く。店員が両手で取り出したものは、武器というよりアクセサリーに見えた。
掌に収まるほどの大きさで、真鍮色の枠が赤い星をかたどっている。中央には小さな黒い石がはめ込まれ、その周囲を細い文字のような刻印が取り巻いていた。店員が傾けると、刻印の内側を赤い光が一周する。
「これは『強化弾の魔装』といいまして、シリンダー単位で銃撃の威力を引き上げる魔法具です。契約武器へ取り付け、火の魔石を手にして『イグニフェル』と唱えると起動します。火の魔石は一度の起動で一つ消費しますが、そのシリンダーへ補充された弾は、すべて威力が大きく上がりますよ」
ヒカリは硝子戸の向こうへ身を乗り出し、赤い星を食い入るように見つめた。戦いの中で何度も、あと少しだけ威力があればと思ってきた。ヒノシシを倒しきれず、コカリスの翼へ何発も撃ち込んだ記憶が次々と蘇ってくる。
店員は強化弾の魔装を胸の高さへ掲げ、人差し指を一本立てた。
「ただしですね。この魔装を使ったシリンダーを『リターン』でリングストレージへ戻しても、弾の補充にはかなり時間がかかります。一発あたり三秒ほどでしょうか」
ヒカリの輝いていた顔が、目に見えて曇った。
「えー? それは長いよー」
通常なら、一秒で一発が補充される。六発を使い切ったシリンダーなら六秒。それが十八秒となれば、戦闘中の回転率は大きく落ちる。
「そこで、雷の魔石や魔晶石を使った武器拡張で、補充時間を短縮して相殺する手段が取れるんですよ。もちろん火を組み込んで常時火力を上げてもいい。水で強化弾の魔装そのものの効果を引き上げることもできますし、土でシリンダー単位の弾数を増やす選択もあります。伸ばした長所に魔法具を重ねるか、代わりに生まれた短所を別の属性で補うか。これが契約武器と魔石、魔晶石の関係です。ご理解いただけたでしょうか!?」
一気呵成の説明だった。
店員は頬を紅潮させ、やりきった顔で赤い星を掲げている。シキは圧倒されたまま、頭の中で強化の組み合わせを追いかけた。火力、補充速度、射程、弾数、魔法具の効果。どれか一つを選べば終わりではなく、魔法具と消費する魔石を組み合わせれば戦い方そのものが大きく変わる。
面白い。面白いが、聞くべきことが一つ残っていた。
「それ、いくらかかるんだよ」
「十万フローです! 魔法符とは違って使い切りではないので、お得ですよ!」
あまりにも明るい返事だった。
ヒカリの肩ががっくりと落ちる。さっきまで赤い星へ釘付けだった視線も、今は陳列台の縁へ沈んでいた。
「そんなお金、あるわけないよ……」
サクヤが慰めるように、ヒカリの肩を二度叩いた。
「まぁまぁ、いずれ買えればええんとちゃう? ちなみに、業務用の大型魔石コンロは二十万フローや」
何の慰めにもなっていない比較に、ヒカリの肩がもう一段下がった。
シキも値札を見つめたまま、息を吐いた。
「先は長そうだぜ」
十万フローは安くない。しかし、手が届かないまま終わる金額でもなかった。昨日の戦いの報酬が入り、開拓を続けていけば、いずれ必要な投資として選ぶ日が来る。そのとき何を伸ばすのかは、ヒカリ自身が決めることになるのだろう。
シキは気を取り直し、強化弾の魔装を丁寧に陳列台へ戻す店員へ向き直った。
「説明ありがとな。かなり参考になったよ。魔法具が必要になったらここへ買いに来るぜ。……そういえば、あんたの名前は?」
店員は硝子戸へ鍵をかけると、改めて三人へ向き直った。胸元へ片手を当て、先ほどまでの勢いを少しだけ抑えて頭を下げる。
「あ、申し遅れました。ぼくはアルス・リーガルと申します! この店の者です! またいつでもお待ちしていますよ!」
「俺たちはハルシオンロード。リーダーのシキだ。こっちはヒカリとサクヤ」
名を呼ばれた二人も、アルスへ軽く会釈を返した。
これで聞きたかったことは一通り聞けた。シキは店内を見回し、青白い照明の下に並ぶ魔法具へもう一度目をやる。その中に探しているものがないと分かると、思い出したようにアルスへ尋ねた。
「そうだ。この世界のお茶って、どこへ行けば売ってる? 南大路のほうじゃ見つからなくてさ」
魔晶石と契約武器の話に熱を上げていたアルスが、唐突な質問に目を瞬かせた。




