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第57話 帰ってきても終わらない

 南大路を、シキとヒカリが並んで歩いていた。


 目指しているのは、月環通りと南大門の中ほど。南大路から西へ延びる横道だ。小規模な食料品店や日用品店が軒を連ね、その合間に屋台がいくつも出ている。開拓者向けというより街の住民向けの、いわば商店街のような一角だった。


 ヒカリが記憶を辿るように首を傾げる。


「サクヤちゃんは、ここの通りの肉串の屋台って言ってたんだよね」


「合ってるぜ。サクヤの依頼にも応えられそうでよかったよ。昨日と今日だけで、ヒノシシの肉は五百個を超えたからな。持っていく量としては十分だろ」


 昨日の朝から数えれば、ハルシオンロードが倒したヒノシシは軽く百七十を超えている。自分たちの食事に回した分を差し引いても、まだ五百個と少しがリングストレージの中に残っていた。


 そして一昨日の夜、ヒノシシ肉をギルドを介さずに直接卸すことで、秘伝のタレのレシピやその他の便宜もはかって貰えそうという話がサクヤから伝えられていた。街に一人残って奮闘しているサクヤに報いることができそうだと、シキは改めて昨日の成果を感じた。


「結局、四クラン全部で何個手に入ったんだっけ?」


「千個以上らしいぜ。まあ、今日の帰り道にも普通にヒノシシはいたしな。そう簡単に狩り尽くせる感じじゃないってことだ」


「お肉一個から肉串三本だっけ。じゃあ全部で三千本分だ! すごい量だよねー」


 ヒノシシ肉一個からは、握り拳よりやや小さいくらいの肉片が十二切れ取れる。それを四切れずつ刺していくので、一本でもかなりの食べ応えがある大串になる。


 圏外を走り回った後のシキには正直なところ一本では足りないのだが、女性陣は一本で十分らしい。


「そんなに買い取れるか! とか言われないように祈ろうぜ」


 二人で話しながら歩いていくと、通りの先にある屋台の前に長い列ができていた。さらにその向こうの屋台も、幾重もの人の輪に囲まれている。


 シキは革鎧姿の開拓者たちが住民に交じっているのを見つけ、目を細めた。


「すごい活気だ。開拓者もかなり多いな」


「ほんとだねー。やっぱり安いからじゃない? 早い、旨い、安い!」


「なんのキャッチコピーだよ」


 軽口を返しながら、シキは列の先へ視線を伸ばした。ひときわ大勢の客が集まっている屋台がある。その中を、見覚えのある黒髪が跳ねるように動き回っていた。


「……お、サクヤいたぞ」


「……めっちゃくちゃ忙しそうだね」


 肩口で切り揃えたボブを揺らし、サクヤが声を張り上げている。その傍らでは、店主らしき年配の男が大きなコンロへ張りついていた。


「五本あがり! 次の十本は二分後だ! サクヤちゃん、串打ちに回れるかい!?」


「五本お待たせしましたー! 次のお客様、少々お待ちくださいね! ……おじさん! もうお肉がほとんどあらへんで!」


「うちのかみさんが、そろそろ戻ってくるはずだ! お前さんはとにかく接客と串打ちだ!」


「は、はいぃ!」


 悲鳴じみた関西訛りの声が、人垣の向こうから飛んでくる。


 役割は見ていればすぐに分かった。店主は大きなコンロへ張りついて肉串を焼き、サクヤは注文取りと会計、その合間に肉を串へ刺している。


 ヒカリが小さく息を吐いた。


「あたしたちが昨日帰ってこなかったから、ちょっと心配させちゃったかも」


「だろうな。一言謝っとくか」


 南へ向かった五つのクランは昨日、丸一日戻らなかった。それだけの事実があれば、街の中で噂がどう転がるかは容易に想像がつく。全滅したという話になっていても、何ら不思議はなかった。実際にアドベントは壊滅している。


 二人は列を避け、屋台の横手からサクヤへ声をかけた。


「サクヤ、ただいま。昨日は帰れなくて悪かったな」


「やっほー、サクヤちゃん! 大変そうだねー。手伝おっか?」


 串を刺していたサクヤが、勢いよく振り返った。


 その手が止まる。


「……シ、シキさん!? ヒカリさんも! ほ、ほかの皆さんは!?」


 ヒカリが大きく頷いた。


「みんな戻ってきてるよ。怪我したりもあったけど、ちゃんと全員無事!」


「……よ、よかったぁ」


 言い終えるより早く、サクヤはその場へへなへなと座り込んだ。


 本来なら、昨日のうちに帰還する予定だった。街と圏外の間で連絡を取る手立てはない。彼女はただ、仲間たちが帰ってこないという事実だけを抱えて一晩を過ごしたことになる。


 それでも自分に任された仕事を放り出さず、今日もここへ来ていた。


 そんなサクヤへ、店主の太い声が飛ぶ。


「座ってる暇はないぞサクヤちゃん! うちのレシピを覚えたいんだろ!?」


 サクヤは慌てて立ち上がり、空になりかけた大皿を示した。


「は、はい! すみません! あ、でも、もうお肉があらへんで! どないすんの!? おかみさんもまだ帰ってきてないし!」


「なんだとぉ!?」


 シキが横から覗き込むと、肉を入れていたらしい大皿にはもう数個しか残っていなかった。串へ刺せば数本にしかならない量だ。それでいて、列は屋台の前から通りへはみ出している。


 状況を察したシキは、店主へ声をかけた。


「オヤジさん。俺はこの子の仲間で、ヒノシシの肉を売りにきた開拓者のシキだ。買い取ってもらえるって聞いたんだけど、今いいか?」


 店主が焼き台から顔を上げ、シキを値踏みするように見た。熱にあぶられた頬は赤く、額には大粒の汗が浮いている。


「兄ちゃんたちがサクヤちゃんの仲間かい。肉を卸しにきたって、いくつ持ってきたんだ? 十か、二十か? まさか百ってことはあるまいが……」


「五百あるぜ。全部買い取れないなら、残りは開拓者ギルドの大量納品依頼に回すけどな」


 ヒノシシの肉五百個。その数を聞いた途端、店主とサクヤはもちろん、順番を待ちながら成り行きを眺めていた開拓者たちまで一斉に固まった。


 店主が半信半疑の顔で聞き返す。


「……俺もとうとう耳が遠くなっちまったらしい。何個って言ったんだい?」


「五百個だよ。さすがに十分だと思うんだけどな」


 シキはリングストレージの半透明ディスプレイを立ち上げた。荷物の一覧を開き、それを反転させて店主へ向ける。


 表示された数字を確認した店主の目が大きく見開かれ、次の瞬間には商売人らしい笑みが顔いっぱいに広がった。


「な、なんと……! 頼む、兄ちゃん! それを売ってくれ! 買取価格に色もつけてやる!」


 大皿を抱えたサクヤも、表示された数字を凝視している。


「ご、五百個って……どうやってそんな数……」


 その時、列に並んでいた開拓者の一人が声を上げた。


「……おい、あれハルシオンロードじゃないか?」


「クラン設立第一号の! 緊急依頼で圏外に出たまま、昨日から戻ってないって話だったぞ」


「じゃあ達成したのか!? あの廃村の奪還を!?」


 ざわめきが列の後ろまで波のように伝わっていく。


 全滅したらしい。街に戻れないでいるらしい。そんな噂が半日と経たずに一人歩きしていた矢先の光景だ。誰もが事実を確かめるように、シキの顔へ視線を集めている。


 シキは周囲を見渡してから、片手を挙げた。


「緊急依頼は二つとも達成したぜ。新しい依頼も増えてると思うから、興味があるやつは開拓者ギルドに行ってみてくれ」


 どよめきが一段大きくなる。


 シキはそれ以上を語らず、店主へ向き直った。


「色をつけてくれるなら、ギルドと同じで一割増しで頼むよ。五万五千フローだな。あとはサクヤにここの秘伝のレシピと、屋台を出す時の口利きもお願いしたいんだけど、いいか?」


「もちろんだ! もともとその約束だったからなぁ!」


 店主は即答したあと、はたと何かに気づいたように客の列を見回した。


「……ちょいと待ってくれ。もう少し上乗せするから、兄ちゃんたちも屋台を手伝っていけ! 屋台連盟への口利きもしっかりやってやるぞ!」


 店主の剣幕に苦笑しながら、シキはヒカリを振り返った。


「……そうなる気がしたぜ。ヒカリ、いいか?」


「うん、手伝ってあげようよ。さすがに二人じゃ厳しそうだよ?」


 ヒカリは屋台を取り囲む客の群れを見渡し、当然のように頷いた。昼の書き入れ時を迎え、人はさらに増えている。店主と見習いに入ったばかりのサクヤだけで捌ける量ではなかった。


「よし、じゃあ手伝うか。オヤジさん、いろいろ見返りは期待するからな」


「あたしレジ係やるね! レジないけど!」


 サクヤが二人を交互に見て、何度も頭を下げる。


「ふ、二人とも! ありがとう!」


 店主は待ちきれない様子で腕輪を差し出した。


「助かるぜ若いの! 肉五百個、手伝い代も込みで六万フロー出す! それでどうだ!?」


「六万! 十分だぜオヤジさん!」


 シキも腕輪を差し出す。


 二つの銀の輪が触れ合い、表面に短く光が走った。リングストレージの一覧からヒノシシの肉五百個が消え、代わりに残高へ六万フローが加算される。


 圏外で狩り続けた成果が、しっかりと報酬へ変わった瞬間だった。


 店主が威勢よく手を叩き、まな板の前を顎で示す。


「こんだけありゃあいけるな! よし、兄ちゃんは肉の切り分けを頼む! サクヤちゃんは串打ちとタレ付け! そっちの嬢ちゃんは会計だ!」


「はいぃ!」


「了解!」


「まっかせて!」


   ◇

 屋台裏のまな板の前には、店主がリングストレージから取り出したヒノシシの肉が、大皿いっぱいに積まれていた。一つ抱えるだけでもずしりとくる肉塊が山を作り、皿がみしりと軋んでいる。

「はは、あれだけぶっ殺したヒノシシと、まだ戦わないといけないなんてな」


「おい兄ちゃん! その肉を十二等分だ! 急いでくれ!」


「任せとけ。包丁借りるぞ!」


 シキは肉の塊を掴み、まな板の上へ勢いよく置いた。柄を握って刃を当て、躊躇なく走らせていく。刃が肉へ沈む感触が、これまで使ってきたどの道具とも違った。思い通りに刃筋を通すことができる。


「良い包丁だなオヤジさん。俺らがバーベキューで使ってたナイフとは雲泥の差だぜ」


「ほおー、わかるかい」


 焼き台から店主が声を張り上げる。


「この道四十年。肉串の道はまず包丁の研ぎからはじまるんだ」


「そんな大事なものを使わせてもらってありがとな」


「なに、今日は助けてもらってる側だからな。遠慮なく使ってくれ!」


「よーし。やるか!」


 シキがあっという間に肉の塊を十二等分にしていく。切り分けられた肉は隣へ流れ、サクヤが一気に串へ打っていった。


 四切れを一本へ。三本で肉一個分。手元へ届く速さに、サクヤの手が追いつくのがやっとだった。


(手際ええなぁ。……というか、こうやってみると、たしかに怖い人やないかも)


 サクヤは内心でそんなことを思う。


 だが、山のように積み上げられた肉へ目をやれば、それだけの数のヒノシシを倒してきたということでもある。そしてその戦果をあげた前線メンバーの一人である少女は、屋台の前で快活そのものの接客をこなしていた。その様子からは、本当にハルシオンロード前線メンバーとして圏外で戦っている姿は想像ができなかった。


「はーい! お兄さんは肉串四本ね! そっちのおじさまは三本? 少しお時間いただきまーす!」

 サクヤが打ち終えた肉串を、タレがなみなみと入った壺へ沈めていく。それを店主が取り出して大型の魔石コンロへ並べていった。

 脂の落ちる音とともに、香ばしい匂いがあたりへ立ち込めはじめる。


 四人に増えた人手が、行列を端から捌いていく。だが、その勢いと匂いに引き寄せられたのか、列は減るどころか通りの奥へ伸びていった。


「おいおいおい、まじか。さばくどころか増えていってないか?」


「昨日もこんな感じやってん! とにかく手を動かさな終わらんで!」


「うーん。そういう問題か?」


 それにしても数が多すぎる。他にも肉串の屋台はあったはずだが、どうしてここへ集中しているのか。


 その答えは、すぐに現れた。


 人垣を掻き分けて、三人の男女が屋台の横手へ駆け込んできたのだ。いずれも前掛けをつけたままの姿だった。


「ヒノシシの肉が大量に持ち込まれたって本当かい!」


 中年の男が息を切らせて声を上げる。その後ろから、年若い青年が身を乗り出した。


「うちにも分けてください! もう在庫がつきちまったんです!」


「屋台連盟のよしみでお願いだよ! このままじゃ今日の売上が!」


 妙齢の女が両手を合わせる。


 窮状を訴える三人の様子から、事情はすぐに知れた。近くの屋台がどこも在庫を切らし、その客がまるごとここへ流れ込んでいたのだ。


 シキは焼ける音と喧騒に負けないよう、声を張り上げた。


「オヤジさん! さすがにわけるべきじゃないか!?」


 その意見に、店主は力強く頷いた。


「この兄ちゃんたちから手伝い料込みで買い取ったからちと高いぞ! 百個で一万二千フローだ! それでいいなら売ってやろう!」


「この際仕方ないか! 一万二千出す! 売ってくれ!」


「うちも買います! お願いします!」


「私も百個買うわ!」


 交渉は一瞬で終わった。三人が腕輪をかざし、三百個のヒノシシ肉が振り分けられていく。礼もそこそこに、彼らは自分の屋台へ向けて駆け出していった。


「これでちょっとはばらけるかな。もうひと踏ん張りだ」


「ふふん、若いの。結果的に儲かったな? ツテも作りやすくなったぞ」


 店主が焼き台越しに笑う。シキも笑い返した。


 店主のじいさんは、巨大なコンロに並べた肉串を眺めながらため息を漏らした。


「しかし本来は、このタレに一晩つけこんでこそ最高の肉串になるんじゃがのぉ。常連のお客には申し訳ないわい」


「やっぱり開拓者が増えたからだよな。明日とかどうするんだ?」


「むぅ、策が必要だな」


 焼き上がった肉串を、店主が手際よく大皿へ並べていく。それから顔を上げ、にやりと凄みのある笑みを浮かべた。


「だがまずは目の前の肉を頼むぞ、兄ちゃん!」


 シキは積み上がったままの肉の塊を見て、苦笑いを浮かべる。捌く数は二百個と少なくなったが、串にすれば六百本分だ。先は長かった。


「……ヒノシシは二度殺せってか?」


 少々うんざりした気分で、シキは再び包丁を走らせはじめた。


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