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第55話 扇動者

本日は20時に、もう一話投稿いたします。ぜひ、楽しみにお待ちいただけると嬉しいです。

 広場の中央、崩れた壁を背にする形で人の輪ができていた。


 瓦礫へ腰を下ろす者もいれば、立ったまま腕を組む者もいる。ハルシオンロードからはシキとサラとヒスイ。ウォーカーのナイク。紅蓮のシュリ。タスクフォースのベルカ。


 そして向かい側に、アドベントのリクと少女が一人。


 少女は黒に近い茶髪をポニーテールに束ねていた。シキたちと同年代だろう。快活そうな顔立ちをしているのに、今は肩も視線も落ちていた。瓦礫へ腰掛けた姿にも力がない。


「……こいつはアヤネ。うちの副リーダーみたいなもんっす」


 リクが顎で示す。少女は呼ばれてから一拍置き、ようやく顔を上げた。


「……アヤネです」


 二人と、それ以外。座った位置がそのまま、責める側と責められる側の線を引いていた。


 シキが口火を切る。


「まず、何が起きたのかを聞かせてくれ。俺が知りたいのは、この町で何が起きたのかと、どうして行動に移したのかだ」


 アヤネが小さく頷いた。声は震えていない。ただ、感情がどこにも乗っていなかった。


「朝のうちに八十人でこの町へ入りました。最初は……順調だったんです。ヒノシシの数は多かったけど、少しずつ釣り出して、囲んで倒していきました。途中まではそれで対処できていました。手応えも、ありました」


「あのデカブツは? 最初からいたのか?」


 ヒスイが問いを挟む。


「途中からです。町の外から、いきなり入ってきました。……気づいた時には、もう手遅れでした」


「火球は? 広範囲にばら撒くような攻撃はあった?」


 サラの問いに、アヤネは首を横に振った。


「いえ。全身が燃えたまま、暴れ回っていただけです。手がつけられませんでした……」


 その回答に、シキとサラが嘆息した。道理でヒノシシの群れが暴れたあとのような痕跡しかなかったわけだ。あの広範囲攻撃が事前に撃たれていれば、事前に違和感を察知することもできたはずだった。


 そこで言葉が途切れた。息を吸う音がして、また続く。


「そこからはあっという間でした。陣形なんて意味がなくて、あの大きいヒノシシが連れてきたのか、もっとすごい数の群れが雪崩れ込んできて……みんなが混乱してる間に大勢が殺されて、光になって消えました」


 誰も口を挟まなかった。


「私たちは近くの建物へ逃げ込んで、家具で入口を塞いで……そのまま半日です。外ではずっと、ヒノシシが建物の周りを回っていました。悲鳴も、聞こえなくなりました」


 焚き火の落ちた広場を、風の音だけが通り抜けていく。


「リクさんの呼びかけでたくさん人が集まって……勝てると思ったんです」


 その一言が、話の向きを変えた。


 シキがリクへ視線を移す。


「そもそも、リクはなんでこの依頼を受けたんだ? クラン外から参加したのが五十人だろ。リスクが高すぎて、いけると思った理由が分からないんだよな」


「……お前だってリスクを取って動いてるだろ。俺とお前で何が違うってんだ」


「結果だな。お前は八十人近くを死なせたんだ。一緒にするなよ」


 リクが顔を上げ、シキを睨みつける。


 シキは深々とため息をついた。これ以上聞くことはないとでも言うように、肩の力を抜く。


「つまり、単純に準備不足の連中が無茶やっただけってことか。こっちは十二人も犠牲者を出したんだ。今後はこうならないように気をつけようぜ」


 その言い方に、ベルカが立ち上がった。


「納得できるものか! リク、お前はあの会議でリスクが高いと言って降りただろう! なのになぜ今回行動に移したのだ! お前たちの尻拭いで十二人も死んだんだぞ!」


「……気持ちは分かるが落ち着け。シキも、軽く流しすぎだぞ」


 シュリが低く制する。だがナイクは首を振った。


「いや、俺もここで『単なる考えなし』で流しちゃ駄目だと思うぜ。犠牲になった数が多すぎる。理由をはっきりさせておくべきだ」


 リクが唇の端を持ち上げた。


「……俺を締め上げてどうするんすか。もう俺ら以外は全員死んだんすよ。……まあ、そもそも光になって消えただけだ。死んだかどうかも分からないっすよね」


 へらっと笑う。


 この場の全員が抱えたまま、口にしてこなかった問いだった。本当に死んだのか。どこかで生きているのか。誰にも分からないその一点を、リクは責任から逃れるための言い訳として持ち出した。


 ベルカが動いた。


 襟首を掴み上げ、その顔を殴りつける。骨と骨がぶつかる鈍い音が響いた。止める者はいなかった。


「少しは責任を感じたらどうだ! 死んだかどうか分からないだと!? なら、お前がここで死んでみるか!?」


 地面へ転がったリクへ向け、ベルカが背の大剣を抜き放つ。


 同時に、シュリの刀が鞘を走った。切っ先がベルカの喉元で止まる。


「二度目だ。気持ちは分かるが落ち着け。私刑の前例は作るべきじゃない」


 ベルカがシュリを睨んだ。シキも腰を浮かせかける。


 形勢不利と見たか、ベルカは大剣を背へ戻した。


   ◇


 リクが頬を押さえながら、ゆっくりと体を起こす。アヤネは顔を伏せたままだった。


「……煽られたんすよ。このままシキたちに先行させていいのかって。この世界は訳が分からないことばかりっすけど、主導権を取られるわけにはいかなかった」


「煽られた? 誰にだよ」


 ナイクの問いに、リクは目を合わせずに答えた。


「仲間内とか、今回外部から参加した奴とかっすよ」


 サラがアヤネへ視線を向ける。


「彼はこう言っているけれど、そうなの?」


 アヤネが力なく頷いた。


「はい……。ハルシオンロードが先行してるけど、先にここの緊急依頼を達成すれば自分たちがトップクランだって、すごく盛り上がったんです。なんでそうなったのかは……今思い返すと、最初に誰が言い出したのかもよく分からなくて……」


 シキが眉を寄せた。


「よく分からないっていうのが、いまいちピンと来ないな。煽られたっていうのも……。うちが先行して何の問題があるんだ?」


 リクの声が、初めて熱を持った。


「……この世界から脱出しようとして、いろんなことを試した連中が多かったんだ。でも何も分からなかった。だから、この世界で生きていくしかないなら、少しでも有利になりたいっていう気持ちが、お前みたいな奴には分からないんだろ」


「それで?」


「……は? それで?」


 全員の視線がシキへ集まった。


 リクが訴えているのは、この世界で生き続けることへの不安だった。だがシキが知りたいのは、その不安がどうして八十人を動かす理由へ変わったのかだ。最初から、話の筋しか見ていない人間の疑問だった。


「いや、何をもって有利と言ってるのかも分からなくてな。依頼とかモンスターの討伐とか、そんなのは全員に開かれてるだろ。先行者が情報を売って稼ぐ流れは作ったけど、それにしたって無謀なことをする理由にはならない。……仮に情報売買で稼ぐためなんだとしたら、そう言うよな。だとしたら『煽られた』ってのは意味不明だ。何か後ろめたいことを誤魔化してるようにしか聞こえないんだよ」


 今度はリクへ視線が集まる。


 長い沈黙があった。


「……北のリーエンに話を持ちかけられたんだ。ここで大きく手柄を立てられたら、俺らにも協力してやるって」


 シキを除く全員の顔が強張った。


 シキが聞き返す。


「協力って?」


 リクが黙り込む。その沈黙は、先ほどよりもさらに長かった。


「……あいつらが北で人を集めてるのは知ってるだろ。……金と女だ」


 空気が凍りついた。


 アヤネが、信じられないものを見る目でリクを見る。


「……それはもう煽られたんじゃなくて、唆された、だろ」


 ナイクはあえて軽く言った。だがシキの口からは、そのまま本音が漏れた。


「バカかよ」


 リクが何かを言おうと顔を上げる。その背を、アヤネが突き飛ばした。


「ふ、ふざけないでよ! そんなことのためにみんなを死なせたの!? そもそもあんたはクランの子にも手を出してたじゃない! 足りなかったとでも言う気なの!?」


 アヤネはリクの服を掴み、空いた手を振り上げた。平手が頬を打つ乾いた音が数度響く。


 今度も、誰一人動かなかった。


 騒ぎを見ながら、シキはようやく腑に落ちた。


「なるほどね。どうやって五十人も集めたのか不思議だったけど、餌にしたのは仕事だけじゃなかったわけだ」


「……そういうことね。くだらないと切って捨てるには、看過できない状況だけれど」


 サラの声は平坦だった。ただ、ルーラーの柄へ添えられた指が一度だけ強く握り込まれる。


「あの野郎! マジでこの世界に来た初日から引っかき回しすぎだろ! いい加減、頭にくるぜ!」


 ヒスイが吐き捨てた。初日に自分を勧誘してきた男だ。契約武器が銃だと知った途端に食い下がってきたあの執拗さをまだ覚えている。


 刀を鞘へ収めたばかりのシュリが、腕を組んだまま口を開く。私刑を止めた同じ口が、今度は別の相手への対処を口にしていた。


「対処する必要があるな。これ以上勝手をさせると、我々もどうなるか分からないぞ」


「だな。ここは一致団結して、連中をどうにかすべきだろ」


 ナイクが顎を撫でる。この場で最も他クランとの橋渡しを担ってきた男の言葉には、場の流れを決めるだけの重みがあった。


 ベルカも頷いた。大剣はすでに背へ戻っている。声からは、先ほどまでの荒さが薄れていた。


「賛成だ。奴一人のせいで、どれだけの被害が出たのか……」


 怒りの矛先が、地面に座り込むリクから、ここにいないリーエンへ移っていく。その流れをシキが打ち切った。


「待てよ。なんでそうなるんだ?」


 場の熱が一言で断たれる。全員の視線が、強制的にシキへ向いた。この場で唯一、最後まで声を荒らげていない男だった。


「リーエンが何かやったかどうかは、この場じゃ断定できないよな。根拠はリクの言葉一つだぞ? アヤネの反応を見る限り、リクが何か隠してたのは本当っぽいけど、リーエンの話まで信じる根拠にはならないだろ」


 ベルカが振り返った。喉元から刃が引かれて、まだいくらも経っていない。


「……ならば、我々はどこへ向かえばいい」


 絞り出すような低い声だった。


「十二人だ。うちだけでも七人。その連中を誰が殺したのかも決めずに、明日から何事もなかったように前へ進めというのか」


「殺したのはヒノシシで、死なせたのは俺たちの力不足だろ。死んでいった連中も含めてな」


 シキはベルカから視線を外さずに言い切った。


 ベルカの肩が震える。


「……そういう話をしているのではない!」


「誰かのせいにしないと収まらないって話だろ。それは分かってる」


 シキは立ち上がりもしない。砂地に座り込んだまま、深々とため息をついた。


 張り詰めた沈黙が落ちる。


 それを破ったのはシュリだった。鞘へ手を添えたまま、シキを正面から見据える。


「シキ。君たちハルシオンロードは一人も失っていないな。例えばサラが死んでいたら? 同じように冷静でいられたか?」


 場の空気が明確に変わった。


「冷静でいられる自信はねぇよ。だけどそれは自分に対してだ。俺は自分の失敗を誰かのせいにする気は無いんだよ」


 シキは即答した。ためらいの間もない。


「自分一人でなんとかできるなんて思ってるわけじゃないぜ。この仲間たちとならやれるって判断してここに来てるんだ。帰るためにな」


 シュリが眉を寄せる。反論を探しているようだったが、結局は何も出てこなかった。


 シキがさらに言葉を重ねる。


「そこに転がってるバカは、その覚悟もなく何十人も死なせたんだ。挙げ句の果てに出てきた言葉が煽られたから? 唆されたから? ふざけんのも大概にしろよ。ベルカ、もしその剣で今回の落とし前をつけたいならそいつを殺せよ」


 場の空気が完全に凍りついた。シキの言葉は怒りを滲ませながらも、淡々とした物言いだった。ヒノシシの群れを相手にボルテージを上げていた時とは全く違う様子に、全員が黙り込んだ。


 ベルカは再び背中の大剣を手に取りそうになったが、シキに射すくめられたことで何も掴まず下ろした。


 シュリが深々とため息をついた。今度は刀を抜かないまま口を開く。


「三度目だ。シキ、聞いた私も悪かったが落ち着け。私刑の前例は作るべきじゃない」


 流れに乗るように、ヒスイが続けた。


「だがよ、リーエンを放置してて本当にいいのか? 今回の件がもし本当に野郎の策略だったんだとしたら、今後同じようなことが無いとも限らないぜ」


 シキがヒスイをチラリと見る。少し思案してから答えた。


「分けて考えるべきだ。今回俺たちは十二人も犠牲者を出した。理由は大きく二つある。敵戦力を見誤ったことと、準備不足だ。リクやリーエンの話があっても無くても、同じことが起きる可能性は十分にある。俺はむしろ、そっちのことをもっと真剣に話し合うべきだと思うけどな」


 その言葉に、気勢を上げかけていたヒスイが、落ち着きを取り戻した。


「……確かにそうか。悪い。熱くなっちまった」


「いや、謝るとこでもねぇよ。気持ちは分かるしな」


 シキは地面へ座り込んだままのリクを見下ろした。殴られた頬が腫れ上がっている。それでも視線は合わなかった。


「それに、リクはリーエンの名前を出したわけだけど、それ自体が今度は俺たちを煽るための嘘かもしれないだろ? リーエンが人集めと称して金と女を集めてるのが本当かは脇に置くとしても、ここで俺らが乗り込めば、二、三百人に囲まれる可能性もある。向こうのほうが圧倒的に人数は多いんじゃなかったか?」


 場が静まった。ナイクが口を開きかけ、そのまま閉じる。シュリの眉が寄った。


 三百人に届く勢力。その数が、ようやく現実の重さを持って場へ落ちてくる。


「仮にリクの証言が全部本当だとするぞ。リクはリーエンから金と女を餌に唆された。クラン外部の人間を煽って緊急依頼を受けさせた。プルア村の奪還へ動いていた俺らも巻き込まれた。ここで壊滅してたら、確かにリーエンの総取りだったかもな」


「……たしかに、筋は通るわね」


 サラが指先をこめかみへ当て、筋道を追い直している。


「前にベルカが言ってただろ。南の求心力がどうとかさ。ここで俺らが大きく失敗したとなると、北にごそっと流れそうだよな。……俺たちに求心力なんてものがあるとも思えないけど」


 誰もが一度は視線を落とし、あるいは座り直した。ベルカだけが姿勢を変えなかった。


「結局、リクの話の真偽がどうであれ、俺たちは足を止めず、先へ進むことを最優先にすべきだ。リーエンのことは、頭の片隅に置いておこうぜ」


 反論は出なかった。納得したわけでもない。それでも、この場の誰も別の道筋を示せなかった。


 そこへ、防柵の上から声が飛んだ。


「街道から人が来る! 街の連中だ!」


   ◇


 先頭を歩いてきたのは、ギルバート・スタインだった。


 ランティスの兵士が数人。その後ろに、街から連れてきたらしい開拓者が十人ほど続いている。プルア村の防衛へ回っていた交代要員から、さらに抜いてきたのだろう。


 夜のうちに走らせた伝令が正しく届いていた。到着の早さが、それを証明している。


 ギルバートは広場をひと通り見渡してから姿勢を正した。


「――宿場町レントの奪還を、確認いたしました」


 支払いは手早く進んだ。腕輪を重ねる送金で、二十万フローがハルシオンロードへ。残る三十万は、紅蓮とウォーカーとタスクフォースへ十万ずつ振り分けられていく。


 アドベントには、一フローも渡らなかった。


「受注の記録は残りますが、達成者の記録は別です。誰が町の奪還に寄与したかは、腕輪が判定いたしますので。この様子では、揉める余地もなさそうですが」


 リクは何も言わなかった。抗弁しないことが、この場の全員への答えになっていた。


 続けて、この先の取り決めが交わされる。


 ハルシオンロードの六人と各クランのリーダー格、そして動ける負傷者と数人は街へ戻る。現地に残る開拓者側の代表は、ウォーカーから出すことになった。


「カイト、残れるか?」


 ナイクが振り返って声をかける。呼ばれた男は、昨日の戦闘でシキが壁へ張りついた時に「重力どこいった?」と騒いでいた一人だった。


「……マジすか。まあ、俺っすよね。了解です。なるべく早く交代か、差し入れを届けてくださいよ」


 そして、ランティスの兵士が町の維持へ加わることも決まった。


 ランティスの兵が圏外の拠点へ常駐する。この世界で百年ぶりのことだった。


 その事実を聞いた瞬間、サラだけが常駐を命じられた兵士たちへ目を向けた。何も言わず、すぐに視線を戻す。


   ◇


 太陽が完全に顔を出して少し経った頃、一行は街道を北へ向かって歩き出した。昼前までには街へ帰れる見込みだ。


 負傷者を担架へ乗せ、歩ける者がその両脇を固める。誰も口を利かない。足音と、担架の軋む音だけが街道に続いていた。


 列の最後尾には、アドベントの生き残りが続いている。担架に横たわる一人と、その脇を歩くアヤネ。リクはさらにその後ろを、誰とも並ばずに歩いていた。


 南門を出たのは、昨日の夜明けだ。丸一日。それだけの時間しか経っていない。


 だが、プルア村と宿場町レントという二つの拠点を得た。十二人を失った。変異体という新たな脅威の名を知った。


 出た時と帰る時とで、何もかもが違っている。


 街道の先に、央都ランティスの城壁が見えはじめた。


 この翌日に何が起こるのかを、開拓者たちは誰一人知らなかった。



本日は20時に、もう一話投稿いたします。ぜひ、楽しみにお待ちいただけると嬉しいです。

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