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第52話 緊急事態 ③  

 巨大なヒノシシが、燃え盛る業火に包まれていた。炎の吐き出す熱波はもはや物理的な圧力を伴い、離れているシキの肌までびりびりと震わせてくる。


「俺が見飽きたなんて言ったせいか!?」


 あまりの光景に誰もが足を止める中、ただ一人シキは駆け出した。背後には大岩と密生した木々を背負うように廃屋群が並び、正面には炎を纏った巨大個体とヒノシシの群れがいる。この狭い場所で迎え撃てば、逃げ道を失ったまま圧倒的な質量に押し潰されると判断し、九時方向へ走ったサラたちとは逆――三時方向へ全力で駆けた。


 巨大ヒノシシはその動きに釣られ、巨躯を揺らして進路を変えた。一歩ごとに地面が鳴り、全身から燃え上がる火の魔法力が通り過ぎる空気まで焦がしていく。


「怪獣映画かよ! なんとか俺が引きつけたまま――」


 その進路上へ、三体の幼体が立ち塞がった。ついさっきまでなら足を止めるほどの相手ではなかったが、今は横合いからいつ巨大ヒノシシが突っ込んでくるか分からない。このまま躱して走り続けるべきかと一瞬だけ迷い、それでもここで数を減らさなければ、いずれ群れに押し包まれると考えてストレイターを握り直す。


「シキ!」


 六時側の崩れた戦線から、盾を構えたダンが駆け込んできた。


「ダン! 無事だったか!」


「あたしも来たよ! ここからどうするの!?」


 さらにヒカリが、追いすがる幼体へツインズを撃ち込みながら合流する。


「まずはこいつらをやる! そのあとは中央の廃屋を盾にして、あの化け物と距離を取るぞ!」


「「了解!」」


 三人は足を緩めることなく、立ち塞がる幼体へぶつかった。ダンが左の一体を盾で受け、ヒカリが右の一体を銃撃で足止めした時には、シキはすでに中央の一体をストレイターの間合いへ収めている。


 幼体も頭を下げて踏み込んできたが、その勢いも速さもシキが上回った。上段から振り下ろした一太刀で鼻面を深々と斬り裂き、血飛沫の脇をさらに前へ抜けながら反転すると、その勢いのまま首筋を撫で上げるように刃を振り抜く。


 地へ伏した幼体の向こうで赤い光が膨らみ、広場まで踏み込んできた巨大ヒノシシの牙の間に、特大の火球が形を成していた。


「二人とも散れ! 避けろ!!」


 ダンは組み合っていた幼体を盾で突き放し、ヒカリは左へ、シキは右へ駆けた。その直後、三人のいた場所へ特大の火球が着弾し、腹の底まで揺さぶる轟音とともに爆風が地面を叩いた。


 その圧力に押し飛ばされた三人の背後で、建物跡の正面が弾け飛ぶ。礫となって降り注ぐ石と木片から腕で顔を庇い、シキは地面を転がる勢いを受け身で逃がして立ち上がった。


 爆心では残る二体の幼体が炎に呑まれている。しかし、あれだけの火球を撃ち出したにもかかわらず、巨大ヒノシシの全身を覆う業火は少しも衰えていなかった。揺らめく炎の向こうから、白濁した双眸がシキたちを見据えている。


「成体とはわけが違うな!」


 舌打ちしながらも、シキは勝機を求めて思考を巡らせた。頼れる手は三つある。リアのロア・スピアは通じる可能性があるものの、決定機が訪れるまでは彼女を隠しておくべきだ。自分の全力の突貫も、あの巨体にどれだけ通じるかわからない。最も有効打足り得るのが、サラの持つ風刃の魔法符だった。


 いずれにせよ、どの手も使えるのは一度きりであり、外せばそれで終わる。


「シキ! 囲まれるぞ!」


 ダンの怒号に思考を断ち切られて顔を上げると、前方と左右から白濁した目が迫っていた。幼体が七、八体、その後ろには成体が三体。倒しても倒しても巨大個体の咆哮に呼び寄せられ、群れの数が一向に減っていかない。


「廃屋を背にしろ! 後ろだけでも塞ぐぞ!」


 三人は崩れた外壁まで下がり、ダンを中央、シキを右、ヒカリを左に置いて扇状に開いた。ダンが正面から突っ込む一体を盾で弾き、ヒカリの連射が左から迫る幼体の足を止める間に、シキのストレイターが右の一体の喉を裂いていく。


「撃ち切った! 弾が戻るまであと四秒! シキお願い!」


「おう!」


 シキは返事より早くダンの背後を回り、ヒカリの正面へ滑り込んだ。突っ込んできた幼体の鼻面を蹴り上げ、仰け反った相手に横から間髪入れずダガーを突き入れる。ヒカリの銃へ弾が戻るまでの時間を埋め切りながら、まだ諦めるには早いと自分へ言い聞かせた。


   ◇


 九時方向で銃声と剣戟が爆ぜ、サラ、ヒスイ、ナイク、シュリの四人が、群れの薄い一点を強引に食い破って町の外周へ抜けた。


 しかし、その先に広がっていたのは安堵とはほど遠い光景だった。巨大ヒノシシが踏み荒らした跡から警戒網は完全に断ち切られ、負傷者を引きずって下がる者や、孤立して囲まれる者が至るところにいる。町から溢れ出した個体も外周部隊の背後へ回り込み、内と外の両側から戦線を食い破ろうとしていた。


 シュリはシキたちのいる三時方向へ一度だけ目線をやり、すぐにサラたちへ向き直って声を張った。


「外が崩れれば全滅だ! 私たちは戦線を立て直す! ……死ぬなよ!」


「そっちの化け物は任せるぞ! うちの連中を死なせるわけにはいかねぇ!」


 ナイクも自分の仲間がいる外周へ走り出す。二人を見送ったサラとヒスイが廃屋の隙間から三時側を確認すると、崩れた外壁を背にダンが中央で突進を受け止め、ヒカリが左から押し寄せる幼体を銃撃で止めていた。その間をシキが走り回り、二人だけでは埋められない穴を塞いでいる。


 三人は正面と左右から迫る群れを辛うじて押し返していたが、そこへ向けて巨大ヒノシシが追撃に移ろうとしていた。ヒスイはエイトカウントを握り直すと、迷うことなく地獄のような戦況へ踏み出した。


「サラ! 向こうに合流するぞ! 今なら挟み撃ちにできる!」


「ええ! 行きましょう!」


 三人の状況を見れば苦境もいいところだ。巨大ヒノシシが放つ熱波にも怯みそうになる。


 だがそれでも、二人は全速で駆け出した。


 二人の姿より早く、エイトカウントの銃弾が戦場へ届いた。シキに迫っていた成体の前脚へ四発が立て続けに突き刺さり、突進の軌道を外へ逸らす。そこへ走り込んだサラがルーラーの石突で同じ前脚を払い、傾いた巨体の首筋へ、呼吸を合わせたシキのストレイターが斬り込んだ。


「遅いぞ!」


「助けてもらっておいて言うことかしら!」


 サラとヒスイが加わると、五人は中央にダン、左にサラとその半歩後ろのヒスイ、右にシキと後方のヒカリという隊列を即座に組み直した。


 エイトカウントとツインズの銃声が交互に響き、片方の弾が尽きれば、もう片方がその空白を埋める。銃撃に怯んだ正面の敵をダンが盾で弾き、崩れた個体を左右からサラとシキが仕留めることで、押し寄せる群れを一体ずつ確実に削っていった。


 合わせて移動し、巨大ヒノシシから距離を取り続ける。


 巨大ヒノシシの牙の間に火が灯るたび、五人は廃屋の角を回って射線を切った。火球が外壁を砕いている間に反対側から飛び出し、再び群れへ食らいつく。廃村周辺で積み重ねてきた連携は、格下の群れに対して今も十分に機能していた。


 長い削り合いの末、群れの数はようやく半分以下まで減っていた。このまま倒し切ることができれば、ようやく巨大個体だけへ戦力を集中できる――そう思った矢先、その全身を覆う炎が内側から押し出されるように膨れ上がった。


 渦を巻く業火が巨躯の輪郭をさらに大きく見せ、距離を越えて届いた熱波がシキの頬を灼く。


「……なんだ!?」


 次の瞬間、巨大ヒノシシの全身から炎が弾け、無数の火球となって扇状に打ち上がった。それらは夕空へ弧を描いて散らばり、広場全体を埋め尽くすように降り注いでくる。


「散れ!!」


 シキが叫んだ時には、すでに最初の火球が降り注ごうとしていた。連続する着弾によって盾にしていた廃屋が炎上し、砕かれた柱や梁が轟音を立てて崩れ落ちる。五人が射線を切るために使っていた遮蔽物は片端から焼き払われ、巻き起こった爆風が五人を散りじりに引き裂いた。


 燃え上がった廃屋を背に、右手へシキとヒカリ、左手へサラとヒスイが叩き出され、中央にいたダンは背後から吹き飛ばされて孤立する。同じ側へ飛ばされた者同士も、すぐに合流できる距離ではなかった。シキとヒカリの間には崩れた石壁と二体の幼体が割り込み、サラとヒスイの間へも成体を先頭とした群れが雪崩れ込んでいる。


「ヒスイ!」


「無事だ! ……クソっ! やりやがったなあのデカブツ!」


 廃屋の陰から応じたヒスイが、サラへ迫っていた幼体を一発で撃ち抜く。しかし、その直後には二体の成体が前へ出て、開きかけた射線を再び塞いだ。


「シキ! こっち来られない!?」


「待ってろ! すぐ行く!」


 右手からヒカリとシキの声が重なり、その直後には銃声と激しい剣戟が響く。中央では、瓦礫から身を起こしたダンが盾を構え直したものの、すでに三体の幼体が半円を描くように取り囲み始めていた。


「ダン! 今そっちへ――」


「来るな! まず近くにいる奴と組み直せ! 各個撃破だけは避けるんだ!」


 ダンの怒号に、サラは踏み出しかけた足を止めた。


 助けに向かいたくても、今のままでは辿り着く前に群れへ囲まれる。ならば、最初に取り戻すべきなのは最も近くにいるヒスイとの連携だった。二人で左側を押し返し、ヒスイが射線を確保できれば、そこからダンを援護して隊列を繋ぎ直せる。


 そう判断してルーラーを握り直したサラへ、二体の幼体が左右から迫る。片方の突進を石突で逸らし、もう片方の鼻面を刃で斬り裂いたが、その背後から踏み込んできた成体の頭突きを柄で受け止めた瞬間、凄まじい力に両足が地面を滑った。


 押し返しても次が来る。視線の先では、弾幕で群れを近づけまいとしているヒスイの横合いへ、別の成体が回り込もうとしていた。このまま通常の攻撃だけで数を減らしていては間に合わない。


「ヒスイ! 切り札を切るわ!」


「了解だ! 漏らしたやつは任せな!」


 ヒスイの返答を聞き届け、サラは眼前の群れを睨み据えた。


 サラは腰元の魔法符へ触れ、大きく息を吸った。


「――アキエラ!」


 風刃の魔法符が白く輝き、溢れ出した魔法力がルーラーの刃へ一気に収束する。それまで周囲へ散っていた風が薙刀の輪郭へ鋭くまとわりつき、空気そのものを切り裂く甲高い風鳴りを響かせた。


 サラが地を蹴った。


 先ほどまで押し返すことしかできなかった成体の脇を一歩で抜き去り、低く振り抜いた一閃で、進路を塞いでいた幼体二体の胴をまとめて薙ぎ払う。横合いから食らいつこうとした成体には、踏み込みの勢いを殺さないまま刃を返し、風をまとった切先で太い首を断ち切った。


「ヒスイ!」


「よっしゃあ!」


 切り開かれた道の奥からエイトカウントが火を噴き、サラの死角へ迫っていた幼体を撃ち抜く。さらに二発、三発と銃声が続き、ダンを囲もうとしていた群れの横腹へ弾丸が突き刺さった。


 サラは崩れ落ちる成体を飛び越え、ヒスイのもとへ駆け込む。二人が肩を並べあった瞬間、それまで左側を埋め尽くしていた群れの勢いが、初めて目に見えて止まった。


「次はダンのところまで押し返すわよ!」


「了解だ! 反撃開始だぜ!」


 風鳴りを上げるルーラーが群れを正面から押し割り、その背後からヒスイの銃弾が次々と撃ち込まれる。個々に呑み込まれかけていた戦場へ、サラを先頭とする一本の突破口が生まれ、崩壊しかけていた隊列がわずかながら繋がり始めた。


   ◇


 ヒカリを庇って走っていたシキは、その光景を視界の端に収めた。


(――カードを切らされた!)


 巨大個体へ通じるかもしれなかった三枚の切り札のうち、一枚を群れの処理に使わされた。こちらが望んで切ったのではなく、そうするほかない状況へ追い込まれたのだ。


 しかし、舌を打つ暇さえない中で、シキの目は巨大ヒノシシに生じた変化を捉えた。あれほど激しく燃え盛っていた炎が全身から消え、剥き出しになった三色のまだら模様が夕闇の中へ晒されている。動きも心なしか鈍くなっているようだった。


(魔法力を、今の攻撃で使い切ったのか……?)


 確かめる時間は与えられなかった。巨大ヒノシシが腹の底まで響く咆哮を上げると、それに応えるように建物の隙間や町の外周から新たなヒノシシが現れる。十体を超える群れは一つの塊となり、廃屋の右手から中央にかけて――シキ、ダン、ヒカリのいる側へ雪崩れ込んできた。


「逃げろ! まともに受けるな!」


 迎え撃てる数ではないと判断したシキとヒカリは左右へ走り、ダンも孤立した場所から抜け出そうと瓦礫を蹴って後退する。だが、その一瞬を狙って一体の成体が横から回り込み、ヒカリの退路を塞いだ。


「ヒカリ!!」


 ダンが二人の間へ割り込み、盾を構えて突進を受ける。しかし、足元には崩れた瓦礫が散らばっており、踏ん張りも盾の角度も不十分だった。勢いを殺し切れなかった巨体が盾ごとダンを弾き飛ばし、宙で崩れた体勢へ捻じれた牙を突き入れる。革鎧が裂け、脇腹を抉られたダンは鈍い音を立てて地面へ叩きつけられた。


「ダン!?」


「……問題ない! それより下がれ!」


 そう答えたものの、ダンはすぐに立ち上がれず、槍を杖にして膝立ちになるのが精一杯だった。その周囲へヒノシシが集まり始めるのを見た瞬間、シキは考えるより先に救援へ走り出す。


 ところが、その進路を遮るように巨大ヒノシシの牙の間から特大の火球が放たれた。横っ跳びに躱したシキの背後で火球が炸裂し、追いついてきた爆風がその体を押し戻す。地面を転がってすぐに顔を上げた時には、ダンとの間へ三体の幼体が割り込んでいた。


(――遅かった!)


「ダンをカバーするわ! ヒスイ、援護を!」


 廃屋の左手から、サラとヒスイがダンのもとへ回り込んでくる。ヒスイがサラの肩越しに銃弾を撃ち込み、怯んだ群れの横腹へ、前衛として飛び込んだサラがルーラーを叩き込んだ。風刃の魔法符の効果はすでに切れているが、勢いは取り戻している。


 だが、その光景を見た途端、シキの背筋が粟立った。巨大個体の白濁した双眸がサラへ向き、広範囲攻撃の直後に剥き出しとなっていた三色の毛皮を、すでに薄い炎が這い始めている。


(まずい――!)


 理屈ではなく、そこが危ないと分かった。叫んで警告しようにも、駆けつけて彼女を逃がそうにも、シキとサラたちの間には成体と幼体が壁のように並んでいる。


 やがて巨大ヒノシシが再び業火を纏うと、間髪を入れずにその炎を弾けさせた。二度目の広範囲攻撃が無数の火球となり、ダンを救援していたサラたちの頭上へ降り注ぐ。


 サラは咄嗟に地を蹴り、直撃だけは避けた。しかし、火球に追い立てられたその着地際を、別の成体が待ち構えている。ルーラーを構え直す暇もなく、巨体の肩に跳ね上げられたサラは、そのまま崩れた石壁へ叩きつけられた。


「しま――っ!?」


 鈍い音とともにルーラーが手を離れ、地面を転がっていく。壁際へ崩れ落ちたサラは、呼びかけにも反応せず動かなかった。


「サラ!!」


 シキの絶叫が響き渡った。


 広範囲へ放たれた炎が消え、巨大ヒノシシの毛皮が再び露出する。ところが息をつく間もなく薄い炎が巨体を這い上がり、三度目の業火となって燃え上がった。白濁した双眸は倒れたサラとその傍らのヒスイを捉え、突進に備えて巨躯が深く沈み込む。


 あれをまともに受ければ、二人とも消し飛ぶ。


 その時、巨大個体を挟んだ反対側――大岩脇の草むらから、小さな影が飛び出した。


「――我が手に集い、束ねて一条!」


 リアだった。震える両手でスプライトを構え、杖の先へ白い光球を束ねながら、巨大ヒノシシの太い首へ狙いを定めている。


 シキは止まれと叫びかけて息を呑んだ。ロア・スピアの一発だけでは、この巨体の突進を止められない。魔法力を失えば、ただでさえ走り回るのが不得手なリアは巨大個体の格好の的になる。


 しかしそんなことは、リア自身が誰よりも分かっているはずだった。それでも彼女は泣き出しそうに顔を歪めたまま杖を下ろさず、震える足で地面を踏み締めている。仲間が倒されるのを見ながら、自分だけ何もせずに隠れ続けることなどできなかったのだ。


 そして今のシキには、その行動を止めることも、彼女の前へ割り込んで守ることもできない。


 準備が足りなかった。敵の戦力を読み違え、切り札を使う順番を誤り、人員の配置も判断のタイミングも最善には届かなかった――頭が勝手に、まるでもう試合が終わったあとのような冷静さで敗因を並べ始める。


 負けたあとに同じ失敗を繰り返さないよう、感情を切り離し、理路整然と原因を探して次へ活かす。それはこれまで何度もやってきた、シキなりの敗北の受け止め方だった。


 ――違う! まだ終わってない!


 だけれど感情が、その思考を叩き潰した。


 過去の経験が、積み上げてきた敗北が、一つの結論を導き出す。


 見えていた走路へパスを出すのが、一瞬遅れた。


 ――早さが足りない!


 味方のカバーへ入るのが、一歩遅れた。


 ――速さが足りない!!


 相手の変化へ対応するのが、一手遅れた。


 ――疾さが足りない!!!


 本当の敗因は、いつだって一つだった。


「俺がオソイせいで負けるなんざ、二度と御免だ!!」


 叫んだ瞬間、体の芯で何かが弾けた。


 これまで一度も掴めなかったもの。


 魔石の欠片すら壊してきた、制御できない出力。


 その正体を理解したわけではない。


 ただ、今だけは向ける先が一つしかなかった。


 溢れ出した力が、全身へ雪崩れ込む。


「お前を殺せば、全員守れるんだよ!!」


 地面が爆ぜた。


 一歩目で、シキの体は進路を塞いでいた三体の幼体を置き去りにした。


 踏み込みではない。それはもはや、低空を飛ぶ高速の跳躍だった。


 壁のように立ち塞がっていた群れの間を、一陣の風となって駆け抜ける。


 炎を纏う巨躯の横っ面へ肉薄した。


 耐火の革手袋越しに熱が手を灼くのも構わず、ストレイターを叩きつけるように振り抜いた。


 巨大な頭が、初めて大きく揺らいだ。


 シキは止まらない。


 巨躯の右側へ着地し、その勢いのまま反転する。


「撃て!!」


 ヒスイとヒカリが、倒れたサラとダンを庇う位置へ飛び込んだ。


「くそったれが!」「とまれー!」


 エイトカウントとツインズが吠える。


 近距離から残弾のすべてを、鼻面と白濁した目へ叩き込んでいく。


 巨大ヒノシシが頭を振った。


 突進へ移ろうとしていた前脚が止まり、巨体がたたらを踏む。


「リア!! 今だ!!」


 シキの声に、リアは一つ目の光球を維持したまま、残るすべての魔法力を絞り出した。


 脳裏に蘇るのは、前夜の裏庭。


 月明かりの下で交わした、あの語らいだった。


 ——わたしが今使っているロア系の魔法は光球一つを束ねていますが、実はまだまだ発展形があって。


 リアは震える奥歯を噛み締める。


 ——二つ三つと光球を束ねたり。


 もう一つ。


 ——複数の光球を統合して、より大きな力を持った魔法も使えるようになるんですよ!


「束ねて——二条!!」


 杖の先に、二つ目の白い光球が生まれた。


魔法力統合(グラヴィオーネ)!」


 そして、軋むような音を立てながら、二つの光球が重なり合う。


 膨れ上がった白い光が、夕闇の町を照らし出した。


 それを見て、シキもまた体の内側に見つけたばかりの力を呼び起こす。


 巨躯の左から、ストレイターの切先を太い首へ定めた。


「撃ち落とせ! マグナロア——ジャベリン!」


「いい加減に死んでろ! 糞イノシシがあああああ!!!」


 リアの放った巨大な光の槍が。


 薄銀色の魔法力を刹那に輝かせたシキが。


 巨大ヒノシシの太い首を、左右から深々と貫いた。



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