第49話 緊急依頼 ④
九時方向。村の縁を割って雪崩れ込んできたのは、ヒノシシの成体三体と、幼体七体だった。
「散れ!!」
シキは短く、一言だけ指示を飛ばした。
それだけで、四人は迷わず動いた。
サラとダンが三時方面へ、ヒスイとヒカリが十二時方向へと駆け出していく。それぞれボロボロの建物の影へと身を隠した。
そして、シキだけがその場に残った。
足元に転がる、大量のヒノシシの死体とともに。
「何のために俺がここに残って、こいつらの相手してたんだって話だ」
外周から勢いよく村へ躍り込んできた群れが、目の前で急激に減速する。折り重なるヒノシシの死体。同族の骸の壁が、直線的な突進の勢いを根こそぎ殺していた。
「これがお前らの弱点その一。突っ込むしか能がない」
成体三体が牙の間に火の魔法力を束ね、膨らんだ火球を同時に放つ。
「弱点その二。攻撃が点狙い」
シキは大きく一歩、横へずれた。三つの火球が体のすぐ横を通り抜けていき、背後で立て続けに爆ぜる。
幼体たちが死体を避けながら進み出てくる。シキはそれを眺めながら、悠々と六時の方向へ回り込んでいく。
「弱点その三。近くの人間に襲いかかる」
回り込むシキを追って死体の間を縫う個体。強引に壁を越えようとして足を取られる個体。七体の幼体が、死体の迷路の中でばらばらにほどけていく。
「だから、こうやって障害物を置けば完成するんだよ」
シキは足を止め、正面から群れを見据えた。
「お前らを殺す狩場がな!」
その声を合図に、散っていた四人が一斉に飛び出した。
「リア! ヒスイ!」
三時の方角、サラとダンが左右へ割れて軌道を空ける。その間から、大ぶりな杖を構えたリアが飛び出してきた。
「——束ねて一条! 撃ち放て! ロア!」
白い光球が撃ち放たれる。狙いは、三体並んだ成体の中央。死体の壁に足を鈍らせたその巨体へ、光球が真正面から突き刺さった。
ロア・スピアではなく、ロア。仕留め切るよりも怯ませて魔法力を残す。万が一に備えたリアの、冷静な選択だった。
怯んだ中央の個体を挟み、左右の成体へシキとヒスイが同時に襲いかかる。
左の一体が撃った二発目の火球は、やはり半歩のずれで空を切った。タイミングさえ読めば、点狙いの一撃は当たらない。シキは踏み込みざま、その喉元へストレイターを深々と突き入れた。
右では、物陰へ走る間に再装填を済ませたヒスイのエイトカウントが火を噴き、成体の頭部へ弾丸を叩き込んでいく。
そしてシキは返す足で、ロアに怯んだままの中央の一体へ肉薄し、白濁した眼へ刃を突き立てた。
ほとんど同時に、まだら模様の三つの巨体が沈んだ。
ヒノシシが力を発揮できるのは、ある程度開けた場所で獲物を取り囲んだ時だ。林への誘引が有効なのも、突進を木々が殺してくれるからに他ならない。
ならば、村の中に「林」を作ればいい。
ヒノシシを大量に殺し、その死体で後続のヒノシシを足止めする。勢いを失いばらけた群れを囲んで各個撃破する。
狩場が完成してしまえば、あとは作業だった。死体の迷路で機動力を失った幼体七体を、五人は手分けして淡々と狩り尽くしていく。誰一人、かすり傷ひとつ負うことなく。
散々に痛い目に遭ってきた追加襲撃への、シキが考え出した必勝の策だった。
◇
こうして、プルア村を占拠していたヒノシシは全滅した。
ハルシオンロードの六人が村の中央で合流する。
「よし、楽勝だったな」
足元に転がる大量のヒノシシの死体を見下ろし、シキが満足げに頷いた。
スパァンッ!
ドガッ!
「いてぇ!?」
サラがシキの後頭部を叩き、ヒスイが尻を蹴飛ばした。
「どこが楽勝よ! あなたいくつ命があると思っているの!?」
「アホかてめぇ! 歯車一つ狂ったら全滅だったぞ!?」
かなり強く叩かれて、シキは頭を撫でた。
「……一から十まで計画通りだっただろ。何が問題なんだよ」
ヒカリが肩を竦める。
「んー、うまくいったのはほとんど奇跡? あんなの何度もできないよねー」
リアも肩で息をしながら、こくこくと頷いた。
「さ、最初のロア・スピアで二体倒せてなかったらと思うと……成功してよかったです」
ダンも周囲の警戒を怠らないまま、静かに苦言を呈する。
「想定では我々が村内に踏み込んだ時点で、成体はすべて倒している手筈だったはずだが?」
その指摘に、シキは目を逸らした。
「いや、ちょっと手違いというか見込み違いだったというか……」
話しながらも、一同はヒノシシの死体へ次々とリングストレージを翳していく。回収すべきモンスターの死体はこの場だけでも四十体。朝の間引きから数えれば、ハルシオンロードが倒したモンスターは優に百を超えていた。間引きは他クランとの共闘であり、村での戦闘の間にも外周では迎撃戦が起きていた。この日朝からの四クラン合計の撃破数は二百を超えていた。
回収作業を続けながらヒスイが尋ねた。その顔には、弟のイタズラを見つけた兄のような色が滲んでいる。
「見込み違いねぇ。一応聞いてやるよ」
シキは先ほどの戦いを思い返しながら話した。
「あっちの、九時方向の建物裏に行ったところまでは良かったんだよ。そっから飛び出してすぐ反対側へ走り抜けただろ。あのダッシュについてこれなかった個体が三、四体いてさ。俺が壁に張り付いてもろもろかわして、いざ成体を仕留めに行こうとしたら、遅れてきたそいつらに横から突撃されたんだ。で、それを避けてたら火球を撃たれて、それも避けてたら囲まれてって流れだよ」
その弁解を聞いて、サラは深々とため息を吐いた。
「チラッと見えたけれど、あの壁に張り付いていたやつね。引きつける時間は……まぁ、囲まれていたら難しいわね」
「次があるなら、こっちが早く動きすぎると時間差で攻撃されるってのも考慮しないとな」
反省の弁すら、どこか楽しげだった。
そうして、全員でヒノシシとコカリスの死体を回収して回る。ヒスイが撃ち落とした成体のコカリスは一体だけまだ息がありトドメを刺した。これで、プルア村奪還作戦は一段落となった。
サラとダンが外周のベルカたちへ声をかけに向かう。この場で昼休憩を取る前提で、ヒスイとヒカリは魔石コンロを広げて昼食の準備を始めた。
その間にシキとリアは改めて村の中を見て回る。崩れかけた建物跡を覗き込めば、かつて家具であったらしい残骸が転がっているような有様がほとんどだった。
「最後のロアは完璧だったな。決定機までずっと隠れて、しかも魔法力を維持してたんだろ? 良い集中力だぜ。昨夜の練習が効いたか?」
リアが照れたように微笑む。
「はい。魔法力の扱いに慣れてきたのもありますし、隠れるのもたくさん練習した甲斐がありました」
シキが意外そうな顔を浮かべた。
「リアは魔法に関しては自信があるよな。良いことだぜ」
ハッとしたように、リアが立ち止まる。
「あ、えっと……生意気だったかもです。すみません」
「生意気なんてことはねぇよ。そのために練習して積み上げるんだからな」
「え? 自信を積み上げるんですか?」
いや、とシキは首を横に振った。
「俺の考えかたなんだけどな。自信が土台で、その上に経験を積み上げていくんだよ。そうすると事で自信が確信に変わっていくんだ」
そのシキの言い回しに、リアがくすりと笑みを浮かべた。
「シキさんは、なんだかそういう独自理論? みたいなのがたくさんありますね」
「はは、かもな。経験者は語るってやつだぜ」
そんなふうにボロボロの家屋跡を調べていると、ウォーカーの面々が近づいてきた。ナイクが軽く手を上げてくる。
「おつかれ。マジでやりやがったな」
シキも軽く手を上げ、リアは丁寧に頭を下げた。
「おう、楽勝だったぜ」
顔を上げたリアが、そんなシキの様子にクスクスと笑いを漏らす。つい先ほど、全員から袋叩きにあった台詞だった。
「マジで言ってんのかよ。コカリスとヒノシシの群れが追加で来ただろ? あれ聞いた時は作戦失敗だと思ったぜ」
「それ込みで作戦通りだっての。一昨日、策があるって言っただろ? ずっと考えてたんだよ。どうやってヒノシシの群れをぶっ殺すか。追加で来る連中を返り討ちにするかってな」
「ハッ、たいしたもんだぜ」
ナイクをはじめ、ウォーカーの面々も口々に称賛の声をかけてくる。
と、そこへベルカが近づいてきた。どこかバツが悪そうな足取りだった。
「シキ、俺たちの方面から抜かせてしまった。すまない」
ベルカが頭を下げる。シキは気にしたふうもなく返した。
「あれくらいは想定内。むしろ俺の見込み通りだってことを証明できたぜ」
「ギリギリもギリギリでしたけどね」
リアがすかさずつっこんだ。
「そもそも薄い勝ち筋だったろ? そのたった一つを掴み取ったんだ。胸張っていこうぜ」
笑い合う二人をベルカは黙って見つめていた。
シキが集まりつつある皆を促す。
「よし、みんな昼飯にしよう。あれだけの数ぶっ殺したんだ。ここが危険な場所だとしても、ギルドの確認が来るまでは安全だろ」
一行は村の中央へと戻っていく。二時方向の警戒に就いていたシュリたち紅蓮も合流し、離れた場所でセーフエリアを維持していた各クランの残余メンバーも、報せを受けて続々と村へ集まってきた。
村の外側には、交代制の見張りが立てられる。
百年の間モンスターに奪われていたプルア村に、人の声と、昼飯の匂いが戻りはじめていた。
昼食もたけなわになった頃、村の南側の見張りから声が上がった。
街の兵士の先導で、一団が村へ入ってくる。武装した兵士が五人。ギルド受付嬢のセチアもいた。その隣を歩くのは、四十絡みの男だった。上質だが動きやすさを優先した装いに、腰には飾り気のない剣。整えられた黒髪に、柔和な笑みを浮かべている。だが、その立ち姿には一分の隙もなかった。物腰の丁寧さの下に、荒事をくぐってきた人間の芯が透けて見える。
その男が村の光景を目にして表情を崩した。
奪還されたばかりの最前線で、数十人の開拓者が魔石コンロを囲み、肉串を頬張っている。焼けた肉の匂いと笑い声。破壊の痕跡も生々しい廃村の真ん中で、宴が開かれていた。
「……いったい何をされているのです?」
「ここは俺らのもんだって示してる。あんた達も食べる?」
シキが肉串を片手に、事もなげに答える。男は数秒の沈黙のあと、ふっと息を漏らした。
「斬新な発想ですな。ともあれ――プルア村の奪還、確認致しました」
男は姿勢を正し、一礼した。
「申し遅れました。開拓者ギルド南支部で支部長を務めております、ギルバート・スタインと申します。以後、お見知りおきを」
「ハルシオンロードのシキだ。よろしく。……で、こっちが今回の共同作戦の面々な」
シキの紹介を受けて、三人のリーダーが順に応じる。
「ウォーカーのナイクだ。よろしく頼むぜ、支部長さん」
「紅蓮のシュリだ」
「タスクフォースのベルカです。以後、お見知りおきを」
ギルバートは一人ひとりに丁寧に頷き返してから、本題へ入った。
「ご希望であれば、ここで報酬のお支払いを行いましょう。街に戻ってからでも構いませんが」
「この場でお願いするわ。分配の取り決めがあるの」
サラが即答し、手続きは手早く進んだ。腕輪同士を重ねる送金で十万フローがハルシオンロードへ支払われ、残る十万フローが取り決めどおり三クランへと分けられていく。傍らではセチアが台帳へ淡々と記録をつけていった。
「それと、ギルドからの依頼をこの場で発行致します。内容はプルア村の防衛。受注は三パーティー、三十名までを上限とし、一パーティーあたり日当二万フロー。期間は最大で一週間。以降は様子を見ながら、どういう形を取っていくかを検討します」
周囲で聞き耳を立てていた開拓者たちが、目に見えてざわついた。日当二万の、討伐ではない仕事。命の削り方がまるで違う「守る仕事」の出現だった。
「同時に、街のほうでも依頼を出しています。内容は村の復興作業。こちらはできれば貴方がたではなく、街に残っている方々に受けていただきたい。ですので、この場では発行致しません」
「事前通達通りだな。実際、それで何人くらい受けてもらえそうなんだ?」
シュリの問いに、ギルバートは短く答えた。
「多くはない、とだけ」
わずかな沈黙が落ちる。街に燻る数万の開拓者。仕事が生まれてもなお、壁の外へ踏み出せない者たち。その現実の重さをこの場の全員が改めて思い知らされた。
「ですので実際には、改めて貴方がたにもご依頼する形になるかと思います」
「やっぱ、街に面倒見てもらうことになりそうだな」
シキが肩をすくめると、ナイクが顎を撫でた。
「俺らで宣伝してもいいけどな。ひとまず仕事あるぞって。……まとめ役をどうするかって問題は残るが」
「ナイクやれば?」
「簡単に言うなよ……」
軽い笑いが起きる。村の未来と自分たちの明日が現実の話として語られはじめていた。
――その空気が砕けたのはその時だった。
「た、助けてくれ!」
「ここプルア村だよな!?」
村の外の見張りへ、数人の男たちが駆け込んできた。その声は村の中まではっきりと届いた。
装備はぼろぼろ。顔は土と汗にまみれ、憔悴しきっている。六人。うち一人は自力で立てず、仲間に肩を支えられていた。
「トラブルの予感だな」
「あなたの予感、当たりそうで嫌ね。特に悪い方の予感」
「おい、この無謀野郎をそのへんの木に縛りつけとくってのはどうだ?」
「俺はそこそこ人の話を聞くタイプだと思うんだけど?」
「聞いたうえで、突っ込んでいくのよね」
「ちゃんと考えたうえでな」
「聞いて考えてるのに何が問題なんだよ……」
そんなやり取りをしているうちに、見張りに肩を支えられた男が、シキたちの前まで運ばれてきた。血の気の失せた顔で、男は絞り出すように叫んだ。
「た、たのむ! 助けてくれ! リク達のクラン『アドベント』が廃村奪還の緊急依頼でしくじったんだ! 大半が死んだか取り残されてる!」
プルア村に動揺が走った。
宴の熱気が一瞬で冷えていく。誰もが食事の手を止め、酒ではない果実水の杯を置き、男の言葉の意味を測りかねたように顔を見合わせた。
シキはじっとその男を見た。
「リク達のクランって言ったか? じゃあお前らは?」
男がはっとしたような顔で説明する。
「お、俺たちは今朝、アドベントが緊急依頼に乗り出すからってんで、数合わせに雇われたんだよ。俺らは廃村の中へは入らず、外側を見張ってたんだ。そしたら、しばらくして四方八方からとんでもない数のヒノシシが押し寄せてきたんだ! 俺たちにはどうしようもなくなって、あんたらがこの廃村にいる可能性に賭けてここに来たんだよ!」
「何人雇われたんだ? アドベントは何人で村に入った?」
「く、クランの連中が三十人。俺らみたいな雇われが五十人だ。復興作業とか、これからの安定した仕事を優先で回すって約束で集められて……」
三十人と五十人。八十人体制での宿場町への強襲。
その言葉を裏づけるように、セチアが青ざめた顔で口を開いた。
「……間違いありません。クラン『アドベント』が緊急依頼を受注したのは今朝です。手続きは私が担当致しました。宿場町レントの奪還依頼です。クラン員以外の人員を広く集めていたことも確認しています」
公式の記録が、男の訴えを事実として確定させた。
報酬五十万フローの緊急依頼。プルア村の次と考えられていた場所だ。
その依頼をリクが取りに行った。
ヒノシシが最低でも四十以上――それも控えめな見積もりでしかない、あの宿場町跡へ。




