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第47話 緊急依頼 ②

第47話 緊急依頼 ②


「――撃ち貫け! ロア・スピア!」


 シキが白濁した眼球からダガーを引き抜く。残る四体の成体が一斉にシキへ向き直った、その一拍。二時方向から見て、二つの巨体がぴたりと重なった。


 白い閃光が、二体をまとめて貫いた。


 丁寧に束ねられた光の槍が、一体目の胴を穿ち、その勢いのまま背後の二体目まで突き抜ける。


「ナイス! リア! あとは隠れてろ!」


「はい!」


 どっと重い疲労が押し寄せたのか、リアはよろめきながらも背の高い草むらへと身を隠していく。


 それでも、いきなり放たれた強力な魔法にヒノシシ数体が向き直った。リアを狙って動き出す個体がいる。残る成体二体の牙には、火球が大きく膨らみはじめていた。


「来いよ! クソ猪共が!」


 リアへ向かおうとしていた一体へ、シキはダガーを全力で投げつける。狙いを自身へと引き戻すことができれば十分だ。そのまま身を翻し、集会所跡の物陰へ跳び込んだ。


 直後、二発の火球が背後を掠めて壁面に着弾する。もとから脆くなっていた壁が、さらに音を立てて崩れていく。


 斜めから突っ込んだ一体が建物の角へ体を引っかけ、後続の進路を塞いだ。巨体同士が押し合い、たちまち渋滞が起こる。


 その中で、一体だけが渋滞を抜けてきた。


「完璧だぜ」


 反転した勢いすらも取り込んで、姿勢を低く沈めて溜めを作り、召喚したストレイターで直突きを放つ。ヒノシシの牙に弾かれないよう、正確に中央を射抜いた。突進の勢いと刺突の勢いがぶつかり合い、強い衝撃が手のひらへ返ってきた。頭蓋を貫いた確かな手応えが、柄を通して伝わってくる。


 そして、シキの意識はもうそこにない。数手先まで、思考だけが先んじて加速していく。


「こうだろ!」


 先行する思考へ肉体を追いつかせるように、シキはさらに動きを加速させた。ストレイターをリターンで格納すると同時に、刺突の姿勢からさらに右足を踏み込んだ。その一点を軸に、体を反転させる。


(——体を大きく開くな! 最短でバックロールしろ!)


 遠心力に振られそうになる体を、シキは内心で叱咤する。研ぎ澄まされていく動きのキレが、これまでにない高みへと押し上げていく。


 刺突を受けてすでに息絶えたヒノシシの死体を反転でかわしつつ、渋滞でもたついていたうちの一体の首へ、腰から引き抜いた左手のダガーを突き立てる。


 そのままの勢いでダガーを引き抜き、足を止めずに加速した。残る成体二体の火球の射線を断ち切るように、崩れかけたもう一棟の建物跡の裏手へと駆け込む。


 そこには二体のヒノシシが待ち構えていた。間引きの最中に見た配置そのままだった。


「計算通り!」


 叫びながら、シキは手前のヒノシシの頭部を踏みつけるように蹴り込んだ。その勢いのまま体を持ち上げ、ごつごつとした背中を踏み台に高く跳んだ。


 地上から見上げてきたもう一体の鼻面へ、両手で握ったダガーを着地の勢いごと叩き込む。


 即座に振り向く。さきほど集会所跡の角でもたついていた二体が、追いすがってくるのが視界の端に映った。


「お前らは後回し!」


 振り向きざま、再召喚したストレイターを、踏み台にしたヒノシシの左後ろ足へ叩きつける。ゴッ、と骨の砕ける感触が手のひらに響いた。


 バランスを崩したヒノシシの尻を蹴り飛ばして完全に転がし、突進してこようとする二体の進路をその巨体で塞ぐ。


「こっちは撃破六!」


 足を止めた三体を置き去りにしたまま、建物の影から飛び出し、廃村の中心部へと躍り出た。


 視界に入る数を数える。


 成体、二。


 幼体、七。


 遮るものがない村の中央では、四方から幼体に囲まれ、十二時方向からは成体の火球に狙われる。


「——っ! 来てみろ!」


 一瞬、ヒノシシの敵意に足がすくみかけるが、ここで立ち止まれば確実に死ぬ。シキは迷わず、廃村を全力疾走で横断した。


 それに釣られて三体のヒノシシが追いすがり、成体の牙には二発目の火球が膨らみはじめていた。


 シキはそれを視界の端で捉えながら、先程裏に回った建物跡とは反対側に位置する、もう一棟の廃屋へと疾駆する。


 この流れで、成体をもう一体は屠っておきたい。悠長に建物裏へ回っていては一手遅れる。手間取れば、六時方向で戦うサラたちへ火球が飛びかねない。それだけは防がねばならなかった。


「だったら……よっと!」


 すぐ後ろに迫る三体のヒノシシを引き連れたまま、シキは勢いを殺さず建物跡へ向けて跳び上がった。

 脆くなった壁面の半ばへ、足裏から着地する。膝を深く折って落下の勢いを吸収し、ぎりぎりまでベクトルを制御する。ほんの一瞬、壁に張りつくように静止した。

 その真下の壁へ、三体のヒノシシが次々と激突する。その衝撃を感じた瞬間、シキは壁を蹴って自らの体を跳ね返らせた。


 続けて、二発の火球も建物跡へ着弾する。


 計五つの衝撃を受けた建物の前面が、轟音とともに崩れ落ちた。


「あっぶね! ……次はこっちの番だ!」


 着地の勢いを殺し、成体二体へと全力で駆け出す。 

 この時点で、シキ自身はまだ気づいていない。


 思考へ肉体を追いつかせている——そのつもりだった。


 だが一連の動きの中で、一瞬だけ、肉体のほうが思い描いた動きをわずかに追い越した。錯覚として流してしまえるほどの、小さな変化。


 新たな扉が、開きかけていた。


   ◇


 二時方向、紅蓮の陣。


 木々と崩れかけた家屋に阻まれ、シュリの位置から村の中心がすべて見渡せるわけではない。それでも、木々と廃屋の隙間から時折覗くシキの姿を一部だが見てとることができた。


 背後から成体を仕留める動き。突進してきた一体を正面から貫き、その死骸を最小限の反転でかわす動き。そして、追いすがる群れを引き連れたまま、廃屋の陰へと消えていく姿が断片的に見える。それでも、剣にも体にも、迷いという無駄が一切ないことだけは分かった。


「本当にたいした戦闘勘だ。あの度胸と判断の早さは見習うべきだな」


 誰にともなく漏らした呟きに、隣に立つ大柄な男が小さく頷いた。


「ですね。前にヒグアナの群れに襲われたのを助けてもらった時も思いましたが……」


 紅蓮の中でも指折りの手練れで、シュリがこの位置——村との境界線に、唯一、傍らに立たせている男だ。他の面々はより広く、外側へと展開させている。外からの奇襲を警戒する以上、外周の目を薄くするわけにはいかない。


 背の高い草むらの奥では、リアが大ぶりな杖を抱えたまま、じっと村の中心を見つめている。守られる立場でありながら、その横顔に浮かんでいるのは怯えではなかった。


 やがて、外側の茂みから一人の男が駆け戻ってくる。息を弾ませながら片膝をつき、報告した。


「姐さん、さらに外で見張ってる連中から報告が。間引き範囲の外からヒノシシが向かってきています」


「数は?」


「まだはっきりとは。ただ、一体や二体では済まなそうです」


 シュリの目が細くなった。傍らの男へ視線を送ると、彼もすでに得物へ手をかけている。


「わかった。境界線で受け止める。……逸って飛び出して、無駄に戦線を広げるなと伝えろ」


 伝令の男が頷き、再び茂みの奥へと駆けていく。


 村の中心では、まだシキが戦い続けていた。あの暴れっぷりを見ている限り、村内の戦線が崩れる心配はまだない。だが、外から迫る群れの規模が判明するまでは、油断できなかった。


   ◇


 五時から七時。ウォーカーの陣は主戦場となる六時側の林を、さらに外から包むように展開していた。


 ナイクの立ち位置からは、二つの戦場が同時に見えている。


 近くには、サラたち四人の迎撃戦。十体ものヒノシシを相手に、四人は木々の間を機械のように回り続けていた。


 ヒカリとヒスイが撃っては走り、群れを引きずり回す。突進が幹に阻まれて足並みを乱した瞬間、サラとダンが側面から走り込み、薙刀と槍で突出した一体を仕留めにかかる。


 すると今度は、群れの敵意がサラとダンへ向く。二人は即座に攻めを切り上げ、長柄と盾を構えて防御へ転じる。その間に、自由になったヒカリとヒスイが側面から銃撃を浴びせる。逆にサラとダンが一体を仕留める間は、二人の邪魔をさせないよう、ヒカリとヒスイが残る群れを牽制して押し留める。


 攻める側と受ける側が絶え間なく入れ替わり、短いコールが飛ぶたびに四人の立ち位置まで組み替わっていく。誰一人、足を止めていなかった。


 そして遠く、木々の切れ間の向こう。廃村の中では、たった一人の男が土煙と火球の只中を駆け回っていた。距離があるぶん細部までは見えない。それでも、崩れかけた廃屋の壁面へ跳び上がり、一瞬張りついたかと思えば、殺到したヒノシシが建物に激突、火球もまとめて回避して宙へ逃れる姿は、嫌でも目に焼きついた。


「なんつー身体能力だ。あんだけ動けるなら、そりゃ自信があるわけだぜ」


 ナイクが呆れ半分に呟くと、隣に控えていた部下の一人が身を乗り出す。


「壁に張り付いてませんでした? 重力どこいったんだ?」


「ジャッキーチェンかよ」


 もう一人が茶々を入れ、周囲に小さな笑いが起きた。緊張感がないと言えばそれまでだが、これがウォーカーの空気でもある。気負わず、腐らず、やるべき時にはやる。ナイクが束ねてきたのは、そういう連中だった。


 そして、その空気は一瞬で吹き飛んだ。


「おいヒノシシ来てるぞ! 外側からだ!」


 見張りの叫びと同時に、林の外縁の茂みが割れた。四体のヒノシシが土煙を上げ、一直線に突っ込んでくる。


 ナイクは即座に契約武器を呼び出した。左手に盾、右手に片手剣。


「四体か! 間引きしてなかったらどうなってたんだ」


 軽口を叩きながらも、その足取りに迷いはない。半歩踏み出し、盾を構えて先頭の一体を真正面から受け止める。衝撃を膝で殺し、体を沈めて力を横へ流す。たたらを踏んだ巨体の、がら空きになった横腹へ片手剣を深々と叩き込んだ。


「散らばんな! 二人一組で確実に倒せ!」


 短い指示が飛び、部下たちが即座に対応する。一人が正面で受け、もう一人が側面から刺す。昨日の合同訓練でも繰り返した、受けと横撃の形だ。ハルシオンロードほど洗練されてはいない。それでもナイクたちも、二日目に圏外へ踏み出してから、四日間ただ他人の背中を追ってきたわけではない。荒削りながら、持ち場を離れる者はなく、一体たりとも後方へは通さなかった。


 最後の一体が地に沈むのを確かめて、ナイクは剣の血を振り払った。それから、外縁の茂みへ目をやる。


「……おい、外の見張りを増やしとけ。この調子だとまだまだ来るぞ」


 声から軽さが消えていた。戦闘の音は、確実に周囲の群れを引き寄せている。それはこの五日間で全員が骨身に刻んできた、この圏外の鉄則だった。


 ウォーカーの外周は、静かに、しかし確実に、その役目を果たしていた。


   ◇


  十時から十一時。タスクフォースの陣は、村との境界から林の外縁まで、幾重にも防衛線を敷いていた。


 ベルカを含む十人が二人一組で持ち場を分け、前後左右の死角を補い合う。四クランの中で最も整然とした、教科書のような布陣だった。


 その中央で、ベルカは村の中心を見据えたまま、低く口を開いた。


「……本当に戦い慣れている」


 この位置からは、シキが崩落させた廃屋をしっかりと見通せた。壁面に張りつき、ヒノシシと火球をまとめて建物に食わせ、自分だけが宙へ逃れる。その一部始終が、ここからは手に取るように見えていた。


 部下の一人が、感嘆とも呆れともつかない声を漏らす。


「あれが南の頭ですか。……本当に高校生なんですかね」


「……喧嘩好きの子供というだけかもしれんがな」


 短く応じてから、ベルカは呟きを継いだ。


「やはり、早々に奴に付く判断をしなかったのは正解だったのかもしれんな」


 その言葉は部下にというより、自分自身へ向けたもののように聞こえた。


「報告はしますか?」


「報告はするさ。シキとリーエンが、しばらくは台風の目になるだろうからな。掻き回しておくべきだ」


 部下は、それ以上を問わなかった。ベルカが誰に、何を報告するのか。この場の十人は知っている。そして知っているからこそ、誰も口にしなかった。


 そこへ、林の奥に立てていた見張りが駆け戻ってくる。


「奥からヒノシシ五体来てます。手筈通りに?」


 ベルカはわずかに間を置いてから答えた。


「言い訳は必要だ。条件が揃わない限りは、役割を果たせ。無能と思われるのは我慢ならんからな」


「空の警戒はどうします」


「見える範囲でいい。……我々に翼はないのでな」


 部下たちが一礼し、持ち場へと散っていく。


 ベルカは背中へ手を回し、背負っていた大剣の柄を握った。留め具の外れる重い音とともに、分厚い刀身が昼の光を鈍く弾く。機敏に振り回せる得物ではない。ベルカ自身、戦い慣れているとは言い難い。それでも、ヒノシシと正面から向き合って遅れを取るほど、この男は弱くもなかった。


 五体の足音が、林の奥から近づいてくる。


 大剣を担いだまま、ベルカはゆっくりと歩き出した。


 その足取りは、落ち着き払っているようにも——急ぐ気がないようにも見えた。


   ◇


 六時側の林。最初に釣り出した八体に、途中で二体が加わり、総勢十体となったヒノシシの群れを、サラたちは着実に削り続けていた。


「七時、二体!」


 ヒカリのコールにダンが半歩で応え、突き出した盾がヒノシシの牙を受け止める。その隙にサラの薙刀が高速で数度閃き、二体まとめて斬り伏せた。


「よし、あと六!」


 ヒスイの銃声が続けざまに響く。連携役とフォロー役、前と後ろの入れ替え。積み上げてきた型が、乱戦の中でも崩れることなく回り続けている。四人の呼吸は、この五日間で確かなものになっていた。


 だが、その均衡は長くは続かなかった。


「タスクフォースから警告! 九時方向にコカリス成体複数! ヒノシシも幼体と成体を合わせて十体! まだ林の奥ですが、村へ向かって直進しています!」


 伝令の声が林に響き渡る。


 サラの表情が瞬時に張り詰めた。十時から十一時の方角——ベルカの陣の向こう側から、空と地の両方を割って新手が押し寄せてくる。今戦っている相手に加えてさらに十体。そして上空からの攻撃。


「くっ……このタイミングで」


 舌打ちしたいのを堪え、サラは素早く戦況を計算する。ダンとヒスイ、ヒカリ、それぞれの消耗。残弾。そして、村の中心でまだ戦い続けているシキ。誰も欠けさせるわけにはいかない。


 欲張らず、一波ずつ。そう決めていた自分の言葉が、頭の中で軋んだ。


 だが、これは想定していた「一波」を超えている。サラは腰のホルスターへ手をかけた。指先に触れるのは、風の魔石を括りつけた一枚の符——風刃の魔法符。


 薙刀を握り直し、努めて冷静に、唱えた。


「——アキエラ」



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