第42話 五日目
「やっぱり復活してんな。……いや、微妙に変わってるか?」
シキはリングストレージのマップに昨日書き込んだヒノシシの配置メモと、目の前の光景を見比べていた。
昨日、確かに三体を屠ったはずの場所。そこに今は、幼体が二体、まだら模様の成体が二体、のんびりとたむろしている。数も構成も昨日とは微妙に違う。だが、やはりというべきか、いなくなってはいない。一日と置かず、どこからか補充されている。それだけは確定だった。
五日目の午前。ハルシオンロードの六人は、再び廃村近くの林に足を踏み入れていた。依頼の達成。本番を見据えた間引き。そして、村の本体を誘き出す場所の選定。今日のうちに片付けるべきことは山積みだ。
ヒスイも、シキの隣で地図を覗き込みながら唸る。
「うーん。やっぱりこいつら、無限に湧いてくんのか? ある意味、獲物に困らなくていいけどよ」
軽口ではあったが、笑えない話でもあった。今は廃村となっているプルア村。仮に奪還が成功したとして、この補充され続けるヒノシシを相手に、どうやって防衛を維持し続けるのか。
これについてはサラの考察がある。だからこそ、十万人もの開拓者が必要だったのではないか――というものだ。この世界の王が、最初の草原で五万人が脱落することまで織り込み済みだったのならまだいい。問題は、それが想定外だった場合だ。開拓が進んで維持すべき土地が増えるほど、いずれ必ず、人手が足りなくなる。
とはいえ、それはまだ先の話だ。今考えても仕方がない。まずは、とにかくプルア村を取り戻す。その先にしか自分たちの帰り道はないのだから。
「よし、やるぞ。まだらも二体いて、ちょうどいいな。あの二体は俺がやる。ヒスイたちは残り二体の誘引と各個撃破。リアは少し離れたところで待機して、周辺警戒。可能なら魔法で迎撃だ」
リアがスプライトを両手で抱え直し、力強く頷いた。
「はいっ。任せてください! 昨日買った魔法具が使えるかどうかも、ちゃんと確かめますね」
リアの首元には、昨日の買い出しで購入した魔法具が下がっていた。革紐の先に、水色の小さな宝石がついただけの、見た目はごくシンプルな首飾り。品名は「纏いの首飾り」。効果は、魔法力の収束補助だという。
リアいわく、魔法でとにかく難しいのが魔法力の収束で、そこへ集中力を割かれるほど周辺の警戒や照準がおろそかになる。その収束を助けてくれるなら、遊撃という役割にはうってつけの道具だった。値は張って二万フロー。だがそれだけの価値はあると判断し、クランの資金から出した一品だ。
そしてシキも、腰の後ろへ手を回して新たな武装へ触れた。
短剣――ダガーだ。
「俺もこいつの初実戦投入だ。リア、頑張ろうぜ」
声をかけられたリアが、嬉しそうに頷いた。
シキが左手で、一呼吸のうちにホルスターから抜き放ち、一閃する。市販の武器だから契約武器のように名前ひとつで手元へ呼び出すことはできない。ストレージに格納はできるが、いちいち開いて取り出す手間を考えれば、こうして常時携帯しておくのが基本になる。それでも、盾代わりにも使える小回りのきく片刃の短剣は、取り回しの良さが魅力だった。昨日一日弄り回して、すでに手に馴染んでいる。
シキはそれを左手に提げたまま、あらためて、まだら模様のヒノシシたちを見やった。
「じゃあ、俺とリアは移動する。合図したら、そっちのタイミングで始めてくれ」
全員が頷く。
最後にサラが声をかけてきた。
「無茶なことはしないで、と言っても無駄でしょうけど。撤退の判断だけは誤らないで」
「ああ、それも練習だな。気をつけるよ」
シキとサラが、短く頷き合った。
そして、ハルシオンロードの六人は、四体のヒノシシを静かに取り囲みはじめた。
リアは周囲を見渡せる茂みへ身を潜める。よそのヒノシシが寄ってきても、いきなり襲われることのない位置取りだ。
シキはヒノシシを挟んでヒスイたちの反対側。木の裏へ、音もなく滑り込んだ。
サラとダンは、釣り出されたヒノシシを側面から奇襲できる位置へ。
それぞれが配置につく。シキが木の裏から短剣の切っ先だけを覗かせ、軽く振った。
それを認めたヒスイが、隣のヒカリへ低く声をかける。
「よし、合図だな。まずは幼体に銃撃。突撃をかわしたらサラたちに処理を任せて、俺たちは火球を撃ってくるであろう成体と、追加襲撃への警戒だ」
ヒカリがツインズを両手に構えた。
「うん、大丈夫だよ。いつでもいける。一晩ちゃんと寝れたから、頭すっきりだよ」
「頼りにしてるぜ。……よし、いくぞ!」
ヒスイの号令で、二人が同時に飛び出した。二挺と一挺、都合三つの銃口が、ヒノシシたちへ向けて火を噴く。距離があるぶん有効打にはならない。だが何発かは確かに毛皮を叩き、それが開戦の合図となった。
幼体二体が唸り声を上げた。白く濁った双眸に敵意を滾らせ、ヒスイとヒカリへ猛然と駆け出す。
そして、赤黒まだらの成体二体が牙の間に火の魔法力を収束させ、火球を膨らませはじめた――その瞬間だった。
「こっちだ、クソ猪」
音もなく、しかし俊足で背後へ迫っていたシキが、成体の捻じれた牙を左手で鷲掴みにし、ダガーを白く濁った眼球へ深々と突き入れた。
膨らみかけていた火球が、ほどけて消える。
シキはそれを見届けもしない。ダガーを引き抜きざま、もう一体の成体めがけて思い切り投げつけた。
回転しながら飛んだ短剣が、その横腹へ突き立つ。それなりの重量がある得物だ。勢いの乗った一撃は、毛皮を貫いて深々と埋まった。距離はほんの数メートル。シキにとっては、外しようのない間合いだった。
「グギャッ!?」
ヒノシシが悲鳴を上げ、たたらを踏む。撃ち出された火球はあらぬ方向へ飛び、草地を焼いた。
「せめてこっちに撃ってこいよな」
ダメ出しをひとつ。シキは態勢の戻らないヒノシシの首へ、召喚したストレイターを真っ直ぐに突き入れた。反りのない直剣が深々と貫く。
その衝撃で、ヒノシシが横倒しになった。
白く濁っていた双眸から、敵意の光が抜け落ちていく。あとに残ったのは、生気のない、真っ黒な目だった。
それが、この世界のモンスターの、死が確定した合図だった。
「よし。奇襲なら、三手でヒノシシ二体。……やっぱりダガーにして正解だったぜ。一万フローも出した甲斐があったな」
言いながら、二体の死骸へリングストレージを翳す。死体が光の粒子となって崩れ、素材だけが格納されていった。
ストレイターをリターンで収め、地面に落ちたダガーを拾い上げる。刃面は綺麗なものだった。ストレージで回収されて消えたモンスターは、血糊も一緒に消える。それがこの世界のルールらしい。
顔を上げれば、ちょうどサラとダンが釣り出された二体のヒノシシを仕留めるところだった。ヒスイとヒカリの牽制で足の止まった一体をサラの薙刀が斬り伏せ、もう一体はダンの槍が喉を貫いている。
「上々だな。あとは敵の数が増えた時に、どれだけ今と同じに動けるかだ」
その時だった。
「シキさん! コカリス二体! 上から来ます!」
リアの警告が飛ぶ。シキは弾かれたようにその場を離れ、空の敵影を確認した。
「了解! 一体任せるぞ!」
「はい! 左を狙います! 我が手に集い――」
リアが、コカリスを狙える位置へ素早く移動する。
コカリス成体の習性として、二体で現れた場合は、片方が魔法攻撃、もう片方が上空からの突撃を仕掛けてくることが分かっている。ならば、後衛のリアやヒスイたちが魔法を撃とうとする個体を叩き、前衛のシキたちが突撃してくる個体を迎え撃つ。それが、これまでの経験から導き出された取り決めだった。
「――束ねて一条! 撃ち放て、ロア!」
昨日までより一拍早く収束された光球が、大ぶりな杖の先から撃ち出された。
発見が早かったぶん、態勢を整えたリアの一撃が先に届く。光球は翼を広げかけたコカリスを正面から撃ち、上空で悲鳴を上げた巨体が、きりもみに落下していく。
首元の纏いの首飾りが、その仕事を確かに果たした瞬間だった。
それを視界の端で捉えながら、シキは突っ込んでくるもう一体へ向き直り、ストレイターを大きく振りかぶった。
「こうなると、野球のほうが難しいぜ」
急降下してくるコカリス。その軌道へ合わせ、シキは渾身の力で剣を振り抜いた。
鈍い音が響く。
振り抜かれたストレイターが、正面からコカリスの頭を捉えた音だった。
どうなったかなど確認するまでもない。そう言わんばかりに駆け出したシキは、リアが撃ち落としたほうのコカリスへ、トドメを刺しに向かう。ロアと落下で深手を負ったか、地を這う動きは鈍い。その細い首へ狙いをつけ、地面すれすれから跳ね上げるようにストレイターを振り抜いた。
首が断たれ、コカリスの頭部が勢いよく地面を転がる。
「なんせ、いくら速いって言っても的がでかいしな」
バッティングセンターに遊びに行った時は、球速百四十キロに設定して、会心の当たりを連発させるのがシキという男だ。翼を広げて飛んでくるコカリスなど、正面から向き合うことさえできれば良い的でしかなかった。
二体のコカリスへリングストレージを翳し、素材を回収していく。
戦闘開始から、わずか数十秒の出来事だった。
◇
周囲の警戒を終え、シキとリアがサラたちへ合流した。
「こっちの追加はヒノシシ一体だけだったわ。外側の警戒をすり抜けてきたようね」
そう言って、サラは先ほどの戦闘地点から、さらに外側の林へ目を向けた。
その茂みの奥から、男が二人、ばつが悪そうに姿を現す。
「すんません。一体、取り逃しました」
さらに別の方角からも、男三人と女一人の組が出てきた。
「こっちはヒノシシ二体でした。コカリスの襲撃には気づいたんですが、無視でいいって話でしたけど……大丈夫でした?」
シキが、全く問題ないというふうに軽く手を上げて答える。
「全く問題ねぇよ。リアが気づいてくれたしな。それに、あれは想定内。いつものことだ」
その言葉に彼らはほっと息をついた。空の敵を素通りさせたことを、失態と取られるのではと身構えていたらしい。
そこへ、さらに三つの足音が近づいてきた。
「マジでとんでもない暴れっぷりだぜ。モンスター四体を一人で秒殺かよ」
「四体じゃねぇよ。片方のコカリスはリアの手柄だ」
シキの評に、リアは少し恐縮するような表情を浮かべた。
「彼女の魔法も見事なものだ。あの距離の敵に、有効打を入れられるのだな」
ナイクとシュリだった。そして、最後の一人はベルカだ。
「たいしたものだ。戦い慣れ、というのだろうか。まるで躊躇がないな。それにしても……」
ベルカは、恐縮しきりの男二人――彼の仲間だ――へ目をやり、腕を組んで思案した。
「戦闘の発生が周囲の敵を引き寄せる。それを実地で確認できたまでは良かったが、こちらの失態で一体を取り逃したようだ。代表して、謝罪する」
サラが首を振る。
「明日の本番と違って、今日は少人数での警戒よ。取り逃しはあるつもりで構えていたから問題ないわ。それより、どういうふうに待ち構えれば取りこぼしを無くせるか。そちらの意見を出してもらいたいわね」
「全くその通りだな。……おい、実際のところどうだった?」
ベルカは頷いて、さっそく仲間の二人から詳細な報告を聞きはじめた。失敗を責めるのではなく、そこから引き出せるものをすべて引き出す。四十人を束ねる男の、実務の顔だった。
と、そこへまた一つ、足音が駆け込んでくる。シュリの仲間だった。昨日の会議で彼女の傍らに控えていた男の一人だ。
「姐さん、すまねぇ。こっちは三体に襲われました。撃退はしたけど、一人負傷しちまって。向こうで休ませてます」
報告を受けたシュリが短く嘆息した。
「やはり甘くはないというわけか。すまないが、私は様子を見てくる」
言い残して、シュリは足早に仲間の元へと向かっていった。
その背を見送りながら、ナイクが呟く。
「甘くない、か。……お前らの戦いぶりを見て勘違いするとやばいか。気を引き締めないとな」
その戒めに、シキが言葉を返した。
「同数以下の敵に、こっちから奇襲をかけて優位に展開したんだ。楽勝じゃなきゃ困るんだよ。下手したら明日は、さらに倍の数を一度に相手取ることになるかもだからな」
その言い様に、ベルカが肩をすくめる。
「その割には、ビビってないな?」
「本番でビビらないでいいように、練習してんだよ」
シキの目には、躊躇いも迷いもなかった。
そんなシキの様子と、その傍らで早くも戦闘の振り返りを始めているサラたちの姿をナイクはしばし眺めた。そして、腑に落ちた。ハルシオンロードが、なぜ誰よりも早く前へ進んでいるのか。強いからだけではない。彼らは一度の戦闘から搾り取れるものを、一滴残らず搾り取っていくのだ。
「……すごい奴らだ。よし、お前ら主導の作戦に異議を唱える連中はもういないだろ。続けて行こうぜ」
「ああ。次だ」
こうして、南エリア初となる四グループ協働の訓練は、順調な滑り出しを見せた。




