第41.5話 女子会
「はぁー! 疲れたねー」
ヒカリがベッドへ勢いよく身を投げ出した。古びた寝台が、ぎしりと軋んで抗議する。
四日目の午後は、めまぐるしく過ぎていった。全員での武器と魔法具の買い出しに、消耗品の補充。合間には、新たに得た情報の売買もこなした。明後日に控えたプルア村の奪還戦へ向けて、やれることを片端から潰していく一日だった。
そして夕方。いつもの宿へ戻り、七人で夕食を摂って、めいめいの部屋へと引き上げた。
部屋割りは、今日から少し変わっている。宿側の厚意で、男子三人は個室へ、女子は二人部屋へ二人ずつ。それも値段は据え置きのままという破格の待遇だった。部屋が埋まっていないから、というのが表向きの理由だが、要するにお得意様と認められたらしい。もっとも女子も個室に替えられたのだが、こんな世界で一人は心細いという意見が多数を占めて、二人部屋に落ち着いた。
そのヒカリとサクヤの部屋に、今は女子四人が集まっていた。ランタンの淡い灯りの下、寝台に、椅子に、思い思いの場所へ腰を落ち着けて。誰が言い出すでもなく始まった、初めての女子会だった。
寝転がったままのヒカリを見下ろして、サラが苦笑を浮かべる。
「昨日の野営は正直堪えたわね。こればっかりは慣れかしら」
リアは眠そうに目を擦っていた。あくび混じりに、それでも楽しそうに表情を和らげる。
「でも、楽しかったです。みんなでハンバーガーを作ったりもして」
ヒカリが、がばりと勢いよく起き上がった。
「あれはあれで美味しかったよねー。でも、まだまだ改良の余地があると思うな。パンをキャンプで焼けたらなー」
「リングストレージに入れても、料理が冷めてしまうのは考えものね。再加熱しても焼きたてには及ばないし」
サラも神妙に頷く。命懸けの圏外の話をしているはずが、中身はすっかり食談義だった。
そんな三人の様子を部屋の隅から複雑な表情で眺めている者が一人。サクヤだった。
「……ほんまに、圏外で寝泊まりしたん? 命知らずすぎん?」
ヒカリがあっけらかんと笑う。
「あはは! そうだねー。ずーっと命知らずかも。特にシキはねー」
「あの人……その、怖ない? 容赦ないっていうか、直球っていうか……」
サクヤの声が、少しだけ低くなった。冗談の調子の奥に、本気の問いが透けている。
リアが、きょとんと首を傾げた。
「怖い、ですか? すごいなって、思いますけど」
サラは肩をすくめた。
「まぁ、言いたいことはわかるわよ。普通に考えたら異常よ、あの人」
その返しに、ヒカリが意外なものを見る目をサラへ向けた。
「えー? サラっち、そんなふうに思ってたんだ! かなり意外かも。なんていうの? 一番の理解者? みたいな感じだったじゃん」
サラは手元のコップの水を一口含んでから、静かに答えた。
「理解はしてるつもりよ。彼がやってること、やろうとしてることは、現状考えられる理想だわ。……破滅と表裏一体のね。なのに成立してしまっているから異常だと言っているのよ」
ランタンの灯がゆらりと揺れた。
サラはコップを置いて続ける。
「それについて行ってる私達も、十分に異常じゃないかしらね?」
言って、いたずらっぽくサクヤを見る。サクヤは慌てたように首を横へ振った。
「い、いやいやいや! 異常やなんて思てないよ! ただちょっと、ついていけへんなって思っただけで……」
嘘ではなかった。今日の午後の買い物がまさにそうだ。武器や魔法具の棚を眺めながら、いかにモンスターを効率よく殺すかなんて話が男女の別なく飛び交う。皆の目は真剣そのもので、時折笑い声すら混じる。まるで部活の道具でも選ぶような気安さで、殺傷の道具が吟味されていく。あの輪の中で、サクヤ一人だけが足の置き場を失っていた。ついていけないという感覚を持つほうが、むしろまともなのだ。
サクヤはリアへ目をやって、本気で複雑そうな顔をした。
「リアちゃんなんて、ほんま、こうして見てたら虫も殺せなさそうな感じやのに……」
リアがこてんと首を傾げる。
「……虫は、ころせないかもです。怖いので……」
サクヤの首が、がくっと落ちた。
「そうやなくてね……」
リアという少女の場合、いざ戦闘となれば恐怖よりも「やらなければ」という気持ちが勝つ。ただそれだけの話なのだ。そしてその感覚は、程度の差こそあれサラにもヒカリにも共通していた。四日という時間が、少女たちをそう変えたのか。それとも、もともとそういう資質があったのか。それは彼女たち自身にも分からない。
サラが、テーブルの上へ紙の束を広げはじめた。家計簿――ならぬ、クランの収支報告書だった。素材の売却額、依頼の報酬、装備への投資、宿代に食費。この四日間の金の流れが、几帳面な字でびっしりと並んでいる。
サラはそれを整えながらサクヤを手招きした。
「あなたにはこれを覚えてもらうわ。今後、金銭や消耗品の管理を任せるからそのつもりでいてね。この先のことを考えると、今から慣れておくべきだわ」
覗き込んだサクヤはずらりと連なる数字の列に目を白黒させた。
「……え、これ、ウチが管理するん?」
「もちろん、必要なことよ。それに、先々このリストはまだまだ増えるわ」
当然のように言い切るサラを、サクヤは不思議そうに見つめた。
「シキ……さんのやろうとしてること、異常っていう割には、当たり前みたいに付き合うんやね」
その言い方に、サラの片眉がぴくりと跳ねた。
「……放っておけないのよ。あの人、ちょっと目を離したら一人でどこまでも行ってしまいそうで」
サクヤは、まじまじとサラの横顔を見た。
普通に考えて異常。自分でそう言い切った人間に、こうも献身的に付き合うものだろうか。喉元まで出かかった言葉をサクヤはすんでのところで飲み込んだ。
(……恋人? 付き合ってる、とか?)
この召喚騒動が起きてまだ四日。そのうち丸二日を気絶して過ごしたサクヤにとって、目覚めた後の世界はあまりに様変わりしていた。
今日の買い出しでも思い知らされた。ハルシオンロードの一員として通りを歩いているだけで、すれ違う開拓者たちの視線がいちいち突き刺さる。ひそひそと交わされる噂は、どれもこれも眉唾物ばかりだった。
いわく、すでに討伐したモンスターの数は百を超えている。いわく、誰よりも奥地へ踏み込んでいる。いわく、この街の代表であるサーティスと直々に会談を果たした、とかなんとか。
そしてシキは、そのイカれた噂の筆頭だった。
やれ、モンスターの群れのど真ん中へ単身突っ込んでいくだの。やれ、力技で蹴散らして突き進むだの。
(……そんなんに付き合ってるんよな、この人らも。どこまでほんまの噂かわからんけど、明後日に緊急依頼を受けるゆうのはホンマみたいやし、今日、その為の準備してたし……)
あらためて部屋の三人を見る。見た目はどこに出しても通用する美少女たちだ。それが、こんな訳のわからない世界に来てたった四日で馴染みきり、イカれた暴れっぷりの男について行っている。
(うーん……惚れたんやなかったら、何やねんて感じやけど)
もっとも、実際のところは違う。外に出て戦う以外に道が無く、後ろに勝機が無かった。ただ、それだけのことだった。
そんなサクヤの胸の内など露知らず、サラはリストの一点を睨んでいた。
「……やっぱり少ないわよね。というか、これがこの世界の器なのだとしたら、この先どれほどの……」
独り言のような呟きに、リアが横から覗き込む。
「わたしたちが手に入れてきた素材、ですか? 少ない、ですかね?」
サラが頷いた。
「召喚者が千人やそこらなら十分な稼ぎ場よ。ただ、街側の想定は十万人。実際にこの街へ辿り着いたのは五万人。仮にその全員が圏外へ雪崩れ込めば、周辺のモンスターなんて、あっという間に狩り尽くされるわ。だとしたら、五万人という数は過剰もいいところよ」
けれど、とサラは真剣な表情で続ける。
「仮にこれが過剰ではないのだとしたら――私達がこれから進もうとしている道のりは、いったいどれだけ遠大なのかしらね……」
五万の開拓者が、狩り尽くせないほどの世界。その言葉の射程に、部屋の空気がわずかに冷えた。
ヒカリが、恐々という様子で口を開く。
「え、ちょっとやめてよね。あんまり考えないようにしてたのに……」
「あら、やっぱり考えてはいたのね」
サラに切り返されて、ヒカリは観念したように白状した。
「サクヤちゃんには悪いんだけどさ。戦うのに慣れてきたからかな、やっぱりちょっと、簡単な感じはするんだよね。体も軽いし、思ってた以上に動けるからさ。だからっていうか、この先が思いやられるっていうか……」
サラも頷く。今ですらそこそこ戦えている状態だが、この程度で街が分断されるとは思えない。この先の戦闘の規模が激化するのは確実と言えた。
「そうね。今はまだ、ほとんどの人が戦闘というものに慣れていないわ。でも、どこかで踏ん切りをつけて踏み出すはず。そうなれば思ったより戦えることに気づく人も増えるんじゃないかしら」
そして、サラはサクヤへ目を向けた。
「実際にはそこまで戦える人間ばかりでもないでしょうから――この世界の王とやらが、どれくらいの割合で戦闘員と非戦闘員をこの世界へ呼んだのか。それが分からないと、なんとも言えないけれどね」
ヒカリがごろんと寝台の上を転がった。
「うーん、全員じゃないかな? 少なくとも、この街に来た人は。ほら、最初の草原で戦わされたじゃんね?」
「……そうだったわね」
初日。この街の広場へ召喚される、その直前の出来事を思い出す。何の前触れもなく草原へ放り出され、異形の獣と戦わされた。あれを生き延びた者だけが、この街に立っている。確かにあれは、強烈なふるいだったと言えるのかもしれなかった。
「いずれ文句を言ってやりたいわね。この世界の王様とやらに」
サラが冗談とも本気ともつかない調子で言った、その時。
サクヤがおずおずと手を挙げた。
「あの……この世界の王って、なに?」
三人の視線が、サクヤへ集まる。
そういえば、彼女は丸二日眠っていたのだったと思い至る。サーティスとの会談も、そこで明かされた話も、何ひとつ知らない。
顔を見合わせてから、サラが「そうね、そこからよね」と居住まいを正した。
こうして女子会は、そのまま夜半までの情報共有会へと姿を変えた。この世界の王のこと。街側との認識の食い違いのこと。自分たちが置かれている状況の、本当の意味。眠っていた二日ぶんの世界を、サクヤは一つずつゆっくりと追いかけていった。
ランタンの灯りは、その夜、遅くまで消えなかった。




