第41話 選択肢なんて無い
各グループが引き上げていくと、賑わっていた会議室にも、潮が引くように静けさが戻ってきた。
長机の上には誰かの飲みかけの水の入ったコップと、走り書きのメモだけが取り残されている。最後まで部屋に残ったのは、ハルシオンロードの四人――シキ、サラ、ヒスイ、そしてダンだけだった。
しばらくの間、誰も口を開かなかった。
その沈黙を先に破ったのはダンだった。先ほどの会議の間、終始黙って議論の行方を見守っていた男が腕を組んだまま静かに切り出す。
「シキ、力づくで追い出せというような発言は今後控えるべきだ。この先さらに進む為にも、協力的な姿勢は常に示しておくべきだぞ」
諭すような、それでいて有無を言わせない重みのある声だった。だが、シキはすぐに言い返した。
「非協力的な人間に構ってられないだろ? 進む意思があって、それをどうやって実現するかで衝突するならまだしも、単に足並みが揃わないだけの話に時間を割くべきじゃねぇよ」
ダンがゆっくりと首を振った。
「良い格言がある。早く行きたいなら一人で行け。遠くへ行きたいなら皆で行け。というものだ。シキ、お前はすでに全体のリーダーになりつつある。そしてリーダーとは、本人の意思とは関係無いところで、周囲からの希望を戴くものだ。そのリーダーが誰かを切り捨てていく姿勢を示すとなると、後ろに続く者がいなくなるぞ」
「……結果的に、早く行けても遠くには行けないって?」
「そうなる可能性が高いという事だ。俺たちはお前と行動をするようになってまだ四日目。短い時間ではあるが、お前が仲間を気にかけ、最前線で一番リスクを取れるタイプだという事は理解している。しかし周囲はそうではない」
ダンの声は弟に言い聞かせるような、気遣いを感じさせる声だった。さらに続ける。
「スポーツで例えてやろう。シキはチーム内の事は良く見えていて、その中では強いリーダーシップを発揮できる。だが学校全体、地域全体を巻き込んで応援してもらうように振る舞える選手ではないんじゃないか? 応援の有無は関係ない、欲しいのは結果だけだ、というような態度でな」
「……見てきたように言うなよ」
シキがバツが悪そうに視線を逸らした。図星だったからだ。
少なくともシキは、応援の有無など結果には関係ないと考えてきた。自分が積み上げたものを、試合で出し切れるかどうか。それだけだと思っていた。だがこの世界は違う。人からの応援はそのまま支援や協力という形で力になり得る。その可能性は高いといえた。
その様子を見ていたサラが柔らかく笑った。
「足りないものをこの世界で積み上げていく、だったかしら。あなたの言葉よ」
「……足りない部分かどうかは議論の余地があるな」
シキが負けじと言い返す。その口ぶりはどこか拗ねた子供のようだった。
ヒスイが堪えきれずに苦笑した。
「減らず口ってのはこの事だな! いいから素直に聞いとけって。お前がリーダーに向いてるってことは全員が認めてんだ。あとは率いる範囲を広げるだけだろ」
その言葉にシキが頷いた。
「わかった。俺が引っ張るから、ヒスイが範囲を広げる役をやってくれよ。サラとダンもそういうのは得意そうだ」
三人が揃って呆気に取られた。
「は? なんで俺に振ってくるんだよ!」
真っ先に声を上げたのはヒスイだった。サラも呆れたように小さく肩をすくめている。ダンだけが諦め半分の苦笑いを浮かべた。
「……頑固者め。了解したが、このことは頭の片隅にでも置いてくれ」
「わかったよ。ダン、ありがとうな」
最後を素直な礼で締めくくったシキに、ダンは満足げに頷き返した。
だが、シキは胸の内で少し違うことを考えていた。
決断力。推進力。そこを評価されてリーダーシップがあると言われていることは、シキ自身もよく分かっている。
だがそれは、今この世界、この状況だからこそ強く求められているものに過ぎない。自分がリーダーという器に、本当に見合っているのかどうかはまた別の話だ。
その事を誰よりもよく理解していたのは――他の誰でもないシキ自身だった。
◇
シキたち四人がギルドの一階へ降りると、そこにはヒカリとリア、そして――黒髪のボブが似合う少女、サクヤが待っていた。
装備はボロボロになっていたから当然だが、いま身につけているのは街着だった。武装のないその姿は、開拓者というよりこの街に住んでいる年頃の少女に見えた。
シキが歩み寄り、声をかける。
「目が覚めたんだな。……もっと早く助けてやれなくて、悪かった」
言って、シキはサクヤに軽く頭を下げた。
あの岩場でサクヤがヒグアナに襲われた瞬間、シキは状況から判断して彼女の救出を後回しにした。あの判断が間違いだったとは今でも思っていない。だが、それが彼女を重症に追い込んだ要因の一つであることも、また事実だった。
すると、サクヤのほうが慌てた。
「あ、頭を上げてください! ウチを助けてくれたのは覚えてます! しかもお金まで……どうお礼をすればいいのかっ」
その耳慣れないイントネーションに、シキは内心で少し反応した。関西の出身なのかもしれない。
そこへ、サラが声をかけた。
「ここを出ましょう。昼時だし、込み入った話になりそうだわ」
周囲の目もある。それに、サクヤがハルシオンロードの一員になった経緯はかなり突発的なもので、大々的に話すような流れでもない。何しろ、半ばハッタリで開拓者ギルドに治療を認めさせたのだ。その治療に十万フローがかかったというオチもついたが。
「そうだな。ひとまず移動するか。……あ、ちょっと待った。依頼の完了報告と、明日の分も受けとこうぜ」
そう言ってシキたちは受付で依頼の報告と、回収素材の納品を手早く済ませた。
それから七人に増えたハルシオンロードはギルドを出て、いつもの宿屋へと向かった。
◇
半ば街での拠点になっている宿屋一階の料理屋は、昼時にしては空いていた。客は街の住民が数組いるだけで、他の開拓者の姿はない。
七人でテーブルを囲み、注文を終えてようやく一息つく。
「ふぅ、帰ってきたって感じだな。座ると疲れを実感するぜ」
シキがぐっと伸びをした。ヒスイも拳を掌へ打ちつけて景気をつける。
「今日の稼ぎが四万五千フロー! ちょっとずつ増えてきたな。そんで緊急依頼を達成した時のうちの取り分は十万フロー。そろそろ情報売買に頼らない稼ぎになりそうだぜ」
緊急依頼の報酬二十万フロー。この分配こそがあの会議で最も揉めた部分だった。もっとも、揉めていたのは主に――シキとサラである。
サラが思い出したように不満を口にした。
「やっぱりあと五万は搾り取れたわ。こちらがより大きなリスクを取るのだから正当な取り分よ」
シキも頷きはするが言い方はまるで違う。
「だから何度も言ったろ? 他のやつらにも稼がせたほうが、結果的にこっちへ多く回ってくるんだってば」
ダンが苦笑いを浮かべた。
「そのやり取りを、交渉相手の目の前で堂々と繰り広げるのはどうかと思ったがな。……まあ、結果的に半分を取れたわけだが」
サラはなおも不満そうだった。
「全く。たしかに半分取るには良い手だったけれど、やりようというものがあるでしょう」
種を明かせば、あれは小芝居だった。
まず、サラが強気に多くを要求する。リスクの大きさ、情報の価値、作戦立案の労力。理屈を並べ立てて、ハルシオンロードの取り分を吊り上げていく。そこへシキが「やりすぎだろ」「他のやつにも稼がせろ」と、他のグループの目の前で身内を窘めてみせる。
ベルカは「半分でも取りすぎだ」と主張したがサラの間断ない言い分の羅列に、反論を片っ端から封じられた。そしてこのままサラの主張が通ってハルシオンロードの取り分が十五万になりそうになった、まさにその流れで――シュリとナイクが「シキの案が妥当だ」と、シキ側についたのだ。
こうして落ち着いた取り分が、半分の十万フロー。つまり、最初からそこが落とし所だった。
「まあまあ。別に、今すぐ金に困ってるわけでもないだろ? 特に情報売買なんてうちがずっと独走で、サラの手腕で大金に化けてるんだからさ」
シキがなだめると、サラは小さく鼻を鳴らしてようやく矛を収めた。
そんな一部始終をリアはニコニコしながら聞いている。話の中身がどうこうというより、この賑やかさそのものが嬉しい。そんな顔だった。
しかしその輪の中で一人、サクヤの顔色だけは優れなかった。
俯きがちに、おずおずと切り出す。
「あの、やっぱり皆さんは、ずっと戦ってはるんですよね? その……外で」
「そうだな。現状、この街で唯一のギルド所属クランだからな。外での探索とかバトルは必須……というか、大前提だな」
「必須……大前提……」
サクヤの声が目に見えて細くなった。隣のヒカリが顔を覗き込む。
「ん? サクヤちゃん、だいじょうぶ?」
「……ごめんなさい。大丈夫や、ないかも」
言うなりサクヤは青い顔で立ち上がり、口元を押さえて料理屋の出入り口から出ていってしまった。ヒカリが慌ててその後を追いかけていく。
残された面々が顔を見合わせた。
ダンが静かに口を開く。
「……外でのことが、トラウマになっているのかもしれんな」
「同行してた連中が死んで、消えるところを見てるだろうしな。自分も死にかけてる。当然っちゃ当然だろ」
ヒスイの言葉に誰も反論しなかった。あの岩場でサクヤの身に起きたことを思えば、むしろ平気でいられるほうがおかしい。
シキが腕を組んで唸った。
「うーん。助けちまったけど、これからどうするかな」
外に出て戦えなくてもできることはいくらでもある。だが、それをやらせるべきなのか。そもそもこのクランに居続けるべきなのか。
本人が決めることかーーと一度は考えて、シキは思い直した。ここまで関わっておいて、あとは自分で決めろでは、さすがに無責任というものだろう。
「いろいろやってもらうか? 街の中での情報収集とか、他グループとの折衝役とか」
サラが頷いた。
「良いアイデアね。ただ、彼女一人には荷が重いかもしれないわよ。……屋台をやってもらうとかは? ヒノシシの肉串とかね」
「お、良いんじゃね? それやってもらうついでに、ヒグアナジャーキーとかテダの実の保存食も作ってもらうってのはどうよ」
ヒスイが乗っかった途端、サラの表情が固まった。
「う……余計なことを言ったかしら」
「ヒグアナジャーキー、美味しかったですよ?」
リアがにこにこと追い打ちをかける。
昨夜のキャンプで、サラ以外の全員が既製品のジャーキーを口にしていた。香辛料の効きまくった味わいだが、これが存外に悪くない。喉は渇くものの、水にはさほど困らないこの世界でなら保存食として十分に有用だった。ちなみにサラは、宣言どおり一口だけチャレンジしようとして口に入れる寸前で断念した。その一部始終はハルシオンロード内でしばらく笑いの種になった。
「ま、本人に選んでもらうか。……なぁ、サクヤがどうこうはひとまず置いとくとしてだ。この街に一人残って、情報収集とか折衝役とかって、難易度高いと思うか?」
シキの問いに、サラが少し考えてから答える。
「良い視点ね。私の感覚だけれど情報収集そのものは難しくないと思うわ。屋台の商売もね。ただ、それを『安全に』こなせるかは全くの別問題よ」
「だよな。この場合、ハルシオンロードの名前ってどっちに働くと思う?」
「え? どっちにって?」
リアが首を傾げた。
「有利か、不利かね。状況によっては有利に働くでしょうけど、彼女単独ではどうかしら。かえって危険を呼び込みかねないわね」
「危険ですか?」
ダンが腕を組んだまま補足する。
「我々がいる時なら良いが、不在の時がな。最前線のクランの名は良くも悪くも目立つ。どんなトラブルに巻き込まれるか分かったものではない」
「んー、まぁ、そこも含めて本人に選んでもらおうぜ」
シキがそう締めたところで、ちょうどヒカリに付き添われてサクヤが戻ってきた。まだ少し青い顔のまま、ぺこりと頭を下げる。
「ご、ごめんなさい。あの時のこと思い出してしもうて……。お腹が空っぽやったから、戻ってくるもんもなくて良かったわ」
冗談で空気を軽くしようとするあたり、関西人らしいというべきか。
「そだな。話は食べながらしよう。ちょうど来たみたいだ」
シキの視線の先、給仕の女性が料理を運んでくるところだった。
「お待たせしましたぁ。昨夜は皆さんいらっしゃらなかったですけど、またお越しいただけて嬉しいです」
温かいスープを主役にした料理が手際よく並べられていく。湯気の立つ皿を前に、一同は急速に空腹を思い出した。
「……昼にこんな豪華な飯が食えるなんてな。なんて贅沢なんだ」
シキはほとんど無意識に口走っていた。給仕の女性が嬉しそうに微笑む。
「ふふ、そんなふうに言ってもらえるなんて嬉しいです。では、ごゆっくり」
女性が下がってから、シキは自分の言った言葉を反芻して思わず頭をかいた。屋根の下で、椅子に座って、誰かの作った温かい飯を食べる。たった四日でそれが「贅沢」になっている。だが、それを茶化す者は誰もいなかった。
ヒスイが大袈裟に頷いて、手を合わせる。
「気持ちはわかるぜー。まともな飯ってのがいかに貴重かって話だよな。いただきます!」
その声に全員が手を合わせた。
そして少し食べ進めたところで、サクヤがおずおずと切り出した。
「あの、ここの食事代とか宿泊代って……いや、そもそも治療費もすごい大金やったって聞いたんやけど」
シキは千切ったパンを口に放り込み、少し頭の中を整理してから話しはじめた。
「そうだな。まず、治療費のことは気にしないでいい。あれはこっちが勝手にやったことだ。見捨てないって選択肢を俺たちが選んだ。だから、欲しいのは礼の言葉だけだ」
あまりにシンプルな物言いに、サクヤは虚をつかれたような顔をした。
「え、えと……じゃあ、改めて。……ありがとう、ございます?」
シキは満足そうに頷いた。
「おう。で、食事と宿代だけど今日の分は俺たちが持つよ。それで、明日からっていうか、今日この後からの話だ。――俺たちは明後日、廃村……プルア村の奪還に乗り出す。緊急依頼ってやつだな」
「えと、つまり、バトルってことやんな?」
まだ顔色の戻りきらないサクヤが、恐る恐る確認を取る。
「そうだな。少なくとも、俺たちがここに召喚されてから、この南エリアで最大規模の戦闘になる」
サクヤの顔色がさらに一段悪くなった。
サラが深々とため息をつく。
「言い方を考えなさい。余計に怖がらせてどうするのよ」
「おっと、悪い。事実確認のつもりだった。……で、その攻略に向けた準備を今日やって、明日もう一日確認と訓練をして、明後日、戦いに行く」
サクヤの顔色がもう一段悪くなる。今度はシキ以外の全員がため息をついた。
「今のは私にもわかりました。シキさん、もっと怖がらせてますよ」
リアにまで言われて、シキは一同の反応を見回した。どうやら自分の話し方が致命的に間違っている、という認識で全員が一致したらしい。だが、シキはあえてそれを無視して先へ進んだ。
「サクヤ、というわけで俺たちは、これから先もこの調子で戦い続けるわけだ。……で、そんな反応するってことは選択肢が一つ消えたよな?」
サクヤが青い顔のまま首を傾げる。
「選択肢……?」
「そう。俺たちとパーティーを組んで、外に出るって選択肢だ」
サクヤはゆっくりと頷いた。それは、どうしようもなく否定のできない事実だった。
「なら、次の選択肢。二択だな。一つは俺たちのクラン――ハルシオンロードの一員として街に残ってもらう。情報収集とか、肉串の屋台を出してみたりとか、なんらかの後方支援だな」
もう一つが、とシキは続ける。
「クランを抜けて、他に行くかだ」
「こ、こんな状況で放り出さんといて!?」
サクヤが身を乗り出し、目に涙を浮かべて懇願した。
「まぁ、だよな。じゃあ、そういうわけだから。まずは今日までの振り返りをして、この後の話をしていこうぜ。――サクヤ、改めてよろしくな」
ニコッと笑って、シキが宣言する。
事実上、サクヤに選択肢は無かった。二択と言いながら、片方は選べない選択肢だったのだ。懇願してしまった後でそれに気づいたサクヤは、がっくりと肩を落とした。
ヒカリがその背中をぽんぽんと叩いて元気づける。
「あはは、サクヤちゃんもさ、大変だと思うけど、みんなでがんばろ! 『治療費十万、働いて返せ!』とか言わないだけ、うちはマシだと思うよ?」
ダンが腕を組んで唸った。
「うーむ。悪徳商法の勧誘を見た気分だ」
ヒスイが豪快に笑い飛ばす。
「ははは! まぁ、働かざる者食うべからずだと思って仕事しようぜ!」
賑やかな笑いに囲まれて、サクヤは肩を落としたまま――それでも、その口元には、ほんの少しだけ安堵の色が滲んでいた。




