第40話 シンプルに行こう
シキの策があるという宣言。その余韻も冷めやらぬうちに、ナイクが話を持ちかけてきた。
「なぁシキ。この依頼、俺らも協力させてくれないか? 策があるって言っても六人じゃきついだろ」
妥当な提案ではあった。最終的に相手取るヒノシシが何体になるのか、見通しすら立たない依頼なのだ。
だが、シキも素直には頷かなかった。
「人数を増やす案はもう考えた。ただ、下手に人数を増やすと戦況がどれだけ混乱するかわからないんだ。安易に組もうぜとは言えないな」
サラも冷静に付け加える。
「報酬の分け方の問題もあるわ。大人数でやる前提だと、参加人数次第で一人あたりの取り分は大きく目減りする。全員がそれに納得できるかどうかよ」
もっともな懸念だった。それでもナイクは引かない。
「そこも含めて相談させてくれって話だ。実際のところどう考えてる? 人数が増えるとまずい理由ってのは?」
どこまでどう話すか。シキとサラが目配せを交わして束の間逡巡する。
そこへ、受付嬢のセチアが声をかけてきた。
「シキ様、他の皆様も。よろしければ二階の部屋をお使いになりますか? 本来はギルド所属のクランのみに開放している部屋ですが、ハルシオンロードの皆様が主導される作戦のご様子。ナイク様、シュリ様、ベルカ様、リク様のグループもクラン設立が間近ですので、ご利用に問題無しとさせていただきます」
願ってもない展開だった。立ち話で済む内容ではなくなりつつある。シキはありがたくその提案に乗った。
「ありがとう、セチアさん。……あと、できれば街側の代表としてセチアさんか誰か一人参加してもらえませんか? 依頼にあった『街の責任者が確認して達成』ってところとか、その後の村の扱いとか、聞いておきたいこともあるんで」
セチアが丁寧に頷く。
「畏まりました。では、私が参加いたしましょう」
一同が移動しかけたところで、リアが小さく手を挙げた。
「あ、シキさん。わたしは、ヒカリさんとサクヤさんにこのことを伝えに行きますね。戻ってきた時に誰もいないと、困るでしょうから」
「たしかにそうだな。リア、頼むよ」
リアは軽くお辞儀をして、治療室のほうへと向かっていった。
◇
二階の部屋はなかなかの広さだった。長机が中央に据えられ、壁際には地図やら資料棚が 並び、まさに会議室といった様相だ。
その席に、五つの勢力が顔を揃えた。
ハルシオンロードからは、シキ、サラ、ヒスイ、ダンの四人。
ナイクのグループが三名。ナイクを真ん中に両脇の二人はすっかり気を許した様子で椅子の座り心地を確かめたり、物珍しげに部屋を見回したりしている。上下というより、気心の知れた仲間内。そんな空気だった。
シュリのグループも三名。こちらは対照的に、シュリが席に着くのを待ってから左右の二人が音もなく腰を下ろした。背筋の伸び方まで揃っている。リーダーへの信頼が、そのまま統制の取れた佇まいに表れていた。
ベルカのグループの三名はいずれも年長らしい落ち着きを備えた男たちだ。ベルカを含め、腰の据わった大人の集団。手元に何やら書き付けの束を置き、静かに開始を待っている。四十人の大所帯を回すには、こういう実務の重みが要るのだろう。
そしてリクのグループが三名。リクは相変わらず椅子に浅く腰かけ、連れの二人も似たような軽さで小声で何か言い合っては笑っている。緊張感はまるでない。だが、その目は油断なく場を見ていた。
最後に、街側の代表としてセチアが末席に静かに控えた。
各グループのリーダーと、その幹部格。総勢十七名が、一堂に会した格好だ。
シキが全員を見渡して口を開いた。
「さてと、じゃあ始めるか。自己紹介はいらないな。早速本題に入ろう」
そして切り出す前に一つ、釘を刺した。
「最初に言っておくが、ここからの話には俺たちが圏外で新たに確証を得た情報も多く含んでる。だからこの後の報酬の話ではその分もしっかり請求していくぜ」
ナイクがにやりと笑う。
「ちゃっかりしてやがる」
ベルカは真面目な顔で頷いた。
「ここで情報の共有を渋られるよりはよほどいいだろう。この緊急依頼はそもそもハルシオンロード発信なのだろう? その優位性は今後のためにも確立しておくべきだ」
「了解した。我々も有益と思われる情報は共有していこう」
シュリが応じ、リクも頭の後ろで手を組んだまま軽く追従する。
「どんな話になるのかねー」
各グループからひとまずの同意が取れた。
「よし。じゃあ、まずは事実確認からだな」
シキが話を進める。
「初日の午後、圏外探索中に俺たちは廃村を発見した。ざっと見たところで、ヒノシシの幼体が二十以上、成体が五。今日も確認した限りこの条件は変わってない」
ここまでは既出の情報だ。初日に売った情報でもあり、ギルドへ報告した内容でもある。各グループの面々も静かに聞いている。
「で、ここからが今日俺たちがやってきたことだ。――あの廃村の……プルア村の周りにいるヒノシシを狩りまくってきた。訓練を兼ねた間引きだな。そんで、その中で確定させた情報がある。戦いの最中に、追加の襲撃が発生することがあるよな? あれの正体はその戦闘の周囲にいる連中が、音や気配で寄ってきてるんだ。何もないところから湧いて出てるわけじゃない。……つまり、今回の緊急依頼みたいな大規模戦闘の前には、周辺の間引きが必須ってことだ」
各グループの席で、幹部たちが小さく顔を見合わせて囁きを交わした。追加の襲撃。圏外へ出た者なら、誰もが痛い目を見てきた現象だ。その正体が、今初めて言葉になった。
サラがそこへ付け加える。
「問題は、戦闘が大規模化するのに比例して、より多くのモンスターを引き寄せてしまうことよ。つまり、今回の本丸であるプルア村の中に大勢で乗り込むと、外からどれだけの数が押し寄せて来るか見当もつかないわ」
シュリが腕を組み、苦々しい顔を浮かべた。
「なるほど。つまり昨日、君たちと共闘した際にあれほど戦闘が膨れ上がったのは、不運ではなく必然だったということが確定したわけだ。……これは難題だぞ」
ベルカが口を挟む。
「間引きの後はどうなった? 我々も外で戦ってきた肌感覚だが、あれらは一日と経たず湧いてくる印象があったが」
シキは首を横に振った。
「そこはまだ不明だ。今日間引いて、ぐるりと一周した時点では見当たらなかった。けど、明日には元通りって可能性も高いと見てる。だから正確には、間引いた直後は増援が減るっていう見立てだな」
サラも補足する。
「明日確認する予定よ。その上で、私たちの想定では――間引きの直後にそのままプルア村へ乗り込んで殲滅するわ。この間引き自体、下手をすればプルア村の本体を引き寄せかねない。だから可能な限り少数で、迅速にやる必要があるの」
リクがひらりと口を挟んだ。
「なーんか、もうお前らだけで全部なんとかしちまいそうな口ぶりだな。……俺ら必要か?」
シキは隠さずに頷いた。
「俺たちはそもそも六人でなんとかする想定で作戦を考えてた。とはいえ協力してくれるなら助かる。けど、その判断はそっちでしてほしい。どういう形で挑んでも、ノーリスクやローリスクじゃ済まないからな」
ただ、とシキは言葉を継いだ。その声には迷いがなかった。
「どうあれ、この街を出て先へ進むためには、こういう廃村やらの奪還は避けて通れない。いつまでもランティスとの往復ばっかりもしてられないだろ」
ナイクが呆れたように笑った。
「呆れるほど前向きだぜ。進むしかないなら、進むだけってか」
ベルカは顎に手をやり、しばし考え込んでから顔を上げた。
「何が起きるかわからない以上、できることをすべきなのは間違いない、か。……ハルシオンロードの作戦に乗るという前提で聞くが、我々はどういう形で協力できる?」
シキが頷いた。
「そうだな。だとしたら、俺たちが間引きをやる、そのさらに外側の警戒と防衛を頼みたい。細かい配置は後で共有するけど、こっちはヒノシシの幼体連中を釣り出して林の中で戦う予定だから、横から余計なのに近づいて来られると困るんだ」
「釣り出しが可能なのか?」
シュリの問いに、シキはニヤリと笑ってみせた。
「目下、練習中だ。ちなみに本番じゃ俺が村の中へ踏み込んで、大暴れして引きつける予定だぜ。連中を分断するつもりだ」
ナイクが今度こそ本気で呆れた顔をした。
「おいマジか。一人で何体相手にするつもりなんだよ」
「同時に相手取るつもりはねぇよ。捌くのは、せいぜい三、四体だな。動き回ることになるからむしろ一人のほうが都合がいいんだ。どっちにしてもそれができなきゃ、全員で一度に二十体以上を相手取ることになる。俺の動きはマストなんだよ」
シュリが半ば感嘆、半ば呆れの入り混じった声を漏らした。
「さすが、と言っておこうか。……つまりこの依頼は、ハルシオンロードの無茶な作戦がすべて上手くいくと仮定した上での戦い、というわけだ。そして今の我々でそのリスクを肩代わりすることもできない。補助要員という形でのみ参加が可能で――下手をすれば、その参加自体がさらにモンスターを誘き寄せる呼び水にもなり得る、と」
場が静まり返った。
各グループの幹部たちが押し黙ったまま、それぞれのリーダーの横顔を窺う。シュリの総括は、この場の全員が薄々感じていたことを余すところなく言い当てていた。
◇
最初に口火を切ったのはナイクだった。傍らに控える幹部たちへ短く目配せをして、二人が頷き返すのを確かめてから正面へ向き直る。
「俺らは協力するぜ。この規模のバトルに不参加だと、今後の身動きが取れなくなりそうだしな」
その声には、打算と覚悟が半々に同居していた。南エリアの取りまとめ役と目されはじめた男が最初の大仕事から降りるわけにはいかない。そういう読みも当然あるのだろう。
続いてシュリが即答した。
「同意見だ。人任せにするつもりなら、そもそも外へなど出ていない」
こちらは迷いの欠片もない。左右の幹部たちも、当然とばかりに背筋を伸ばしたままだった。
ベルカも手元の書き付けから顔を上げ、重々しく頷く。
「いいだろう。あとは、いつやるかと、詳しい作戦の中身だな。……本当に外側の防衛だけでいいのかは、こちらでも再検討しておきたいところだ」
慎重な男らしく、安請け合いはしない。だが、乗ること自体はもう決めている。そんな語調だった。
三つのグループの参加が次々と固まっていく。会議室の空気がひとつの方向へ束ねられていくのが肌で分かった。
そんな中。
リク達だけは仲間内で何ごとかをぼそぼそと相談していた。やがて相談がまとまったのか、リクは軽い空気のまま、ひょいと席を立った。
「わりぃけど、俺らは不参加で。リスクと報酬が見合ってないッスわ。結果と、そうだな……。奪還成功後になんか人手が必要になったら、声かけてくれよ。じゃあな」
連れの二人を伴い、リクはあっさりと会議室を出ていった。
その背を誰も咎めなかった。判断は各グループに委ねる。そう言い出したのはシキ自身だ。シキも特に気にする素振りを見せず、扉が閉まるのを見届けると、そのまま視線をセチアへ向けた。
「セチアさん。ここで目標をはっきりさせておきたい。俺たちが奪還した後の村の防衛はどうなるんだ? これも俺たちがやらないとダメか?」
問われたセチアは、末席で居住まいを正し、落ち着いて答えはじめた。
「はい。皆様に継続していただくことも可能です。ただ、村の復旧作業や防衛などは、改めて依頼という形で発行することになります。こちらに関しては、クラン未所属の方にも広く参加していただきたいと考えておりますので、この場の皆様が参加されるかは任意ですね」
なるほど、とサラが頷いた。
「街の中だけでどうやって皆の仕事を回すのかと思っていたけれど。こういう形でも仕事が増えていくのね」
その一言の意味を、この場の全員が理解した。
街には今、圏外へ踏み出す踏ん切りのつかない開拓者が溢れている。戦えない者、戦いたくない者。だが、奪還した村の復旧や維持となれば話は別だ。剣を振る事ができなくても担える仕事が街の外に生まれる。それは燻っている開拓者たちにとって大きな後押しになるだろう。
「ただし」
と、セチアが静かに注釈をつけた。
「この村の防衛や復旧作業、その後の維持や発展を街側が主導する場合、そこから生まれる経済的な利益は、街がより多くいただくことになります。逆に開拓者様たちがこれを主導される場合は――このランティスとしても、相当に融通を利かせる準備がございます」
「融通、というと?」
サラが問い返す。セチアは、指を折りながら例を挙げた。
「たとえば、あの村はかつてプルアの実の名産地でした。植林と収穫の体制を開拓者様たちが整えてくださるのであれば、その収穫物は割り増しでの買い取りをお約束できます。あるいは、村とランティスの間を往来する商隊。その護衛や、村での出店、宿の営業といった事業。このあたりへ優先的に予算をつける用意がある、ということです」
つまり、どちらが事業の主体を担うかで、生まれる利益の帰属が変わる。街としても手の回らない街の外のことを開拓者に任せられるのなら、それに越したことはない。そういう理屈だった。
これもまた、大きな発言だった。
会議室が、しんと静まる。各グループの幹部たちがそれぞれに顔を見合わせた。ヒノシシをどう狩るか、どう生き延びるか。ついさっきまで話の主題はそこにあったはずだ。それが今、村の経営、事業、予算という、まるで別の位相の言葉が卓上に並びはじめている。命懸けの奪還戦のすぐ裏側に、もう経済の話が貼りついていた。
ベルカが難しい表情で口を開く。
「……仕事が生まれる。つまり経済が動くということは、利権が絡む話になるわけだな」
ナイクも深々とため息をついた。
「これ、くっそ揉めるぞ。ただでさえ命懸けのバトルありきの圏外で、まさか経済バトルまでやることになんのかよ」
シキは、さらにセチアへ質問を重ねた。
「セチアさん。廃村はプルア村だけじゃないよな。さらに奥にもあるのは確認してる。そういうところも含めて、この先は全部同じような流れになるのか?」
「はい。大まかには同じ流れになるかと思います」
「そうか。じゃあ、深く考えなくてもいいのかもな」
あまりにあっさりとした結論に、サラが呆れた。
「出たわねそのパターン。文字どおり死ぬほど考える必要のある案件が浮上したと思うのだけど?」
だが、シキは動じない。
「揉めるのはさ、そこに旨味が大きい時だけだろ。プルア村なんて通過点も通過点。階段の一段目だぜ? で、どう考えてもこの先に奪還していく村やら街やらのほうが重要度は高い。利権がどうたらと面倒なことを言う人間は、こぞって最前線まで押し寄せてくるだろうけど――実際にその最前線で命を張ってるのは俺たちだ。力関係は、はっきりすると思うけどな」
ベルカがそれはどうか、と首を捻る。
「言いたいことはわかるが、そう簡単に済むとは思えん。揉めることだけは間違いないぞ」
「揉めるのは他の人らであって、俺たちじゃない。違うか?」
シキが鋭く言い放った。
一瞬、場の空気が止まる。それは突き放したようにも、ひどく傲慢にも聞こえる言葉だった。
シュリが探るように問う。
「どういう意味だ? 我々も当事者になると思うが」
シキは頷いて続けた。
「俺たちの優先順位のトップは『進むこと』だろ? 奪還し終えた村の維持だの発展だのは、次へ進むための橋頭堡になるかどうか、それだけの話だ。しかも場合によっては、そこはランティスが街として責任を取ってくれるって言うんだろ。だったら、俺たちの邪魔になるくらいなら街に仕切ってもらおうぜ。それが一番面倒がない」
サラがこめかみを押さえて深々とため息をついた。
「面倒は押し付けてしまえばいい、というわけね。私たちはノータッチでいいと?」
「プルア村の次も控えてるし、そのさらに先もあるだろ。なら、そっちを優先すべきって話だ。もちろん街の仕切り以上に、俺たちにとって都合のいい運営をしてくれる人材がいるならお願いしたっていい。けど、揉めてるだけで何もまとめられない人間ばっかりなら、出てってもらおう。――力づくでもな」
物騒な締めくくりに、ナイクが天を仰いだ。
「強引すぎだろ。……でも、確かになぁ。帰ることを考えるならそうすべきか。利権やら何やらで足止めを食うのも馬鹿らしいっちゃ馬鹿らしいし」
シキが同意を得られたとばかりに笑う。
「だろ? パイが少ないから奪い合いになるんだよ。そうならないようにどんどん進んで広げていこうぜ」
進む者は進み、留まる者の面倒は街と分担する。乱暴なようでいて、それは各々のそれぞれの役割を切り分けた、ひとつの絵図ではあった。少なくともこの場の顔ぶれは、そう受け取ったらしい。ベルカはまだ何か言いたげだったが、ひとまず矛を収めて頷いた。
そこからは、プルア村奪還の作戦会議を具体的に詰めていった。
明日、五日目は準備に充てる。ハルシオンロードは間引き後のヒノシシの戻りを確認し、その結果を踏まえて作戦の詳細を固めつつ、訓練を継続する。並行して各グループとの配置の擦り合わせ。ナイクとシュリのグループは、この日のうちにクラン設立を済ませる算段だ。ベルカのところは大所帯ゆえに足並みが揃わず、ギリギリ間に合うかどうかといったところらしい。
そして、すべてが予定通りに運べば――決行は明後日。召喚から六日目の昼。
このオルケストラ大陸、央都ランティス南方面エリアにおける最初の大規模な奪還戦が、幕を開けようとしていた。




