第39話 策がある
ハルシオンロードの六人は街への帰路を辿っていた。やがて、行く手に川をまたぐ石橋が見えてくる。
その先頭で、シキが右肩を押さえて盛大に顔をしかめていた。
「あー、くそ。いってぇな、あのクソ猪。思いっきり踏みつけていきやがって」
その隣を歩くサラが呆れ顔で振り向いた。
「それは自業自得よ。あんなふうにヒノシシの上へ飛び乗るのを何度も繰り返していたら、事故が起きて当然だわ」
サラの言うとおりだった。今日のシキは、やたらとヒノシシの上を飛び越える動きを繰り返していた。
廃村の本番では五体の成体が、あちこちから火球を撃ってくる想定だ。それを掻い潜るには、地上の動きでは足りない。火球の射線を跳んでかわす立体的な機動も必要と考えた。さらに、群れに囲まれて身動きが取れなくなったときは、向かってくるヒノシシの頭を踏み台にして、その包囲を一気に抜ける。シキはそういう立ち回りを想定して、繰り返し体に馴染ませようとしていた。
もとはといえば、この世界に来た初日。ミミネコの子供を狙うヒノシシから逃がすために、シキは無我夢中でヒノシシの頭を蹴って跳んでいた。あの時は考えるより先に体が動いていた。
それを今度は、咄嗟ではなく狙って出せる技にする。火球が飛び交う乱戦のただ中でも確実に繰り出せるようにする。それが今日の訓練でシキが己に課した課題だった。
もっとも、その過程で一度ヒノシシの頭の動きを読み違えて足の置き場を踏み外した。盛大に転倒したところへ、近くにいたヒノシシが容赦なく踏みつけてきたのだ。それが、この右肩の負傷の顛末だった。
幸い、革鎧と咄嗟に丸めた体勢のおかげで、骨まではいっていない。だが肩から上腕にかけて、鈍い痛みがずっと残っていた。
「練習あるのみだって。――だいたい、そういうサラだってヒスイたちのカバーに回るか、突出してきた個体を叩くかで迷ってた場面が何度かあっただろ。あれこそ危ないぜ。今日は少ない数が相手だったから問題にならなかっただけでさ」
痛いところを突かれて、サラが視線を逸らした。
「……うるさいわね。まさにその判断を身につけるための練習でしょう」
後ろを歩くヒスイとヒカリも、疲労の色を隠さない。
「いやー、マジできついぜ。常に周りを見ながら動き回るってのがこれほどとはな。途中撃ちすぎて一瞬リロードが間に合わなくなったときは、本気で焦ったぜ」
「ほんとだよー。目が回るって、こういうことを言うんだねー。今何をしなきゃいけないんだっけって途中でわかんなくなっちゃう」
ヒスイが腰のあたりをさすりながら、苦笑まじりに続けた。
「俺なんかまともに突撃を喰らったしな。あれを毎度毎度受け止めてるダンの有り難みを痛感したわ」
ヒノシシを釣り出し、その突撃をかわした直後だった。次の動きに気を取られ、周囲への注意が一瞬だけ途切れた。そこへ横合いから突っ込んできた別の一体に、まともに弾き飛ばされたのだ。
ダンが苦い顔で頷いた。
「すまない。俺のフォローが間に合わなかった。……次からはサラと俺も左右にバラけて動くべきか? よりフォローに動きやすくなるはずだ」
すかさずシキが口を挟む。
「いや、そうすると今度はダンたちのほうが囲まれるだろ。今回の立ち回りの肝は、障害物を盾にしながら、サラとダン、ヒスイとヒカリ、それぞれのペアが動き回ることにある。そうやって殲滅と誘引を途切れさせないのが狙いだ。バラけたらその効率がガクッと落ちるぞ」
だが、ダンも引かなかった。
「そうは言うが、今のままではヒカリとヒスイが無防備になる瞬間がどうしても生まれるだろう。複数の個体から、時間差で、しかも多方向から突撃されれば、二人ではかわしきれんぞ」
その反論に、シキはなお返した。
「そりゃ、守りを固めることを第一に考えるならダンの言うとおりだと思うぜ。けど今回の目的はあくまで殲滅なんだ。守りに寄せて、目的から遠ざかる立ち回りはかえって勝機そのものを遠ざけるんじゃないか?」
その物言いに、ヒカリが頬を膨らませた。
「わかってるけど難しいんだってば! あっちもこっちも見ながら、逃げたり撃ったりするんだよ!?」
「だからこうして練習してるんだろ? 一緒に頑張ろうぜ」
シキはどこまでも冷静だった。その一方で、リアはすっかり沈み込んでいた。
「うぅ……ごめんなさい。私、ずっと隠れてばかりで、ヒカリさんたちのフォローに、ちっとも回れなくて……」
するとヒカリが、ぶんぶんと首を横に振った。
「リアちゃんは悪くないよー! むしろシキがリアちゃんを一人にしすぎなの! ヒノシシに突っ込んでばっかりなんだもん!」
痛いところを突かれて、今度はシキがたじろいだ。
「う……悪かったよ。これでも、リアのことは気にしながら動いてたんだぜ」
ヒスイがシキの無事なほうの肩を、がっしりと組んだ。
「そりゃ、ただの言い訳ってもんだ。お前がリアのカバーに回れねぇと、結局全員が身動き取れねぇから孤立させちまうだろ」
リアがおろおろしながらも、自分から申し出た。
「あ、あの……わたし、もっと上手に隠れられるように、なります。それなら、きっと……」
身を隠し、敵を探り、その上で遠くから魔法を撃ち込む。
シキが感心したように唸った。
「状況を読みながら攻守切り替えと索敵か。……これはあれだ、スポーツIQをあげていかなきゃな。ゲームセンスって言い換えてもいいけど」
サラも、リアを励ますように言葉を添える。
「ただでさえ魔法を操るだけでも難しいのにね。……リア、一緒に頑張りましょう」
「は、はいっ!」
そんなふうに、めいめいが今日の手応えと反省を口にしながら、ハルシオンロードの六人は賑やかに石橋を渡り、街の加護が届く場所へと帰り着いた。
◇
賑やかに言葉を交わしながら街へ戻った六人は、南門のあたりで聞き覚えのある声に呼び止められた。
「よぉ。ずいぶんと賑やかなご帰還だなぁ」
振り向くと、ナイクが軽く手を挙げて立っていた。その隣には、長い黒髪を後ろで束ねた女――シュリの姿もある。
シュリが六人の様子を眺めて、口の端を上げた。
「この状況で外から楽しそうに帰ってくるのは、君たちくらいのものだな」
シキが笑って応じる。
「うす。実際、だんだん楽しくなってきたぜ。次はいよいよ廃村の攻略だ」
ナイクが頷いた。
「ああ、その話な。今朝ギルドに顔を出したら、廃村の攻略が緊急依頼って形で貼り出されててな。えらく話題になってたぜ。誰がこんなもん請けるんだって空気だったけど……ま、やっぱりお前らか」
シキが意外そうに眉を上げた。
「お、マジか。昨日の今日でもう依頼になってんのかよ。後でちゃんと見に行かないとな」
シュリが一歩前へ出た。
「その件だが、我々も同行して構わないか? うちも明日中にはクランを設立できそうでな。攻略の内容を今のうちに把握しておきたい」
すると、ナイクがすかさず胸を張る。
「言っとくが、うちも明日にはクラン設立できそうだぜ。ハルシオンロードだけにいつまでも独走はさせねぇからな」
その言葉にシキは声を立てて笑った。
「はは。みんな頑張ってんな。……ベルカやリクのとこはどうなんだろうな」
ナイクが軽く肩をすくめる。
「あそこはなんせ人数が多いからな。足並みを揃えるのにもうちょっと時間がかかりそうだぜ」
そこへサラが会話に区切りをつけるように声をかけた。
「ギルドへ行くのなら、早めに動きましょう。今日は他にもやることが山積みよ」
シキが、おう、と頷く。
「そうだな。じゃ、さっそく行くか」
一行がギルドのある方角へと歩き出す。
五万人の生存者が央都ランティスへ放り出されて四日。南門の界隈における彼らの立ち位置は、はっきりと変わりつつあった。
最初に開拓者ギルドへ所属し、圏外の最も奥まで踏み込んでいるハルシオンロード。二十人あまりを束ね、南エリアの取りまとめ役のように見られはじめたナイク。そして、その武勇をすでに知られつつあるシュリ。いずれも、他の誰よりも早く外へ踏み出し、今、目に見える結果を出している者たちだった。
その背を、南門のそこかしこにたむろする開拓者たちがじっと目で追っていた。
これから覚悟を決めて圏外へ出ようとする者。まだ踏ん切りがつかず、門の手前で足踏みを続ける者。その眼差しにはいくつもの色が入り混じっていた。追いつけないことへの引け目や、どうにもならない焦り。
そしてごく一部の視線にはもっと暗く粘つく色が――先行してうまい汁を吸っている連中とでも言いたげな、妬みに近いものが確かに混じっていた。
同じ場所から放り出され、同じように帰りたいと願っているはずなのに。いつのまにか進んだ者と留まる者との間には、埋めがたい距離が生まれはじめていた。
◇
南門からギルドへ向かう道すがら、ナイクとシュリの仲間たちが次々と合流してきた。南大路を進む頃には、一行は二十人を超える集団に膨らんでいた。その先頭をシキが歩いていく。
シュリがあたりの視線を確かめるように言った。
「これだけの人数で動くと目立つな。もっとも、今はこのほうがいいだろうが」
「そうなのか?」
シキがきょとんと返すと、隣のナイクが苦笑した。
「シキ、お前って外ばっかり気にしてるだろ。もうこの辺はけっこう危ない感じになってるぜ。目立つなら、それ以上に舐められないようにしないとな」
シュリも頷く。
「一緒に戦った仲だ、君の腕っぷしは知っている。だが、トラブルの回避には力の誇示も必要だ。人数を揃えるというのがもっとも分かりやすい誇示だ」
「そういうもんか。一人一つ武器を持ってるこの世界で変に絡んでくるバカなんていないと思ってたぜ」
「……それも一理あるか」
シュリが真顔で考え込みかけたところへ、ナイクが釘を刺した。
「全員が賢いなんて考えるのは危険だぞ。そんなことあるわけないって思ってる時に起きるからトラブルって言うんだしな」
「それもそうか。ありがとう、ちゃんと気をつけるよ」
シキは素直に頷く。その様子に、ナイクが笑みを浮かべた。
「シキは可愛げがあるな。やってることはエグいんだが」
ナイクはハルシオンロードの戦いぶりをまだ直接見たことがない。だが、あの武闘派のシュリをして「相当なもの」と言わしめる暴れっぷりだとは聞いていた。なるほど、この南エリアで誰よりも先を行くだけのことはある、と。
やがて二十人超の一行は、南大路にある開拓者ギルドの扉を潜った。
中に入ると、怪我人で溢れていた二日前とはずいぶん様子が違っていた。
まず目についたのは、大きな二つのグループ。ベルカとリクのところだった。向こうもこちらに気づき、歩み寄ってくる。
ベルカが挨拶もそこそこに切り出した。
「緊急依頼の噂を聞いてきたか? 廃村のことはお前たちに売ってもらった情報の中にあったが」
リクがひらひらと手を振りながら続ける。
「報酬二十万だってよ。かーなりの破格だよなぁ。ま、それだけ厳しい戦いなんだろうけど」
「二十万! 確かにそれくらい貰えるならモチベも上がるぜ」
そのまま立ち話で、互いの状況を手短に共有する。と、そこへギルド受付嬢のセチアが声をかけてきた。
「シキ様。サクヤ様の目が覚めたとグラド先生から伝言を預かっております。一度、治療室へお越しいただきたいとの事です」
「お、よかった。目が覚めたんだな。ちょっと行ってくる」
シキが歩き出しかけたところで、ヒカリが呼び止めた。
「ちょっと待って。こっちの話も大事だよね? サクヤちゃんのとこは、あたしが行ってくるよ」
言うが早いか、ヒカリはたたっと治療室のほうへ駆けていった。
その背を見送って、シキは改めて依頼の張り出されたボードへ向き直る。
【緊急依頼】プルア村の奪還
・ヒノシシの幼体二十体以上、成体五体が事前に確認されています。他は不明。
該当エリアから敵性モンスターを殲滅してください。
達成後、周囲の敵性モンスターによる襲撃も考えられるため、街の責任者が確認に向かうまで、現地の防衛を継続してください。
達成報酬 二十万フロー
「……改めて見ると難易度高いな。現場の維持まで必要なのか」
最低でも二十五体以上の敵性モンスターを殲滅し、その後も追加の襲撃を跳ね返し続ける。やはり、一筋縄ではいかない依頼だった。
それに、とシキは依頼文を眺めて思う。事前確認済みの内訳、プルア村という呼び名。これは昨日、自分がセチアに話した内容そのままだ。あの立ち話が上へ伝わり、たった一日でこうして公式の依頼になった。街側がこちらの動きをちゃんと見ているという手応えを感じる。
隣のサラも、難しい顔でボードを見上げている。
「厄介なのは殲滅後の現場維持のほうね。それをやろうと思うと、最初の二十五体を無傷で切り抜ける必要があるわ。しかも、その後どれだけの数を誘き寄せるか分かったものではないし」
シキも腕を組んで考え込む。
「問題は一度に来る数だよな。四、五体が連続するくらいならともかく、十体以上が四方八方から押し寄せてくるときついぞ」
ヒスイとダンも渋い顔で黙り込んでいる。リアは皆の深刻な空気に挟まれて、おろおろと視線を泳がせていた。
その様子を見ていたベルカが、歩み寄ってくる。
「お前たちのその様子から察するに、不可能な依頼というわけではなさそうだな」
シュリも半ば呆れたような、半ば面白がるような表情を浮かべた。
「現状、ヒノシシ相手は二対一、最低でも一対一が絶対条件と言っていい。複数体と向き合えば、かなり分が悪いぞ。……策があるのか?」
シキが答える。
「ある。俺らは今、まさにその為の訓練をしてんだよ」
ギルド内がざわりと揺れた。
近くで聞き耳を立てていた開拓者たちの視線が一斉にシキへ集まる。誰がやるんだと噂するだけだった緊急依頼に、正面から「策がある」と言い切った者が現れたのだ。
課題はまだ多い。それでも訓練を積み重ねていけば、勝機はある。




