第34話 岩肌エリアの先に
焦げた岩肌に、まだ火の匂いが残っていた。
死体となったコカリスが熱気にあおられて転がり、倒れたヒグアナの死骸が次々と光へほどけていく。
元々シュリ達が押し込まれていた群れに、なだれ込んだ追撃を合わせて二十三体。岩場に残ったのは、荒い息ばかりだった。
シュリが紅蓮を鞘へ納め、シキのほうへ歩み寄ってくる。
「はぁ、助力に感謝する。素直に助かったよ。君たちがいなければひとたまりもなかった」
「いや、どうだろうな。そうとも言い切れない気がするぜ」
「どういうことだ?」
これまでも群れの追撃は幾度となく受けてきた。だがこの数は初めてだった。もし今までの戦いで同じ規模に襲われていたら、ハルシオンロードは間違いなく全滅していた。そう確信できるほどの乱戦だったのだ。
言いよどんだシキの隣へ、サラがすっと進み出る。
「こちらが加勢して騒ぎが大きくなったぶん、よけいに多くのモンスターを引き寄せた。そういう側面もあるのかもしれないわね」
「……なるほどな。ありえる話だ」
シュリが小さく頷き、すぐに表情を曇らせた。
「もしその見立てが正しいなら、大人数での攻略はかなり危ういぞ。不慣れな者を慣らすつもりで頭数を揃えれば、どれだけの犠牲が出るか分からん」
「ただ、使いどころはあると思うぜ。俺たち今日、ヒノシシの肉を百個も納める大口を抱えててな。ああいう数勝負の依頼を手早く片づけるなら、人手があるに越したことはないしな」
シュリが呆れたように肩をすくめる。
「割に合わんだろう。それで誰かが欠ければ、納品どころの話ではなくなる。パーティーの頭数も編成も、どう釣り合いを取るかまで含めて練る必要があるわけだ」
話す間にも、シュリのグループは傷ついた仲間へ応急処置を施していた。見たところ、回復魔法の使い手はいないらしい。痛々しい手当てを前にして、リアが治癒魔法を使うべきかと杖を抱えたままオロオロしている。そんな彼女を、ダンがそっと手で制した。
ひとしきり仲間の容体を見て回ったシュリが、今日はここまでかと息をつく。
「シキ。君の戦いぶりを存分に見られた。それで今日のところは満足としておこう。たいした暴れっぷりだったよ。我々は一度街へ引く。君たちはどうする」
シキはちらりとハルシオンロードの面々へ目を流した。疲れこそ滲んでいるが、まだ十分に動けそうだ。
「もう少し先まで見てくるよ。売れる情報を持ち帰らねぇと、稼ぎにならないしな」
今日つかんだ最大の収穫はプルアの実の群生地と、安全地帯を見極める手がかりだ。だがプルアのことはまだ明かせない。手札として切るには別口の新しい情報がいる。
撤退と継続。そのわずかな一歩の差が、やがて大きな隔たりになる。それを認めたのか、シュリはふっと柔らかく笑った。
「君たちの実力はよく分かった。誰より前を進んでいるからこそ抱える情報も多い。その理屈にも得心がいったよ。君たちの持ち帰るものを楽しみにしている」
シュリが手を差し出す。シキはその手をぐっと握り返した。
「ああ、気をつけて帰れよ。また会おうぜ」
軽く頷いて、シュリは仲間へ指示を出しに戻っていった。
◇
シキは、自分のクランの面々へ向き直る。
「みんな、動けるか。まだ陽も高ぇし、この先もうちょい覗いておきたいんだ」
サラが頷いた。
「今の乱戦のおかげで今日の依頼は全部片づいたわ。素材も山ほど手に入ったしね。余力があるうちに少しでも先を見ておきましょう。リア、腕は平気?」
リアがヒグアナの牙を受けた腕をさすりながら答える。
「はい、平気です。傷も浅く済みましたし、治癒魔法もしっかり効いてくれました。……あの、さっきの人たちには、使わなくてよかったんでしょうか」
これにはダンが答えた。
「気持ちは分かる。だがさすがにキリがない。ギルドでの治療は十万フローだ。こういう場で金を取り始めればいらぬ軋轢を生むだろう。それだけは避けねばならん」
ヒカリもこくこくと頷く。
「だよねぇ。治癒魔法を使える子を抱え込んで稼いでる、なんて陰口を叩かれるくらいならやらないほうがマシだよ」
ダンとヒカリの言い分はもっともで、誰もが静かに頷いた。とはいえ、今のこのかたちがいびつなのも確かだった。今日のように大勢で攻め込めばモンスターを呼び込んでしまうなら、これから先は少人数での探索こそが主流になっていく。そうなったとき、パーティーに回復役を抱えているかどうかは、継戦能力に決定的な差を生むはずだ。
ヒスイが顎をさすりながらぼやく。
「なぁ、回復薬みてぇなもんもありそうじゃね? 治癒が魔法頼みってのは、どうにも不自然な気がすんだよ」
シキも頷いた。言われてみればその通りだ。魔法も魔法具もこれだけ当たり前に転がっている世界なら、治癒魔法の代わりになる何かがあってもおかしくはない。
「なんにせよ慎重に行こうぜ。リアもそれは保険でいいからな。でも自分にはちゃんと使えよ。固定砲台にならざるをえないことの引き換えかもしれないんだ。あるいは魔法の使い方も、もっと他に何かあるもかもしれねぇ」
リアがスプライトを両手で抱え直し、こくりと頷いた。
「は、はい! 勉強します!」
◇
隊列を組み直し、一行はさらに奥へと分け入った。
先頭をシキが歩き、すぐ後ろにヒカリ、その後ろにリア、脇をダンが固める。サラとヒスイはやや後ろで左右へ散って警戒に就いた。岩肌エリアで一度試した形だ。足を止めて撃つリアを四人で囲い、しっかり狙わせる。乱戦では固定砲台になりがちな彼女を抱えるには、この陣形がいちばん噛み合っていた。
ほどなく、岩陰から数体のヒグアナが這い出してくる。頭上には、風を孕みかけたコカリスが一体。
「コカリス! リア、頼む!」
ヒカリがリアの前へ回り込み、ツインズの銃口を跳ね上げた。その一拍を盾に、リアが両の足で岩を踏みしめる。全身で杖先を支える感覚をしっかりと噛み締める。
「我が手に集い、束ねて一条――撃ち放て、ロア!」
白光がまっすぐに伸び、風の魔法力を束ねようと羽を広げていたコカリスの胴を撃ち抜いた。錐揉みに墜ちる巨体へ、すかさずヒスイのエイトカウントが追い打ちをかける。
その隙に、前衛の2人がヒグアナへ躍りかかった。
シキが先頭の一体を蹴り上げ、落ちぎわを斬り伏せる。
サラの薙刀が横ざまに薙ぎ、二体目の胴を断つ。
数瞬の交錯で、ヒグアナは残らず沈んだ。
シキが剣を払い、額の汗を拭う。
「囲んで守る形なら、リアもちゃんと撃てるな。しばらくはこの形で行くか。上空に対して先手が取れるのはでかいぜ」
リアが頬を上気させて頷いた。
「はい!」
その後も岩を越えるたびにヒグアナの小集団が湧いたが、組み直した陣形は危なげなく機能した。一行は着実に数を退け、なおも奥へと歩を進めていく。
◇
戦いをこなしながら進むうち、足元の様子が変わってきた。
砂礫が増し、踏むたびに乾いた音が立つ。岩は数を増やしながら大きくなり、行く手をふさぐように積み重なっていった。気づけば、ゆるやかな登りがずっと続いている。
ヒカリが汗を拭い、後ろを振り返った。
「ねぇ、なんかさー。進めば進むほど岩だらけになってない? もうけっこう登ってきてるように思うんだけど」
言われて一同が背後へ目をやる。たどってきた岩場が、ゆるい斜面となって街の方角へ下っていた。いつのまにか、ずいぶん高いところまで登ってきたらしい。
「方角でいうと南東か。確かにこっちは登る一方だな」
サラが薙刀の石突きで地を突き、その手応えを確かめた。
「妙よね。西へ少し戻れば草地も林も広がっていたし、水だって流れていた。なのに東へ来るほど、岩と乾きばかりが増していく。同じ南側で、こうも様子が変わってくるのね」
リアが何かを感じ取るように杖を軽く掲げる。
「……ここ、魔法力の偏りもすごく強いです。岩場はどこも偏りが強い気がして。モンスターがよく出るのも、きっとそのせいなんだと思います」
サラが頷き、思索を一歩進めた。
「魔法力の偏りと、地形と、モンスターの出方。全部比例しているのかもしれないわね。西も廃村みたいなヒノシシの溜まり場もあったし、東は全体的に荒れてる。他にも法則があるかしら」
シキは腕を組み、面白そうに目を細める。
「この世界、命懸けじゃなかったらもっと楽しめただろうにな。……まぁ、こういう難しい話はサラとリアに任せるぜ。俺は前を見張ってるからよ」
サラが呆れ半分に笑った。
「現金なリーダーね」
ヒスイが水筒を傾け、その軽さに顔をしかめる。
「しっかし暑ぃな。この調子だと、水がいくらあっても足りねぇぞ。どっかで湧いててくれりゃ御の字なんだけどな」
◇
その時だった。
先頭をいくシキの足が、ふと止まる。
行く手の先は岩また岩。その向こうに、場違いなほど濃い緑がぽつりと茂っていた。乾ききった岩肌の只中で、そこだけが水気を吸ってみずみずしく息づいている。プルアの木を見つけたあの一角を思わせる眺めだ。だが、緑の規模がまるで違った。
そして、その奥できらりと光るものをシキの目が捉える。
「……水場だ!」
はやる足取りで、一行が岩を回り込む。だが、武器に添えた手は誰もが握ったままだった。
岩のくぼみに、こんこんと水が湧いていた。そう大きくもない泉だが、底まで澄んで、確かに自然のままの水を満々とたたえている。乾いた熱気に灼かれ続けた身には、その水音だけで、すっと汗が引いていくようだった。泉の縁を抱くように、丈の低い草と数本の樹が寄り添って茂っている。
樹の枝には、見慣れない実が生っていた。指ほどの長さの飴色の実が、房をなして枝もたわわに垂れている。泉の縁では、濃い緑の葉が水へ裾を浸して群れていた。
ヒカリがさっそく実をひとつもいで、まじまじと眺める。
「わー、なんだろこれ。プルアとは全然ちがう形だね。食べられるのかな?」
シキは一つもいで、リングストレージへ触れさせた。素性の知れないものは、まず情報を引き出すに限る。半透明のディスプレイに、小さく文字が灯った。
「テダの実、だってさ。こうやって名前が出るのは助かるよな。やっぱり街に戻ったら料理本探そうぜ」
ヒカリも泉の縁の葉を一枚摘み、ストレージへかざす。
「こっちは……セルクの葉、だって。葉っぱも採れるんだね」
飴色の実を割ると、ねっとりと濃い果肉が覗いた。おそるおそる口にしたヒカリの目が、ぱっと見開かれる。
「ん、甘ーい! プルアみたいなみずみずしさじゃないけど、こう、ぎゅっと詰まった甘さ! 干したやつみたいだよ」
シキも一つ口へ運んだ。濃密な甘さが、乾ききった喉の奥へじわりと染みていく。
「……これいいな! 岩場でカラカラだった分、なおさら旨く感じるな!」
サラも一つつまみ、しげしげと検分した。
「水気が少なくて、糖がぎゅっと凝っているのね。これなら、そのままでも長く保ちそうだわ。……保存食に向いているかもしれない」
その一言にヒスイが食いついた。
「マジか! じゃあ決まりだろ。これがありゃ、サラの大嫌いなヒグアナジャーキーに頼らなくて済むぜ。あ、俺はジャーキーも食うけどな」
サラが心底ほっとした顔をする。
「ぜひそうしましょう。全部取っていくのはまずいかしら」
その間に、リアは泉の周りをゆっくりと歩き、杖をかざしていた。やがて確信を得たように振り返る。
「やっぱりです。この水場の周り、魔法力の偏りがとっても穏やかです。さっきまでの岩場が嘘みたい」
サラが泉と、それを抱く緑とを順に見渡す。そしてひとつの考えにたどり着いた。
「ねぇ、こうは考えられないかしら。水があるから、その周りだけ魔法力の偏りが穏やかになる。偏りが穏やかだから、モンスターも寄りつかず、植物がのびのびと育つ。この緑も、テダもセルクも、湧き水こそがぜんぶの始まりなのかもしれないわね」
リアがはっと顔を上げた。
「確かに、そうかもですね。自然の力で魔法力が穏やかになるのか、魔法力がたまたま穏やかな場所が自然豊かなのかはまだわからないですけど、セットのような気がします!」
サラが深く頷く。
「ええ。水や自然の豊かさと、魔法力の偏り。その二つさえ読み解ければ、加護の届かない奥地でも、安全な場所を見極められそうね。……これは大きいわ」
シキが、にやりと口の端を上げた。
「やったな。プルアのことはまだ伏せておいても、これだけで充分に売れる情報だ。水の確保もできる安全地帯なんて、これからは喉から手が出るくらい欲しがられる情報だろ。ここは街からも離れてるし、他のグループにも伝えたらここらの探索は一気に進むかもな」
水の確保は、圏外で夜を越すための絶対の条件だ。その水場を備えた安全地帯に、探し方の筋道が見えはじめた。今日の探索は文句のつけようのない収穫だった。
シキが空を仰ぐ。陽は中天をいくらか過ぎたあたりにあった。
「よし、今日はここまでだな。一旦街に戻って、野営の道具を揃えようぜ。今夜はプルアの木のとこでキャンプの予行演習だ!」
ヒカリが嬉しそうに飛び跳ねる。
「やったー! キャンプだよキャンプ! ねぇ、テダの実もいっぱい採って帰ろ! 干したりとか、保存食にできるかも試そうよ!」
サラが苦笑しつつ釘を刺した。
「ほどほどにね。採り尽くしてしまうとこの後が続かないわ」
ヒカリが「はーい」と舌を出す。
そして一行は、水の補給とテダの実やセルクの葉を収穫していく。六人分と考えれば量は豊富にあるが、これから先、他のグループ数十人が使うと考えると心許ない量だとも同時に思う。その時はその時だと考えることにした。
すると、周囲を見回るために岩に登っていたヒスイが何かに気づいたように声を上げた。
「お? あれは……ヒカリ! こっち来てくれ!」
ヒカリがぱっと顔をあげてヒスイのいる方へ駆けていく。ヒスイが岩の上からヒカリを引っ張りあげた。ザッと音を立てて岩に登る。
「どしたの? なんかあった?」
ヒスイが遠くを指差す。方角的には東だった。
「あそこ、なんか建物っぽく見えねぇか? 遺跡っつうか……少なくとも岩の壁って感じじゃないよな?」
ヒカリが言われた方向をじっと見つめる。遠い場所は視界がボヤけることもあって判然とはしないが、確かになにかの建築物のようなものが、岩肌に隠れるように建っているようにも見える。
「……んん〜〜、なんかそれっぽい感じはするけど、遠くてわかんないなぁ」
二人が乗っている岩場に、シキも飛び乗る。さすがに三人乗ると手狭だった。
「……お前ら目良過ぎだろ。なんも見えねぇよ」
シキはもともと視力は良い方だと思っていたが、二人が何かありそうだという方向を見ても、岩肌しか見えなかった。
「どうするシキ。見に行くか?」
シキは岩から飛び降りて、その何かがあるとされている方を見やる。
その方向は、岩肌という表現ではおさまらないような岩山だった。人の背丈など軽く越える大きな岩が連なっている。そこを抜けていくとなるとかなりの時間がかかりそうだった。
「……気になるけど、今日は戻ろうぜ。キャンプの練習を優先した方がいい気がする。下手したら廃村なみの難所かもしれないしな」
そのシキの決定に全員が同意した。
次から次へと新たな発見がある。この大陸は、文字通り一筋縄ではいかないようだった。




