第32話 お邪魔します
「ヒスイ! 後ろカバー、左から来るぞ!」
「オーライ! ダン、俺の左頼む!」
「任せろ!」
圏外の草原に、鋭い声が短く飛び交う。ハルシオンロードの三人は、四体のヒノシシと対峙していた。
シキが突っ込み、一体を倒す間の背後をつかせまいとヒスイが牽制射撃で二体を押し留める。残る一体がヒスイの側面へ回り込もうとした刹那、ダンがその突進を盾で真正面から受け止め、力ずくで押さえ込んだ。
声を掛け合うたび、三人の立ち位置がめまぐるしく入れ替わる。盤面が呼吸ひとつごとに塗り替えられていく。
シキは正面の一体を斬り伏せると、勢いのまま反転した。ヒスイが怯ませていた二体の背後へ、低く回り込む。片方の尻を蹴り飛ばして横倒しにし、もう片方の後ろ足へ、地を這うような軌道でストレイターを叩きつけた。短い悲鳴。ヒノシシが前のめりに崩れ落ちる。ほんの数瞬で、二体の動きを地面へ縫いとめた。
その間に、ヒスイがカートリッジを差し替える。間を置かず、ダンが押さえ込んでいる一体の横っ腹へ鉛玉を連射して声もなく沈めた。
体勢を立て直して起き上がりかけた一体へ、すかさずダンが盾ごと体当たりを見舞う。巨体がもう一度、草を巻き上げて転がった。シキも、立ち上がろうとする残る一体の足をストレイターで刈り払い、二度と立たせない。
相手に何ひとつさせないまま、シキとダンは押さえ込んだ獲物の急所へ、直剣と槍の穂先を深々と突き入れた。
午前から、プルアの実を探す道すがら討伐したヒノシシはこれで二十体を越えた。あわせて、コカリスの成体も二体仕留めている。
倒れた四体にリングストレージを翳し、素材を吸い上げていく。
「ふぅ、これで肉も五十個か。ちと下ぶれてるな」
ヒスイが充填の済んだカートリッジと入れ替えながら、額の汗を拭った。
ダンは盾を背へ回し、水筒を傾けつつ今しがたの攻防を振り返る。
「やはり、俺が一体を押さえるだけでは初動が弱いな。二、三体まとめて止める手があればいいんだが」
「盾で受けるんじゃなくて、盾でぶっ飛ばすのは? なんか、やりようはある気がするんだよなぁ」
シキが少し考えてから返すと、ダンは顎に手を当てた。
「なるほど。今は受けに回りすぎているか。盾で弾いて、すかさず蹴りを入れる――悪くない。次の戦いで試そう」
戦い方は実戦の中で一つずつ確かめていくしかない。そう結論づけたハルシオンロードはメンバーを入れ替えながら、ヒノシシとの間合いを身体へ刻んでいく。当面の目標は、廃村で一度に二十体以上を相手取ること。すべてはそのための積み重ねだった。
そうこうするうち、戦闘音を聞きつけたか、新たに五体のヒノシシが草を分けて現れた。うち一体は、赤黒いまだら模様――成体だ。
それを目に留めた瞬間、リアが大ぶりの杖、スプライトを構えた。
「まだらを狙います! 我が手に集い、束ねて一条――撃ち放て、ロア!」
白い光の塊が、まさに魔法力を練り上げようとしていたまだらの鼻面を撃ち抜く。まだらはたたらを踏み、膝から崩れ落ちるように沈んだ。倒しきるには至らずとも、確かな手応えが残る。
その時にはもう、サラとシキが地を蹴っていた。幼体を二体ずつ受け持つように左右へ散り、直剣と薙刀がほとんど同時に閃く。初日の慎重さはもうどこにもない。相手に身じろぎひとつ許さず、二人は苛烈に斬り刻んでいった。
リアの護衛に回っていたヒカリが、その光景に感嘆の息を漏らす。
「はぁー、あの二人、ほんと暴れっぷりがすごいよね。めちゃくちゃに振り回してるように見えて、足とか目とか、相手が一番嫌がるとこにバンバン当ててるんだもんなぁ」
「え、ヒカリさんには見えてるんですか? 私、剣の残像を追うだけで精一杯で、どこに当たってるのかまでは……」
二発目のロアへ魔法力を束ねながら、リアが二人の戦いへ目を凝らす。彼女の視界に映るのは、文字どおり目にも止まらぬ斬撃の乱舞と、瞬く間に力を失っていくヒノシシの姿だけだった。
最初の一撃でよろめいたまだらが、ようやく体勢を取り戻したころ――シキとサラは、すでに幼体を二体ずつ屠り終えていた。残る最後の一体へ二人は左右から同時に斬りかかる。
左右の刃をまともに浴びたまだらのヒノシシは、なす術もなく息絶えた。リアが束ねていた二発目は、放たれる先を失う。
「リアのロアが初手で決まると、ほんと楽だな。だいぶコントロールも効くようになってきたじゃないか」
シキがリングを死体へ翳しながら、息をついた。
「他の幼体も、火球のタイミングで一斉に突っ込んでくるのよね。それが一番厄介。でも――その初動さえ潰してしまえば、あとはただの的よ」
サラが赤い髪を払い、薙刀を肩へ預ける。
ヒノシシの脅威は、何よりも火球と突進のコンビネーションにある。二、三体に同時に突っ込まれれば、それを捌きながら火球まで避けきるのは至難の業だ。跳びかかってくるヒグアナは、その勢いを利して返り討ちにする戦術が有効だった。だがヒノシシ相手には、とにかく先手を取り、初動を潰す意識が要る。
そうしてハルシオンロードの一行は、探索と戦闘を飽くことなく繰り返しながら、西の方へと探索エリアを広げていた。少し北へ行けば川が見えてくる距離だ。プルアの実を探すならミミネコが行ける範囲、つまり川の近くだろう。そう当たりをつけていた。
「ついでに香草も採れるね。ナイクさんが言ってた通りだ」
ヒカリが屈み込み、香草をナイフで切り取る。そのままリングストレージへ格納すると、ぱっと立ち上がり、他にもないかとあたりをきょろきょろ見渡した。
そのヒカリが、ふと、林の奥へ目を留める。
「ねぇ、あそこ。なんか、木の生え方おかしくない? あの辺だけ緑が濃いっていうか……」
言われて、シキも視線を向ける。
確かに妙だった。荒れた圏外の林は、下草は高くても枯れかけていたり、木々の密度も低い。なのにヒカリの指す一角だけ――そこだけが鮮やかな緑を茂らせていた。木々の背は低いが葉は厚く、下草も丈高く生い茂っている。まるで、そこにだけ別の季節が居座っているかのようだ。
「……確かに、あそこだけ色が違う感じだな」
「行ってみる?」
「ああ。何かありそうだ」
一行は警戒を解かぬまま、その一角へ近づいていった。
茂みをかき分けた先で――シキの足が止まる。
ほかより少し背の低い木が数本、寄り添うように立っていた。その枝には見覚えのある赤い果実がいくつも実っている。少しいびつで、色はやや白っぽい。昨夜、舌に染みたあの甘さの正体だ。
「プルアの実……マジであったぞ」
シキが思わず声を漏らした。
近づいてみると、木の根元にはかじりかけの実がいくつか落ちていた。ミミネコが食べた跡だろうか。周囲の下草も、どこか踏み慣らされた気配がある。
「ミミネコの通り道ってとこかしらね」
サラが落ちた実を爪先で軽く転がしながら呟いた。
◇
ひとまず一行は、ここで腹ごしらえをすることになった。
ヒスイがリングストレージから真新しい調理器具を取り出す。昨日のうちに買い込んだ、開拓者向けの魔石コンロだった。四角い金属の天板に、火と雷の魔石の欠片をそれぞれ三個ずつ嵌め込む仕様になっている。
「ようし、新道具の出番だ。これな、煙がほとんど出ねぇんだってよ。火で炙るんじゃなくて、火と雷の魔石の欠片の力で天板そのものを熱くして、その上で焼くって寸法らしい」
「煙が少ないのはありがたいわね」と、サラ。
「焚き火の煙は、遠くからでも丸見えだもの。獣も、他の開拓者も呼んでしまうわ」
ヒスイが天板の魔石へ手をかざし、短く唱える。
「フレグナ」
じじ、と微かな音を立てて金属の天板がみるみる熱を帯びていく。手をかざすと、確かに、じんわりとした熱が立ちのぼってきた。炎は一切上がらない。煙もほとんど出ない。
「おお、すげぇ。ちゃんと熱くなってきたぜ」
その天板へ、シキが下ごしらえを済ませたヒノシシの肉を並べていく。今朝、街を出る前に、食料品店で買い込んだ調味料で仕込んでおいたものだ。塩と、名も知らぬ香辛料を何種類か。それに、ナイクからもらった香草を刻んで揉み込んである。
肉が天板に触れた途端、じゅう、と小気味よい音が立った。
そして――昨日とはまるで違う匂いが、ふわりと立ちのぼる。
香草の爽やかな香りと、香辛料の食欲をそそる匂い。脂の焼ける香ばしい湯気。あの「焼いただけの肉」とはもはや別物だった。
「……匂いの時点でもう美味いってわかるな」
シキがごくりと喉を鳴らす。
頃合いを見て裏返し、両面にこんがりと焼き色をつける。串に刺して皿代わりの平たい木の板へ盛りつけていく。
「いっただきまーす!」
ヒカリが真っ先に齧りついた。次の瞬間、その目が、まんまるに見開かれる。
「……っ、おいし――!? なにこれ! 昨日の肉と全然ちがう! ちゃんとごはんだよ、これ!」
「だよな!? 下ごしらえと調味料様々だな」
シキも自分の分を頬張る。香草の香りが鼻へ抜け、香辛料の効いた肉の旨みがじゅわりと舌の上に広がった。塩気が疲れた体に染みわたる。
「……うっま。これだよ、これ。俺がやりたかったバーベキューはこれなんだよ!」
「焼いただけの肉が、美味いわけあるかー、なんて叫んでたのが嘘みたいね」
サラがくすりと笑いながら串へ手を伸ばす。トカゲ絡みでなければ、彼女の舌は素直だった。ひと口かじって満足げに目を細める。
ダンもしみじみと頷いた。
「ちゃんと手をかければこうなるのだな。……昨日の俺たちに聞かせてやりたい」
リアもふにゃりと頬をゆるめて串を頬張っている。その様子に、一同の口元が自然とほころんだ。
穏やかな食事のさなか、不意に、下草ががさりと揺れた。
全員の手が、反射的に武器へ伸びる。だが――茂みからぴょこりと現れたのは、長い耳を垂らした小さな影だった。
「ミミネコ……?」
二匹のミミネコが、ぺたぺたと耳で歩きながら、警戒する風もなくこちらへ近づいてくる。体格の違う、親子らしき二匹。どこか、昨日の個体に似ている気もした。
「ミミー!」
「ミミッ!」
「お前ら、また会ったな。……って、もしかして、この木が目当てか?」
二匹は、シキたちには目もくれず、まっすぐにプルアの木の根元へと向かった。そして、小さな前足を懸命に伸ばし、低い枝に実った果実を、ぽとりと一つ落とす。それを大事そうに抱え込むと満足げに鼻をひくつかせた。
「あー……なるほどな」
その光景を眺めて、シキが得心したように笑う。
「こいつらの食いもんを横からかっさらうのも悪いよな。プルアの実を食いたけりゃ、もっと奥地で見つけようぜ」
「賛成だわ」と、サラが頷く。
「それに、この実を私たちが採り尽くしてしまったらミミネコがここへ来なくなる。そうしたらこの場所が安全かどうかの目印も失うことになるわ」
ミミネコの親子はしばらく根元で実をかじったあと、満足したのか来た時と同じようにのんびりと茂みへ消えていった。
◇
食後、リアが何やら一人でプルアの木の周りをぐるぐると歩き回っていた。杖の先を、そっと宙へかざしたり、幹へ近づけたりしている。
「リア、どうした? なんか気になるのか」
シキが声をかけると、リアは少し考え込んだ様子で振り返った。
「あの……たしかかどうかは分からないんですけど。この木の周り、属性魔法力の偏りが、ほとんどない……ように感じるんです」
「魔法力の偏り?」
「はい。圏外って、場所によって魔法力の流れに、濃い薄いの偏りがあるんです。私、魔法を使う時にそれを感じ取るので、なんとなく分かるようになってきて。……で、モンスターがよく出る場所って、決まってその偏りが強いんですよ。なのに、この木の周りだけ、それがすごく穏やかで」
リアの言葉にサラが顎へ手を当てた。
「言われてみれば……この一帯、ほかより植物が豊かね。下草も、ほかの木も生き生きしている。荒れた圏外の中で、ここだけ妙に健やかだわ」
「ですよね。だから、もしかしたら――魔法力の偏りが穏やかな場所は、モンスターが寄りつきにくくて、そのぶん植物も育ちやすいのかもって。プルアの実がここにあるのも、ミミネコさんが来られるのも、それが理由なのかなって……あ、でも、本当にただの思いつきで……」
慌てて付け加えるリアの頭を、シキがぽんと撫でた。
「いや、でかい手がかりだぜ。ミミネコが目印になるってのは前から分かってたけど、その理由が『魔法力の偏り』だとしたら――リアがいれば、ミミネコがいなくても、安全な場所をこの先見つけられるかもって事だろ」
リアがぱっと顔を輝かせる。
「あ……そっか。そうですね!」
「ただし」と、サラが冷静に釘を刺した。
「ここは加護のすぐ近く。安全な理由が魔法力のおかげなのか、それとも単に街に近いからなのか、今は切り分けられないわ。検証するならもっと奥――加護の完全に届かない場所で同じ条件の土地を見つけてみないと」
「だな」と、シキが頷く。
正直なところ、この場所は遠征の拠点には向かない。街道跡からは外れた林の奥で、他の開拓者にもなかなか見つからないだろう。その点は申し分ないが、いかんせん街に近すぎる。ここを拠点にしても、行動範囲はほとんど広がらないのだ。
「ひとまず、次に目指すべきは決まったな」
シキがプルアの木を眺めて言った。
「この先もっと奥へ進んでいって――魔法力の偏りがなくて、植物が豊かな場所。そういうとこを見つけられたら、そこが俺たちのキャンプ地候補だ。リア、頼りにしてるぜ」
「は、はい! がんばります!」
そこで、ヒスイが「あー」と声をあげ、魔石コンロを軽く叩いた。
「拠点には向かねぇけどよ。こいつの使い勝手はばっちり確かめられたぜ。煙も出ねぇし、味も文句なし。あとは外で一晩過ごす練習だな」
「今夜やってみるか」
シキが、ぱっと顔を上げた。
「ここなら街道跡からも外れてて、他の連中に見つかる心配も少ない。加護のすぐ近くで比較的安全なはず。一気に圏外で野営ってのはまだ怖ぇけど、まずはこういう場所で、キャンプの段取りに慣れとくのはアリだろ」
「賛成だわ」と、サラが頷く。
「いきなり奥地で初めての野営なんて、危なっかしいもの。手順は安全なところで練習すべきよ」
「やった、キャンプだ! テント張ろうよテント!」
ヒカリが嬉しそうに拳を突き上げる。リアもわくわくした面持ちで小さく頷いた。
方針は決まった。
だがその前に――今日やるべきことがまだ残っている。
シキが空を見上げた。陽はまだ高い。
「よし。じゃあ午後は、予定通りヒグアナの成体を狩りに行くぞ。依頼分、きっちり片付けてこよう」
その一声に一同の表情が、すっと引き締まる。
穏やかなプルアの木陰に背を向けて、ハルシオンロードは再び、圏外の岩場――あの炎を纏う獣の棲む方角へと歩き出した。




