第30話 ミミネコのお礼の意味
「それは、ついて来られない者を置き去りにする理屈でもあるな」
シキの表明に対して、シュリが切り込んだ。
だがシキは、動じることもなく返す。
「ついてこれないやつがいたとしても、それは前に進むのを躊躇する理由にはならないだろ」
シキとシュリの視線が、ばちりと散る。
その張り詰めた空気を察してか、リクが割って入った。
「はっはー! いいねぇ、その怖いもの知らずな感じ! 俺は気に入ったぜ!」
ベルカもそれに続く。
「確かに本気で帰るつもりがあるのなら、これくらいの気概は必要かもしれんな。とはいえ誰がトップランナーになるにせよ、孤立しては意味がない。せめて最低限、互いに連絡を取り合えるようにはしておきたいものだ」
一瞬張り詰めた空気が、ふっと弛緩する。シュリも穏やかな笑みを浮かべた。
「意地の悪い言い方をして悪かった。この程度の言葉で揺らぐような男ではないと分かってむしろ良かったよ」
ナイクも空気の変化を感じ取り、そっと息を吐いた。
「大前提として、ここにいるのは他より早く動き出した連中だ。大枠の考えや方針は、ちゃんと揃えられると信じてたぜ」
シキが頷いて、サラへちらりと目配せをする。
「何かしら」
「いや。誤解を生みそうな発言は控えなさいとかなんとか、また小言を言われるのかと思ってな」
「……あなたね、私のことをなんだと思っているの。そんなに小言が聞きたいなら、今朝のバトルからここまでの分をまとめて言ってあげましょうか」
「いや、遠慮しとくよ……え、そんなにあんの?」
「あるわよ」
サラから見れば、シキはいつだって慎重さに欠けるのだ。常に半呼吸早く動き、半歩深く踏み込む。隣で見ている者としては、毎度ひやひやさせられている。
そんな二人の様子を、シュリが面白そうに眺めて笑う。
「ふふ。推進力の強いリーダーの隣に頼れるサブリーダーか。それがハルシオンロード躍進の秘訣というわけだな」
この室内で初めて、小さな笑いがさざめいた。
◇
そこからは、会議はなめらかに進んだ。当面の方針が形を成していく。
最後の着地を、ナイクが言葉にした。
「情報は、最前線から街へと下ろしていく。それで決まりだな。なんつーか、これも一種のトリクルダウンってやつなのかね。当面はハルシオンロードが最前線の情報を拾う。その次を進んでいるであろう俺たちがそれを受け取って、さらに後ろへ渡していく。――この流れでいいな?」
ベルカが補足を加える。
「ひとつ言っておくと、情報を売り買い、あるいは交換するという性質上、秘匿する価値のある情報をあえて公開せずに抱えておく。そういう選択も当然ありだ。ただし、やり過ぎれば買い手がつかなくなる。出す情報の精度が甘くても、同様だ」
シュリが確認を取りにかかる。
「では、もうひとつ。例えば街側、いや――言葉を濁すのはやめておこう。リーエンや他のグループ、なんならこの場にいる者とて例外ではないが。例えば『ハルシオンロードの情報は精度が悪い、ベルカのグループの情報は確かだ』というような、ありもしない噂を流す工作が始まったとしたら、どう対処する。細かいことを言い出せばきりがないが、スタンスだけは確認しておきたい」
シキが明快に答えた。
「放っておけばいいんじゃねぇか。裏で何を言われようと、結局いちばん精度の高い情報を握ってるところが前に進むんだから足を引っ張るのも難しいと思うぜ。素材の売り先だって、基本は街の店だろ。そういうところにまで悪影響が出はじめたら、その時は対処も要るだろうけどな」
リクもこれに同意する。
「俺もそう思う。裏工作が始まる前にこっちで流れを作っちまえばいい。そうすれば、おかしな動きはすぐに浮いて見える気がするぜ。常に前へ進んでアドバンテージを保ち続けられれば、交渉だって有利なままだろ?」
シュリも納得したように頷いた。
「了解した。方針は、とにかく前へだな。現実問題、裏工作などに精を出している暇のある者などそうそういまい。そして、そんな事態が起きる前に流れを作ってしまうことこそが最大の予防になると」
サラがすっと席を立った。話がまとまった以上は、長居も無用だった。
「良い会だったわ。またこうして同じ席につけるよう、互いに積み上げていきましょう」
その言葉を潮に、各々が腰を上げ解散していく。
その時、シュリがシキへ声をかけた。
「思いのほか楽しい時間になったよ。君の圏外での暴れっぷりを見られる日を楽しみにしておこう」
「はは。圏外に楽しみを見出すなんて、あんたも実はけっこうな変わり者だな」
「よく言われるよ」
◇
夕方。
シキとサラが拠点にしている宿へ戻る。一階の料理屋にはすでにヒスイとヒカリがいて、その向かいにはダンとリアの姿もあった。
リアがもう戻ってきていることに、シキは驚く。
「リア、もう起きて大丈夫なのか。休んでなくていいのかよ」
「はい、大丈夫です。あの……私、途中で気を失ってしまったみたいで。ご迷惑をおかけして、ごめんなさい」
「迷惑なわけねぇだろ。危ないってわかってて突っ込んだのは俺のほうなんだからな」
リアが軽く首を横へ振った。
「だ、だとしても……圏外で戦えなくなるなんて、絶対にダメです。今は、私しかリジェアを使えないんですから」
その言葉に、シキは少し嬉しそうに笑った。
「その意気だぜ、リア。それでこそハルシオンロードの一員だ。クランのことは、もう聞いたか?」
ハルシオンロード、というできたばかりのクランの名を、シキは少し得意げに口にする。とはいえ、その口ぶりはまだ、どこか照れ隠しの冗談めかしたものだった。
「は、はい! ここへ来る途中で、ダンさんから聞きました。私も一員になれて、嬉しいです。ハルシオンロードっていう名前も、とっても綺麗ですよね」
「だよな。俺も気に入ってる。これから先、どんどん安全な道を作っていこうぜ」
それでだ、と前置きしてシキは先ほどの会議の内容を皆へ共有した。
「圏外の先を目指すのは、これまで通りだ。けど、これからはもっと積極的に攻めることになった。先行した者が、後続にどんどん情報を売っていく。その方針で他のグループとも合意が取れたからな。で、そのために必要なのが――圏外探索の準備ってわけだ」
シキが、ヒスイとヒカリへ目を向ける。二人がにやりと笑い返した。
ぱっとヒカリが立ち上がり、拍手で場を煽る。
「本日の成果、結果発表ー! どんどんぱふぱふー!」
ヒスイもそれに乗った。
「お待ちかねの発表だ! 読み上げてくぜ!」
リングストレージのディスプレイを立ち上げ、ヒスイが声を張る。
「ヒノシシの肉五十個で五千五百! ヒグアナの肉三十二個で三千三百六十! ヒノシシの牙十二個で三千百五十! ヒノシシの骨が九百四十五! コカリスの風切り羽十個で五千二百五十! ――締めて、一万八千二百五フロー! これに三件の依頼達成報酬を足して合計三万六千! 一人頭およそ六千フローの稼ぎだオラァ!」
「おー! すげー!」
シキが、思わず感嘆の声をあげる。リアも、嬉しそうに小さく拍手していた。
人気の少ない店内だったが、居合わせた街の住民や店員からもぱらぱらと拍手が起きた。
「ずいぶん細かい数字ね。買取価格に、何割か上乗せでもあったのかしら」
サラが冷静に指摘し、ヒカリが上機嫌で答えた。
「そこに気づくなんてさすがサラっち! 開拓者ギルド所属ってだけで、買取価格が五パーセント上乗せなんだよ。しかもヒノシシの肉は五十個の大量納品だったから、そこにさらに五パーセント上乗せ!」
ダンが感心したように声をあげる。
「ほぉ。大量納品で色をつける仕組みがあるのか。これはますます、キャンプ前提の遠征が有利になってくるな」
シキも満足そうに頷いた。
「バトルは激しくなりそうだけど、一歩ずつ行けばなんとかなる気がしてきたな。ここの宿代が一人四千フローだから、六人で最低二万四千。サクヤも泊まるなら二万八千か。日々の消耗品とかを考えても、今日くらい稼げりゃ、赤字は免れそうだ」
サラも頷いて引き取る。
「リーダーが思ったより冷静で助かるわ。素材販売や依頼報酬だけだと、余裕が出るまでには時間がかかる。けれど私達には、情報売買での稼ぎが大きくあるわ。サクヤの治療費十万と全員分の耐火の指輪、その他の経費を引いても、まだ三十五万フローは残っているはず。これを上手く使うべきね」
その言葉を待っていたとばかりに、ヒスイが身を乗り出した。
「キャンプ用品だな! テントやら調理器具やら、いろいろあったぜ。ギアを見てるだけでテンション上がるからよ、お前らも明日見に行こうぜ。まぁ、実際に買うのはキャンプ地が見つかってからのほうがいいとは思うけどな。なんでも、開拓者用に急遽いろいろ用意したって話だったぜ」
ヒカリが引き取って続ける。
「お肉もね、リングストレージに入れておけば、短く見積もっても三日は持つんだって。燻製とかにしてちゃんと調理すれば一ヶ月くらい持つみたい。逆に、水を大量に入れておくのはあんまりオススメしないってさ。クラリスで浄化しても、その状態を保てるわけじゃないんだって。水筒へ雑菌が入れば普通に傷むから、長くてもその日のうちに飲んだ方がいいらしいよ 。水入りの水筒をいっぱいストレージに入れるのも枠の圧迫になるからこのへんの管理はシビアかも」
ヒスイが、ぱちんと指を鳴らした。
「で、その燻製だ! ヒグアナジャーキーってのがあったんだよ。店主さんに食ってみろって勧められてな、試しに齧ったら、これが意外と美味かったんだ。保存食としても重宝するらしいぜ。……って、そんな顔すんなよサラ。餓死するよりはマシだろ?」
サラは心底嫌そうな顔で項垂れた。
「……そんなものを食べるくらいなら、餓死したほうがマシよ」
シキも苦笑いを浮かべる。
「マジで苦手みたいなんだよな。だからサラが餓死しないで済むように、いっぱい稼ごうって約束したんだ。あ、でも俺は食ってみたいぜ。さっき寄った食料品店でも売ってたし、調味料もいろいろあったしな」
ヒカリが、おー!と声をあげた。
「かっこいいじゃーん! 男の甲斐性ってやつだね! ね、あたしには?」
「じゃあ、ヒグアナジャーキー奢ってやるよ」
「えー!? なんかあたしの扱いが雑じゃない!?」
憤慨するヒカリの横で、リアがくすくすと笑っている。
「わたしも、ヒグアナジャーキー食べてみたいです」
ダンが少し意外そうな顔をした。
「リアは昼のバーベキューでも躊躇がなかったな。好奇心が強いのは、悪いことではないか」
その言葉にリアがあはは、と照れる。一方で、サラのほうが過敏に反応してしまった。
「ちょっと。それじゃあ、まるで私が食べず嫌いみたいじゃない」
全員の視線が、すっとサラへ集まる。その通りでは、と言いたげに。
「~~っ。ひ、ひと口……ちょっと齧るくらいなら」
断腸の思いで妥協したのだろう。サラは、プルプルと震えていた。
そして、またこの料理屋の一角が笑いに包まれた。
◇
そこへ料理を運んできた給仕が声をかける。物腰の柔らかな女性だった。
「お料理、お待たせしましたー。なんだか賑やかですねぇ」
丁寧な手つきで皿を並べていく。
シキがふと我に返って謝った。
「すみません。うるさくしちまって」
女性給仕が小さく笑って首を横へ振る。
「いいんですよ。うちは料理屋がメインですけれど、昔はずっと、こんなふうに賑やかなお店だったと聞いています。開拓者様たちが来てくださって、わたしがずっと見たかった光景を少しだけ見られたような気持ちです」
その話に、シキはなるほどと頷いた。
「街同士の行き来がないってことは、泊まり客もいないってことか。じゃあ、宿屋としてっ客室を開けたのは、本当につい最近始まったばっかりってことですか」
「ええ、仰る通りです。ご宿泊の方も、何かございましたら、どうぞお声がけくださいね」
「ありがとうございます。――あ、そうだ」
シキは、ふと思い出し、リングストレージからあるものを取り出した。
少しいびつな、赤く丸い果物を二つ。
「これ、今日圏外から帰ってくる時にミミネコからもらったんです。切ってもらうことってできますか? ……いや、そもそも食べられるものなんですかね」
女性給仕が少し驚いたように、それを見た。
「まぁ、プルアの実ですね。ええ、食べられますよ。このあたりでは貴重な果物です。昔は近くの村の名産品として出回っていたそうなんですけど、最近はめっきり見かけなくて。それに、これはミミネコにとっても大の好物なんです。それをプレゼントしてもらえるだなんて、すごいことですよ」
女性給仕は「お切りしてきますね」と、プルアの実を二つ手に取り厨房へと去っていった。
「ミミネコさんからのプレゼントなんですか?」
リアが不思議そうに首を傾げる。気を失っている間の出来事だったため、いまひとつ状況が呑み込めていないらしい。
ヒスイが説明を引き受けた。
「昨日な、ミミネコの親子がヒノシシに襲われてたのを俺たちが助けたんだよ。シキが真っ先に突っ込んでいってな。ま、おかげでバトルへの怖さみてぇなのもぶっ飛んだし、結果オーライってやつだ」
ヒカリも楽しそうにミミネコ親子のことを語る。
「ちっちゃい手で果物抱えてて可愛かったよねぇ。ああやって手で物を持って歩くために、耳で歩けるようになったのかな? お礼に大事なものをプレゼントしてくれるなんて、すっごく良い子で、賢い子達だよね」
その時、何やら考え込んでいたシキが、ふいに顔をあげた。
「感動してるとこ悪い。ひとつ、仮説ができたぞ」
「仮説?」
サラが、首を傾げる。
「さっきのプルアの実、ミミネコの好物なんだろ。でも、この街じゃもう貴重品だ。だったら――あいつら、いったいあの実をどこから持ってきたんだ?」
にやりと笑って告げたシキの言葉の意味を、全員が同時に理解した。
サラが力強く頷く。
「そうか。人の目の届かない圏外に、なおかつミミネコが取りに行ける場所に、プルアの実をつける木がある……木なのかどうかは分からないけれど、ともかく、それがあるということね」
リアも目を輝かせた。
「ミミネコさんがモンスターに襲われない道を知っているか……あるいは、プルアの実があるところは、そもそも安全なのか。もし後者なら――」
シキは、拳を作って手のひらへ打ちつけた。
「あてもなく探してもラチが開かなかったんだ。だったら、圏外でプルアの実を探そうぜ。もしかしたらそこが、俺たちのキャンプ地になるかもしれねぇ!」
◇
ほどなくして、女性給仕が、切り分けたプルアの実を皿に乗せて運んできた。
白っぽい果肉がランプの灯りに照らされて、淡く艶めいている。皿が置かれた途端、ふわりと甘い香りがテーブルいっぱいに広がった。
「わー、いい匂い! いっただきまーす!」
ヒカリが真っ先にひと切れを口へ放り込む。その瞬間、彼女の目がまんまるに見開かれた。
「ん――んんっ!? なにこれ、あまーい! めちゃくちゃ甘いよ!」
その声に押されるように、皆も手を伸ばす。
シキも、ひと切れを口へ運んだ。
歯を立てた途端、たっぷりの果汁がじゅわりと舌の上で弾ける。蜜のような甘さと、それを追いかけてくるほんのわずかな酸味。朝からモンスターと斬り結び、走り、消耗しきった体の、その芯の芯まで優しい甘さが染みわたっていくようだった。
「……うっま」
思わず、間の抜けた声が漏れた。
サラまでもが、ひと口かじってわずかに目を見張っている。
「……美味しいわね。これは名産だったというのも納得だわ」
ダンがしみじみと頷いた。
「染みるな……。塩も香草もない、あの焼いただけの肉のあとだと、なおさらだ」
「ほんとだよなぁ」と、ヒスイ。
「圏外じゃ命がけだったってのに、戻ってきたらこの甘さだ。……なんつーか、生き返るぜ」
リアも、ひと切れを大切そうに口へ運び、ふにゃりと頬をゆるめた。
「……おいしいです。すごく」
ミミネコの、あの小さな前足が抱えていた、ささやかな贈り物。
その甘さは、過酷な一日を駆け抜けてきたハルシオンロードの六人にとって、どんな報酬よりも確かに胸を満たすものだった。
長い、長い二日目の夜が、ようやく穏やかに更けていく。




