第29話 さらに前へ
クラン・ハルシオンロード。
ギルドの受付嬢が、最終確認を済ませた。
「では、クラン名も承りましたので、こちらで登録いたします。これからのご活躍を期待しております。――ご武運を」
「ありがとう。そういえばお姉さんの名前まだ聞いてなかったよな。教えてくれよ」
シキが気軽に名を尋ねた。
「私ですか? セチアと申します。セチア・ハーブス」
「セチアさんか。これからよく世話になると思うし、よろしくな!」
その様子を、サラが少しジトついた目で見ていた。
「あなた、けっこう気軽に女性へ声をかけるのね」
「え? そうか?」
「そうよ」
二人のやり取りを見たヒカリが、にんまりと笑う。
「お? お? サラっち、もしかしてヤキモチー?」
サラがぎょっとした顔を浮かべた。
「や、ヤキモチ!? 私が!? 違うわよ!」
ヒスイが、堪えきれずに爆笑する。
「慌てすぎだろ! サラは色恋が苦手と見たぜ」
ぷいと目線を逸らすサラ。その耳はすっかり赤くなっていた。
「に、苦手なわけじゃないわ。ただ、まぁ……不慣れなだけよ」
ニヤニヤと顔を見合わせるヒカリとヒスイ。
ギルドのカウンター前で賑やかにしている一行はいささか悪目立ちしていた。だが、修羅場をくぐり抜けてきた今は、この明るさこそが必要だった。
ひとしきり笑ったあと、ダンが口を開く。
「この後だが、俺がリアの付き添いをしよう。肩の傷ももう塞がってきたが、ついでに少し休ませてもらってもいいか」
「ああ、ありがとう。頼むよ。夜には目が覚めるって話だったからな。起きられるようになったら、昨日の宿で落ち合おう」
「了解した。あの少女――サクヤはどうする。彼女はまだ、しばらく目を覚まさないという話だったが」
サクヤ。クラン登録の手続きで判明した、あの少女の名だった。黒髪を肩口で切り揃えた、ボブの似合う子だ。
「一、二日はかかるかもって話だったな。容体次第だけど、ひとまず一日入院は許可取ってるぜ。どっちにしても、目が覚めたら話はしねぇとな」
ヒカリが、ぴっと指を立てた。
「難しく考えなくてもさ、結局あたし達、依頼やら何やらでこのギルドには来るでしょ? サクヤちゃんが起きてもここに居てもらうように、グラド先生へ伝えとけばいいんじゃない?」
「そうだな。それも頼んでおこう。では、また後でな」
ダンの大きな背中を、一行は見送った。
「あ、そういやベータは? あいつ、どこ行った?」
「んー、見当たらないねー」
ヒスイとヒカリがギルド内を見渡したが、ベータの姿はどこにもなかった。
「まぁ、生きてりゃそれでいいさ。それよりこの後だな。ナイクとも話そうって言ってたし、合流したいとこだぜ」
「素材の売却も必要だわ。そろそろきちんと稼ぎを確定させましょう」
シキとサラがこの後の段取りを口にする。
ヒスイが「よし!」と握り拳を作り、手のひらへ打ちつけた。
「なら、二組に分かれるか。俺とヒカリで素材を売ってくるぜ。ついでにキャンプ用品の下調べもやっとくか」
「そうだね! 素材は全部売らないほうがいいよね。魔石の欠片は交換に回すとして、問題は他のだよねー。お肉は自分らで食べる分だけ置いとけば……あれ、これって腐らないのかな?」
ヒカリの一言に、四人は思わずリングストレージへ目を落とした。
「……そもそもこれ、どんだけ荷物を持っておけるんだろうな。今んとこ何も考えずに溜め込んでるけど」
「まぁ、いずれ分かるでしょう。ヒカリ、もしヒノシシの肉がリングストレージの中でも腐るようなら全部売ってちょうだい。今日の調子なら、欲しい時にまた狩れるでしょうしね」
サラの示した方針に、ヒカリがサムズアップで応える。ヒスイがにやりと意地の悪い笑みを浮かべた。
「ヒグアナの肉はどうする? 試しに食ってみるか?」
「イヤよ!!」
食い気味の即答だった。その反応にシキは思わず噴き出す。
「ヒグアナの肉も、ちょっと気にはなるけどな。ま、ヒノシシの肉があれば当面は困らねぇだろ。他の素材も、用途を調べられそうなら頼むわ」
「了解だぜ。ヒグアナの皮とかいかにも重要素材っぽいしな」
他にも細々とした段取りを詰めていると、ナイクがギルドの扉をくぐってきた。
「よぉ。面会は終わったか?」
「ついさっき終わったとこだ。待たせちまったな。他にも声をかけるって言ってたけど、集まりそうか?」
歩きながら話そうとナイクが促し、そのまま歩き出す。
シキとサラは、ヒスイとヒカリへ一旦の別れを告げ、ナイクの後を追った。
「俺たちのほかに、三組のリーダー格が来てくれることになった。本当はもっと声をかけたかったんだが、見つからなかったやつも多くてな」
サラが少し意外そうな顔をする。
「そんなに時間も無かったのに、よく三人も見つけてきたわね」
「あんた達は分かってなさそうだが、そろそろ人数の多いグループは、それぞれ溜まり場を作りはじめてるんだよ。そこへ人を走らせりゃ、捕まえるのはそう難しくはない。……ただ」
そこで、ナイクが付け足した。
「ちょいとばかし、癖の強い連中かもしれないけどな」
その一言に、サラはふっと笑みをこぼした。
「その筆頭はここにいるじゃない」
「……なあサラ、俺に当たり強くないか?」
「そうかしら」
「そうだろ」
二人のやり取りを見て、ナイクが破顔する。
「お前たち仲がいいな。ま、何にせよ心強いぜ」
◇
案内されたのは、図らずもシキ達が泊まっている宿のすぐ近くの店だった。一階が食料品店、二階が料理屋という造りになっている。
「ここの二階だ。香草の情報を探してた時に見つけてな。今回は話が重くなりそうだろ。人目につかないって意味でも、ちょうどいい店だと思うぜ」
シキ達は一階の食料品店を抜けていく。見たこともない食材が、所狭しと並んでいた。調味料の類も置いてあり、どうやらこの世界でも工夫しだいで料理は楽しめそうだった。
その棚の一角で、シキが「お!」と声をあげる。
「マジか、ヒグアナジャーキー? これ食ってみてぇな。もしいけるなら、保存食の問題も解決するかもしれねぇ」
サラが心底嫌そうな顔をした。
「…………それしか食べる物が無くなったら、私は餓死を選ぶわ」
「え? 冗談だよな?」
「冗談じゃないわよ。そんなもの、絶対に口へ入れたくないわ」
「そんなにかよ。……じゃあ、サラが餓死しねぇで済むように、いっぱい稼いでいこうぜ」
その何気ない言い回しに、サラが小さく目を見張る。
「……そういうところよ」
口の中でこぼすように呟いた。
「ん? なんか言ったか?」
「……なんでもないわ」
あとでもっとゆっくり見て回ろうと話し、三人は二階へと上がった。
◇
二階の料理屋は、さほど広くない店だった。外には、ぱっと見て分かるような看板も出ていない。なるほど確かに、密談にはうってつけの場所だった。
奥のテーブルに、すでに三人の先客が着いていた。
「連れてきたぜ。この街で最初に開拓者ギルドへ所属できたクランのツートップだ」
ナイクの紹介を受け、シキが軽く片手を上げる。
「シキだ。よろしく。顔は見覚えあるぜ」
サラのほうは情報売買を通じて、すでに顔見知りだった。
その三人をシキは改めて眺める。
一人は、二十代後半に見える男だった。燻んだ黒灰色の髪を無造作に流し、その相貌には隙がない。場の全員をいつのまにか視界へ収めているような、油断のない静けさを纏っていた。
もう一人は、シキより少し年上――元の世界なら大学生といったところか。明るい金髪を遊ばせ、椅子に浅く背を預けて、どこか軽い空気を漂わせている。
最後の一人は女だった。二十代の前半だろう。長い黒髪を後ろで一つに束ね、背筋をまっすぐに伸ばしている。その表情は凛として、この面子を前にしても、臆した様子はまるでなかった。むしろ、品定めをしているのはこちらのほうだとでも言いたげな、静かな圧があった。
三人がそれぞれ立ち上がって名乗る。
まず、黒灰色の髪の男が口を開いた。
「俺はベルカだ。四十人ほどのグループをまとめている」
続いて、金髪の青年が、ひらりと手を上げる。
「俺はリクって名乗ってるぜ。よろしくー。うちは今、三十人くらいかな」
そして最後に、女が落ち着いた声で言った。
「シュリと名乗っている。よろしく頼む。私のところは二十名ほどだ」
ナイクが全員に椅子を勧めながら、改めて自分も名乗る。
「俺はナイク。よろしくな。うちは今、二十人ちょっとってとこだ」
全員が席に着いたところで、ナイクがそのまま場を回しにかかった。
「それで一応、確認なんだが。お前らのとこはどっちがリーダーなんだ?」
視線がシキとサラへ集まる。
「俺だな。方針を決めたり、バトルの戦術を組んだりってのは、だいたい俺の役目だ」
「私は参謀役ね。サブリーダーと言い換えてもらっても構わないわ」
シキが言葉を継ぐ。
「俺たちはさっき、正式にクラン登録してきた。名前はハルシオンロード。所属は七人だ。――クランってのは、ギルドに所属する時のグループを指す言葉らしい。こっちで勝手に組めるパーティーとは、また別の単位ってことだな」
ほぉ、とシュリが頷いた。
「ハルシオンロード、か。ずいぶんと小洒落た名だが、意味はあるのか?」
「ハルシオンって言葉には、平穏みたいな意味があるらしいんだよ。由来までは俺も詳しく知らねぇけどな。帰るための安全な道を自分達の手で作っていく。そういう目的を持ったクランだってことで、そう名付けた」
ベルカの目つきが、すっと鋭くなる。
「帰り道に当てができたということか?」
シキは首を横へ振った。
「いや、わからない。少なくともこの街の中に帰る方法は無さそうだ。ここの代表のサーティスってのがいるだろ。あいつと、さっき話してきたんだ」
サラが引き取って続ける。
「聞いてきた話を、かいつまんで伝えるわね。こちらは強制的な拉致同然の召喚、あちらは志願による招致。その認識の食い違いがあったわ。街の側からすれば、私達が前向きに開拓へ励むのがそもそもの前提だったようね。こちらの事情を伝えて帰還方法を尋ねたけれど現状は不明。保護も頼んでみたけれど予算が足りずそれも難しい、ということよ」
王のことは、ここでは伏せた。
リクが頭の後ろで手を組み、面白そうに笑う。
「ふざけてやがんなー。で、お前らそんな説明で納得して、すごすご帰ってきたわけ?」
シキが、じっとリクの目を見据えた。
「不満が無いわけじゃない。ただ、元の世界に帰りたいなら、結局は自分の足を動かすしかない。そう飲み込んだだけだ」
ベルカが、深々とため息をついた。
「はぁ……我々はいったい、こんなところで何をしているんだろうな」
その横顔を見て、シュリが静かに尋ねる。
「ご家族がいるのか?」
ベルカが力なく項垂れた。
「妻と、子がいる。正直、心配で仕方がない。まさかこの世界にいるとは思えんが……こっちへ来ていなければいいと願うばかりだ」
「あー……」と、リクが少し気遣わしげに声をかける。
「それは、微妙なとこっスね。目の届く範囲にいたらいたで、こんな訳わかんない世界じゃ、身動きも取れなくなるだろうし」
各々に事情はある。だが、目指す先は一つのはずだった。
ナイクがシキへ向き直る。
「シキ。俺も、元の世界に帰りたい。うちのグループに集まった連中も、全員そうだ。この場にいるメンバーだって同じだろう。帰るって目的そのものをクラン名につけたお前らも、その意思は同じだと考えていいんだよな?」
「もちろん。そのつもりだ」
迷いのない宣言だった。だが――。
「でもさー。お前ら、評判悪いぜ?」
リクが、からかうように言った。
「評判って?」
シキが、首を傾げる。
「足並みも揃えず、少人数でガンガン攻略してるだろ。おまけに、手に入れた情報を売りまくってる。こんな状況なのに自分のことしか考えてない、ってな」
シュリが付け加えた。
「評判でいうなら、北のリーエンとやらも相当だがな。あちらはとにかく強引に人を掻き集めているらしい。その数は、二百とも三百とも言われている。間違いなく、今いちばんの大所帯だろう」
リーエン。初日の演説の後にヒスイをしつこく勧誘していた、あの男だ。
「あいつがそんなに……」
リクが、面白そうに言葉を継ぐ。
「あ、断っとくけど、俺はお前らを悪く言う気はないぜ? 先に外の様子を見てくれたやつがいたおかげで、かなりの人数が助かってるのは事実だしな」
ベルカも頷いた。
「同意見だ。噂では、最も多くの死者や怪我人を出しているのも北だという。その不安につけ込んで人を集めている、という話も聞くからな。それに比べれば、シキ君達のやり方のほうがマシ……いや、すまない。よりベターだと、私は思っている」
その言葉に、シュリがすかさず反応した。
「ベターがあるのなら、ベストはどうお考えで?」
鋭い問いだった。何が正解かも分からぬ中では、何を考え、何を選んだところで、必ず不満も異論も噴き出すのだから。
「……ベストの答えを出すのは難しいと思う。だが、やはり情報の共有を含めて、もっと連携を深めていくべきだ」
ナイクが疑問を挟む。
「連携ってのは、例えば?」
ベルカが、考えながら言葉を選ぶ。
「例えば、どのグループがどの方面を探索するか、あらかじめ割り振っておく。そうすれば最も効率よく情報を集められるはずだ」
サラが首を横へ振った。
「合理的ね。けれど、現実味が無いわ。その役割を振った瞬間に責任が生まれる。けれど、その責任を負わせる仕組みも、制度も、権限も、今の私達には何ひとつ無い。空中分解になるのがオチよ」
リクがそれに同意する。
「あー、わかる気がするなぁ。これがしょうもないバイトなら、サボるやつが出たって別にどうでもいいんスよ。けど今は命がかかってる。適当な仕事されちゃ、困るっていうかさ」
つまりさー、とリクが締めくくった。
「今の俺らは全員、命を張った自己責任で外に出てるわけだろ。で、そこで手に入れた情報やら何やらを、売ったり買ったりしてる。その前提があるからこそ、ギリギリ互いを信じられるんだよなぁ」
そして、リクがシキへ水を向けた。
「んで、さっきからずっと黙ってるけど。ハルシオンロードのリーダーさんは、なんか意見あんの?」
シキが、思案げに答える。
「いろいろ考えてんだなってのは、よくわかった。けど――じゃあ、今みんなが欲しがってる情報って、誰が調べてくるんだ?」
場が、しんと静まった。
「結局さ。誰かが危ないことをやるんだろ。それをやる能力と、やる気のあるやつが。だったら、そいつが動きやすいようにしておくほうが全体にとってもベターじゃねぇか? ――具体的には、今の形だ」
シキの語る理屈は、ある側面ではまぎれもなく強者の理論だった。
シュリがくすくすと笑う。
「君に投資しろ、と?」
シキは軽く首を横へ振った。
「さっき言っただろ。その危険に踏み込める能力とやる気があるやつだ、ってな。それは俺たちでもいいし、あんた達でもいい。より前へ進める人間が進んでいこうぜ。それだけの話だ」
「付け加えるなら」と、サラが言葉を継いだ。
「その『危険に踏み込む』は、続けられなければ意味がないわ。使った費用を補填して、さらに先へ行くために、準備を整えていく必要がある。情報の売買を始めた理由がまさにそれよ。――ええ、それが格差を生むかもしれない。けれど、格差の下を気にするより、まず前に進むことを優先すべきだわ。本気で元の世界に帰りたいのならね」
ハルシオンロードの方針が、はっきりと言葉になった瞬間だった。




