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第28話 帰り道

第28話 帰り道


「まさか向こうから接触してくるなんてな」


 シキは一瞬考える。このタイミングで街のトップが出てくる意味はいったい何なのか。


「聞きたいことが山ほどあるわね」


 サラの目が鋭く光った。


 その様子を見て、ヒスイが頼もしげに笑う。


「ここはサラに任せるか。俺らは黙っとこう」


 ヒカリとダンも静かに頷いた。


 シキがナイクへ向き直る。


「ナイク、ちょっと行ってくるわ。また後で話そうぜ」


「わかった、また後でな。……なぁ、ついでに他にも声かけていいか? サラさんが情報を売ったパーティーのリーダー連中に、顔つなぎしときたいんだ」


 サラも同意を示した。


「いいわね。このあたりで少し、情報売買以外の繋がりも作っておきましょう」


 頷き合うと、ナイクは仲間を連れて外へ向かった。シキ達五人は、受付嬢に案内されて二階への階段を上っていく。


「あ、お、俺も!」


 ベータも続こうとしたが、受付嬢にやんわりと止められた。


「申し訳ございません。面会はシキ様方のクラン加入者のみとさせていただいております」


 ベータはまた一人、取り残された。


   ◇


 応接室は、想像していたほど豪奢ではなかった。


 厚い木の扉の向こうにあったのは、長い楕円形のテーブルと、それを囲む十脚ほどの椅子。壁には南門周辺の地図と、圏外へ延びる古い街道図らしきものが掛けられている。棚には書類の束と革表紙の台帳が整然と並び、窓際には水差しと空のグラスが置かれていた。


 清潔で、上質ではある。だが、貴族の客間というよりも街を動かすための会議室だった。飾り気よりも実用。権威よりも責任。そんな空気が部屋全体に染みついている。


 窓の外には南大路のざわめきが遠く聞こえていた。厚い壁に遮られてなお、怒号とも歓声ともつかない人の声が低い波のように届いてくる。


 その部屋の奥、窓を背にして一人の男が立っていた。


 そこにいたのは壮年の男だった。髪は短く切り揃えられ、体つきはがっしりとしていて全身に貫禄が滲んでいる。何より、こちらを射抜くような目の力が強かった。


 サーティス・ラド・グレンディ。


 この街の代表を名乗り、初日に演説を行った男だ。


「あんたがサーティスさんか」


 どんな話が飛び出るかもわからない。シキのその警戒が声と態度にもろに出てしまう。


 長いテーブルを挟んだ奥で、男が口を開いた。


「よくぞ来てくれた。会えて嬉しく思うよ。私がこの街の代表、サーティス・ラド・グレンディだ。昨日の演説は聞いてくれていたと思うがね」


 見た目にそぐわぬ穏やかな挨拶に、シキは自分の第一声が場違いだったと悟った。だが、サーティスの顔色は変わらない。こちらの態度が少々悪い程度のことは、織り込み済みなのかもしれなかった。


「シキだ。よろしく」


 それでも、敬語を使う気にはなれなかった。どうしても拭いきれない敵愾心が胸の底にわだかまっている。


「名前は存じているよ。クラン登録は完了しているのでね、君たちのことは把握している。報告が上がってきた時には、正直に言って驚かされた」


 サーティスは自分のリングストレージを起動し、その半透明のディスプレイをこちらへ向けてきた。


 そこには、先ほど受付嬢が読み上げた成果の一覧がそのまま表示されていた。


「たった二日。いや、厳密には一日半か。この短期間で、これほどの成果を上げてくれるとは思いもよらなかった。やはり開拓者に名乗りを上げるだけあって、こうした事には元々覚えがあったのかね?」


 その言葉にシキ達は固まった。想像していた前提が、根こそぎひっくり返りかねない言い回しだった。


 シキは慎重に言葉を選ぶ。


「俺たちのいた国、日本じゃ、こんな武器を持つ機会はねぇよ。なんか武術でもやってれば別だけどな。ましてや武器を握ってモンスターと戦う? 日本どころか、地球全体でも何人いるんだって話だ」


 サラも頷いた。


「銃ならまだしも、剣や槍での実戦経験がある人なんてそうはいませんわ」


 他のメンバーも揃って頷く。


 それを聞いて、今度は怪訝な顔をしたのは、サーティスと入口脇に控えていた受付嬢のほうだった。


「……なんだと? どういうことだ」


 シキが問い返そうと口を開く。サラの丁寧な言い回しを見習うべきかと内心で反省した。


「こっちが聞きたいです。そちらの認識じゃ、俺たちはどういう理由でここにいることになってるんですか?」


 下になりすぎず、杜撰な態度にもならず。このくらいでいいかと、シキはひっそりと頷いた。


 サーティスはその態度の変化もあまり気にならなかった様子だ。


「演説の通りだ。君たちはこの大陸の開拓に志願した者達だと聞いている。当初、十万もの人間が移り住んでくると知らされ、その受け入れを頼まれたのだよ」


「受け入れを頼まれた? 誰にですか?」


「この世界の王だ。百年前、この世界の大戦をたった一代で鎮められた御方だよ」


 その言葉に、シキ達は息を呑んだ。


「なるほど、な……」


 シキが思案げに黙り込む。


 代わって、サラが口を開いた。


「その王とは、どこにいらっしゃるのかしら。この街に?」


 サーティスは首を横に振る。


「いや。この国にはおられん。我々はただ指示を受けるだけの立場だ。それも、そう頻繁にあるものではない。今回の開拓者招致の件が近年では最も大きな指示事項であった」


「そうですか。では、こちらの事情もお伝えしておきますわ」


 サラは言葉を一つひとつ丁寧に置いていく。


「我々は昨日、元いた世界から何の前触れもなく、見知らぬ草原に立たされていました。私の場合はヒグアナの幼体に襲われ、その際に契約武器ルーラーが手に現れたおかげで撃退することができました。そしてその直後、この街のあの広場へと転移させられた。――こういう理解です。つまり我々は、この街の、この大陸の開拓事業になど志願してはおりません。全員が元の国への即時帰還を望んでいます」


 サラの話を最後まで聞いて、サーティスの顔がみるみる険しくなった。言葉の意味を正しく理解したらしい。


「……なんという事だ。それで開拓者達がこのような有様になっているのか」


 言いにくそうにサーティスが続ける。


「昨日、この街へ辿り着いた五万人の中から、すでに三百を越える死者が出ている 。我々の想定をはるかに上回るペースで困惑していたのだよ。一方で、君たちのように大きな成果を出す者もいる。何が起きているのか、こちらもまるで掴めずにいたのだ」


 サラが問い返す。


「だから会いに来てくださった、と?」


「そういう事だ」


 シキが口を開いた。


「外に出る気のない人達を、この街で保護してもらうことは?」


「すまないが不可能だ。予算が足りん」


 ヒスイが思わず食ってかかる。


「それを何とかすんのはあんた達の仕事だろう!?」


「ヒスイ。事を荒立てないで。意味がないわ」


 サラが低く嗜めた。


 ヒスイが、ハッとして一歩下がる。


「……いや、悪い。つい、カッとなった」


 サーティスはゆるく首を振った。


「いや。君たちの事情は理解した。心情は察してあまりある。しかしな、こちらはすでに君たちへ絶大な支援を行っているのだ。これ以上の予算の捻出は難しい。そして、今の支援は君たちの活躍による経済の活性化を見込んだ先行投資も兼ねていてね。心苦しいが、これ以上は出せるものがない」


 シキが、首を傾げた。


「五万フローの支援金のことですか? 五万人に配れば、それだけで二十五億フローですよね。でも、だとしたらもともと十万人を想定してたんだから、まだ二十五億浮いてるんじゃないですか?」


 サーティスが頷く。


「良い指摘だ。が、申し訳ない。その二十五億の使い道はすでに決まっているのだよ」


 わずかに間が空いた。


「まだ先の予定になるが、浮いた二十五億は今後、より大きな成果を出してくれた開拓者への手厚い支援に回す予定だ」


「なるほど……」


 確かに街の側からすれば、全員へ薄く撒くよりもよほど確かな金の使い道なのだろう。死んでいった者の分が、生き残って成果を出す者へ回る。そういう仕組みだ。


 サーティスがさらに続ける。


「それに――君達に配らせてもらった契約武器。あれはかなりの優れものでね。携帯性もさることながら、強化と拡張の幅が桁違いに広い。あの契約武器一つで百万フローはくだらん」


「「百万!?」」


 シキ達が声を揃えて驚いた。


「え、待てよ。だとしたら、五万人分で……」


 サーティスが厳かに言い切る。


「五百億だ」


 重い沈黙が、応接室を満たした。


 一人あたりの支援金と武器で、百五万フロー。それだけの元手をかけて、見ず知らずの異世界から五万人もの人間が呼び集められている。志願したわけでもない、帰りたいと願う者達が。


 いったい何のために。


 その問いだけが、誰の口からも出ないまま部屋の空気に重く澱んでいた。


 その澱みを破ったのは、やはりサラだった。


「率直に伺います。私達を元の世界へ帰す手段はあるのですか?」


 サーティスは、静かに首を横へ振った。


「……ない、と言うほかない。少なくとも、私の手の届く範囲には何もない。そもそも私は、君たちがどこから来たのかすら今この場で初めて知ったのだ。『日本』という国も『地球』という言葉も聞いた覚えがない」


 その一言がシキの胸の奥へ冷たく落ちていった。


 帰る手がかりは、少なくともこの街の中にはない。代表ですら自分達がどこから来たのかを知らない有様だ。召喚の一切は、姿も見せぬ王ひとりの中にある。そう突きつけられた気がした。


「じゃあ、その王のところまで行けば、何かわかるかもしれないってことですか」


 シキの問いに、サーティスは慎重に答えた。


「断言はできん。だが、王はこの世界のどこかに必ずおられる。それだけは確かだ。現に指示は届いているのだからな。……もっとも、どこにおられるのかまでは私も知らされてはいないがね」


 居場所も、目的も、帰り方も。何ひとつ、はっきりしない。


 ただ一つ確かなのは、王はこの世界のどこかに実在していて、そこへ至る道は今、モンスターに呑まれて閉ざされているということだけだった。


 シキはゆっくりと息を吐いた。


「……結局、進むしかねぇってことか。道を切り拓いて、街と街を繋いで、その先のどこかにいる王のところまで」


「皮肉なものだな」と、サーティスが薄く笑う。


「君たちが望もうと望むまいと、進むべき道は、我々が頼みたかった『開拓』ということのようだ」


 サラが冷静に念を押す。


「ならば、こちらも条件を確認させてください。進むための支援はいただけるのですよね」


「ああ。約束しよう」


 サーティスは、まっすぐにこちらを見た。


「成果を上げた開拓者には、貢献の度合いに応じて手厚い支援を行う。これは口約束ではない。近く、しかるべき形で示すつもりだ。先んじて動き、先んじて成果を出した者ほど報われる。――君たちのような者ほどな」


 制度の詳細はまだ語られなかった。だが、その響きには、何か大きな仕組みが動き出す気配があった。


「……それと」


 シキが、口を開く。


「そっちも本当は困ってるんじゃないですか? 外に出る気もなくて、ただ不安の中で固まってる連中が街に溢れてる。あいつらをどうにかしないと、いずれ街そのものが保たなくなる、と思います」


「……その通りだ」


 サーティスの表情がわずかに翳った。


「保護してやりたいのは山々だ。だが先も言った通り、そうできるだけの予算がない。動けと尻を叩くこともできん。今の彼らに足りないのは、金でも命令でもない。――希望だよ」


「希望か……」


 シキが、そっと繰り返す。


 不安に呑まれて俯いている五万人の開拓者。その中で、たった二日、いや一日半で、ここまで来た自分達がいる。誰かが先を歩いて見せなければ、後ろの誰も足を踏み出せない。そういうことなのだろう。


 シキは仲間を見回した。ヒスイも、ヒカリも、ダンも、サラも、何も言わずにこちらを見ている。その目が、好きにしろと言っていた。


「わかりました。だったら、こっちもはっきりさせておきます」


 シキは改めてサーティスの顔をしっかりと見据えた。


「俺たちはこの世界の開拓に志願したわけじゃないです。けど――こうなった以上はこの世界で生き抜くしかない。生き抜いて、道を拓いて、いつか必ず日本に帰る。そのためならあんたの言う開拓ってやつ、本気でやってやりますよ」


 サーティスはしばし黙ってシキを見つめ、それから深く頷いた。


「ありがとう。その気概こそ、今この街に最も足りないものだ。――期待しているよ、シキ。そして、その仲間達」


   ◇


 応接室を出て階段を降りながら、一行はようやく肩の力を抜いた。


「はぁー……疲れた。なんか、とんでもねぇ話だったな」


 ヒスイが、首の後ろを揉みながらぼやく。


「収穫はあったわ。帰る手段は今のところ無い。私たちをこの世界に召喚した王が世界のどこかにいる。そして街は、私達のような先行者を手厚く遇するつもりがある。なら、やることは一つよね」


「外に出て稼ぐしかねぇってのは、最初から変わってないけどな」


「ええ。でも、ただ生きるために走るのと、帰るために道を拓くのとでは意味が違うわ」


 その言葉にシキが小さく笑った。


 受付の隅、人気の少ない一角まで来たシキが足を止める。リアと少女は治療室、ナイクは外。今ここにいるのは五人だけだ。


「なあ。さっきの登録のとき、クランの名前決めを保留にしてもらってただろ。あれ、決めちまわねぇか」


「お、いいねぇ。やろうやろう!」


 ヒカリが真っ先に食いついた。


「どうせなら強そうなのがいいよな。『ブラッドファング』とか『鋼の牙』とかさ」


 ヒスイが拳を握ってみせる。


「強い=牙なの? 却下よ。物騒すぎるわ」


 サラが即座に切って捨てる。


「私はもう少し、自分達の在り方が伝わる名前がいいと思うわ。……といって、良い案があるわけでもないのだけど」


「うーん。『ミミネコ団』は? 可愛いし、縁起良さそうじゃない?」


「ヒカリ、お前な……」


 ダンが苦笑しながら口を開いた。


「名は、看板だ。他の開拓者がその名で我々を呼ぶ。我々が何者で、何をする集まりなのか。それが一言で伝わるものがいい」


 何者で、何をする集まりか。


 シキは、ふと考える。


 自分達がやってきたこと。これからやろうとしていること。誰も通れなくなった道を、もう一度、人が安全に歩けるようにすること。モンスターに呑まれた街道を、街と街を繋ぎ直すこと。帰るための道を、自分達の足で拓いていくこと。


「……道、だな」


 ぽつりと、シキが呟いた。


「俺たちがやってんのは、結局それだ。誰かが安全に通れる道を作っていくこと。それがいつか、俺たちの帰り道に繋がっていくんだ」


「道、か」と、ダンが頷く。「悪くない」


「だったら、こういうのはどうかしら」


 サラが、ふと思いついたように口にした。


「ハルシオン。……昔、本で読んだのだけど。嵐の海にも、波がぴたりと凪ぐ穏やかな日があって、それをそう呼ぶそうよ。荒れた海をわたる鳥の伝説から来た言葉だったかしら」


「凪か……」


 シキがその響きを舌の上で転がす。荒れ狂う圏外。次々と人が消えていく過酷な外の世界。その中に、人が安心して通れる穏やかな一本の道を通す。


 その絵が、すとんと胸に落ちた。


「いいな、それ。――ハルシオンロード。俺たちが安全な道を作っていく。そういうクランだ」


 誰も異を唱えなかった。


 ヒスイが、にっと笑う。


「ハルシオンロードか。ちょっと気取ってるが、悪くねぇ」


「あたしは好き! 響きが綺麗だもん」


 ダンが、満足げに頷いた。


「異論はない。良い名だ」


 サラが小さく息を吐いて微笑む。


「決まりね。リアにも目を覚ましたら伝えましょう。……きっと喜ぶわ」


 ハルシオンロード。


 荒れ果てた世界に、凪の道を通す者達。


 五万人の開拓者の中で、誰よりも早く圏外の奥へ踏み込んだ六人。


 そして、成り行きのまま七人目を迎えることになったクランの名が、この日、静かに決まった。



今回のエピソードを持って、第一章とさせて頂きたいと思います。


まだ書き溜めはありますが、一日一話ペースをいつまで維持できるかは不透明とさせてください。


そして、ここまでシキ達の物語を追ってくださった皆さまには、感想コメントと、ご評価を頂ければ幸いです。


これだけの話数を使って、まだ物語時間にして二日目ですが、ここから物語が加速していく予定です。


お楽しみに!

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