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第27話 決断の代償

本日は20時に、28話を更新致します。

 他の開拓者達の不満が渦巻くのを背に、シキ達はリアと瀕死の少女を奥の部屋へ運び込んだ。


 扉をくぐると薬品めいた匂いがふわりと鼻腔を撫でた。表の喧騒が嘘のように遠ざかる。広い室内には、簡素ながら清潔な寝台が十台ほど並んでいた。窓から差し込む西日が床に長い影を落とし、棚には見慣れない瓶や器具が整然と並んでいる。まだほとんど使われた形跡のない、おろしたての治療室だった。


 その部屋の隅で白髪の男が椅子にふんぞり返っていた。


 受付嬢が声をかける。


「グラド先生。怪我人です。処置をお願いします」


 振り向いた男は白髪のわりに思いのほか若く見えた。だがその顔は、心底面倒くさそうに歪んでいる。


「あぁ? 一週間は暇なはずだっただろうが。まさかもうギルド所属になったヤツらがいんのか?」


「一週間というのはあくまで見込みです。彼らがこちらの想定以上に優秀だっただけのこと。では、あとはお願いしますね」


 言うだけ言って、受付嬢は部屋を後にした。


 グラドがシキに横抱きにされたリアの顔を気だるげに覗き込む。


「あー……魔法力枯渇症だな。そこらのベッドに寝かせとけ。夜には目を覚ます。宿があんなら連れて帰んな」


 シキは首を傾げた。ギリギリの状態でロア・スピアを放ったあの一撃で、魔法力を使い切ったのだろうか。だとすれば、魔法使いというのは、強力な一撃を持つ代わりに、あまりにも危うい綱を渡っているのではないか。


 グラドの視線が次にヒスイの背の少女へ移る。


「ヒグアナにいかれたか。幼体だったのがせめてもの幸いだな。だが血を流しすぎてる。普通の手当てじゃもう手遅れだ」


「ちょ、おい先生! なんとかなんねぇのかよ!」


 ヒスイがたまらず声を荒げた。無理もない。あの岩場からこの少女をここまで背負ってきたのはほかでもないヒスイなのだ。間に合わないなどと言われて平静でいられるはずがなかった。


 その剣幕にグラドは冷ややかな視線を返す。


「なんとかすんのはお前らだ。治療費は十万フロー。払えねぇなら連れて帰れ。遠からず死ぬだろうがな」


「十万!?」


 シキは思わず叫んだ。


 ヒカリも頭を抱える。


「そんな大金とるの!? あんなに一生懸命戦ったのに!?」


 グラドはがりがりと頭をかいて吐き捨てた。


「ヒグアナの幼体ごときに後れを取ったそいつが悪いんだよ。で? 払うのか、払わねぇのか。どっちだ」


 シキは一瞬迷った。だが結論は変わらないと、すぐに思考を打ち切る。


「払う。二人ともいいか? サラとダンにはあとで俺が謝る。昨日の二十万から出すぞ」


 ヒスイが天を仰いだ。


「ああ、くそ! サラ達がまた大きく稼いでくれてることを祈るしかねぇな」


 ヒカリも激しく頷いて同意を示す。


 部屋の入口で成り行きを見ていたベータが顔を青ざめさせた。


「十万? 俺らがもらったのは五万なのに、治療費が十万って……そんなの詐欺だろ」


 その悪態もどこ吹く風だった。グラドは気にした風もなく左腕のリングストレージを差し出す。シキも合わせて腕輪を翳した。


 入金を確かめたグラドが奥のテーブルから何かの魔法具と大ぶりの緑の石を持ってくる。


 今日幾度か目にした風の魔石に似ている。だがひと回り大きく、まだ魔法力を通してもいないのに淡く輝いていた。


「それ風の魔石か?」


「魔晶石だ。お前らが見てきた魔石の、一段上のレア物だぜ」


 グラドは機械のような魔法具を少女の枕元へ据え、その上に魔晶石をはめ込んだ。そして少女へ両手を翳す。


「風精よ、癒しの風となり我が手に集え。かの者を包む、癒しの大気となれ。――リジェア・アスフィア」


 粗雑な物言いからは想像もつかぬほど澄んだ音の連なりだった。魔晶石が緑の光を強め、束ねられた魔法力が柔らかな風となって渦を巻き、少女の体をまるごと包み込んでいく。痛々しく開いていた肩の傷が見る間にふさがり、血の流れが止まっていった。蒼白だった頬にわずかに赤みが差してくる。


「よし。この程度の怪我なら、一日二日で目を覚ますだろ。それまでは絶対安静だがな。――おい、そこの衝立で囲って着替えさせてやれ。服はその箪笥のを適当に使え」


 言われ、ヒカリが弾かれたように箪笥へ駆け寄る。シキとヒスイも慌てて衝立を運んで少女の寝台を囲った。


 患者用の服を見繕いながらヒカリが尋ねる。


「看護師さんみたいな人はいないんですかー? グラド先生ひとり?」


 グラドは自分の椅子へ戻り、どかっと腰を下ろした。


「今はな。来週から何人か雇う予定だった。こんなに早く患者を診ることになるとは思いもしなかったぜ」


 ヒスイがようやく緊張が解けたように、床へ座り込む。


「はぁー……なんにせよ、よかったぜ。今日俺らが依頼を三つクリアしてなかったら、この子は助からなかったんだろ? シキの判断は間違ってなかったな」


 グラドがにやりと笑った。


「お前ら、今後もこうやって瀕死の開拓者を助けて回るつもりか?」


 シキが苦々しい表情で答える。


「……決めてねぇよ。今回はたまたまだ」


「ハッ。思ったより冷静な答えだな。早死にするタイプじゃなさそうだ」


 グラドのその所感に、ヒスイの片眉が跳ね上がる。


「はぁ? シキのどこが冷静なんだよ。今日だってギリギリの判断の連続だったんだぜ」


 堪えきれないように、グラドが「くっくっく」と喉を鳴らした。


「ギリギリの判断ってのはな、最後の最後まで考えてるってことだ。決めつけねぇ、思考を手放さねぇ。常に臨機応変を求められる開拓者にとっちゃ、おあつらえ向きの資質じゃねぇか」


 衝立の向こうで少女に服を着せながら、ヒカリが感心したような声をあげた。


「なるほどー。確かに大事かも。あたしも今日、初めてのヒグアナにちょっとパニクっちゃったしさ。ああいうのなくしていかなきゃねー」


 グラドが意外そうに片眉を上げる。


「ほぉー? いい心がけじゃねぇか。クラン設立第一号ってのは伊達じゃなさそうだ」


 クラン。先ほどから聞くその言葉は、パーティーとはまた別物なのだろうか。


 問うべきかと迷ったが、ふとリアの姿が目に入った。今は静かに、規則正しい寝息を立てている。シキはそちらを優先することにした。


「グラド先生。さっきこの子を見て魔法力枯渇症って言っただろ。魔法使いはよくなる症状なのか?」


 グラドは首を横に振った。


「いいや、珍しいぜ。少なくともしょっちゅう見るもんじゃねぇ。魔法力ってのはいわば体力だ。お前、自分の意思で気絶するまで全力疾走できるか?」


「……やろうとも思わねぇな」


「そういうこった。やろうと思ってできるもんじゃねぇ。火事場の馬鹿力が要るような場面で、死にものぐるいに魔法力を振り絞る。付け加えて、それだけ魔法力を扱う資質に長けてなきゃこうはならねぇんだよ。度が過ぎりゃ命を落とすこともある。ま、記録に数件残ってる程度だ。安心しな」


 その言葉を部屋の隅で聞いていたベータが、また顔を青くした。


「……もしかしなくても、その子が倒れたのって……俺の、せい?」


 ヒスイが、盛大なため息を吐く。


「やーっと気づいたかよ。シキにぶっ飛ばされた時点で気づけっつーの。……後でリアに礼を言っとけよ。頼んでないとか抜かしてみろ、もう一発ぶち込んでやるからな」


 ぶんぶんとベータが首を縦に振った。


 そして、シキもようやく肩の力を抜いた。


 今日の午前からここまで。あまりにも濃密すぎる半日だった。


   ◇


 この先の動きを互いに確かめ合ったあと、シキはベータへ向き直った。


「ベータ。ここに残ってその子の看病を頼めるか」


 言われたベータは、またもシキに指図されたことが気に入らないのか露骨に顔を歪めた。


「は? はぁ!? なんで俺がそんなことしなきゃならねぇんだよ!」


 シキはその反発に取り合うでもなく、あっさり頷いた。


「そうか。――グラド先生。彼女をしばらく、いや、せめて一日ここに泊めてやれないかな」


 今のやりとりを面白そうに眺めていたグラドが、笑いながらその頼みを受け入れる。


「いいぜ。本来入院費は一日一万フローだがな。今回だけサービスしといてやる。見ての通り患者もいないからな」


「助かるよ」


 あっさり話がまとまったことに、かえってベータのほうが焦りはじめた。


「な、なんでだよ! 今、俺に頼んだじゃねぇか!」


「あの岩場から撤退するときに言っただろ。好きにしろってな」


「!!」


 自分は今、完全に切り捨てられたのだ。ベータはそう理解した。


 見かねたヒスイが助け船を出す。


「おいシキ。せめて挽回の機会くらいあってもいいんじゃねぇのか?」


 シキは、軽く肩を竦めた。


「今やっただろ。まあ、どっちでもいいよ。好きにしてくれ」


 言って、シキはリアの様子を見るように屈み込む。もうベータへの興味は失せたようだった。何より、あの時あの場面で命を救われたベータが、リアに対して言った暴言をシキは許せそうになかった。


 と、治療室の扉が開き、先ほどの受付嬢が顔を覗かせた。


「シキ様。サラ様とダン様がお着きですよ。こちらへお通ししますか?」


 その問いに真っ先に反応したのはグラドだった。


「おい、ここを待合室にすんじゃねぇよ。出てけ出てけ。――ああ、そっちのガキは寝かせといていい。一応病人だからな」


 シキが頭を下げる。


「わかった。ありがとう。後で迎えに来るよ」


 シキが治療室を後にし、ヒスイとヒカリも続いた。


「あ、えっと、お、俺も……」


 取り残されかけたベータも、慌ててその後を追って部屋を出た。


   ◇


 ギルドの受付には、サラとダン、それにナイク達が待っていた。


 サラがこちらに気づいて歩み寄ってくる。


「あの二人、大丈夫なの?」


 シキが頷いた。


「ああ。リアは夜には目を覚ますだろうってさ。大怪我した子のほうは、ここの医者の治癒魔法で塞いでもらった。一日二日で目を覚ますだろうって」


 それで、と言いかけて、シキは口ごもった。


 少し考え、サラとナイクをギルドの隅へと促す。ダンが、他の開拓者に盗み聞きされぬよう、さりげなく壁になって立った。


「ナイクにも、一応伝えておく。それからサラ、先に謝る。リアは治療が要らなかったから金はかかってねぇ。けど、あの子の治療費に……十万フローかかった」


「「十万!?」」


 サラとナイクが思わず叫び、慌てて自分の口を押さえる。


「事情は後で詳しく聞くわ。ただ、この話は……」


 ナイクも深く頷いた。


「ああ。治療費に十万なんて話が知れ渡ったらマジでやばいぞ。下手すりゃ暴動が起きるかも」


 ちらりとギルド内を見渡す。


 依頼を求めて詰めかけた人混みの中には、怪我人も少なくない。傷口に布を巻きつけただけの者も、そこかしこにいた。とはいえ、比較的軽い傷に見える者が多い。十万を払って治すほどの傷ではなく、かといって、放っておけば膿む。そういう宙ぶらりんの怪我人が多かった。


 売るべき情報と隠すべき情報。これまで情報は広めるものだった。だが今、初めて、決して広めてはならない種類のものをシキ達は手にしていた。


 シキも低く頷く。


「だよな。――それともう一つ。ここで治療を受けるにはギルドに所属してる必要があるんだ。俺たちは要件の依頼三件と敵性モンスター二十体の討伐を達成してたから診てもらえた。で、そのときにあの子もうちのパーティーの一員ってことにして、七人の『クラン』って形でこのギルドに所属することになった」


 必要最低限のことだけを手短に伝える。


 サラは、またもピクリと眉を動かした。が、状況が状況だ。周囲の視線がやたらと刺さる理由も理解して、ひとまずは口の中の言葉をすべて飲み下す。


「わかったわ。言いたいことは山ほどあるけれど、まずは落ち着ける場所に移りましょう。ナイク達はどうする?」


 そうだな、とナイクが少し考えた。


「正直、一度腰を据えて話がしたいぜ。昨日からここまで、展開が早すぎてついていけてないからな」


 シキも、少し笑って頷く。


「本当にな。一回、頭ん中を整理したいところだぜ」


 と、そこへ受付嬢が、再び声をかけてきた。


「シキ様。皆さんお揃いのようですので、二階の応接室へお越しいただけますか?」


 一行が、二階へ続く階段を見上げる。


 受付嬢はほんの少し声をひそめてこう告げた。


「この街の代表――サーティス様が、お見えになっています」



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