第21話 成果と課題
荒い呼吸が、まだ整いきらないうちだった。
シキは剣を担いだまま、開けた草地をぐるりと見回す。倒した獣は合わせて九体。だが、その手応えに浸っている暇はないと、もう分かっていた。
「長居は無用だな。さっきのでよく分かった。派手にやったぶんだけ、どんどん集めちまう」
「同感だ。回収してすぐにここを離れよう」
ダンが低く頷く。
六人は手分けして、倒れた獣へリングストレージを触れさせていった。ヒノシシも、コカリスも、触れたそばから光の粒子になって消え、成果物だけが腕輪の中へ収まっていく。解体も運搬も要らない。時間をかけずに回収できるこの仕組みが今はありがたかった。
手早く片づけ、周囲を警戒しながら、その場をあとにする。
しばらく歩き、大岩を背にした見通しの利く一角に落ち着いた。ヒカリが今の戦闘地点と岩の位置をマップへ書き込むのを待って、ようやく全員が腰を下ろす。
「いやー……死ぬかと思ったぜ。一回終わったと思ったら、二の矢、三の矢だもんな」
ヒスイが、額の汗を拭って苦笑した。
サラは薙刀をリングストレージに格納してから、思案げに口を開く。
「ただの偶然じゃないわ。一度の戦闘の音と魔法の光が次の群れを呼ぶ。……あの廃村のことも考え直す必要があるわね」
その一言に、ヒスイの顔がわずかにこわばった。
廃村。街道跡の奥にあった、ヒノシシの溜まり場だ。まだらの成体が五体に、通常の幼体が二十体以上。手を出さずに退いた、あの場所だ。
「もしあそこで一戦交えていたら、二十数体が一度に、では済まなかったかもしれないわね。倒した音が、奥の群れを次々と呼び寄せて――波がいつまでも引かない。そんな事態も想像できてしまうわね」
シキは、ぞわりと背筋を撫でられる心地がした。あの時退いて正解だったと、改めてそう思う。
「あそこは今の俺たちが触れていい場所じゃねぇな」
「ええ。いつか必ず。でも、今日じゃないわ」
それでも、とシキは思う。たった今、初めての乱戦を誰ひとり欠けることなく越えてきた。火球が飛び交い、空から奇襲が降ってくる。その全てを捌ききった。背中を預け合う六人には、昨日までとは違う手応えが確かに芽生えていた。
◇
息が落ち着くと、サラがリングストレージを開いた。今日ここまでの成果が、半透明の表示に並んでいく。
「読み上げるわ。火の魔石の欠片、五十五個。火の魔石が、十個。ヒノシシの肉、四十個。牙が十二、骨が六、皮が四。それと、風の魔石の欠片が三個、風の魔石が二個。コカリスの風切り羽が、四個」
「骨と皮、それに羽は初めて見るな。何に使うんだ?」
シキが覗き込むと、リアが小首をかしげた。
「皮は防具に、骨は道具の素材になることが多いと、教本にはありました。風切り羽は……矢羽根か、装飾でしょうか」
「用途がはっきりしないし、数もそこそこ出るわ。新しいぶんはまとめて売って様子を見ましょう。肉も、当面の食べる分を残して余りは売っていいわね。狩り尽くされることがなければいつでも手に入るわけだし」
サラが指先で素早く数字を弾いていく。
「正確には分からないから概算だけれど――ぜんぶ売り払って、二万八千九百フロー」
「二万……!? 一日でかよ」
ヒスイが目を剥いた。
「昨日の分の素材もまだ抱えているわ。それに、ヒノシシの成体三体の討伐依頼。あれを達成したから、街へ戻れば六千フローの報酬が入る。合わせれば、ざっと三万六千フローの稼ぎ見込みね」
「おお、三万六千! 六人で割って……一人六千か。けっこうな額じゃねえか!」
サラが、すかさず釘を刺した。
「落ち着きなさい。一人六千。でも、今の宿は一泊一人四千フローよ。装備の更新や、不意の出費を考えれば、これは余裕のある数字とは言えないわ。昨日みたいに情報がうまく売れる保証だってない。あれはたまたまよ。だから――稼げるうちに、稼いでおくべきだわ」
売る分と、手元に残す分を、サラが手際よく仕分けていく。
火の魔石とその欠片は、火おこしと調理に欠かせない。余った欠片は、街で別の属性と交換に回す。風の魔石の欠片も、水の魔石と組み合わせれば、洗濯や防具の汚れ落としに使える。残しておいて損はない。
「それと、こっちは絶対に売らないわ」
サラが、二個の完全な風の魔石を、そっと脇へ取り分けた。
「これについて――リア。あなたに、訊きたいことがあるのだけど」
◇
「はい。風の魔石は初級の回復魔法『リジェア』に使えるんです。かすり傷くらいなら塞げます。血を止めて、痛みを和らげる効果も」
リアの言葉に全員の視線が集まった。注目を浴びて、リアは少し言いにくそうに続ける。
「……ただ、術者の魔法力と風の魔石を、両方消費します。欠片では発動できなくて、完全な魔石が要るんです。それに、わたしは攻撃魔法のほうが性に合っているみたいで、回復のときは、ほとんど魔石の力に頼ることになります。もしかしたら、治癒魔法の適正の高い人なら自前の魔法力だけでも発動できるかもしれません」
「他の連中にはできねぇのか?」
「たぶん、起動すら難しいと思います。これは少し特別な魔法みたいなので。触った感じ、起動するのにロアと同じくらいは魔法力を使う事になりそうですね」
つまり、この六人で癒しの手を持てるのはリアただ一人。そして、その元手となる風の魔石は、今、たったの二個だ。
言い換えれば――治せるのは、あと二回きり。
それでも大きな前進だった。いざという時の保険があるのとないのでは、心の持ちようがずいぶんと違う。リアの負担が大きくなったともいえるが。
「……あ。そういえば、シキさん」
リアが、ふとシキの右手に目を留めた。コカリスを殴りつけた、あの裏拳。拳の甲が薄く腫れて赤くなっている。
「腫れてます。よかったら、リジェアを……」
「ああ、これか」
シキは手をぐーぱーと開いてみせた。痛みは、もうほとんど引いている。
「平気平気。かすり傷みたいなもんだ。それより、貴重な風の魔石は二個きりなんだろ? リアの魔力だって、さっきの戦いでほとんど空のはずだ。こんなんに使うのはもったいなさすぎる」
「でも……」
「リアの魔法力と魔石はいざって時のために取っとけ。誰かが本当にやられた時、使えなきゃ意味がねぇだろ」
「……はい。次に怪我をした人がいたら、必ず」
リアがこくりと頷いた。
どうせこの程度ならすぐ治る。シキはそう軽く考えていた。なぜ自分の傷がこんなにも早く塞がるのか。その本当の理由には、まだ思い至っていない。
◇
ひと息ついたところで、シキが皆を見回した。
「で、この後どうする。サラの言う通りもう少し稼いどきたいよな」
「ええ。ただし、進め方は変えるべきだわ」
サラが指を立てて整理する。
「群れとはもう戦わない。さっきみたいな連戦は割に合わない。狙うのは、単体か、せいぜい少数。けれど、コカリスだけは別よ。見つけたら積極的に狩るべきね」
「風の魔石だな。つまり成体を探す必要はあると」
「ええ。回復の元手はいくらあっても困らない。それにコカリスの成体も依頼の対象だしね」
それからサラはリアへ目を向けた。
「リアは魔法力が戻りきるまで戦闘には加わらないで。さっき全力のロアを三発。今はもう、ほとんど残っていないはずよ」
「……はい。お役に立てなくてすみません」
「謝ることないわ。その代わり地図をお願い。歩いた場所をしっかり残していって。それも立派な仕事よ」
ヒカリがマップ機能の手ほどきをすると、リアは慣れない手つきで、こくこくと頷きながら地形を書き込みはじめた。
「で、どこへ向かうよ」
「岩場ね」
サラが地図の一点を指した。
「ダンが言っていた、トカゲ型――ヒグアナの出る岩肌の目立つ一帯。残る依頼の一つよ。今日のうちにどんな相手か、手ごたえだけでも掴んでおきたいわ」
その名に、サラの眉がほんのわずかに寄る。草原で最初に戦った相手の成体。二度と見たくないと零した相手だ。けれど今は、それも稼ぐための一歩でしかなかった。
「よし。なら、岩場を目指しつつ、コカリスがいたら狩る。群れは避ける。――そういう方針でいくか。あとあれだ、香草とかも探しつつだな」
シキのまとめに、全員が頷いた。
◇
出発の前に水を確保しておくことにした。
すぐ脇を流れる細い川だ。各々がリングストレージから水筒を取り出し、川の水を汲んでいく。水筒は一人に一つ。中へ水の魔石の欠片を落とし、一言唱えるだけでいい。
「クラリス」
サラが呟くと濁りの残っていた水が、すうっと澄んでいく。これで、たいていの水は飲めるようになる。初挑戦だったが、うまくできた事にサラもほっと息をついた。
シキも、自分の水筒に水を汲み、水の魔石の欠片を落とした。耐火の指輪に魔法力を通す。条件は、何ひとつ間違っていない。
「クラリス」
次の瞬間。
ぱきんっ、と乾いた音が弾けた。
「……は?」
シキの手の中で、水筒が真っ二つに割れていた。中の欠片も、砕けて消えている。汲んだばかりの水が足元へ勢いよくこぼれ落ちた。
しばし、沈黙。全員が驚いた顔でシキを見る。
「……えーっと。なんで? なんか間違えたか?」
「あなた、いったい何をしたの?」
サラが呆れ顔で覗き込む。リアがおろおろと駆け寄った。
「だ、大丈夫ですか!? け、怪我は……」
「いや、怪我はしてねぇけど……水筒が。なんか、魔法力がぴゅっていった感じなんだよ。ぴゅって」
どうやら、魔法力の起動そのものはできていた。問題はその勢いだ。じわりと通すべきところを、一気に魔法力が魔石の欠片に叩き込まれてしまったということらしかった。
「お前、力加減ってもんを知らねぇのか!」
ヒスイが腹を抱えて笑い出す。
「うっせぇな! こんな難しいと思ってなかったんだよ」
「水筒、一個で千フローだよー? シキ、ドンマイ!」
ヒカリまでけらけらと笑った。
幸い、コップの部分だけは無事だった。結局シキはこの日一日、仲間に水を分けてもらう羽目になったのだった。
「ほら、笑ってないで行くわよ。岩場までまだまだ歩くんだから」
サラの声に一同が腰を上げる。
水を分け合い、軽口を叩き合いながら、六人は岩場を目指して歩き出した。新しい装備も、素材も、癒しの手立ても、そして――乱戦を越えた、ささやかな自信も。昨日までより、足取りはほんの少しだけ、確かなものになっていた。




