第20話 実戦あるのみ
ナイクたちを見送り、焚き火の跡をすっかり片づけてしまうと、シキたちも腰を上げた。目指すのはナイクが地図に印してくれた一帯――ヒノシシの成体が出るという場所だ。
出発直前。サラがふいに、シキへ声をかけてきた。
「少し、いいかしら」
シキが振り返る。
「どうした?」
「……腕の火傷、もう本当に大丈夫なの? 今日見ていた感じだと、問題なさそうではあったけれど」
シキはなんてことのないように頷いてみせた。
「まだ気にしてたのか? もう全然平気だぜ。昨日街に戻った時点で、赤みもだいぶ引いてたしな」
「そう……」
その短い相槌に、シキは軽く首を傾げた。
「そんなに気に病むなって。仲間なんだし、助け合いだろ? それとも、他に何か引っかかることでもあるか?」
問い返されて、サラは少し言葉を選んでから口を開いた。
「傷の治りが早いというのも、いずれ検証したいところね。……話は変わるのだけど、シキって運動神経が良いわよね。元々、今くらいは動けたの?」
シキは軽く首を横に振った。
「良い方だとは思うけどよ。今はなんつぅか……絶好調って感じなんだ。一番動ける時の自分がそのままデフォルトになっちまってる。そんな感覚だな」
「……私もその感覚だわ」
「え、まじ? サラもか」
サラは思案げに視線を落とし、少し離れた所で銃談義に花を咲かせているヒスイとヒカリへ目をやった。
「昨日あの二人が、私たちには見えなかった人だかりを見つけたでしょう。もしかしたらこの世界には、召喚された者の身体そのものを底上げする何かがあるのかもしれないわね」
シキがその場で軽く屈伸してみせる。
「うーん、そうかもな。マジで足が軽いんだよ。……ま、だからヒノシシ相手なら負ける気がしねぇ、なんて気にもなるんだろうけどさ」
「油断だけはしないようにしましょう。また何か気づいたら、すぐ共有して」
「りょーかい。頼りにしてるぜ、相棒」
「相棒……。まぁ、いいわ」
軽口を交わしていると、ダンが大きな体を寄せて声をかけてきた。
「そろそろ出発しようと思う。いけるか」
「おっと、待たせたか。――よし、行こうぜ!」
おう、と威勢のいい掛け声が、正午の靄を払うように響いた。
◇
ナイクと共有した地図の印を頼りに進むと、ほどなく目当ての場所へ出た。
草の丈が低くなった、少し開けた一帯。その奥に――いた。
ヒノシシだ。成体が一体、幼体が四体。赤と黒のまだら模様をまとった大きな一体を中心に、無地の幼体が群れている。ナイクから聞いた数より増えていた。
六人は、素早く草陰へ身を伏せる。
純粋な頭数なら、六対五。だが、動く的にまだ魔法を当てられないリアを戦力に数えなければ、五対五――シキたちにとって、初めての同数の戦いだった。だからこそ、リアの一撃が活きる。
「計五体か。さて、どう攻めるよ」
ヒスイが、声を潜めて言った。
「じっくり観察、というわけにはいかなそうね」
サラが、まだら模様の一体から目を離さずに呟く。
「俺が突っ込んで掻き回してこようか」
「やめとけ無謀野郎……って言いたいとこだけどな。シキが上手く捌ける前提なら悪くない案かもしれねぇ。隙をついて一、二体でも倒せりゃ、あとはいつも通りだ」
ヒスイがにやりと口角を上げる。そこへ、リアがおずおずと手を挙げた。
「あの、私がロアで一体、怯ませるのはどうでしょうか。この距離でも、頑張ればダメージは通ると思います。……当たれば、ですけど」
「向こうの成体――まだらのヒノシシが、火球を撃つために足を止めてくれるなら、それで二体止まることになるよな。残りの三体を、一気に片付けりゃいい」
シキが指を鳴らすと、サラがすかさず釘を刺した。
「都合よく考えすぎよ。リアの魔法が外れた時や、効かなかった場合はどうするの。私たちが一、二撃で仕留め切れる保証もまだないわ」
「それを『できるように』なりに来たんだろ。今の俺たちに『できる』って言い切れることなんて、ほとんどねぇよ」
確かなものは、まだ何ひとつ手にしていない。あるのは実戦で一つずつ確かめていくという覚悟だけだ。
「……そうね」
サラも短く頷いた。
「もし外して襲ってきたら、あたしが対処するよ。リアちゃんには指一本触れさせないからね!」
ヒカリが胸を叩くと、リアが小さく頭を下げた。
「あ、あの、ありがとうございます」
シキが、リアへ向き直る。
「先制攻撃でいく。まずはリアの魔法を一発ぶち込む。それと同時に、俺が奇襲で掻き回す。あとは一気に殲滅だ。俺が先に行くから、お前らついてこいよ」
「了解だ」「りょうかい!」
「よーし、やってやる。射線が被ると危ねぇ。声、かけ合っていこうぜ」
「……わかったわ。やりましょう」
「うん! 頑張ろう!」
全員の視線が、リアへと集まった。リアの魔法が、開戦の合図だ。
「はいっ。やってみます!」
◇
リアが数歩前へ出た。大ぶりな杖・スプライトを両手で構え、その先を、群れの一番手前にいる幼体へ向ける。
「一番手前の幼体だ。今日の練習の成果、見せてくれよ」
シキが、低く言った。
「はい! ――我が手に集い、束ねて一条――」
杖の先で、魔法力が渦を巻いて凝っていく。今日の午前、何度見たどの時よりも、光の密度が高い。芯の通った、まっすぐな光だ。
その時、ヒノシシたちがいっせいにこちらを向いた。
白く濁った目が、草陰の六人を捉える。
シキが、地を蹴る寸前まで身を沈め――。
「撃ち放て! ロア!」
束ねられた光の塊が、詠唱の終わりとともに撃ち出された。
同時に、シキが飛び出す。
「いくぞ!!」
ロアの一条が、まっすぐ幼体へ襲いかかる。それを追うように、シキが疾走した。三十メートルの距離を、一歩ごとに塗り潰していく。
「……当たって!」
今日はまだ一度も、動くモンスターへの攻撃をリアは成功させていない。
だが。
(あたる!)
シキにはわかった。これは直撃する。敵の初動、群れの並び、光の軌道。その全部が、頭の中で一本の線に繋がっていく。
はたして、幼体の反応は鈍かった。避ける素振りすら見せない。
ドンッ!!
巨大なハンマーで殴りつけたような音が、開けた草地に轟いた。
一番手前の幼体に――ロアが、見事に直撃する。
「上出来! ――トドメだ!」
衝撃をまともに浴びた幼体が、もんどりうって倒れ込む。そこへシキが、地を蹴って一気に跳んだ。空中で右手を逆さに翻し、
「ストレイター!」
光が刃になりきるより早く、その切っ先を幼体の首へ叩き込む。獣は一度だけ大きく痙攣し、動かなくなった。
これで、残り四体。
着地と同時に、シキはもう次へ向かって走り出していた。
狙うのは、群れの最奥。赤と黒のまだら模様をまとった成体だ。
ストレイターは、すでに手の中にない。突き入れたそばから格納し、走りながら呼び戻す。刃を引き抜くという一手間をまるごと省くためだ。一瞬の無防備と引き換えに得るこの速さは、今のところ六人の中でシキにしか扱えなかった。
他の獲物には、目もくれない。
背後からわずかに遅れて仲間たちの足音が、声が追ってくる。それに背を押されるように、シキはさらに加速した。
まだら模様の成体が低く唸る。歪に捻れた二本の牙、その狭間に、ぶわりと火球の芽が膨らみはじめた。
(遅い!)
完全な形を成すより早く、シキは膨らみかけの火球ごと、獣の鼻面へ頑丈な靴底をねじ込んだ。
ぐしゃり、と熱が潰れる。
昨日と同じだ。シキはその勢いを殺さず、成体の背へ足をかけ、反対側へ跳び降りた。敵の真ん中で足を止めれば的になる。仕留めることより、囲まれないこと。体が勝手にそう選んでいた。
これでシキと仲間たちが、残る四体を前後から挟む形になった。
空中で身を反転させながら着地すると、視界が一息に流れ込んでくる。
前衛のサラとダンが、二体の幼体と正面からぶつかる瞬間。サラ側の獣へ狙いを定めるヒスイ。リアの守りを優先して一歩出遅れたヒカリが、ダンと押し合う獣へ双銃を向ける。
そしてシキの側には、こちらへ向き直り突進の構えに入った幼体が一体。まだ目を回しているまだら模様の成体が一体。
この一瞬だけ、戦いはシキ対二体、仲間五人対二体の形に割れた。
(あいつらが来るまで、時間を稼ぐ――)
いや。
「倒してやるよ!」
突進してきた幼体へ、シキは水平の斬撃で迎え撃った。刃が牙を捉え、突進の軌道をわずかに逸らす。
だが、咄嗟だっとこともあり体重が乗せきれない。獣の重さに、体ごと押し負ける。
「くっ、しくじった……!」
シキも獣も体勢を立て直し、ふたたび正面から噛み合った。ストレイターと牙が、鈍い音を上げてせめぎ合う。拮抗は長く続かない。じり、じりと、獣の重みに押し込まれていく。
その視界の端で。
まだら模様の成体が、揺れる頭をもたげ、ふたたび牙の間に火球を練りはじめていた。
「くそっ、動けねぇ……!」
火球が、ぶわりと膨れ上がる。
まさに放たれようとした――その時。
「撃ち放て! ロア!」
二発目の光が、成体の前脚を撃ち抜いた。
巨体がぐらりと傾ぎ、火球の狙いが大きく逸れる。熱の塊が、あらぬ方向の草地を焼いて爆ぜた。
「リア! 助かった!」
「はいっ!」
その隙を、誰も逃さなかった。
サラが正面の幼体を半身でいなしざま、首筋へ薙刀を走らせる。獣が数歩泳いで崩れたところを、ヒスイの銃声が押し倒した。ダンの盾はもう一体を真正面から受け止め、ヒカリの双銃がその脇腹を間断なく食い破る。
前の二体が沈むのと、ほぼ同時。
「こいつは俺が抑える!」
ダンが、巨体ごと盾を構えて突っ込んだ。前脚を撃たれてよろめく成体が、ダンの盾による吹き飛ばしにより、もんどりうって地に転がる。
「シキ! 抑えてなさい!」
駆け込んできたサラが、シキと押し合う幼体の後ろ脚を薙刀で下から払い上げた。
崩れた。
シキは即座に、晒された首筋へ渾身の蹴りを叩き込む。獣がたまらず横倒しになったところへ、サラとシキの刃が、同時に急所へ吸い込まれた。
残るは、まだら模様の成体ただ一体。
地に這わせ、ダンが全体重で押さえ込んでいる。その横腹へ、ヒスイがエイトカウントの銃口を突きつけた。
「これで終いだ!」
至近からの、斉射。
成体の巨体が一度だけ大きく跳ねて――やがて、その濁った目から、光が失せた。
◇
静寂が、戻ってくる。
荒い息を整えながら、シキは地に伏した五体の獣を見回した。初めての乱戦。誰ひとり欠けることなく、すべてを沈めきった。
そして群れの中心にいた、まだら模様の成体。
依頼の本命のひとつであったヒノシシの成体を、ついに一体討ち取ったのだった。
「……やったか」
シキがストレイターを肩に担いで笑う。手応えの余韻がまだ腕に残っていた。
「ばか! それはフラグだ!」
ヒスイがシキの慢心を戒めるのと、ヒカリの叫びはほぼ同時だった。
「まだら二体! 三時の方向!」
全員が振り向いた時には、もう二体とも火球を溜め終えていた。
狙いは――リアと、サラ。
ダンがリアとの直線上へ、盾ごと体を割り込ませた。
「リア、後ろに隠れていろ!」
「は、はい!」
二つの火球が、同時に放たれる。
一つは、ダンの盾が正面から受け止めた。爆ぜた熱が、盾の縁を舐めて散る。
もう一つは――サラへ、まっすぐ。
「っ……!」
サラは身を投げ出して倒れ込み、紙一重でその熱をかわした。焦げた草の匂いが、頬をかすめていく。
「大丈夫か!?」
「問題ないわ! あなたはリアについて! こっちは私がやる!」
「ああ!」
シキはリアの前。サラとヒスイは右手。ダンとヒカリは左手。
乱れかけた陣形を、六人は咄嗟に二つの戦線へ組み替えた。
態勢を戻したサラがまだらの一体へ駆け出す。呼応して、ヒスイも並走して距離を詰めた。
「牽制する! サラ! トドメ頼むぜ!」
「任せなさい!」
火球を受け止めたダンも、盾を構え直してもう一体へ向かう。シキがリアの守りへ回ったぶん、ヒカリが身軽に踏み込み、仕留めにかかった。
ヒスイの銃撃が、まだらの足を止める。怯んだ一瞬を、サラの薙刀は逃さない。半身で牙をいなし、首筋を斬り抜く――一体が沈んだ。
残る一体は、ダンの盾が正面から押し込み、たたらを踏ませたところへ、ヒカリの双銃が脇腹を縫う。膝を折った獣の首へ、ダンの槍が深々と突き立った。
戦況が目まぐるしく入れ替わる。まさしく、乱戦だった。
二体の成体が相次いで地に伏したのを見て、シキは背に庇ったリアへ短く声を投げる。
「リア! さっきは助かった! まだ動けるか!?」
「な、なんとか……! あと一発くらいなら、撃てます!」
答える声は、確かに上ずっていた。この乱戦の中で、全力のロアを二発。消耗は相当のはずだ。
「まずは息を整えとけ。これだけ派手にやったんだ、まだ寄ってくるかも――リア! 伏せろ!」
「きゃあ!?」
言い終えるより早く、シキはリアを抱え込んで地に伏せた。
頭上から、影が突っ込んでくる。
交差の刹那、咄嗟に振り抜いた裏拳がその影を打ち据えた。
緑色の四枚の翼。大ぶりな鳥型の獣――コカリスの、幼体だ。
裏拳を羽の付け根に受けたコカリスが、体勢を崩して地面へ叩きつけられる。シキは反射的にストレイターで羽を地へ縫い止め、間を置かず、靴底で首を踏み抜いた。ゴギリ、と鈍い音が鳴る。
「あぶねぇ……! これがコカリスかよ。上からの奇襲も警戒しねぇとな」
ほっと息をついた、その刹那。
「シキさん! まだいます!」
「はぁ!?」
見上げた空に緑と黒のまだら模様。四枚の羽を広げたコカリスの成体が、宙を舞いながら、緑の魔法力を一点へ収束させていた。
狙いは、伏せたままのリア。
だが、リアの反応も早かった。
「我が手に集い、束ねて一条――撃ち放て! ロア!」
コカリスの放った緑光と、リアのロアが、空中で互いをかすめ合う。
二つの軌道が、それぞれ大きく逸れた。
緑光はリアの足元を抉り、土塊を撥ね上げる。ロアはコカリスの羽をかすめ、その巨体を、わずかにぐらつかせた。
「リア、ナイスだぜ! 後は任せろ!」
「リロード! 撃ち尽くすよ!」
ヒスイとヒカリ、二人の射手が、間断なく撃ち上げる。距離はあったが、いくつかの弾が、確かに食い込んだ。バランスを失ったコカリスが、たまらず高度を落としていく。
降りてくる獲物を、シキが見逃すはずもない。
「降りてきたらこっちのもんだ!」
コカリスが顔を上げた時には、もう、シキの間合いの内だった。
下から振り抜かれた長剣が、その細い首を断ち割り、弾き飛ばす。
衝撃に押されて、コカリスの胴が、どさりと後ろへ倒れ込んだ。
激闘の、後。
開けた草地には六人ぶんの荒い呼吸だけが、しばらくの間、響いていた。




