第18話 探索開始
街道跡を奥へと進む六人の足取りは、昨日来た時よりもいくらか慎重だった。靄は相変わらず視界の端を削り、いつ、どこから獣が現れてもおかしくない。
しばらく無言で歩いたあと、シキがふと口を開いた。
「なあ、俺の見立てを言っていいか?」
「無茶なことじゃないならいいぜ」
ヒスイが横目で返す。シキは苦笑した。
「まあ、聞いてくれよ。さっき改めてヒノシシを倒して思ったんだけど、正面で向き合ったら、俺たち負ける気しなくないか? ……あ、ヒカリとリアは相性が悪いとは思うぜ。嫌味じゃなくて、事実確認な」
「うーん、そうかも」
ヒカリがあっけらかんと応じた。
「動き回れる場所ならいいけど、距離を保てないと難しいと思うよ」
「……魔法を撃つのも、難しいと思います」
リアが控えめに付け足す。先程の手応えが、まだ生々しいのだろう。
「だよな」
シキは頷いた。
「でも、ヒノシシ一体に三人も四人もいらねえだろ。止めるか怯ませる。それから崩して横から一撃。横着しなけりゃこれが基本だ。つまり――ヒノシシ相手に安全にやるなら、二対一が基本ってわけだ」
「そうね。理想を言えばすれ違いざまに一撃で、なんでしょうけど」
サラが、薙刀を担ぎ直しながら言った。
「悪くない」
ダンが低く頷く。
「それを基本戦術として磨いていくのがいいだろう。俺とシキが前衛、他の四人が後ろから攻撃が、形としては素直だな」
サラが即座に言い添えた。
「私も前に出ていいわ。幼体相手なら遅れは取らない。……ただ、成体の火球だけは一度きちんと見て、タイミングを覚えておきたいところね」
「じゃあ、それを踏まえてペアを決めようぜ。あくまで探索中のペアな。戦いは様子を見ながら臨機応変でいい。――俺とリア、サラとヒスイ、ダンとヒカリ。このペアで三角に散って進む。六人で固まってるより、こっちのほうが戦いやすいはずだ」
「おー、ちゃんとした提案じゃん。俺はいいぜ」
ヒスイがにっと笑う。
「一度試してみましょう。後ろのペアは後方の警戒と、地図作りね」
サラも頷いた。
「これだね!」
ヒカリがリングストレージを立ち上げた。半透明の表示の中から一枚の地図を引き出し、くるりと反転させて全員に見えるように掲げる。昨夜のうちに宿でさんざん弄り倒して、すっかり扱いに慣れてきた。
その時に見つけたのが、この「マッピング」という機能だった。
実際に歩き、目で見た場所の地形が自動で描き込まれていく。ただし、便利すぎるというほどでもない。靄に霞んだ向こうや、木々に覆われた奥、視界を遮る大岩の裏までは描かれず、そこは自分の足で分け入るしかない。どこで獣と戦ったか、どこに大きな岩や廃村があったか ――そうした細かい情報は自分たちで書き込む必要があった。
そして、この地図はパーティーの中で共有ができた。
「便利ね。地形が勝手に残るなら同じ場所で迷わずに済む」
サラが感心したように覗き込む。
ヒカリが地図の端をつついた。
「他の開拓者も、みんなこれを使うよね。だから先々、この『どこを見たか』って情報そのものに値がつくようになるんじゃないかな。自分の知ってる場所と相手の知ってる場所を交換したりとかさ」
シキはほとんど真っ白なその地図を見て、口の端を上げた。
南側の圏外で、ここまで足を延ばしている開拓者は、今のところ自分たちのはずだ。この白い余白は、これから自分たちで塗りつぶしていく。
「よし。じゃあ、まずはこの圏外に腰を落ち着けられる場所があるか――それを探すぞ」
「キャンプの前に、バーベキュー!」
ヒカリが拳を突き上げた。
おー、と全員の拳が続く。サラとダンの二人だけは控えめだった。
と――。
ガサッ、と草を踏みしめる音がした。
全員が音のほうへ振り向く。背の高い草を割って、見覚えのある影が二つ。ヒノシシの幼体だ。
「シキとリアは下がってなさい。ヒスイ、出るわよ」
「あいよ!」
「左は俺が受け持とう」
「援護するね!」
臨戦態勢に入った二体へ、四人が距離を詰めていく。
それを見送って、シキはリアに声をかけた。
「動けるか?」
リアがこくりと頷いた。
「は、はい! なんとか……魔法力も、少し戻ってきた感じです!」
普段のリアより、いくらかテンションが高い。戦いの高揚がそうさせているのかもしれなかった。
「よし。なら、俺がお前を護衛する。その間に、魔法で狙う練習でもしてみるか。……撃たなくていいぜ。的を追えるかどうか、それだけ確かめてみろよ」
「わ、分かりました。やってみます……!」
リアがスプライトを両手で構え、戦いの始まった二組へ杖先を向けた。息を整え、魔法力を収束させていく。
まず狙いをつけようとしたのは、右の一体――サラが受け持った獣だった。だが。
リアが魔法力を収束させた杖先を追いつかせるより早く、サラが動いた。突進してくる獣と正面から交わる刹那、半身を開いて牙をいなし、すれ違いざまに、薙刀の刃を首筋へ走らせる。足を止めることもない、流れるような一閃。獣は数歩走り抜けてから崩れ落ち、ヒスイが追撃してトドメを刺した。
「……まあ、こんなものね」
サラが涼しい顔で刃を振る。
リアの杖先は、的を見失って宙をさまよった。慌てて、もう一体へ狙いを移す。左の獣は、ダンが大盾で正面から食い止めていた。
「ヒカリ!」
「はぁい!」
ヒカリが軽やかに横手へ回り込み、盾に頭を押し付けて暴れる獣の側面へ、二挺の短銃を撃ち込んだ。一発は軽くとも、近間から間断なく浴びせれば話は別だ。脇腹を蜂の巣にされた獣が、ぐらりと膝を折る。すかさず、ダンの槍が首筋を貫いた。
リアが、ようやくそちらへ杖先を定めて魔法力を束ね始めた時には――もう、二体目も沈黙していた。
「……だめ、ですね。ぜんぜん追いつけませんでした」
リアが肩を落として杖を下ろす。
だが、シキが目を留めたのはリアの腕前のことではなかった。
杖を構えていたあいだ、リアの顔には怯えも、ためらいも無かった。目の前で薙刀が振るわれ、銃声が立て続けに響いても、ただ真っ直ぐに的を追うことだけに集中していた。
(……バトルそのものには、抵抗が無いんだな)
戦うのは怖い、と本人は言う。それは嘘ではないだろう。だが、魔法に没頭している時、リアの中で勝っているのは――恐怖ではなく別の何かだった。
魔法を扱える楽しさ。未知へ手を伸ばす好奇心。
(……案外、俺と似た口かもしれないな)
虫も殺せなさそうな顔をして、いざとなればこうして真っ直ぐ前を見る。シキは、それ以上は深く考えないことにした。
ただ、一つだけ言えることがあった。
「狙いをつけんのは、こればっかりは数をこなすしかねぇよ。魔法を使えるのはリアだけだしな。焦らずに少しずつ慣れていこうぜ」
「……はい。ありがとうございます。練習、続けます」
リアはまだ悔しさを滲ませながらも、しっかりと頷いた。
◇
それから、六人は本格的に圏外の探索を始めた。
午前のうちに何度かヒノシシと鉢合わせたが、もう手慣れたものだった。決めたばかりの二対一を試し、止めて、崩して、横から仕留める。回を重ねるごとに、討伐は手早くなっていく。狙う練習を続けるリアの杖だけは、相変わらず的を追うので精一杯だったが、それも織り込み済みだ。
昼が近づく頃、ようやく開けた一角に出た。背の高い草が途切れ、見通しのきく広場のような場所だ。背後を大岩に守られ、すぐ近くを細い川が流れている。腰を据えて夜を越すには心許ないが、ひと息入れるには申し分なかった。
「お、ここいいんじゃねえか?」
「バーベキュー!」
ヒカリが待ってましたとばかりに飛び跳ねた。
実のところ、この時のために最低限の準備をしてきていたのだ 。今朝の街で買い込んだ串が、リングストレージにしっかり収まっている。木のまな板も、ナイフもある。それに——歩きながら、めいめいが拾い集めてきたものがあった。
道中で目についた枯木と手頃な石。それらを広場の中央へ持ち寄り、石を組んで簡単な焚き火台をこしらえ、上に枯木を積んでいく。あとは、火さえあればいい。落ちているものもストレージに格納できることがわかったのは収穫だった。
「火起こしは、私がやってみてもいいですか?」
リアがおずおずと申し出た。さっきの戦いで沈んでいた顔に、また少し光が戻っている。
「おう、頼むわ。リアの得意分野だな」
シキが頷くと、リアは火の魔石の欠片を一つ、積んだ枯木の下へそっと置いた。その上に、両手をかざす。
「いきます。……イグニス」
短い、一言だけの呪文。
その声に応えて、魔石の欠片がじわりと赤い光を帯びた。ぽつ、と漏れ出した火種は勢いこそ弱々しかったが、枯木の先へ着実に取りつき、ゆっくりと、けれど確かに燃え広がっていった。
「……できました!」
リアが、ぱっと顔を輝かせて振り返る。
「おー! すげー!」
「たいしたもんだぜ!」
シキとヒスイの素直な歓声に、リアが照れたように肩をすくめた。戦いではまるで歯が立たなかった魔法も、こうして暮らしの中でならちゃんと役に立つ。それがよほど嬉しかったらしい。
だが——枯木を積みすぎたのか、火の勢いは、見る間に思いのほか強くなっていった。ごう、と音を立てて立ちのぼる炎に、全員が少し身を引く。
ダンが腕を組んで唸った。
「少し木が多かったか。火加減も、このあたりは勉強が必要だな」
「これで松明なんかも作れるのかしら。いえ、そもそもランプとか? 水筒があるのだからありそうよね。魔石と組み合わせた探索グッズ。調理器具とかも」
サラが顎に手をやりながら思案する。
ダンも頷いた。
「たしかにな。キャンプを目標にするなら、いずれは夜間用の備えも必要か」
そして、リアが思いの外強くなってしまった炎を弱められないかと悪戦苦闘している間に 、シキはストレージからヒノシシの肉を一個取り出した。
「……けっこうでかいな、これ」
「わぁ! すごい食べ応えありそう!」
思っていたよりもずっと大きい肉の塊だった。両手で抱えるほどの塊をまな板に乗せる。ナイフを入れていくと、大きめに切り分けても、四切れずつ刺した肉串が三本も作れた。
その手応えに、シキはふと街の屋台のことを思い出した。
「なあ。ヒノシシの肉一個が、売りに出して百フローくらいだったよな。それが串にすれば、三セット取れる。つまり屋台は一セットを三十三フローぶんの肉で作って、百五十フローで売ってるわけだ。こんな簡単にできるなら自分らで作った方がよくないか?」
サラが串を覗き込んで目を細めた。
「ヒノシシの肉一個で肉串一本と思い込んでいたわね。とはいえ、焼く手間も場所代もかかる。法外ってほどじゃないわ。商売としては真っ当な値付けね」
妙に納得しながら、シキは三セットの串を、勢いよく燃える火にかざした。じゅう、と脂が爆ぜ、香ばしい匂いが開けた空へ立ちのぼっていく。
やがて——いささか焦げ目の強い肉串が焼き上がった。
「よし。じゃあ、食べるぞ」
シキが一本を手に取ると、五人が固唾を飲んで見守った。記念すべき、自分たちで狩った獲物の初めての食事だ。
一口、頬張る。
噛みごたえはかなり強い。それでも、じっくり顎を動かせば、ちゃんと噛み切れた。シキは肉を呑み込み——そして、一拍の沈黙ののち、低く呟いた。
「……俺たちは、大きなミスをおかしたぞ」
「えっ!?」
全員が、ぎょっと固まる。毒か、それとも傷んでいたのか。最悪の想像が一斉に五人の脳裏をよぎった。
シキは半ば焦げた肉串を天へ掲げ、腹の底から叫んだ。
「焼いただけの肉が、美味いわけあるかー!!」
シキの絶叫が、靄の向こうまで響き渡った。




