第17話 お披露目と実戦
圏外に踏み込んだ六人は、まず街道跡をたどって進んだ。
草に埋もれた石畳が、点々と先へ続いている。両脇には背の高い雑草が茂り、その向こうは靄に霞んで見えない。
「他の開拓者は来てねぇみたいだな」
シキが周囲を見回した。来た道にも行く先にも、人の姿はない。
「まあ、街中にも少なかったからな。二日目の朝一から動き出した俺たちが少数派だろう。要件を満たそうにも、まずここまで出てこられる連中が、そう多くはない」
ダンが落ち着いた声で応じた。シキは頷く。昨日のうちにギルドの要件を知り、夜のうちに方針を固め、朝一番で動いた。その速さが、今この静けさを生んでいる。
しばらく進み、人影も敵の影も無いことを確かめてから、シキは足を止めた。
「ここらでいいだろ」
振り返り、五人を見渡す。
「事前に言ってた通り――まずは手の内を確かめておきたい。リアの魔法と……」
言いながら、シキはヒカリへ視線を向けた。
「ヒカリの双銃を見せてくれ」
「ふっふーん。待ってました!」
ヒカリが待ちかねたように両手を前へ突き出した。指を軽く曲げ、何かのグリップを握る形に構える。
「ご覧にいれましょう! ――ツインズ!」
その名を呼んだ瞬間、ヒカリの両手に、二挺の短銃が現れた。リボルバー式の、小ぶりな双銃。光の粒子がグリップを形作り、細い指にぴたりと収まる。
「どう? かっこいい?」
ヒカリが左右の銃をくるりと回し、ビシッとポーズを決めた。
ダン以外の四人から、思わず感嘆が漏れる。話には聞いていたが、実物を見るのは初めてだった。
「おー。かっこいいな」
シキが素直に唸る。
「契約武器で銃はレア枠だと思っていたのだけど。身内に二人もいるのは心強いわね」
サラが双銃を見つめて目を細めた。
「でっしょー?」
ヒカリが得意げに胸を張り、それから銃口をひょいと上に向けた。
「でもね、見た目ほど万能じゃないんだ。ツインズは一挺六発ずつ。手数は多いけど、その分、一発の威力は控えめなの。ヒノシシみたいな硬いのが相手だと、けっこう近づかないと効かなかったんだ。しっかりダメージを入れたいなら、三メートルから五メートルってとこ。脅かすだけなら、もう少し遠くてもいいんだけどね」
「近接寄りってことか」
「そういうこと。ヒスイのとは、役どころが違うんだよね」
ヒスイがにやりと口の端を上げ、自分の得物を呼び出した。エイトカウント。黒く無骨な、ひと回り大きい拳銃だ。
「俺のは一挺で八発。代わりに反動が強くてな、両手で構えねえとまともに狙えねえ。けど十メートル離れてても十分ぶち込める。それより遠いと、今の俺の腕じゃ当たらねえけどな。練習が必要だぜ」
「手数のヒカリと、中距離のヒスイ。住み分けができてるわね」
サラが二挺と一挺を見比べ、要点をまとめた。
「前に出て手数で押すヒカリ、少し下がって一発を当てるヒスイ。悪くない組み合わせだわ」
「弾の補充はどうなってんだ?」
シキが尋ねると、ヒカリが片方の銃を軽く掲げた。
「装填してるのは一弾倉だけ。予備はストレージに入ってて、『リロード』って唱えると、ぱっと入れ替わるの。で、ここが大事。ストレージの弾倉は一秒に一発ずつ勝手に補充されるんだけど、銃に入ってる方は補充されないんだ。弾倉っていうか、シリンダーごとだけどね」
サラが後を引き取った。
「撃ち尽くしたら、補充待ちの時間ができるわね。撃てば撃つほど無限に、とはいかない。手持ちの弾と、補充の時間管理を頭に入れて戦う必要がある。……ところで、撃つなら音のことを考えておきたいわ。銃声がどこまで響いて、敵を引き寄せるか。前に外へ出た時は、それが分からなくて試し撃ちを後回しにしたのよ」
その言葉に、シキも思い出す。初めて圏外に出た昨日、騒音で敵を呼ぶのを避けて試射を見送った。
「でも、性能を把握しておかないといざって時に連携をしにくいわ。……短く一度だけ。撃ったらすぐ周りを警戒する。それでいきましょう」
「了解。じゃ、軽くね」
ヒカリが、街道の脇に転がる頭ほどの石へ銃口を向けた。
乾いた銃声が、立て続けに二度、靄の中へ響いた。
石の表面が小さく弾け、白い傷が刻まれる。なるほど、一発の威力は控えめだ。だが二挺で間断なく撃ち込めば、手数で押し切れるのも頷ける。身軽なヒカリらしい武器だった。
「次は、リアの番だな」
シキが促すと、リアがこくりと頷いた。緊張した面持ちで一歩前へ出る。
「あの……あまり上手くできるか、分からないですけど」
「いいって。見せてくれるだけで」
リアが右手をかざした。
「――スプライト」
召喚されたのは、1メートル以上はあろうかという大ぶりな杖だった。先端に透明な珠を抱いた、それがリアの契約武器。両手で構えると、ただでさえ細い体が、いっそう頼りなく見える。
だが、その目だけは真剣だった。
リアがゆっくりと呼吸を整える。杖を握る手に力がこもると、珠の先に淡い光が滲み始めた。光はリアの集中に応えるように密度を増し、小さな一点へと束ねられていく。空気が、ぴりっと張り詰めた。
「我が手に集い、束ねて一条――」
光が、はっきりとした輪郭を持つ一塊の弾になる。
「撃ち放て! ロア!」
光の一条が、杖の先から走った。
それはヒカリの撃った石へ――数メートル先の同じ石へまっすぐ飛び、鈍い音とともに着弾した。大きく弾け飛ぶ。
銃弾よりも、明らかに威力があった。
「おお……すげえ威力だな。一発で銃の何倍だよ」
ヒスイが目を丸くする。
「弾の速さは銃より遅いみたいだけど。距離が離れても威力がほとんど落ちないとしたら、相当な強みだわ」
サラが、弾き飛ばされた石を見つめて言った。
リアは少しだけはにかんだ。褒められ慣れていない様子だ。
「これは、まだ一番初歩の魔法なんです。ただ魔法力を束ねて、向きをつけただけの……。属性も、何もありません」
「これで初歩かよ。じゃあ、上のはもっとすげえのか?」
シキが苦笑する。
「……一つ、上のがあります。あまり自信は無いんですけど、やってみます」
リアが意を決し、もう一度杖を構え直した。
今度は、さっきより時間がかかった。光が集まり、束ねられていく。けれどその密度が、先ほどとは段違いだった。一点に凝縮された光が、ぎゅう、と圧を増し、杖を握る腕が小刻みに震え始める。リアの額に汗が滲んでいく。
「我が手に集い、束ねて一条――」
声がわずかに上ずる。光の塊が、暴れるように脈打った。リアがそれを必死に押さえ込もうと、歯を食いしばる。
「っ……撃ち貫け! ロア・スピア!」
光が、鋭く研ぎ澄まされた槍となって放たれた。
唸りを上げて飛んだそれは、太い木を抉った。当たった場所がくり抜かれたように穴を空けている。
威力は、ロアの比ではなかった。
だが。
「……っ、はぁ……っ」
撃ち終えたリアが、がくりと膝を折った。荒い息が止まらない。杖を支えに、かろうじて倒れずに踏みとどまっている。顔は青白く、汗が頬を伝っていた。
「リア!?」
「だ、大丈夫……です。ちょっと、魔法力を使いすぎて。これは……まだ加減ができないみたいです。狙いをつけるのも、すごく難しくて……。撃つだけで精一杯でした……」
切れ切れのその言葉に、シキはなんとなく察した。
束ねて、維持して、向きを定めて、呪文を唱える。それを全部、同時にやらなきゃいけない。静かな場所で的が動かないからこそ、リアはあの一撃を撃てた。敵が向かってくる戦いの最中に同じことをやれるかと言われたら――難しいに決まっている。
「無理すんな。今のだけで十分すげえよ。いちばん初歩的な攻撃魔法だって言っても 、剣や薙刀しか無い俺たちには逆立ちしても出来ねえ芸当だ。お前は後ろで、撃てる時に撃ってくれりゃいい。しかも、今のが初めてだったんだろ? 十分すぎるぜ」
シキが、リアの背を軽く叩いた。
「……はい」
リアがまだ息を弾ませながら、それでも嬉しそうに頷いた。
才能は本物だ。それは、この場の全員が感じ取っていた。ただ、それを戦いの中で振るえるようになるには、まだ少し道のりがありそうだった。
と――。
ダンが、ふと顔を上げた。槍を握る手に力がこもる。
「……来るぞ」
その低い声に、場の空気が一瞬で切り替わった。
靄の奥で、草がざわりと揺れた。重い足音が、地を踏み鳴らして近づいてくる。一つではない。
「銃の音か、魔法の音か……どっちにしろ、呼んじまったみたいだな」
シキが右手をかざし、ストレイターを呼び出した。手に馴染んだ真っ直ぐな刃が、光とともに手の内に収まる。
まだ息の整わないリアを背に庇い、五人がめいめいの得物を構えた。
背の高い草を割って、その輪郭が、ぬっと姿を現す。
焦げ茶の剛毛、捻じれた牙。見覚えのある獣が、一体、二体と、こちらへ向かって駆けてくる。ヒノシシだ。
整えたばかりの装備と、増えた仲間。その全部を試す相手としては――悪くない。
(さあ。お披露目の続きといこうか)
シキの口の端が、つり上がった。
二体のヒノシシがまっすぐにこちらへ突っ込んでくる。
「散らばるぞ。一体ずつだ」
ダンが短く言って、前へ出た。大盾を構え、左の一体を引きつける。
ヒノシシが、ダンの盾めがけて頭から突っ込んだ。鈍い衝突音。ダンは半歩も退かず、巨体で正面から受け止める。剛毛の獣が、盾に弾かれて体勢を泳がせた。
「ヒスイ!」
「おう!」
横合いから、ヒスイのエイトカウントが火を噴いた。両手で構えた銃口から、立て続けに数発。盾に気を取られた獣の脇腹へ、至近の弾が突き刺さる。ヒノシシが、ぐらりと傾いだ。
その隣で。
シキは、ストレイターを右手に提げたまま、もう一体へ駆け出していた。
ヒノシシが、シキを見据えて加速しようとする。だが――まだ、乗り切っていない。完全に速度に乗る、その寸前だった。
シキは地を蹴って踏み込んだ。
剣ではなく足で。獣の顔面へ、真正面から渾身の前蹴りを叩き込む。
ゴッ、と重い手応え。
底の硬い、新調したばかりの靴。その最も頑丈な靴底が、ヒノシシの鼻面にめり込んだ。獣の突進が真正面から止められ、頭が大きく跳ね上がる。
(効いてる!――痛みもねぇな)
蹴り足に走った衝撃を、シキははっきり感じた。だが、痛みはない。骨に響くはずの一撃が、ただ手応えとしてだけ返ってくる。靴の頑丈さと、自分の身体。その両方が噛み合っていた。
考えるより先に体が動く。
怯んだヒノシシの首へ、シキは間髪入れず二の蹴りを放った。腰を捻り、水平に薙ぐ蹴りだ。今度は靴の爪先が、獣の太い首を強く打つ。
ヒノシシの巨体が横へ傾いた。
「――っと」
たまらず転倒した獣の、晒された喉元へ。シキは、右手のストレイターを、そのまま深々と突き入れた。
ヒノシシが一度大きく痙攣して、動かなくなった。
ほぼ同時だった。ダンが受け、ヒスイが削ったもう一体も、最後にダンの槍がひと突きで仕留めていた。
二体。終わってみればあっという間だった。
その間――リアは、一度も魔法を撃てなかった。
戦いが始まると同時に、スプライトを構えはした。光を集めようと、何度も試みた。だが、敵は速い。シキとヒノシシが交錯し、ダンとヒスイが動き回る。的が目まぐるしく入れ替わり、どこへ狙いを定めればいいのか、まるで掴めない。おまけに、さっきのロア・スピアで使い果たした魔法力が、まだ戻りきっていなかった。集めようとする光は、何度も指の間から散ってしまう。
迷っているうちに、戦いは終わっていた。
静寂が戻る。
シキは二体目の死体から刃を引き抜きながら、周囲へ目を走らせた。
「……他には、来てねえか」
「ええ。今のところは」
後方で警戒に当たっていたサラが、薙刀を握ったまま答えた。その隣では、ヒカリも双銃を下ろさず、靄の奥へ目を凝らしている。
「銃声と魔法で寄ってきたのがこの二体だけ。境界に近いここなら、こんなものかしらね。数も少ないし、火を吐く成体にはそう簡単に出くわさない。数を狩るなら、もっと奥に踏み込む必要があるわね」
サラが倒れた二体を見やった。どちらも、まだら模様のない焦げ茶一色のヒノシシ――幼体だ。
「ま、それは追々だな」
シキは肩を軽く回しながら、倒したヒノシシにリングストレージを触れさせた。半透明の表示が立ち上がり、成果物が回収されていく。やがて死体は、光の粒子になって消えた。
「とりあえず二体。討伐数の足しにはなる」
「あと十八体ね」
サラが淡々と数えた。
その傍らで――リアは、まだ杖を構えたまま、立ち尽くしていた。握ったスプライトの先に、もう光は無い。
「……すみません。私、何も……」
リアが俯いて、唇を噛む。
「気にすんな」
シキが、あっさりと言った。
「最初なんて、そんなもんだ。止まった石を撃つのと、動く敵に当てるのは、まるで別の難しさだろ。お前の魔法そのものが本物なのは、さっきのを見れば一目瞭然だ。あとは慣れと、撃つ余裕を作れるかどうか――その余裕は、俺たちが前で稼いでやる。お前は撃てる時に撃ってくれればいいさ。練習あるのみ!」
「……はい」
リアが、ゆっくりと顔を上げた。悔しさはまだ残っているようだったが、その目には、さっきまでとは違う色があった。
木を抉ったあの一撃を、いつか、向かってくる敵に。この時に芽生えた気持ちこそが、リアにとって初めて自分から「届かせたい」と思った瞬間だった。
「よし。先に進むか」
シキが皆を見渡した。
「依頼の本命は成体だ。ヒノシシも、ヒグアナも、コカリスも――ぜんぶ、この奥にいる。今ので装備も連携も悪くないって分かった。なら、行けるとこまで行ってみようぜ」
六人は再び街道跡の奥へと足を踏み出した。
靄の向こうで、まだ見ぬ成体たちが待っている。その手応えを確かめに、彼らは一歩ずつ、街の加護からさらに遠い場所へと進んでいった。




