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第12話 事態はリアルタイムで進行中

 街道跡を五人で連れ立って戻る。


 先頭をヒスイ、最後尾をダンが固め、間にシキ、サラ、ヒカリが続く隊列だった。誰が決めたわけでもないが、さっきのやりとりで、ヒスイは名誉の負傷を求めてのことかもしれない。


 歩きながら、ダンが口を開いた。


「もう一つ情報を渡しておこう。この街道跡からさらに向こうへ行くと、だんだん岩肌が目立つようになる。そこには、トカゲ型のモンスターが出る。ヒノシシよりは小型に見えたが、倒していないから、正式な名前まではわからん」


 トカゲ、と聞いて、サラがあからさまに嫌そうな顔をした。


「……おそらく、私がここに来る前の草原で倒したやつね」


「知っているのか」


「ええ。武器の相性が良くて、あっさり勝てたけれど。――もう二度と見たくない見た目だったわ」


「すごい槍捌きだったもんね!」


 後ろからヒカリが、声を弾ませて割り込んだ。


「あれなら素早いのが相手でも余裕そう!」


「薙刀よ」


「あれが薙刀! あたし、初めて見たよー!」


 後ろからついてくる女子二人を一瞥して、シキは隣を歩く巨漢へ、小声で尋ねた。


「なあ。ヒカリってずっとあんなテンションなのか?」


「行動を共にするようになったのは、街の門をくぐるあたりからだがな。それから今まで、ずっとあの感じだ」


「へー。こんなとこであんな風に笑えるのはすげーな」


「ゆえに、危ういと思ってな。同行を申し出た」


 シキはダンの横顔を見上げた。陽気に笑う少女を放っておけなかったということらしい。


「おっさん、勇気あるな」


「おっさんはやめろ」


 そんな雑談を交わしていると、少し前を歩いていたヒスイが、ふいに片手を上げた。


「お前ら、そこで止まれ」


 声に、緊張がにじんでいた。


 全員がその場に屈み、臨戦態勢を取る。景色からして、あと少しで川が見えてくるころのはずだった。


「サラ。ちょっと前に来れるか?」


 ヒスイが名指しでサラを呼んだ。


「どうしたの?」


「あれ、見てくれ」


 ヒスイが、川のある方を指差す。


 だが、サラがそちらへ目をやっても、特に何かがあるようには見えなかった。


「? あれって、何のこと?」


 今度は、ヒスイのほうが驚いた。


「え!? あれだよあれ! あの人だかり!」


「……人だかり?」


 サラは目を凝らす。けれど、人だかりらしきものはどこにも見えない。見ている方向が違うのかと思ったが、間違いなくヒスイの指の先を追っている。


「お? おー、ほんとだ。すごい集まってるね」


 後ろから、にゅっと顔を出したヒカリが言った。


 その一言に、ヒスイが胸を撫で下ろす。


「ほっ。俺にだけ見えてる幻覚かと思ったじゃねぇか」


 さらに近づいてきたシキとダンも、二人の指差すほうを見る。だが、この二人にもやはり何も見えなかった。


「……人だかりなんてあるか?」


「いや。俺にも見えんな」


 三人には見えず、二人には見える。奇妙な事態だった。


 サラが可能性を口にする。


「圏外に来てから視界が通らないことが多くて忘れていたけれど。街の加護が効いている場所から圏外を見たとき、霧がかかったみたいに見通しが悪くなっていたでしょう。――その逆も考えられないかしら。つまり圏外から街のほうを見ると、同じように霞んで見える。その霧の濃さに、個人差があるのかもしれないわね」


「あり得るな」


 シキが頷いた。


「霧の影響に個人差があるって考えれば、見える奴と見えない奴がいるのも説明つくぜ」


 ところが、ダンが首を傾げた。


「霧? そんなものあったか?」


 サラが、意外そうな顔をする。


「気づかなかったの? 普段より、ずっと遠くが霞んで見えたのだけれど」


「……元々、視力が弱くてな。そのせいで、霧があっても気づけなかったのかもしれん」


 元々、視力が弱かった。


 霧の影響には、個人差がある。


 この世界では次から次へと謎が湧き出てくるらしい。シキは胸の内でひとつ嘆息した。


 だが、今はそれより先にやることがある。


「その話は戻ってからにしよう。ここは境界近いけど、まだ圏外だからな。――ヒスイ、それで? サラだけ先に呼んだ理由は?」


「ああ、それだ」


 ヒスイが頷いた。


「お前って、だいたい冷静で賢そうなのに、緊急事態では無謀野郎になるからな」


「いきなり何の話だよ」


「だからだよ。川向こうにあれだけ人が集まってるってことは、外に出るのを様子見してる連中だろ。このまま馬鹿正直に帰っていいのか、お前に突っ込まれる前に、賢いほうに相談したかったんだよ」


 その言い分にサラが深く頷いた。


「良い判断ね。シキだったら何も考えずに帰っていたわよ」


「……なんかマズイのか?」


 首をかしげるシキの横で、ヒカリが人だかりのほうを見たまま言う。


「マズイと思うよー。ぱっと見ただけで、百人……んー、二百人はいるかも。そんなところに、あたしらみたいな外の情報を持ってるのが入っていったら、ぜったいめんどい事になるよ」


「同感だな」


 ダンも頷いた。


「あの数を相手に、見てきたことを一から説明していたらそれだけで日が暮れる。間違いなく囲まれて質問攻めだ」


「確かにそうね」


 サラが、顎に指を当てて思案する。


「ただ――こうも考えられるわ。私たちは今、あの二百人が喉から手が出るほど欲しい情報を持っている。外の地理、敵の生態、安全の見分け方。それをただ消費するだけなのはもったいない。マッピングした情報を売るという手もあるわ」


「それだぜサラ!」


 ヒスイが、我が意を得たりと顔を輝かせた。


「一人一万フローで売れば、どんだけの稼ぎになるんだよ! 二百人なら二百万だぞ!」


「落ち着きなさい。二百人を一人ずつ相手にしていたら、結局、日が暮れる話に逆戻りよ」


 サラはぴしゃりとヒスイを抑えた。それから、ゆっくりと続ける。


「やるならもっと賢く。――全員に話す必要はないわ。あの集団を束ねているリーダー格にだけ話す。その集団が何人いようと、料金は一律。一グループにつき五万フローなんてどうかしら」


「五万……!」


「リーダーが買えば、情報はその下の人間に行き渡る。私たちは数人を相手にするだけで済むし、向こうも一人頭の負担は軽くなる。お互いに無駄がないでしょう」


 シキはその設計を聞きながら、どこか釈然としない顔をしていた。


「……なあ、サラ。タダでもよくねえか?」


「理由は?」


「いや、ミミネコのこととか、火球のこととか。知らなきゃ死ぬかもしれない情報だろ。それを金取って出し惜しみするのはなんつーか……後味が悪い」


 いかにもシキらしい言い分だった。サラは小さく頷き、それから諭すように言った。


「シキ。よく聞きなさい。――タダで配った情報と、五万フロー払って買った情報。あの連中がどちらをより真剣に信じると思う?」


「……それは」


「タダの噂なんて、誰も本気にしないわ。『金を取られた』からこそ、人は情報の価値を信じる。本気で頭に叩き込む。私たちが対価を取るのは、足元を見るためじゃない。この情報を、ちゃんと『生き延びるための知識』として届けるためよ」


 シキはしばし黙った。


 タダで配れば軽く扱われて終わる。値をつけるからこそ、命を救う重みを持つ。理屈は通っていた。


「……わかった。お前に任せる」


「ええ、任せておきなさい」


「俺も協力しよう」


 ふいに、ダンが口を挟んだ。


「お前たちだけでは二百人を前に圧が足りん。あの中には、力ずくで情報を奪おうとする者も出るかもしれん。俺が後ろに立てば抑えになるだろう」


「お、ダンの旦那、話がわかるねえ!」


「私も協力するから、報酬は弾んでねっ」


 ヒカリがにこやかに人差し指を立てた。陽気な顔のまま、しっかり要求はしてくる。シキは思わず吹き出した。


「はは。頼もしいぜ二人とも」


   ◇


 五人は隊列を組んで境界の川を渡った。


 橋を越えた途端、あの重い空気がすっと薄らぐ。街の加護の内側だ。そして――今までシキたちには見えていなかった人だかりが、川辺の広場にはっきりと姿を現した。


 革鎧姿の開拓者がざっと二百人以上。皆、川の向こう――圏外のほうを不安げに眺めていた。誰も最初の一歩を踏み出せずにいる。境界の手前で、ただ立ち尽くす群れだった。


 その群れが川を渡ってきた五人に気づいた。


「おい、見ろ。外から戻ってきたぞ……!」


「あいつら外に行ってたのか?」


 ざわめきが、波のように広がっていく。二百の視線が、一斉に五人へと突き刺さった。


 シキはその視線の圧に、ひりつくものを感じた。だが、隣でサラが涼しい顔のまま一歩前へ出る。そして、よく通る声を群れに向けて放った。


「聞いてちょうだい。私たちは今しがた圏外から戻ってきたわ。外の地理、モンスターの生態、安全と危険の見分け方――生き延びるために必要な情報を持っている」


 ざわめきが、ぴたりと止んだ。


「ただし、タダでは話すつもりもないわ」


 その一言に群れが息を呑む。


「全員に説明している時間はないもの。だから、こうするわ。あなた達の中でグループを束ねている人。その代表者だけ前に出てきなさい。一グループにつき、五万フロー。それで、私たちが見てきたすべてを教える。リーダーが買えば情報は仲間に行き渡る。――グループの人数は問わないわ」


「ふざけるな!」


 すぐに怒声が上がった。前のほうにいた、体格のいい男だ。


「情報ならタダで言え! 同じ召喚者だろうが!」


 男が契約武器を取り出す素振りを見せた。それに同調するように何人かが気色ばむ。


 だが。


 その前に、ヒスイとダンが、ぬっと前へ出た。


 ヒスイが銃を抜くでもなく、ただ腕を組んで男を見下ろす。その隣で、二メートルの巨漢が無言で槍の石突きをとん、と地面に突いた。それだけで、男の動きがぴたりと止まる。


「タダで言え、か」


 シキが男の前へ進み出た。声は静かだったが目は逸らさなかった。


「あんた、その武器で外のモンスター何体倒した? ……ゼロだろ。外に出る根性もないい奴が、命に関わる情報をタダでよこせって、それはちょっと虫が良すぎねぇか?」


 男が、ぐっと言葉に詰まる。図星だったらしい。契約武器を取り出そうと突き出していた手をしぶしぶ下ろした。


 その一部始終を見ていた群れの中から、波が引くように気色ばんでいた者たちが大人しくなっていく。本気で武器を取る覚悟のある人間と、そうでない人間。圏外に出た者と境界で立ち尽くす者。その差がはっきりと表れた瞬間だった。


 そして――群れの中から、ぽつ、ぽつと、人影が前へ出てきた。


「……俺は二十人ほどのまとめ役だ。五万、払おう」


「こっちも頼む。三十人いる」


「うちのグループも」


「私のところもお願いするわ」


 名乗り出たのは四人。それぞれ、数十人規模の集団を束ねているらしかった。冷静に損得を計算できる程度には、頭の回る面子なのだろう。


 四人が、リングストレージを重ねて、五万フローずつを支払っていく。


 締めて、二十万フロー。


 ヒスイがにやけそうになる口元を必死に引き締めているのが、シキにはわかった。


「ありがとう。では教えるわ」


 集団から十分に距離を取った場所に移動し、サラは四人のリーダーへ向き直り淀みなく語り始めた。


 南門を出た先の、農園と畜産の地帯。川から少し先に行った場所が街の加護の境界であること。耳で歩くミミネコは無害で、その存在が安全の目印になること。狩ってはいけないこと。ヒノシシの突進は直線的で、躱して側面を突くのがセオリーであること。まだら模様の異形は、口から火球を撃ってくること。街道跡を辿った先、十字路を右に折れると、ヒノシシの大群が巣食う廃村があること。そして、倒したモンスターはリングを触れさせれば素材の回収ができ、死体は消えること。


 出し惜しみは一切しなかった。知っていることのすべてを、正確に、効率よく伝えていく。四人のリーダーは食い入るように聞き入り、何度も頷いた。


 ひととおり話し終えると、サラは最後にこう付け加えた。


「もう一つ、大事なことを言っておくわ。――あなた達も外から有益な情報を持ち帰ったなら、それに値をつけなさい。もちろん今の話もよ。1,000フローでもいいわ。情報には対価がある。その文化を根付かせておくべきよ」


 四人が虚を突かれたような顔をする。


「そして、あなた達が持ち帰った情報なら、私たちが買うわ。あるいはこちらの情報と交換になるかもしれないけれど。――ちなみに」


 サラはちらりとダンのほうへ視線を送った。


「私たちと、あちらの盾と槍のお兄さんは、さっき圏外で情報を交換したの。お互いに見てきたことを教え合ってね。――非常に有意義だったわよ」


 その一言が効いた。


 四人のリーダーの目の色が変わる。情報は奪い合うものではなく、対価を払って交換し、積み重ねていくもの。たった今、自分たちが五万フローで体験したばかりのその価値がすとんと腑に落ちたようだった。


「……わかった。覚えておく」


「次はこっちが売る側になってみせるさ」


 リーダーの一人が不敵に笑った。その顔には、もう境界で立ち尽くしていたときの不安は無かった。


 シキはその様子を眺めながら、隣のサラへ小声で言った。


「……お前、すげぇな。金取ったのに、なんか皆いい顔してるぞ」


「当然でしょう。私はぼったくったわけじゃない。秩序を担保に商売をしたのよ」


 サラは涼しい顔でそう言ってのけた。


 まだ初日。


 この街ではすべてがリアルタイムで進行している。混乱も、格差も、そして――新しい文化の最初の一粒も。


 橙色に傾いた陽が、二百人の群れと外から戻った五人を等しく照らしていた。


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