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第13話 魔法使いの少女(勉強中)

 情報を受け取った四人のリーダーが、それぞれの群れへと戻っていく。


 その背中に二百人の視線が集まっている隙を囮にでもするように、五人はするりと南の大門をくぐり抜けた。喧騒が背後で遠ざかっていく。


「サラっちって、凄いんだね!」


 門をくぐるなり、ヒカリが興奮気味に声を上げた。


「あたし、援護するつもりでいろいろ言おうとしてたのに、全然必要なかったよ!」


 サラの足がつんのめった。


「……サラっち? それ、私のことかしら」


「え、だめ? あだ名、嫌いなひと?」


 ヒカリがきょとんと小首を傾げる。


「いいじゃん、サラっち」


「可愛いな」


 シキとヒスイが、すかさず同調した。出会ってまだ半日ほどだが、死戦をくぐり抜けた者同士の気安さがもう三人の間には芽生えていた。


 サラは深いため息をついた。


「はぁ。……まあ、いいけれど」


 それから、気を取り直すように顔を上げる。


「じゃあ、換金に行きましょうか。素材がいくらになるかレートの調査よ」


「いいねー! 待ってました!」


 ヒスイが、大袈裟に喜んでみせる。


「良い値段になるといいな」


 シキも満足げだった。今日一日の戦果が、初めて目に見える金額になる。期待が膨らむのも無理はない。


「大袈裟に喜ばないの。まだ始まったばかりだわ」


 サラが二人にぴしゃりと釘を刺した。


「まずは武器屋に行ってみるか」


 ダンが先導するように歩き出した。


「すぐそこだ。素材の買取もああいう店が窓口になっているはずだ」


   ◇


 武器屋は大通りから一本入った場所にあった。二階建てだが、店として開いているのは一階だけらしい。軒先には、剣と槌を交差させた看板が下がっている。


「いらっしゃいませー」


 扉を開けると、奥から店主の声が飛んできた。恰幅のいい、髭面の中年男だった。


「買い取りをお願いしたいのだけれど」


 サラがリングストレージを操作しながら歩み寄る。


 火の魔石の欠片。ヒノシシの肉。ヒノシシの牙。表示された素材を、店主に示した。


「あー……悪いな」


 店主は品目を見て頭を掻いた。


「うちで買い取れるのは、火の魔石の欠片だけだ。肉は料理屋、牙みたいな素材は素材屋に持っていってくれ。専門が違うんだよ」


「……考えてみれば当たり前だったか」


 ダンがばつが悪そうに呟く。元の世界でも、肉屋に金属を持ち込む者はいない。


「そう。では、火の魔石の欠片を。それと――欠片ではなく、魔石もあるのだけれど。こちらはいくらかしら?」


 サラが異形のヒノシシから得た、欠けのない魔石を提示した。


 店主の眉が、ほう、と持ち上がる。


「お前さんら、今日来たばかりの開拓者だろ? 初日でもうヒノシシを倒したのか。やるじゃねぇの」


「ん?」


 シキが、首を傾げた。


「ヒノシシの肉なら、最初に言ったよな。なんか話がズレてね?」


 店主は一瞬、何を言われたのか分からないという顔をした。それから、ぽんと膝を打って破顔する。


「はっはっは。なるほど、そういうことか。よし――開拓者による持ち込み、その第一号であることに免じてちょいとサービスしてやろう」


 店主は身を乗り出した。


「まずヒノシシだがな。火を吐くやつがいただろう。あれが成体だ。で、火を吐かねえほう。そっちは幼体だな。ヒノシシといや、普通は成体のことを指す。幼体のほうは肉を取るための獲物って扱いさ」


「なるほどな。合点がいったぜ」


 ヒスイがぽんと手を打った。あのまだら模様とただのヒノシシ。両者の関係がようやく腑に落ちる。


「ありがたい情報だわ」


「それとな」


 店主はさらに続けた。


「火の魔石の欠片だが――売らずに取っとけ」


「取っておく?」


「街の案内所やギルドで、他の欠片と交換できるんだよ。水、土、雷。それぞれの属性の魔石の欠片だ。バランス良く揃えておくほうがいい。使い道は……ま、ここから先は自分らで調べな」


「待ってくれ。ひとつ訊いていいか」


 ダンが、口を挟んだ。


「火の魔石は、南の門の外で手に入れた。他の属性はどこで採れるんだ?」


「お、いいとこ突くな」


 店主が、感心したように頷く。


「方角によって、出てくるモンスターの属性が違うのさ。南が火、北が土、東が水、西が雷。だいたい、そう決まってる。だから、欲しい属性があるなら、その方角の門から出るのが手っ取り早い。――もっとも、よその方角は、よその開拓者の縄張りになっていくだろうがな。これ以上は教えねぇ」


 シキは、その言葉を胸に刻んだ。方角ごとに、敵の属性がほぼ決まっている。ということは、どこか一つの方角を深く攻めるほうが効率はいい。逆に、全部の属性を自前で揃えようとすれば、四方すべてを相手取ることになる。だからこそ、欠片の「交換」という仕組みがあるわけだ。


「えー!」


 ヒカリが、ぷくっと頬を膨らませた。


「ここまで教えてくれたのに、詳しくはお預けなの? 常連になってあげるから教えてほしいなぁー?」


 言うが早いか、ヒカリはずいと前に出て、店主の両手をきゅっと握った。そして、上目遣いで店主を見上げる。


 店主の頬が、ぴくりと引きつった。


「……火は、火おこしに使える。料理するなら、必須だな。水の魔石は、専用の水筒で使えば、大抵の水が飲めるようになる。土の魔石は武器のメンテや地面の掃除、雷の魔石は道具の動力だ。――それとな、欠片じゃなくて、欠けのない魔石なら。専用のアクセサリーや、武器防具の強化にも使える。強化はうちでもやれるから、興味があるならやっていきな」


 堰を切ったように、一気に教えてくれた。


「いろいろ教えてくれてありがとう、おじさん!」


 ヒカリが、ぱちんとウインクを返す。


「い、いやいや。これくらいは常識よ。……お得意さんになってくれるなら、安いもんさ」


 店主は、視線を泳がせながら、そう言うのが精一杯だった。


 ヒカリが、くるりと四人を振り返り、ぴっとVサインを掲げる。


「めちゃくちゃ参考になったな」


「あのオッサン、ちょろ過ぎるだろ……」


 シキが感心し、ヒスイが呆れたように呟いた。


   ◇


 サラが、四人を店の奥のほうへと誘導し、声を潜めた。


「提案があるわ。情報収集だけれど――バラけるのはどうかしら」


「バラける?」


「素材の販売一つとっても、武器屋、料理屋、素材屋と窓口が分かれているでしょう。宿の相場、装備の修理費、魔石の交換。調べることが多すぎるわ。手分けしたほうがずっと効率がいい」


「確かに。一理あるな」


 ダンが頷いた。


「後で集まって情報を共有しましょう。――それと」


 サラはリングストレージを操作した。


「さっき稼いだ二十万フロー。シキ、あなたに渡しておくわ」


「……いいのか? 俺が全部持ってて」


「この中で、一番持ち逃げしそうにないのがあなたよ」


 サラが薄く笑う。


「……無駄遣いはやめてね」


「異議なしだ。シキにならいいぜ」


「お前なら構わん。もっとも、その二十万を稼げたのはあんたたちのお陰だがな」


 ヒスイとダンが、即座に同意する。ヒカリも、にこやかにサムズアップで応えた。


「……わかった。責任持って預かるぜ」


 シキはその重みを噛みしめるように頷いた。リングの中で、数字が一つ、ずしりと増える。


「宿や食事の相場も調べましょう。今夜の寝床も必要だわ。それと――」


 サラの視線が、シキの左腕へと向いた。


「装備の修理費用ね」


 シキの革鎧の左の二の腕は、あの火球で焦げ、布が破れていた。


「確かに。どっちにしてもこの装備じゃ心許ないよな」


 シキは、破れた箇所を指でつまんでみせた。初期装備のままでは、次にまた火球を喰らえばただでは済まない。


 そこで、シキは一つ思いついたように切り出した。


「なあ。俺は少し、魔法について調べてきてもいいか?」


「魔法?」


 ヒスイが、目を瞬かせる。


「魔法、使いたいのか? そもそも使えるのかも分からんだろ」


「それは分かんねぇ。ただ、魔法屋の看板をさっき見かけたからさ。――ヒノシシの火球、ああいう攻撃に対処する方法があるのかなと思ってよ」


「重要な問題ね」


 サラが、表情を引き締めた。


「このまま圏外で活動を続けるなら、いずれあの廃村の攻略は避けて通れない。火球への対処は調べておくべきだわ」


「ああ。どうせまた、突っ込むのは俺なんだろうしな。責任持って調べとくよ」


「調べた上で、突っ込むんだよな? 簡単に想像できるぜ」


 ヒスイがにやりとした。


 軽口に小さく笑い合って、五人は散開した。


 ヒスイとサラ。ダンとヒカリ。二組のペアが、それぞれ街の雑踏へと消えていく。


 そしてシキは単身、魔法屋の扉の前に立った。


 看板をもう一度見上げる。星と三日月の意匠。魔法。元の世界には無かったものだ。火球を吐く獣がいる世界なら、それに対抗する手段があってもおかしくない。あるいは――自分にも何か使えるのかもしれない。


 淡い期待とわずかな緊張を抱えて、シキは扉に手をかけた。


   ◇


 魔法屋はひっそりとした佇まいの店だった。


 武器屋のような威勢のいい看板はなく、扉の上に星と三日月をあしらった控えめな意匠が掛かっているだけ。扉を押すと、軋んだ音とともに古い紙とインクの匂いが流れ出してきた。


 中は想像していたよりずっと狭かった。両脇の棚には、革表紙の本がびっしりと詰まっている。奥には用途の分からない道具や、淡く光る石の並んだ陳列棚。店番の姿は見当たらない。


「……っと。誰かいますか?」


 返事はなかった。


 代わりに、店の奥の小さな机に人影が一つあった。


 少女だった。


 透けるような水色の髪が、腰のあたりまでまっすぐに伸びている。その横顔は、息を呑むほど整っていた。少女は分厚い本に顔を近づけ、食い入るように文字を追っている。シキが入ってきたことにもまるで気づいていない様子だった。


「あー……すみません。ちょっといいですか」


 反応は、ない。


 少女はぱらりとページをめくり、「ふむふむ……なるほど」と小さく呟いて、また文面に没頭していく。完全に自分だけの世界に入り込んでいた。


「……おーい。聞こえてますかー」


 シキは机のすぐ近くまで歩み寄り、もう一度、今度は少し声を張った。


「すみません。お取り込み中のところ」


「はわっ!?」


 少女が、文字どおり飛び跳ねた。


 本から勢いよく顔を上げ、椅子の上で体を縮める。大きな瞳がシキを捉えて、まんまるに見開かれた。


「わ、わたしですか!? ……えっと、あの、あなたは?」


 よほど驚いたのか、声がうわずっている。だが、その物腰には品のようなものが滲んでいた。


「悪い、驚かせて。俺はシキ。開拓者だ。あんたもその格好……開拓者だよな?」


 少女もまた、初期装備の革鎧を身につけていた。ただ、戦う者の佇まいはまるでない。


「は、はい。そうです。わたしも、開拓者で……」


 少女はこくこくと頷いた。


「あの演説のあと一人でうろうろしていたら、この魔法屋さんを見つけまして。……それで、ここに置いてある魔法の教本が、その、すごく面白くて。お昼から、ずっと読みふけってしまっていて」


 少女は頬を赤らめて、膝の上の本へ目を落とした。


「……気づいたらこんな時間でした」


 昼から今までということは、もう何時間も、この子はわけの分からない異世界に放り込まれて、不安に駆られるでもパニックになるでもなく――ただひたすら、本を読んでいたらしい。


 シキは毒気を抜かれると同時に、妙に感心した。


(変わった子だな。……でも、根っからの本好きってわけか)


 さっき見た横顔には、確かに強い知性の光があった。だが同時に、こうも思う。


(こんなとこに一人きりで、丸腰みたいなもんで……正直、危なっかしいな)


 外には、あのヒノシシがうろつく世界が広がっている。広場には、リーエンのような連中もいる。このいかにも荒事に不慣れそうな少女が、たった一人でこの街を生き抜けるとはとても思えなかった。


 考えるより先に、口が動いていた。


「なあ、あんたさえ良ければなんだけど」


 シキは、にっと笑った。


「晩飯、奢るからさ。俺たちにこの世界の魔法の話を聞かせてくれないか?」


「……えっ」


 少女がぱちぱちと目を瞬かせる。


「ばん、ごはん……ですか? わたしに?」


「おう。実はちょうど、魔法のことで知りたいことがあってさ。あんた、その教本もう何時間も読んでるんだろ? 絶対詳しいじゃん」


 我ながら半分ナンパみたいなものだと感じた。だが、もう半分は真剣だった。この子をこんなところに一人で置いてはおけない。


 少女は本を抱えたまま、しばし呆然とシキを見上げていた。それから、おずおずと口を開く。


「えっと……その、わたしなんかで、お役に立てるなら……」


 頬を染めたまま、こくり、と。


 少女は小さく頷いた。


「あ、ありがとう、ございます。……あの、わたし」


 少女は、抱えた本をそっと机に置くと、椅子から立ち上がった。改めて向き合うと、シキより頭ひとつぶん小柄だった。


「リア、です。よろしく、お願いします。シキさん」


 リア、と名乗ったその名も、たぶん本名ではないのだろう。だが、それでいい。この街では皆そうしている。


「おう、よろしくな、リア。――よし、決まりだ」


 シキは笑った。仲間がまた一人。それも、これまでの誰とも毛色の違う、魔法に詳しい本好きの少女。


 破れた革鎧の修理も、宿の手配も、まだ何も済んでいない。けれど、初日の終わりに思いがけない収穫があった気がした。


 窓の外では橙色の陽が、ゆっくりと傾き始めている。


 この街での長い一日が――もうじき、暮れようとしていた。

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